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161. 短命の一族 (3) 嫉妬
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貴之が病院に着いたのは昼少し前だった。
礼夏の頼みなのに、積極的な気持ちになれない貴之だ。礼夏が言うのであればそれが一番良い方法なのだと理解はしている。
気持ちを整理するために、貴之は病室には行かず、一階フロアの売店近くのガラス窓から中庭を眺めていた。
中庭は一面にオレンジのコスモスが咲き、中央にイチョウの雄株が真っ直ぐに立って緑の葉を繁らせている。
夜中の雨で倒れているコスモスもあるが、倒れていても花は可憐で、たくましく咲いてる。
貴之はふんぎりがつかない。
みふゆに恐怖を再び体験などさせたくない。
他に方法はないのか。
「お父さんだ!お父さん!」
みふゆの声だ。ガラス窓に手を振るみふゆの姿が映っている。
「おー、みふゆ、どうした?検査か?」
両手を羽織の袖にもぐりこませたまま、貴之はみふゆに近づいた。
「売店でスケッチブックと色鉛筆を買ってきました」
「スケッチブック?」
「絵を描きたいのですって」
車椅子を押す胡蝶が答えた。
「そうか、だいぶ調子が良くなってきたな」
「はい。なんでもできそうです」
みふゆは両手をグッと握りしめ、『ファイト!』な、ポーズをつくった。
「頼もしいじゃねぇか。いいぞいいぞ」
貴之はみふゆの頭をくしゃくしゃと撫でた。明るい態度とは裏腹に、みふゆがこれから乗り越えなければならない問題に心を曇らせている。
「お父さんの数珠のおかげですごくよく眠れたんです。何も気にしないで眠れました」
「そうか、おまえの役にたったなら良かったぜ。数珠はおまえにあげるから、そのまま持ってるといい」
「ほんとう?!くれるの?!ありがとう、お父さん!」
素直に喜びはしゃぐみふゆは子供だと、日に日に感じざるを得ない。このままかわいい子供に戻ったまま、歩けなくてもいいではないか。
貴之の胸は切なく痛み、迷いは晴れない。
『礼夏の頼みを切り捨てるのか』
後ろから声がして貴之は振り向いた。
ガラス窓に映るもう一人の自分が、無表情に責めていた。
病室に戻ると、ベッドのオーバーテーブルの上に冊子があった。貴之は、
「なんだ?これ」と、冊子を手にした。
「お母さんのコスプレアルバムです」
「コスプレ???」
貴之が眉をひそめ不可思議な顔をした。
「ふふ、コスプレです」
笑いながらみふゆはベッド柵につかまり、車椅子から立ち上がってベッドに移動した。すっかり慣れた動作だ。
足も以前に比べ上手に動かしている。
リハビリで歩けるようになるのではないか。
━━━午後のリハビリを見て決めるか?・・・いいや、だめだ。礼夏の願いを無視することはできねえ。しちゃならねえんだ。
「お父さん、わたしのお母さんね、十二単のコスプレしてたんです。中学から十八くらいまでですけど」
偶然見つけた母親の秘密を打ち明けるように、みふゆは貴之に言った。
「ほう?面白そうだな。見てもいいか?」
「うん、いいよ。あ、一緒に写ってるのは風見順さんっていう、お母さんときょうだいみたいに育った人です」
貴之はギクリとした。
みふゆは風見順を知っているのか。
貴之は躊躇いがちにアルバムを開いた。
「朝、胡蝶さんと楓さんとも一緒にみてたんです」
「素敵な写真ばかりよ。みふゆちゃんのお母さま、十二単がとても似合っているのよ」
胡蝶が言った。
一枚目は十四歳の礼夏と風見順が笑顔で寄り添いあっている。いまのみふゆとよく似ている。
「順さんは確か十九歳だったはずです。写真の裏に年齢が書いてありましたから」
「とても美しい青年で、私も楓も驚いたわ」
胡蝶が声をかけ、貴之はようやく、
「ああ・・」と小さく答えた。
他に言葉が出なかった。
真夜中の出来事が嘘だった気がする。
