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167. 揺らぐ気持ち
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障子から射す朝陽に、貴之は布団から飛び起きた。
いつ寝床に入ったのか覚えていない。
夢だったのかと疑ったが、焦げた畳の上に小さく光るものを見つけて、貴之は夢ではなかったと確信した。
銀色の鈴。
礼夏が現れた証があった。
貴之は布団を片付け、身支度を整えると、京司朗の部屋に行った。
一週間後、みふゆに話すためには京司朗が絶対に必要となる。
「京、入るぞ」
京司朗の部屋のドアの前で声をかけ、貴之はドアを開けた。
京司朗もすでに日常着の着物に着替えており、パソコンで国際情勢のチェックをしていた。
貴之が部屋に入ってくると、京司朗は椅子から立ち上がり、「おはようございます」と軽く一礼した。
「京、一週間後にみふゆに何があったかを話す。洪水が起きた日からもう一度時間を辿っていく」
「夢の内容も教えるんですか?」
「そうだ。だが話す前にお前は『帰国』してなきゃならん。みふゆがどの程度覚えているかわからねえが、明明後日あたりにお前を病院に連れていく」
「わかりました」
貴之は京司朗の部屋から出て扉を閉めた。
閉めたが足は前に進まなかった。
京司朗に打ち明けるべきか━━━━
短命の一族・水無瀬。
その血を受け継いだみふゆ。
━━━あと七年と決まったわけじゃ無え。
貴之は、命の不確かさに翻弄される。
みふゆの元に向かう、貴之を乗せたセンチュリーが私道から公道に出ようとしていた。運転は高城が、助手席には村井がいる。
乗ってまもなく貴之は眠りについた。
高城も村井も珍しいと思った。よほど疲れているのか、眠っていないのか。あの奇異な出来事は、惣領貴之といえど何かしら負担がかかったのかもしれない。
高城は小声で「スピードを落とす」と告げ、助手席の村井が前後の護衛車にメッセージを飛ばした。
━ 会長が眠っている。スピードを落とす ━
貴之の眠る時間を少しでも長く確保するためだった。
いつもより三十分ほど遅く貴之は病院に着いたが、遅くなった理由を高城に問いただす真似はしなかった。
病室のドアを開けると、みふゆがすぐに「おとうさん、おはよう!」とベッドから手を振った。
今朝は八歳のみふゆだ。
貴之も笑顔で
「おう、おはよう。今日も元気だな。いい子だ」
と、みふゆの頭を撫でた。
「おとうさん、これ見て!」
みふゆがブルーレイディスクを両手で持って見せた。
「?映画のディスクか?」
「たちばなさんって人からね、もらったの」
みふゆの言い様は、橘の記憶が無いものと思える。
「橘が?」
「ええ、春に大根島を訪ねたときのものですわ」
松田家の護衛のひとり、橘は、いかつい風体の割には花や植物の知識が豊富で、庭造りはプロ級の腕を持っている。松田家の茶会に招かれたおり、見事な庭造りに感動したみふゆは、橘から庭造りの指南を受けたことがあった。橘はみふゆが入院したと聞き、春に撮影した牡丹・芍薬園をブルーレイディスクに焼き込み、写真集にもして、見舞いとして胡蝶に渡した。
「橘のやつ、牡丹園にも行ってたのか」
「そのうち日本の植物園全て制覇しますわよ」
胡蝶が軽やかに笑い、ベッドの側のテーブルにコーヒーを置いた。
「見て。牡丹もシャクヤクもいろんな種類があるの。すごくキレイ」
みふゆは貴之に見えるように本を開いた。全ページカラーで、花の名前や特徴も明記してあった。
「牡丹は花の王さまだからお父さんの花」
貴之は思い出す。
『あいつはあんたのことを牡丹の花のようだって言ってたぜ』
みふゆが堀内花壇に採用され三ヶ月め、貴之が堀内健次の様子を見に堀内花壇本店に立ち寄った。みふゆが本店勤務の日だった。
『あの青木みふゆってお嬢ちゃん、この前も居たが、なかなか感じのいい娘じゃねえか。普段は支店勤めか?』
『ああ、週二回本店勤務だ。あとは本店が忙しい時もヘルプで呼ぶ』
