157 / 278
157. 夜は明けて
しおりを挟む
.
───貴之・・、貴之・・・、
『礼夏?』
───貴之、あなたに話がある
『礼夏、俺もお前と話したい』
───住職にわたしを呼び出してもらってほしい
『兄貴か?』
───そうだ。わたしを閉じ込めていた結界が壊れた今なら、呼び出しに応じられる。みふゆに・・
『礼夏?』
───み・・に・・・はなし・・・
『礼夏?!』
「礼夏!」
貴之が飛び起きた。
時計が午前六時をさしている。
床についたのが午前三時過ぎ。三時間ほどは眠ったらしい。
窓の障子が白く柔らかに輝いている。朝の眩しい光を吸い込んでいるのだ。
━━━礼夏が夢に出てきた・・、最後に何を言ったのか・・みふゆに何か伝えたかったのか・・・
貴之は布団を出ると白梅の間の隣にあるバスルームに入った。洗面台の鏡に自分が映る。
年齢も六十になると、髪に白いものがまじって、日に日に年をとる自分と向き合わなくてはならなくなる。
礼夏は若いままだったのに。
自分だけが年をとっていくことに不条理さを感じる。
━━━生きてきた証しだ・・
寂しいけれど、年をとるのは肉体を持つ、生きてきた証しだ。
貴之は熱いシャワーを浴び、身なりを整え、遅くなったが読経を行うために仏間に向かった。
「会長、起きられたようですね」
使用人頭の本橋が、京司朗にコーヒーを出した。
「ああ。なぜ起こさなかったと文句を言うかもな」
京司朗はパソコンでの情報チェックをやめ、コーヒーを手にした。読経の声がリビングまで聞こえている。
「起こしたけど起きなかったんだからしょうがありませんよ」
「起こしたのか?」
「問われたらそう答えます。疲れてる時は時間に関係なく眠ったほうがいいんですから」
本橋が笑いながら厨房に戻った。
この屋敷で貴之をやり込めることができるのは本橋くらいだ。
京司朗は軽く笑い、コーヒーを一口のんだ。
本橋は屋敷に住み込みだが、夜中の騒ぎをまったく知らないと言った。
京司朗は、詳しい内容は教えず、山の獣が侵入し捕り物騒ぎがあったと伝えたが、気づかなかったと本橋から返答された。
他の住み込み従業員も同様だった。
現実と、異なる世界が入り混じった時間。外界からは閉じられていたのかもしれない。
京司朗はみふゆを思い浮かべた。
十二単の女がみふゆの母親なら、娘のもとにも行ったのではないか。
今朝は珍しく胡蝶が早い時間に単独で病室を訪れた。
いつもなら起きているみふゆがまだ眠っている。
午前六時ちょっと前。
胡蝶は惣領の屋敷に貴之を迎えに行ったが、まだ起きていないと言われ、京司朗から夜中の出来事についての説明を受けた。
病院に来ると、こちらはこちらで、やはり楓から夜中に唐衣裳姿(十二単)の女が現れたと告げられた。
「唐衣裳、ぱっと見ただけでもかなり豪華な代物だったわよ」
楓が言った。
朝食が運ばれる七時半。ようやく起きたみふゆは車椅子に移り、洗面所で朝の身支度を終え、ベッドに戻るのではなく、食事用のテーブルについた。
「こんなにぐっすりと眠ったのは初めてです」
みふゆは貴之が貸してくれた数珠のおかげだと感動していた。
誰にも言ってないが、みふゆは家にいても真夜中、霊の気配で起こされることが多かった。
母親の遺した護りの鈴を窓に置いてあるせいか、家に入れず、ガラス窓を叩いて注意をひこうとするモノ達だ。
病院ならばどれだけ迷っている死者が多いかと警戒したが、それほどでもなかった。もっとも一人二人いても、みふゆは気配で目が覚めてしまう。
それが貴之の数珠を持ったとたん、何も感じず眠ることができた。
「さすがお父さんの数珠です」
「会長が来たら言っておあげなさい。喜ぶわよ」
「はい」
「食事はテーブルで大丈夫?」
「はい!」
みふゆは気合いが入っている。
ぐっすり眠れたせいか、すこぶる調子がいい。
昨日まで、食事はすべてベッド上だった。でも今日からは歩くためのリハビリも始まる。
ベッドでばかり過ごしていないでどんどん動こう。動けば食欲ももっと出る。
今朝は胡蝶、楓、みふゆ、女三人で朝食となった。
「女子会よ。女子会!」
楓が言いながら、保温カートから朝食のプレートを出してくれた。
「さあ、食べましょう」
胡蝶がカフェオレをいれて持ってきてくれた。
みふゆには手に持ちやすい白のマグカップ。胡蝶と楓はソーサー付きの白いコーヒーカップだ。
朝食メニューは、フレンチトースト、胡蝶がいれてくれたカフェオレ。柔らかく蒸した鶏のササミと温野菜のサラダ、湯むきされたミニトマトのマリネ。果物はカットされた梨とオレンジ、コンポート皿にマスカットとプルーンが盛られている。ヨーグルトにはブルーベリーとストロベリーのソースが用意され、蜂蜜の小さなポットも並べられた。
みふゆはオレンジに目を奪われた。 外皮がきれいに剥かれ、ひとつひとつ薄皮から取りだされた、くし形のオレンジだ。
「オレンジ・・」
みふゆがつぶやいた。
「オレンジを先に食べてもいいのよ」
胡蝶が優しく答えた。
「きれいに皮を剥かれてすごいなって思って。若頭が切ったんですか?」
みふゆの質問に、胡蝶と楓は戸惑った。
───貴之・・、貴之・・・、