獣特有の臭いを放ち、貴之に牙を剥いた風見順。
時を止めた写真のなかの風見順は、ゆうべとはまるきり違う美青年だ。本来の姿だ。
十四歳から始まっている礼夏の様々な十二単姿はほとんどが風見順と一緒だ。最後と思われるページをめくると、左のページに一人で写っている礼夏が、右のページには赤ん坊を抱いて笑っている風見順の姿があった。
「これは・・・?」
「順さんとわたしです」
「おまえと・・?」
まるで本当の親子のように━━━━
「はい。わたしが生まれる時、青木のお父さんは海外赴任でいなかったんです。だから順さんがそばにいてくれたと聞いています。でも順さんは元々病気があって、わたしが生まれる前に余命宣告を受けていたそうです。わたしが一歳くらいに順さんの病気が悪化して、青木のお父さんは会社を辞めて帰国したのだと聞きました。順さんはずっとわたしの父親がわりをしてくれてたそうです」
───順は嫉妬したのだ
風見、だからお前は・・・、
───みふゆがあなたを『お父さん』と呼んだから
お前はみふゆに『お父さん』と呼んでほしかったのか・・・
「みふゆ、おまえは順さんを覚えているか?」
「覚えてはいませんけど、すごくかわいがってくれたと聞きました。生まれてから一歳までの写真は順さんと写ったものがほとんどだし。わたしが生まれた最初の家族写真もお宮参りも順さんとお母さんとわたしなんです。青木のお父さんとは一時帰国したときにしか撮れなかったから」
記憶はなくとも、みふゆの心に『風見順』はいた。
病を得なければ、このまま親子として暮らしたかもしれない。
みふゆをどれだけかわいがっていたか、笑顔を見ればわかる。
「わたし赤ちゃん時代の写真は順さんと写ってるこれが一番好きなんです。順さんのこの笑顔が大好きなんです」
みふゆははっきりと言った。
風見、聞いたか?
お前の笑顔が大好きだと言った今のみふゆの声を
俺に嫉妬しただと?
ふざけるな!
お前は、俺のほしかったものをとっくに手に入れてたんじゃねぇか!
嫉妬するのは俺のほうだぜ、風見━━━━━
貴之が病院に着いたのは昼少し前だった。
礼夏の頼みなのに、積極的な気持ちになれない貴之だ。礼夏が言うのであればそれが一番良い方法なのだと理解はしている。
気持ちを整理するために、貴之は病室には行かず、一階フロアの売店近くのガラス窓から中庭を眺めていた。
中庭は一面にオレンジのコスモスが咲き、中央にイチョウの雄株が真っ直ぐに立って緑の葉を繁らせている。
夜中の雨で倒れているコスモスもあるが、倒れていても花は可憐で、たくましく咲いてる。
貴之はふんぎりがつかない。
みふゆに恐怖を再び体験などさせたくない。
他に方法はないのか。
「お父さんだ!お父さん!」
みふゆの声だ。ガラス窓に手を振るみふゆの姿が映っている。
「おー、みふゆ、どうした?検査か?」
両手を羽織の袖にもぐりこませたまま、貴之はみふゆに近づいた。
「売店でスケッチブックと色鉛筆を買ってきました」
「スケッチブック?」
「絵を描きたいのですって」
車椅子を押す胡蝶が答えた。
「そうか、だいぶ調子が良くなってきたな」
「はい。なんでもできそうです」
みふゆは両手をグッと握りしめ、『ファイト!』な、ポーズをつくった。
「頼もしいじゃねぇか。いいぞいいぞ」
貴之はみふゆの頭をくしゃくしゃと撫でた。明るい態度とは裏腹に、みふゆがこれから乗り越えなければならない問題に心を曇らせている。
「お父さんの数珠のおかげですごくよく眠れたんです。何も気にしないで眠れました」
「そうか、おまえの役にたったなら良かったぜ。数珠はおまえにあげるから、そのまま持ってるといい」
「ほんとう?!くれるの?!ありがとう、お父さん!」
素直に喜びはしゃぐみふゆは子供だと、日に日に感じざるを得ない。このままかわいい子供に戻ったまま、歩けなくてもいいではないか。
貴之の胸は切なく痛み、迷いは晴れない。
『礼夏の頼みを切り捨てるのか』