『おめーにしちゃいい娘を採用したな』
『ふん。あいつはあんたのことを牡丹の花のようだって言ってたぜ』
『ほう?百花の王か?いい目をしてる。俺にピッタリだぜ』
『迫力があっておっかねーとも言ってたけどな』
『そりゃ誤解だ。仕方ねえな、俺の優しさを教えてやらなきゃなんねぇな』
みふゆは初めて会ったときから妙に印象に残っていた。
まさか自分の血をわけた娘とは思いもしなかった。
「おとうさん、だいこん島ってどこ?」
「島根だ。島根県の松江市だな」
「島根ってどこ?」
「島根は本州の端のほうよ。日本海に面してるわ。ここよ」
胡蝶がiPadで日本地図を表示させた。
「大根島はこの中海にあるわ。本土と陸続きになってから行きやすくなってるわね。橋が完成してお隣の江島とも繋がってるから江島の牡丹園も訪ねやすいわ」
「ベタ踏み板の江島大橋か。車のCMで有名になったんだったな、この急勾配」
貴之が江島大橋を表示させた。
「直角?!登れないよ、おとうさん」
「そう見えるだろ?」
今度は横からの江島大橋をみふゆに見せた。
「あ・・」
みふゆがカラクリに気づいた。
「おもしれえだろ?江島の牡丹園入れりゃあ大根島とあわせて四つ五つはあるんじゃねぇか?」
「そうですわね。もともと牡丹の産地ですし、島根の県の花は牡丹ですから、力が入ってますわね。他にもシャクヤク園もあるし、日本庭園も見事ですわよ。秋は紅葉のライトアップも綺麗ですし」
「いいなあ・・、わたしも行ってみたい」
「よーし、連れてってやるぞ。これからだと寒牡丹の時期か?」
「寒牡丹は十月下旬あたりからですわ」
「ちょうどいいじゃねえか。せっかくだ、出雲大社も参拝して、時間かけてゆっくりあちこち観てまわるか」
「ほんとう?!連れてってくれるの?!じゃあわたしそれまでに歩けるようになる!」
『歩けるようになる』
貴之はみふゆの素直な言葉に胸が痛んだ。
今すぐにでも何があったのかをみふゆに思い出させれば、歩けるようになるかもしれない。それをさせないのは自分のわがままだ。
貴之は自責の念に駆られ、気持ちが揺らいでいた。
障子から射す朝陽に、貴之は布団から飛び起きた。
いつ寝床に入ったのか覚えていない。
夢だったのかと疑ったが、焦げた畳の上に小さく光るものを見つけて、貴之は夢ではなかったと確信した。
銀色の鈴。
礼夏が現れた証があった。
貴之は布団を片付け、身支度を整えると、京司朗の部屋に行った。
一週間後、みふゆに話すためには京司朗が絶対に必要となる。
「京、入るぞ」
京司朗の部屋のドアの前で声をかけ、貴之はドアを開けた。
京司朗もすでに日常着の着物に着替えており、パソコンで国際情勢のチェックをしていた。
貴之が部屋に入ってくると、京司朗は椅子から立ち上がり、「おはようございます」と軽く一礼した。
「京、一週間後にみふゆに何があったかを話す。洪水が起きた日からもう一度時間を辿っていく」
「夢の内容も教えるんですか?」
「そうだ。だが話す前にお前は『帰国』してなきゃならん。みふゆがどの程度覚えているかわからねえが、明明後日あたりにお前を病院に連れていく」
「わかりました」
貴之は京司朗の部屋から出て扉を閉めた。
閉めたが足は前に進まなかった。
京司朗に打ち明けるべきか━━━━
短命の一族・水無瀬。
その血を受け継いだみふゆ。
━━━あと七年と決まったわけじゃ無え。
貴之は、命の不確かさに翻弄される。
みふゆの元に向かう、貴之を乗せたセンチュリーが私道から公道に出ようとしていた。運転は高城が、助手席には村井がいる。
乗ってまもなく貴之は眠りについた。
高城も村井も珍しいと思った。よほど疲れているのか、眠っていないのか。あの奇異な出来事は、惣領貴之といえど何かしら負担がかかったのかもしれない。
高城は小声で「スピードを落とす」と告げ、助手席の村井が前後の護衛車にメッセージを飛ばした。
━ 会長が眠っている。スピードを落とす ━
貴之の眠る時間を少しでも長く確保するためだった。
