【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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143. 未練

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「うれしいなー!」
みふゆは植物図鑑を両手で天高く持ち上げ喜んだ。

堀内の違和感は続く。

みふゆは仕事中でも花のアレンジメントが仕上がると、両手で上に持ちあげ無言で喜ぶのだが、いま目の前にいる青木みふゆは、幼い子供の雰囲気を漂わせている。

青木みふゆであって、青木みふゆではない。

━━━━本当に記憶が一部失われているだけなのか?年齢が退行してるんじゃないのか。

青木みふゆは堀内の前で、無防備な態度をさらしたりしないのだから。


「?何ですか?社長?」
堀内にみつめられているのに気づき、本を掲げたまま、みふゆは不審な目の色で堀内を見た。

「あ、ああ、痩せたんじゃねぇか?ちゃんと食ってんのか?デカかった胸がずいぶんしぼんで・・」
言いかけたところで、みふゆは掲げていた植物図鑑の角を堀内に向けて投げ飛ばそうとかまえた。両手でボールを持ってゴールを狙うバスケ選手さながらだ。
「?!待て!!待て待て待て!悪かった!俺が悪かったから!!投げようとすんな!本が傷むぞ!」
堀内は顔面を狙われて慌ててみふゆに謝った。こんなところは以前の青木みふゆと同じだが。

━━━━年齢退行は考えすぎか・・?

みふゆは『本が傷む』という堀内の言葉にハッとして、
「そうだった・・。買ったのは社長でも本にはなんの罪もないのに・・」と植物図鑑を抱きしめた。

「堀内ぃ、てめぇはよぉ・・・!」
こめかみに、青筋をたてた貴之が堀内の前に立ちはだかり、胸ぐらをつかんだ。
「俺の娘にセクハラとはいい度胸じゃねぇか。ああ?」
「だから謝ったじゃねーか!」
襟首を思い切り締め上げられ、堀内は後ずさった。年をとったとはいえ、貴之の力は衰えていない。
「アンタも青木も俺に対する仕打ちはそっくりだよな!さすが親子になるだけあるぜ!」
「・・・そっくり?」
決して褒め言葉ではなかったはずだが、貴之は意表をつかれた顔で締め上げている手を緩めた。堀内は咳きこみながら、
「ああ、そっくりだよ!」
と捨て台詞を吐いた。やぶれかぶれな堀内。
「ははははは!そーか、そっくりか!いやあ、かえでにも性格が似てるってのは言われてたんだがなあ!おめーもそう思うか?!なかなか見る目があるじゃねえか!ははははは!」
貴之の機嫌がいきなり良くなり、今度は堀内をバンバンと叩きだした。叩きかたに全く遠慮がない。
「痛えよ!」
貴之と堀内を見て、みふゆは笑った。
似てると言われただけでこんなに喜んでくれている貴之を、早く『お父さん』と呼んでみたい。

━━━━組長先生にはたくさんの愛情をもらっている。『お父さん』って呼んだらどんなにか喜んでくれるだろう。

みふゆの気持ちがふつふつと沸き上がり高まった。
心の中で何度か呼ぶ練習をした『お父さん』


みふゆの笑い顔を久しぶりに見て堀内の気持ちは和らいだ。贈った図鑑を胸にしっかりと抱き締めている。

惚れた女が、自分の贈ったものを大事にしてくれるというのは存外心地好いのだと、堀内は初めて知った。知ったからこそ、ただ惚れているのではなく、本気で惚れているのだと再び自覚もしてしまった。

だが、いくら本気なのだとしても、みふゆとは当分会えなくなると堀内は予測している。おそらく長期間になるだろう《当分》だ。

━━━━繋がりを切ってしまいたくない。せめて、・・・。

堀内は今日の目的の用件を切り出した。今後の仕事の話だ。

「仕事は長期欠勤の手続きをとるがいいか?」

仕事の話をふられ、みふゆは現実に引き戻された。

「あ、社長、あの、・・」

みふゆは言いづらそうに話しはじめた。

「わたし、・・いつ歩けるようになるかわからないんです・・・。だから・・・」
だから退職しようと思っている━━みふゆはそう言おうとした。

「長期欠勤でいいだろーが。給料も傷病手当ての手続きを取ればいい」

せめて、・・・。
せめて従業員と雇用主である関係を切りたくない。

「でも・・」
「原因がわからないなら明日あす明後日あさってにだって歩けるようになるかもしれねえ」
堀内はそう願った。会えるのがこれで最後とは思いたくなかった。
「・・・」
「貰える金はしっかり貰ってから辞めても遅くねえさ」
みふゆは躊躇した。もしかしたら一生このままの可能性もあるのだ。
「どのくらいの期間・・」
「傷病手当ては一年六ヶ月(※)だな」
堀内ではなく貴之が答えた。渋い顔をしている。みふゆを退職させたかった貴之の、これとないチャンスを堀内が潰してしまった。
「あと、養子縁組の手続き終わってるなら書類出してくれ」
「それならうちの弁護士の佐藤か江戸川にさせる」
「江戸川?はは、なんだあいつほんとに弁護士になったのか」
「元々頭のいい奴だった。弁も達者だ。一流の弁護士になれるさ。似合いの職業だ」
「江戸川なら詐欺師になっても一流になったと思うがな」

二人の男の会話に、みふゆは耳をそばだてていた。
こうして話を聞いていると、相当に長い付き合いがあるのだとわかる。
けれど京司朗や海斗の話から考えると、決して良好な関係だったとは思えない。

京司朗は堀内が『惣領家の屋敷には絶対に近づけない』旨を示唆していたし、海斗は『因縁があるのだ』と言っていた。どんな事情が隠されているのかを聞いてみたい気もした。

「楽しいお話?おじゃましていいかしら」

医師の格好をした胡蝶が、堀内の後ろに姿をみせた。

堀内の顔が一気に険しくなり、みふゆは驚いた。






(※)傷病手当金支給期間は、令和4年1月1日より、支給を開始した日から『通算して1年6ヵ月』に変わった。
支給開始が令和2年7月1日以前の場合には、支給を開始した日から『最長1年6ヵ月』(全国健康保険協会サイトより)


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