【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

文字の大きさ
139 / 278

139. 一日は終わる

しおりを挟む
.





エレベーターが駐車場まで下がった頃、三上の説教も止まった。

「いいですか?会長命令はきちんと守ってもらいますからね」

三上の言葉と視線が京司朗に圧をかけている。

「わかったわかったわかったからもういいだろう?」

京司朗はチラリと三上を気にして、笑いながら答えた。

「やけに楽しそうじゃねぇか。エレベーターでなんの密談だ?」
貴之が腕を組んで二人を待っていた。
村井が乗車のためのドアを開けた。

「説教くらってたんですよ。勝手に動くなってね」

「━━━。ははは!いいぞ、三上。お前も言うようになったじゃねえか。その調子で京司朗の手綱をしっかり握っといてくれや」
貴之は機嫌良く笑い、三上の肩をポンポンと叩いた。
「三上、お前先に乗ってろ」
貴之に促され、三上は少し躊躇したが、「はい」と言って反対側のドアに回り込み後部席に乗った。
貴之は京司朗の顔をじっと見て、「京」と言った。
京司朗が「はい」と返事をするやいなや貴之は京司朗の胸ぐらをグッとつかんだ。

「あいつは俺の娘だ。忘れんじゃねぇぞ」

貴之の鋭い眼光が京司朗をとらえた。

これまでの京司朗なら従属の意思を示し、生真面目に「忘れてなどいません」とでも返事をしたはずだ。

「ええ、わかってますよ。殿

京司朗は貴之と対等であろうと返答をした。

貴之はつかんだ胸ぐらを離し、面白くなさそうに
「・・かわいくねえヤツだぜ」
と吐き捨てた。

「貴方に育てられましたからね」

言い返され、貴之はチッと舌打ちをした。

京司朗が車に乗ると、村井はドアを閉めた。

車が去っていく。

貴之は京司朗の車が消えるまで見送った。

「まったく、どいつもこいつも・・・」

貴之は呟いた。


━━━━俺からみふゆを奪おうとしやがって





病室のベッドでみふゆは、京司朗がいまさっきとった行動を脳内で処理しきれずにいた。

呆然として京司朗の出て行ったドアを凝視しているみふゆに、

「京司朗が帰国したらフランスのお話をたくさんしてもらいましょうね」
ハーブのティーバッグを作り終えた胡蝶がゆったりと話しかけた。
みふゆは、胡蝶の言葉にハッとした。
脳内に、フランスすなわちイタリア の図式が浮かび上がったのだ。

ぜんぜん違うが、混乱のあまり、みふゆの脳内にはそういった図式が閃いた。

「そうか!」
「どうしたの?」
「わかりました!若頭はイタリア人だから!!」
イタリアといえば家族のスキンシップが濃い国だとTVで言っていた。だからあれはイタリア人特有の家族に対する行為なのだ。

みふゆの脳はなんとかして、京司朗の行動の理由を見つけようとしていた。

しかし・・、

「あら、京司朗は正真正銘日本人よ。日本生まれの日本育ちよ」
胡蝶の淑やかな笑い声に一蹴されてしまった。

結局、京司朗の真意を計りきれぬまま、夕食が運ばれ、みふゆの意識は夕食に移った。

今日の夕食は、お粥(全粥)、甘みをつけた練り梅、ジャガイモと玉ねぎのポタージュスープ、野菜の三色ムース(トマト、グリーンピース、カボチャ)、鶏肉と豆腐のつくね、デザートは完熟桃のゼリーと、ブルーベリー味の栄養サポートドリンクだ。どれも柔らかで、食べやすくしてある。量も少なめだ。
「おい、足りるのか?俺の分をわけるか?」
貴之がみふゆの食事量の少なさに眉をひそめた。
「大丈夫です。まだ・・あまり食べれないので。残すのもいやだし」
本来なら量はもっと多いのだが、みふゆは出された食事は残したくないと、無理にでも詰め込む傾向があった。それを知った胡蝶が、食事量を減らすようにと厨房に指示をしていた。

夕食は貴之と胡蝶の分もあり、メニューはみふゆとほぼ同じで、こちらは常食だ。
みふゆのベッドの近くにテーブルをセッティングして、三人で食べながら他愛ない会話を楽しんだ。そうしたほうがみふゆは安心し、食も進むからだった。