いつもより三十分ほど遅く貴之は病院に着いたが、遅くなった理由を高城に問いただす真似はしなかった。
病室のドアを開けると、みふゆがすぐに「おとうさん、おはよう!」とベッドから手を振った。
今朝は八歳のみふゆだ。
貴之も笑顔で
「おう、おはよう。今日も元気だな。いい子だ」
と、みふゆの頭を撫でた。
「おとうさん、これ見て!」
みふゆがブルーレイディスクを両手で持って見せた。
「?映画のディスクか?」
「たちばなさんって人からね、もらったの」
みふゆの言い様は、橘の記憶が無いものと思える。
「橘が?」
「ええ、春に大根島を訪ねたときのものですわ」
松田家の護衛のひとり、橘は、いかつい風体の割には花や植物の知識が豊富で、庭造りはプロ級の腕を持っている。松田家の茶会に招かれたおり、見事な庭造りに感動したみふゆは、橘から庭造りの指南を受けたことがあった。橘はみふゆが入院したと聞き、春に撮影した牡丹・芍薬園をブルーレイディスクに焼き込み、写真集にもして、見舞いとして胡蝶に渡した。
「橘のやつ、牡丹園にも行ってたのか」
「そのうち日本の植物園全て制覇しますわよ」
胡蝶が軽やかに笑い、ベッドの側のテーブルにコーヒーを置いた。
「見て。牡丹もシャクヤクもいろんな種類があるの。すごくキレイ」
みふゆは貴之に見えるように本を開いた。全ページカラーで、花の名前や特徴も明記してあった。
「牡丹は花の王さまだからお父さんの花」
貴之は思い出す。
『あいつはあんたのことを牡丹の花のようだって言ってたぜ』
みふゆが堀内花壇に採用され三ヶ月め、貴之が堀内健次の様子を見に堀内花壇本店に立ち寄った。みふゆが本店勤務の日だった。
『あの青木みふゆってお嬢ちゃん、この前も居たが、なかなか感じのいい娘じゃねえか。普段は支店勤めか?』
『ああ、週二回本店勤務だ。あとは本店が忙しい時もヘルプで呼ぶ』
『おめーにしちゃいい娘を採用したな』
『ふん。あいつはあんたのことを牡丹の花のようだって言ってたぜ』
『ほう?百花の王か?いい目をしてる。俺にピッタリだぜ』
『迫力があっておっかねーとも言ってたけどな』
『そりゃ誤解だ。仕方ねえな、俺の優しさを教えてやらなきゃなんねぇな』
みふゆは初めて会ったときから妙に印象に残っていた。
まさか自分の血をわけた娘とは思いもしなかった。
「おとうさん、だいこん島ってどこ?」
「島根だ。島根県の松江市だな」
「島根ってどこ?」
「島根は本州の端のほうよ。日本海に面してるわ。ここよ」
胡蝶がiPadで日本地図を表示させた。
「大根島はこの中海にあるわ。本土と陸続きになってから行きやすくなってるわね。橋が完成してお隣の江島とも繋がってるから江島の牡丹園も訪ねやすいわ」
「ベタ踏み板の江島大橋か。車のCMで有名になったんだったな、この急勾配」
貴之が江島大橋を表示させた。
「直角?!登れないよ、おとうさん」
「そう見えるだろ?」
今度は横からの江島大橋をみふゆに見せた。
「あ・・」
みふゆがカラクリに気づいた。
「おもしれえだろ?江島の牡丹園入れりゃあ大根島とあわせて四つ五つはあるんじゃねぇか?」
「そうですわね。もともと牡丹の産地ですし、島根の県の花は牡丹ですから、力が入ってますわね。他にもシャクヤク園もあるし、日本庭園も見事ですわよ。秋は紅葉のライトアップも綺麗ですし」
「いいなあ・・、わたしも行ってみたい」
「よーし、連れてってやるぞ。これからだと寒牡丹の時期か?」
「寒牡丹は十月下旬あたりからですわ」
「ちょうどいいじゃねえか。せっかくだ、出雲大社も参拝して、時間かけてゆっくりあちこち観てまわるか」
「ほんとう?!連れてってくれるの?!じゃあわたしそれまでに歩けるようになる!」
『歩けるようになる』
貴之はみふゆの素直な言葉に胸が痛んだ。
今すぐにでも何があったのかをみふゆに思い出させれば、歩けるようになるかもしれない。それをさせないのは自分のわがままだ。
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