223 / 278
番外編 咲く花、散る花 (4) 名前の秘密
しおりを挟む本当の父親のように、みふゆを一番に考えてくれる惣領貴之。
『みふゆ、お前はもっと俺に甘えていいんだ』
『俺はお前を娘として扱うぜ』
『まだまだ子供じゃねえか』
今までの貴之の行動、言動が頭のなかでぐるぐると回る。
違う。これは偶然。きっと。偶然。
スケッチブックの『惣領貴之』の文字が目に入った。
そうりょう・・たかゆき・・・
たかゆき・・・
たか・・、ゆき・・・?
みふゆは息を止めた。
小学五年の、自分の名前の由来を調べる課題に答えた母・礼夏の言葉を思い出したのだ。
『みふゆという名前はね・・・』
京司朗は夜の九時を回る頃事務所から帰ってきた。
帰ってきてすぐにまたスケジュールの変更の追加をしていた。特に重要な仕事は会長である惣領貴之か黒岩正吾が引き継ぐが、段階的に三上や桐島に割り振って部下の経験値を高めたいと考えていた。
室内の電話が鳴った。みふゆからだ。
『聞きたいことがあるから今から部屋に行ってもいいか』とみふゆの声がした。
「どうした?」
「ごめんなさい。あの、聞きたいことがあって・・・あの・・」
みふゆは躊躇していた。
「あの・・、もしかして・・お父さんは・・・わたしの・・・本当のお父さんですか・・・」
京司朗が驚きの表情を浮かべた。
「あの、わたし・・!」
「直接訊くといい。その方が・・、きっといい」
京司朗が静かに答えた。
そう、京司朗が答えを出した。
答えはみふゆの胸に突き刺さった。
貴之は自室で報告書を読んでいた。
惣領家一族に巣喰う血族主義者達の報告だ。
血族主義と言う割りにはほとんどが惣領家の“血”とはすでに遠い。
もはや他人ではないかという者達に限ってわずかに繋がっている“血”を振りかざし、血族の結束を固めなければならないと語り出す。
先代や先々代の功績を考慮して出しゃばっても見逃してやっていたが━━━━━
惣領家一族の中枢を担っていた二条家が消えたのも“血”にこだわりすぎたからだ。
かつて堀内健次を担ぎ出し、最終的には全ての責任をとる形で消滅した二条家。
━━━━さて、残りのこいつらをどうするか
貴之は思案中だ。
「京司朗です。よろしいでしょうか?」
障子の向こうから声がして、貴之は「入れ」と言った。
障子がするりと開くと、居たのは京司朗とみふゆだ。
貴之は報告書を閉じた。
「どうした?二人そろって・・。まあ、中に入れ」
京司朗が入り、みふゆはうつむいたまま部屋に入った。
みふゆは貴之の正面に座ったがうつむいたまま、「あの・・」と言ったきりなかなか話せなかった。
「どうしたんだ?みふゆ?」
貴之の優しい声に、みふゆは意を決して顔を上げて貴之に問いかけた。
「本当の・・お父さんなんですか・・・?」
みふゆの必死な表情に貴之は迷った。
「なんで・・そう思った・・・?」
みふゆは泣きそうな気持ちを抑えて答えた。
「お守りが・・、お母さんから貰ったこのお守り袋が和尚様の袈裟と同じで・・・」
「そうか・・。それで俺を本当の父親と思ったのか?」
「名前も・・」
「名前?」
「小学生の時に、自分の名前の由来を調べる課題があって・・・、お母さんに聞いたんです」
『みふゆという名前にはね、秘密があるの』
『ひみつ?』
『みふゆの名前にはお父さんの名前が隠れてるの』
「お父さんの名前?」
「はい。青木の父の名前は重弘なので、みふゆの名前のどこに隠れてるのか知りたくてもう一度聞いたんです。そしたら」
『だから秘密なのよ。でもね、お母さんはお父さんをとても愛してるから、たった一人の子供のあなたにお父さんの名前を隠したのよ』
「お母さんはわたしの名前は漢字にすると美しい冬だと言ってました。でもお父さんの名前を隠すには平仮名のみふゆにしなければならなかったと言ったんです。・・お母さんは“みふゆ”の“冬”に“雪”を隠したんです。でも“貴之”の“ゆき”は降る“雪”ではないから、お母さんはわたしに平仮名の“みふゆ”と名付けて、“たかゆき”の“ゆき”を隠したんです」
貴之は絶句している。
「・・わたし、順さんが本当のお父さんじゃないかって思ったことがあって・・。海外に単身赴任だったとしてもあまりにも赤ちゃん時代のわたしと青木のお父さんが一緒に写った写真が無くて・・・でも青木のお父さんはいつも優しくて、わたしをとてもかわいがってくれたから・・」
みふゆが涙を落とした。
耐えられなくなった貴之は
「すまねぇ・・!」
と声を振り絞った。
「すまねぇ、みふゆ・・!俺が、俺が諦めずに礼夏を探し続けていれば・・・!」
みふゆは首を横に振った。
「いいんです。たくさん事情があったんだと思います。だからもういいんです。わたしは・・お父さんが本当のお父さんで・・よかったと・・・」
そうだ。よかったのだと、みふゆは自分に言い聞かせ、そのあとの言葉が続かなかった。
貴之の深く広い愛情は、実の父としての愛情だったのだ。
みふゆは初めての想いを完全に断ち切った。
初めての想いに名をつけるなら“初恋”だ。
実の父なら恋をしてはならない相手だ。最初から愛してはならないひとだったのだ。
いつの間にか芽生えていた想いをなかなか断てなかったが、今日━━━━━
貴之は、みふゆを実の娘と子供と知って愛してくれていただけだったのだ。
「この御守りを見た時にもしやと思った」
貴之が御守りを握っているみふゆの手をとった。
「権現寺のこの御守りは身内と霊能力の高い者に渡されていた御守りだ。手にしたのはわずか数人だ。お前の母親の名が“礼夏”だと聞いて、年齢を逆算した。お前には悪いと思ったが勝手にDNA検査をして親子の証明がされた」
出所後に礼夏と出会い愛し合ったが、礼夏は姿を消した。探したが見つからず、諦めてしまったことを貴之はみふゆに詫びた。
まさかこんな形で実の親子であることをみふゆが知るとは思わなかった。
貴之自身、打ち明ける機会を探っていたが、みふゆの体調がもう少し落ちついてからと考えていた。
袈裟は何種類かあり、兄・一心が今日着用したのは先代の住職が好んで身につけていた袈裟だ。
礼夏に修行をつけた、先代権現寺住職・惣領要一。
兄・一心がわざと御守り袋と同じ柄の袈裟を選んだと貴之が知ったのは、翌日のことだった。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる


