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204. ロンド~踊る命~ -21- 殺害計画
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堀内はアユミが刺された時点で犯人が元愛人の林香苗だと気づいたのかもしれない。
林香苗がまだ堀内花壇に勤めていた頃、みふゆの護衛の為に周囲の人間を調査させたが、林香苗はみふゆを恨んでいる節があると、松田は報告を受けていた。惣領貴之に取り入ろうとしたが失敗し、歯牙にもかけてもらえず、ずいぶん悔しがっていたというのだ。
これらの報告を受け、松田は林香苗を二度とみふゆと接触できないように町から追いだそうとしたが、その前に堀内健次に捨てられ、日本から去ったという経緯があった。
松田俊也は疑念を抱いた。
林香苗の標的は本当にアユミだったのか。
もしも、みふゆとアユミを間違えたのだとしたら━━━━━
みふゆの病室内の付添人用の部屋では貴之と胡蝶が話しあっていた。
三人がけのソファの真ん中に、足を組んでどっかりと座っている貴之が、監視モニターで眠っているみふゆを見ながら、外出についての話をしていた。
「みふゆちゃんの家にですか?」
「ああ、うちの会社が管理してるとはいえ、気になるんだろう。ずっと帰ってねえしな。持ち出したかった荷物もまだまだあったはずだ。なにしろ仏壇がそのままだ。みふゆにしたら一番気がかりだろう」
「そうですわね。外出ならかまいませんわよ。ただみふゆちゃんのお部屋は二階でしょう?誰かおぶるんですの?京司朗か黒岩あたりかしら?」
「俺に決まってるじゃねーか!みふゆ一人くらいなんてこたあねえぜ!お前は俺をジジィ扱いすんのか?!」
「誰もジジィなんて言ってませんわよ。ひがまないでくださいな」
「ひがんでねーよ!」
「はいはい。大きな声を出さないでくださいませ。じゃあ、みふゆちゃんが起きたら日取りを決めてください。私も行きますから」
「おめーはホントに姉ちゃんそっくりになってきやがったな!」
「褒め言葉と受けとっておきますわ」
胡蝶が軽やかな笑みをこぼした。
〈女がマニラ行きの便に乗りました。〉
携帯電話の向こうから男の声がした。かすかに空港のざわめきとアナウンスが聞こえた。
「わかった。あとはいい」
〈はい〉
電話を切り、窓辺に立っていた酒田は振り向いた。視線の先には堀内健次がいる。
「マニラについたら向こうの連中が始末をつける手はずだ」
「確実だろうな」
「あの女を追ってた工藤が待ちかまえている。あいつの恨みは深い。手がつけられないほどにな。工藤なら間違いなく殺る。確実に殺ったかどうかはニュースになるように仕向けてるからそれでわかる。日本人だと身元が判明すればすぐにニュースになるからな」
「ならいい」
━━━━━生かしておけばあいつは青木にとって禍根になる。“身から出たさび”だ、林。
堀内がタバコに火をつけソファの背にもたれた。
永久に手に入らない女のために堀内は動いた。二度と関わることのなかったはずの世界に、再び足を踏み入れた。それだけ、みふゆには本気だったのだ。
「言っとくが、松田にも惣領にも筒抜けだぞ」
「わかってるさ。お前こそ大丈夫なのか」
「ウチは大事な稼ぎ手をおシャカにされたんだ。その報復だ。あんたのために動いたわけじゃねぇよ」
酒田が冷蔵庫からビールを出し、「呑むか?」と堀内を誘った。
「いや、車だ。もう一度病院に行く」
堀内がこたえると、
「しっかし、まさかあんたがアユミと結婚しちまうなんてなぁ」
「祝儀なら断らねぇぜ」
「は?あんたはウチのNo.1候補をかっさらいやがったんだぞ!こっちが金払ってもらいたいくらいだぜ」
酒田が呆れた声で不満をもらし、缶ビールをゴクゴクと飲みほした。
「外出、いいんですか?!」
明るい顔でみふゆは目を瞬かせた。
「いいわよ。検査の結果が明後日にでるからそのあとよ」
「はい・・!はい!!」
胡蝶の説明に、みふゆは本当に嬉しそうに笑った。
貴之はみふゆの笑顔に安堵した。思いだせば歩けると礼夏もみふゆ自身も言ったが、実際は歩ける兆候すらない。そのせいか、みふゆは足をさすりながら陰りのある表情を時折見せるのだ。
━━━━足の動き自体は良くなっているんだ。だが歩けるまでにはまだまだ時間がかかりそうだな。青木の家に行って荷物をあらかた運んで、そのまま屋敷に帰れれば・・。
「胡蝶、いっそ退院ってのはどうだ?」
「退院・・ですか?」
「ああ、検査の結果がなんともなけりゃもう退院でいいんじゃねえか?」
「でも、お父さん、わたし・・まだ歩けないし・・・」
みふゆが戸惑った口調で貴之をみつめた。
「教えてなかったが、屋敷は改築済みだ。車椅子で自由に動けるようにな。お前の部屋にする藤の間も改装済みだ。ベッドも今お前が使ってるのと同じのを用意した。屋敷の大浴場には入浴に必要なリフトも設置済みだ。トイレも全て広くした。車椅子でも自由に生活できるようにしたんだ。なんの心配も要らねえ」
みふゆの表情が戸惑いから驚きへと変わった。
自分がどれだけ貴之に愛されているかを今また思い知って、感謝の気持ちが溢れていた。
「おとう・・さん、ありがとう・・、ありがとうございます・・・!」
こんなにも感謝の気持ちが溢れているのに、言葉にできたのは“ありがとう”の言葉だけだ。他の言葉がみつからない。
貴之はそんなみふゆの頭をただ撫でていた。
「では退院の方向で調整しますわね」
胡蝶が微笑みながら言うと、貴之が、
「ああ、そうしてくれ」
と答えた。
夜の街と称される、小さなスナックや一杯飲み屋が集まる繁華街の一角。女性募集の張り紙のある、スナックの二階の間借り部屋に男はいた。
『名前は青木みふゆよ。住所はここに書いてあるわ。一人暮らしだから日中でも家のなかに入れば邪魔するやつはいないわ』
林香苗は男に仕事を依頼すると早々にフィリピンに戻っていった。
『けっこういい体をしてるから楽しめるはずよ。思う存分ヤッてかまわないわ。女に飢えてる奴がいるならそいつらも誘ってあげなさいよ』
香苗は口の端をあげて笑みをつくった。
━━━━女ってのはおっかねー生きもんだね。憎たらしい相手を壊すためならどれだけ金を積んでもいいときたもんだ。
男はじっと眺めていた写真を灰皿の上で燃やした。
ポニーテールに堀内花壇のネーム入りのエプロンをしたみふゆの写真だった。
━━━━一軒家に一人暮らしだと警戒心は強いかもな。両隣を調べてからにするか。
男は灰になった写真を台所で水に流し、間借り部屋を出ていった。
堀内はアユミが刺された時点で犯人が元愛人の林香苗だと気づいたのかもしれない。
林香苗がまだ堀内花壇に勤めていた頃、みふゆの護衛の為に周囲の人間を調査させたが、林香苗はみふゆを恨んでいる節があると、松田は報告を受けていた。惣領貴之に取り入ろうとしたが失敗し、歯牙にもかけてもらえず、ずいぶん悔しがっていたというのだ。
これらの報告を受け、松田は林香苗を二度とみふゆと接触できないように町から追いだそうとしたが、その前に堀内健次に捨てられ、日本から去ったという経緯があった。
松田俊也は疑念を抱いた。
林香苗の標的は本当にアユミだったのか。
もしも、みふゆとアユミを間違えたのだとしたら━━━━━
みふゆの病室内の付添人用の部屋では貴之と胡蝶が話しあっていた。
三人がけのソファの真ん中に、足を組んでどっかりと座っている貴之が、監視モニターで眠っているみふゆを見ながら、外出についての話をしていた。
「みふゆちゃんの家にですか?」
「ああ、うちの会社が管理してるとはいえ、気になるんだろう。ずっと帰ってねえしな。持ち出したかった荷物もまだまだあったはずだ。なにしろ仏壇がそのままだ。みふゆにしたら一番気がかりだろう」
「そうですわね。外出ならかまいませんわよ。ただみふゆちゃんのお部屋は二階でしょう?誰かおぶるんですの?京司朗か黒岩あたりかしら?」
「俺に決まってるじゃねーか!みふゆ一人くらいなんてこたあねえぜ!お前は俺をジジィ扱いすんのか?!」
「誰もジジィなんて言ってませんわよ。ひがまないでくださいな」
「ひがんでねーよ!」
「はいはい。大きな声を出さないでくださいませ。じゃあ、みふゆちゃんが起きたら日取りを決めてください。私も行きますから」
「おめーはホントに姉ちゃんそっくりになってきやがったな!」
「褒め言葉と受けとっておきますわ」
胡蝶が軽やかな笑みをこぼした。
〈女がマニラ行きの便に乗りました。〉
携帯電話の向こうから男の声がした。かすかに空港のざわめきとアナウンスが聞こえた。
「わかった。あとはいい」
〈はい〉
電話を切り、窓辺に立っていた酒田は振り向いた。視線の先には堀内健次がいる。
「マニラについたら向こうの連中が始末をつける手はずだ」
「確実だろうな」
「あの女を追ってた工藤が待ちかまえている。あいつの恨みは深い。手がつけられないほどにな。工藤なら間違いなく殺る。確実に殺ったかどうかはニュースになるように仕向けてるからそれでわかる。日本人だと身元が判明すればすぐにニュースになるからな」
「ならいい」
━━━━━生かしておけばあいつは青木にとって禍根になる。“身から出たさび”だ、林。
堀内がタバコに火をつけソファの背にもたれた。
永久に手に入らない女のために堀内は動いた。二度と関わることのなかったはずの世界に、再び足を踏み入れた。それだけ、みふゆには本気だったのだ。
「言っとくが、松田にも惣領にも筒抜けだぞ」
「わかってるさ。お前こそ大丈夫なのか」
「ウチは大事な稼ぎ手をおシャカにされたんだ。その報復だ。あんたのために動いたわけじゃねぇよ」
酒田が冷蔵庫からビールを出し、「呑むか?」と堀内を誘った。
「いや、車だ。もう一度病院に行く」
堀内がこたえると、
「しっかし、まさかあんたがアユミと結婚しちまうなんてなぁ」
「祝儀なら断らねぇぜ」
「は?あんたはウチのNo.1候補をかっさらいやがったんだぞ!こっちが金払ってもらいたいくらいだぜ」
酒田が呆れた声で不満をもらし、缶ビールをゴクゴクと飲みほした。
「外出、いいんですか?!」
明るい顔でみふゆは目を瞬かせた。
「いいわよ。検査の結果が明後日にでるからそのあとよ」
「はい・・!はい!!」
胡蝶の説明に、みふゆは本当に嬉しそうに笑った。
貴之はみふゆの笑顔に安堵した。思いだせば歩けると礼夏もみふゆ自身も言ったが、実際は歩ける兆候すらない。そのせいか、みふゆは足をさすりながら陰りのある表情を時折見せるのだ。
━━━━足の動き自体は良くなっているんだ。だが歩けるまでにはまだまだ時間がかかりそうだな。青木の家に行って荷物をあらかた運んで、そのまま屋敷に帰れれば・・。
「胡蝶、いっそ退院ってのはどうだ?」
「退院・・ですか?」
「ああ、検査の結果がなんともなけりゃもう退院でいいんじゃねえか?」
「でも、お父さん、わたし・・まだ歩けないし・・・」
みふゆが戸惑った口調で貴之をみつめた。
「教えてなかったが、屋敷は改築済みだ。車椅子で自由に動けるようにな。お前の部屋にする藤の間も改装済みだ。ベッドも今お前が使ってるのと同じのを用意した。屋敷の大浴場には入浴に必要なリフトも設置済みだ。トイレも全て広くした。車椅子でも自由に生活できるようにしたんだ。なんの心配も要らねえ」
みふゆの表情が戸惑いから驚きへと変わった。
自分がどれだけ貴之に愛されているかを今また思い知って、感謝の気持ちが溢れていた。
「おとう・・さん、ありがとう・・、ありがとうございます・・・!」
こんなにも感謝の気持ちが溢れているのに、言葉にできたのは“ありがとう”の言葉だけだ。他の言葉がみつからない。
貴之はそんなみふゆの頭をただ撫でていた。
「では退院の方向で調整しますわね」
胡蝶が微笑みながら言うと、貴之が、
「ああ、そうしてくれ」
と答えた。
夜の街と称される、小さなスナックや一杯飲み屋が集まる繁華街の一角。女性募集の張り紙のある、スナックの二階の間借り部屋に男はいた。
『名前は青木みふゆよ。住所はここに書いてあるわ。一人暮らしだから日中でも家のなかに入れば邪魔するやつはいないわ』
林香苗は男に仕事を依頼すると早々にフィリピンに戻っていった。
『けっこういい体をしてるから楽しめるはずよ。思う存分ヤッてかまわないわ。女に飢えてる奴がいるならそいつらも誘ってあげなさいよ』
香苗は口の端をあげて笑みをつくった。
━━━━女ってのはおっかねー生きもんだね。憎たらしい相手を壊すためならどれだけ金を積んでもいいときたもんだ。
男はじっと眺めていた写真を灰皿の上で燃やした。
ポニーテールに堀内花壇のネーム入りのエプロンをしたみふゆの写真だった。
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