後ろから声がして貴之は振り向いた。
ガラス窓に映るもう一人の自分が、無表情に責めていた。
病室に戻ると、ベッドのオーバーテーブルの上に冊子があった。貴之は、
「なんだ?これ」と、冊子を手にした。
「お母さんのコスプレアルバムです」
「コスプレ???」
貴之が眉をひそめ不可思議な顔をした。
「ふふ、コスプレです」
笑いながらみふゆはベッド柵につかまり、車椅子から立ち上がってベッドに移動した。すっかり慣れた動作だ。
足も以前に比べ上手に動かしている。
リハビリで歩けるようになるのではないか。
━━━午後のリハビリを見て決めるか?・・・いいや、だめだ。礼夏の願いを無視することはできねえ。しちゃならねえんだ。
「お父さん、わたしのお母さんね、十二単のコスプレしてたんです。中学から十八くらいまでですけど」
偶然見つけた母親の秘密を打ち明けるように、みふゆは貴之に言った。
「ほう?面白そうだな。見てもいいか?」
「うん、いいよ。あ、一緒に写ってるのは風見順さんっていう、お母さんときょうだいみたいに育った人です」
貴之はギクリとした。
みふゆは風見順を知っているのか。
貴之は躊躇いがちにアルバムを開いた。
「朝、胡蝶さんと楓さんとも一緒にみてたんです」
「素敵な写真ばかりよ。みふゆちゃんのお母さま、十二単がとても似合っているのよ」
胡蝶が言った。
一枚目は十四歳の礼夏と風見順が笑顔で寄り添いあっている。いまのみふゆとよく似ている。
「順さんは確か十九歳だったはずです。写真の裏に年齢が書いてありましたから」
「とても美しい青年で、私も楓も驚いたわ」
胡蝶が声をかけ、貴之はようやく、
「ああ・・」と小さく答えた。
他に言葉が出なかった。
真夜中の出来事が嘘だった気がする。
獣特有の臭いを放ち、貴之に牙を剥いた風見順。
時を止めた写真のなかの風見順は、ゆうべとはまるきり違う美青年だ。本来の姿だ。
十四歳から始まっている礼夏の様々な十二単姿はほとんどが風見順と一緒だ。最後と思われるページをめくると、左のページに一人で写っている礼夏が、右のページには赤ん坊を抱いて笑っている風見順の姿があった。
「これは・・・?」
「順さんとわたしです」
「おまえと・・?」
まるで本当の親子のように━━━━
「はい。わたしが生まれる時、青木のお父さんは海外赴任でいなかったんです。だから順さんがそばにいてくれたと聞いています。でも順さんは元々病気があって、わたしが生まれる前に余命宣告を受けていたそうです。わたしが一歳くらいに順さんの病気が悪化して、青木のお父さんは会社を辞めて帰国したのだと聞きました。順さんはずっとわたしの父親がわりをしてくれてたそうです」
───順は嫉妬したのだ
風見、だからお前は・・・、
───みふゆがあなたを『お父さん』と呼んだから
お前はみふゆに『お父さん』と呼んでほしかったのか・・・
「みふゆ、おまえは順さんを覚えているか?」
「覚えてはいませんけど、すごくかわいがってくれたと聞きました。生まれてから一歳までの写真は順さんと写ったものがほとんどだし。わたしが生まれた最初の家族写真もお宮参りも順さんとお母さんとわたしなんです。青木のお父さんとは一時帰国したときにしか撮れなかったから」
記憶はなくとも、みふゆの心に『風見順』はいた。
病を得なければ、このまま親子として暮らしたかもしれない。
みふゆをどれだけかわいがっていたか、笑顔を見ればわかる。
「わたし赤ちゃん時代の写真は順さんと写ってるこれが一番好きなんです。順さんのこの笑顔が大好きなんです」
みふゆははっきりと言った。
風見、聞いたか?
お前の笑顔が大好きだと言った今のみふゆの声を
俺に嫉妬しただと?
ふざけるな!
お前は、俺のほしかったものをとっくに手に入れてたんじゃねぇか!
嫉妬するのは俺のほうだぜ、風見━━━━━
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