途中でみふゆは「あ、若頭に約束のことを聞くのを忘れました」と口にした。

貴之の箸が一瞬止まった。
「そうだったな。京司朗が帰国したら聞いてみよう」
貴之はみふゆの言動を正すことなく会話を続けた。胡蝶は貴之とみふゆのやりとりを聞いていた。
「若頭は今度はどこの国に行ったんですか?」
まっさらな表情でみふゆが問いかけた。

「今度はフランスだ。帰ってきたらフランスの話も一緒に聞こうな」
と、貴之は優しい笑みで答えた。
みふゆは「はい」と笑った。

さらさらと落ちてゆくみふゆの記憶。

いったいどのタイミングで落ちてゆくのか。

物悲しいが、記憶を失くす症状が悪化しているわけではない。頻繁に口にしていた『若頭は大丈夫ですか?』という問いは、いまはもう口にだすことはなくなった。

京司朗に会い、心配は要らないと理解したのか。
みふゆにとって、京司朗が無事で元気なのであればもうそれでいいのかもしれない。

それにしても、みふゆの記憶障害は京司朗が関係している部分が多いのは何故なのか、貴之は疑問だった。京司朗が襲われるという予知夢と、その後の高熱が発端となったのはわかっているが。

あやふやになっている部分はあるが、京司朗以外のことは記憶としてほぼ正しく保持している。この差はどこで生まれているのだろう。


この記憶障害が、今後みふゆを蝕んでいくかどうかはわからない。仮にそうなったとしても

━━━━━落ちても落ちても俺が拾っていけばいい。時間も記憶も、ひとつひとつ、みふゆの手に渡していけばいい。

貴之は思った。




みふゆは夕食をきれいにたいらげた。無理やり食べている様子はなかった。
胡蝶は今日の夕食の食事量を基準にし、翌日のメニューを組みなおして厨房に新たに指示をだした。


みふゆは夕食後の歯みがきをしたあとすぐに眠ってしまった。どうやらみふゆの今日という一日は終わったらしい。

「疲れたのね」
「さっきの晩メシやっぱり少なすぎねぇか?栄養的にもどうなんだ?」
貴之と胡蝶はソファに腰かけ、コーヒーを飲んでいた。
「いまは適量よ。あれ以上の量を出すと無理して食べようとするから、本人にとって精神的な負担になるわ。あの子は残さないように無理して食べるもの。楽に食べてしまえる量がいまは一番いいの。厨房にはおかわり分も準備させてるから大丈夫よ。栄養面は注射や補助食品で補っていくわ。そうだわ、仕事のことを気にしていたから、堀内にも来てもらわないと」
「いつがいいんだ?」
「そうね、少し間をあけて、来週あたりにしましょうか。いまはまだ熱の上がり下がりがありますから。熱がおさまらないならまだ先に変えるから、その辺も伝えておいてくれるかしら?」
「ああ、わかった」


みふゆが眠っているのを再度確認して、貴之は屋敷に戻ることにした。今日は楓が来る前に早めの帰宅となった。胡蝶から『心身を休めるようにしてほしい』と言われたせいもあった。
貴之がわずかでも体調不良を起こしたら、みふゆは自分自身を責めるだろう。そんなことになったら本末転倒だ。

貴之を乗せた車が病院の私道から国道に出た。国道を走っていると、洪水があったなど思えない。町は平穏を取り戻している。

今回の洪水からの復旧は早かった。そもそも被害が少なかった。やはり各河川の堤防の完成が大きな役割を果たしてくれた。
もしも睡蓮川の堤防が最初の計画通りだったら被害はもっと少なかっただろう。

貴之は過ぎてゆく町並みを眺めながら電話を取り、堀内健次にかけた。

何度か呼び出し音が鳴り、スピーカーの向こうから堀内の声が聞こえると、貴之は、来週病院に来るように堀内に命じた。詳しい日時はまた電話すると伝えた。


空は夕の焼けた色から彩度を落とし、夜の青さを含む漆黒へと変わってゆく。


屋敷に戻れば、貴之の今日という一日も終わるのだ。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...