『礼夏?』
───貴之、あなたに話がある
『礼夏、俺もお前と話したい』
───住職にわたしを呼び出してもらってほしい
『兄貴か?』
───そうだ。わたしを閉じ込めていた結界が壊れた今なら、呼び出しに応じられる。みふゆに・・
『礼夏?』
───み・・に・・・はなし・・・
『礼夏?!』
「礼夏!」
貴之が飛び起きた。
時計が午前六時をさしている。
床についたのが午前三時過ぎ。三時間ほどは眠ったらしい。
窓の障子が白く柔らかに輝いている。朝の眩しい光を吸い込んでいるのだ。
━━━礼夏が夢に出てきた・・、最後に何を言ったのか・・みふゆに何か伝えたかったのか・・・
貴之は布団を出ると白梅の間の隣にあるバスルームに入った。洗面台の鏡に自分が映る。
年齢も六十になると、髪に白いものがまじって、日に日に年をとる自分と向き合わなくてはならなくなる。
礼夏は若いままだったのに。
自分だけが年をとっていくことに不条理さを感じる。
━━━生きてきた証しだ・・
寂しいけれど、年をとるのは肉体を持つ、生きてきた証しだ。
貴之は熱いシャワーを浴び、身なりを整え、遅くなったが読経を行うために仏間に向かった。
「会長、起きられたようですね」
使用人頭の本橋が、京司朗にコーヒーを出した。
「ああ。なぜ起こさなかったと文句を言うかもな」
京司朗はパソコンでの情報チェックをやめ、コーヒーを手にした。読経の声がリビングまで聞こえている。
「起こしたけど起きなかったんだからしょうがありませんよ」
「起こしたのか?」
「問われたらそう答えます。疲れてる時は時間に関係なく眠ったほうがいいんですから」
本橋が笑いながら厨房に戻った。
この屋敷で貴之をやり込めることができるのは本橋くらいだ。
京司朗は軽く笑い、コーヒーを一口のんだ。
本橋は屋敷に住み込みだが、夜中の騒ぎをまったく知らないと言った。
京司朗は、詳しい内容は教えず、山の獣が侵入し捕り物騒ぎがあったと伝えたが、気づかなかったと本橋から返答された。
他の住み込み従業員も同様だった。
現実と、異なる世界が入り混じった時間。外界からは閉じられていたのかもしれない。
京司朗はみふゆを思い浮かべた。
十二単の女がみふゆの母親なら、娘のもとにも行ったのではないか。
今朝は珍しく胡蝶が早い時間に単独で病室を訪れた。
いつもなら起きているみふゆがまだ眠っている。
午前六時ちょっと前。
胡蝶は惣領の屋敷に貴之を迎えに行ったが、まだ起きていないと言われ、京司朗から夜中の出来事についての説明を受けた。
病院に来ると、こちらはこちらで、やはり楓から夜中に唐衣裳姿(十二単)の女が現れたと告げられた。
「唐衣裳、ぱっと見ただけでもかなり豪華な代物だったわよ」
楓が言った。
朝食が運ばれる七時半。ようやく起きたみふゆは車椅子に移り、洗面所で朝の身支度を終え、ベッドに戻るのではなく、食事用のテーブルについた。
「こんなにぐっすりと眠ったのは初めてです」
みふゆは貴之が貸してくれた数珠のおかげだと感動していた。
誰にも言ってないが、みふゆは家にいても真夜中、霊の気配で起こされることが多かった。
母親の遺した護りの鈴を窓に置いてあるせいか、家に入れず、ガラス窓を叩いて注意をひこうとするモノ達だ。
病院ならばどれだけ迷っている死者が多いかと警戒したが、それほどでもなかった。もっとも一人二人いても、みふゆは気配で目が覚めてしまう。
それが貴之の数珠を持ったとたん、何も感じず眠ることができた。
「さすがお父さんの数珠です」
「会長が来たら言っておあげなさい。喜ぶわよ」
「はい」
「食事はテーブルで大丈夫?」
「はい!」
みふゆは気合いが入っている。
ぐっすり眠れたせいか、すこぶる調子がいい。
昨日まで、食事はすべてベッド上だった。でも今日からは歩くためのリハビリも始まる。
ベッドでばかり過ごしていないでどんどん動こう。動けば食欲ももっと出る。
今朝は胡蝶、楓、みふゆ、女三人で朝食となった。
「女子会よ。女子会!」
楓が言いながら、保温カートから朝食のプレートを出してくれた。
「さあ、食べましょう」
胡蝶がカフェオレをいれて持ってきてくれた。
みふゆには手に持ちやすい白のマグカップ。胡蝶と楓はソーサー付きの白いコーヒーカップだ。
朝食メニューは、フレンチトースト、胡蝶がいれてくれたカフェオレ。柔らかく蒸した鶏のササミと温野菜のサラダ、湯むきされたミニトマトのマリネ。果物はカットされた梨とオレンジ、コンポート皿にマスカットとプルーンが盛られている。ヨーグルトにはブルーベリーとストロベリーのソースが用意され、蜂蜜の小さなポットも並べられた。
みふゆはオレンジに目を奪われた。 外皮がきれいに剥かれ、ひとつひとつ薄皮から取りだされた、くし形のオレンジだ。
「オレンジ・・」
みふゆがつぶやいた。
「オレンジを先に食べてもいいのよ」
胡蝶が優しく答えた。
「きれいに皮を剥かれてすごいなって思って。若頭が切ったんですか?」
みふゆの質問に、胡蝶と楓は戸惑った。
10
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
