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87. バラに集う
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「えーと、・・アーチ用に白を使うことは決まりました。あとはまだ・・」
若頭がわたしをじっとみつめている。
まだ決められないのかとあきれているのか、それともわたしの格好がどこかおかしいとか?
おかしいかも。着物にスニーカーだしな。
おかしいならいっそ笑ってくれと思って、わたしは『楽園 』(1996年京成バラ園芸作出。1996年JRC銅賞受賞)というオレンジの大輪のバラをさわった。香りが素晴らしいバラで、選びたい候補のひとつ。
若頭はわたしをみつめたまま、
「屋敷のバラ園のスペースをある程度決めてからの方が選定しやすいかもしれませんね。惣領の屋敷は日本庭園で占めてますから、バラ園のイメージはつくりにくいかもしれません」
「━━!」
しまった!忘れてた!
若頭は表情から考えを読む人だった。
またもや考えを読まれてしまった。
でも実はそうなのだ。若頭の言う通り。
「・・お屋敷の今の庭の雰囲気を壊したくなくて・・・」
「なんだ、お前そんな事考えてたのか。好きなバラを選んでいいんだ。気にしなくていいんだぞ」
組長先生はそう言ってくれるけど、わたしとしては今のお屋敷の荘厳な日本庭園は今のままにしておきたい。
庭の一部を壊して造り変えるみたいな話を胡蝶さんとしてるのをちらりと聞いて、気になっていた。
組長先生のお屋敷の日本庭園は見る度に心が洗われる。パワースポットなんじゃないかと思うくらいに。
あの雰囲気の場所にバラが見えたらなんだかチグハグな気がする。
「・・今のお屋敷の庭園、すごく好きなので・・・あのままがいいです・・」
「そうか・・、すごく好きか」
組長先生は腕組みをして考えて、
「庭師の連中が喜ぶな」
と、ニコニコしながらわたしの頭をひとなでした。そして、
「京司朗、黒岩とベリーにバラ園のスペースを見直すように連絡してくれ。今ある庭は崩さないように離れた場所にだ。俺はあの庭を崩してもいいと思っていたからな」
と、若頭に言った。若頭は、
「俺が使ってる離れの庭部分をバラ園にしましょうか?離れの庭は藤の間からも見えますし」
と提案してくれた。
「そりゃいい考えだ」
組長先生と若頭が話を進めていく。
「離れって・・、離れがあるんですか?」
「まだ見たことなかったか?」
「はい。奥のほうにはあまり行ったことがないです」
「建物自体は竹垣と藤棚の影になってわからないですが、庭部分がきれいに見えます。屋敷の庭園とは少し離れた場所にあるので庭園の雰囲気も守られるでしょう」
若頭が説明してくれた。
「でも、いいんですか?」
「ええ。いまはラベンダーが植わってるだけですから。屋敷に帰ったら離れも案内しましょう」
話していると若頭のケータイが鳴った。
若頭は「失礼」と断りを入れて、また場を離れて行った。
「忙しいこと」
胡蝶さんがため息をつきながら言った。
「フランスの店がどうもトラブル続きでな。しょっちゅう京司朗を呼び出しやがる。売り上げがかなりいいから簡単に潰すわけにもいかん」
「イタリアはどうなの?」
「イタリアは問題なく好調だ。だからイタリア担当の柴崎にしばらくフランスを担当させる手配をしているところだ。柴崎はフランス語も堪能だしな」
売り上げはいいのにトラブル続きってことは人間関係かな。どこの国も職場の人間関係は大変そうだな。
「胡蝶様」
話していると、後ろから声がした。
「あら、橘」
「只今戻りました」
橘さん。
松田家のボディガードの一人で、松田家のイングリッシュガーデンを作ったひと。趣味が庭造りらしい。
前回お茶会にお呼ばれした時に初めてお会いしたんだけど、シティハンターの海坊主ばりのガッシリとした大きな体格に強面。しかし造る庭は計算された自然の華やかさで溢れている。
山野草にも詳しくていろいろ教えてくれた人だ。
「報告はあとで聞くわ」
「はい。惣領のお嬢様がお見えになってると聞いて、これをお持ちしました」
「まあ、仕上がったのね」
「はい」
橘さんが手に持っていたものを胡蝶さんに手渡した。
胡蝶さんが「素敵だわ」と言うと、わたしの方をむいて、
「みふゆちゃんによ。橘から」
と、一冊の本をわたしにくれた。
バラの本だ。
「ほう、こりゃ見事じゃねぇか」
組長先生がわたしのすぐ横で本をのぞいている。
遠景と近景を織り混ぜて、本屋さんで売ってるバラの写真集と遜色ないくらい素敵。
バラの名前と特徴も詳しく載っている。撮影年月日もある。
「これ、これ・・お借りしても・・?」
わたしが本と橘さんを交互に見ると、胡蝶さんが、
「それはみふゆちゃんのよ。持って帰っていいのよ」と言った。
「いただけるんですか?!」
ついついデカい声になってしまったが嬉しい!!
橘さんも笑顔で、
「今年の京成バラ園と、過去に行った国内のバラ園の、特によかったのをまとめた冊子です。一般公開している個人宅の庭もありますので、参考になるかと思います」
と、答えてくれた。
「ありがとうございます!とっても嬉しいです!」
ネットで見るのもいいけど、やっぱり本が一番いい。ずっと見てられるもの。
わたし達はこの日、数種類のバラを選んだ。
アーチ用と、フェンスに這わせる用のバラ。
名花のひとつで白の『アイスバーグ』(作出:1958年 R.Kordes ドイツ)
同じく白で香りの強い、現代つるバラの祖で重要な品種という『テリハノイバラ』(原生地 日本、中国 )
ピンクは『芳純』 (作出:1981年 鈴木省三 日本)と『エンジェルフェイス』(作出:1968年 Swim&Weeks アメリカ)
イギリス王室ボウズ・ライアン卿の妻レイチェルに捧げたという、アプリコットオレンジの『レイチェル・ボウズ・ライアン』(作出:1981年 R.Harknes&Co.Ltd イギリス)
黄色の『荒城の月』(作出:1975年 寺西 菊雄 日本)など。
なるべく病気に強く、香りの良いバラを中心にして選んだ。
組長先生が、「離れの竹垣に、上から零れるように這わせるか」と言ってくれた。
高い竹垣なのか、組長先生が手を思い切り上に伸ばした。
若頭の使っているという離れ、案内してくれると言ってたから、お屋敷に帰ったら楽しみだなと、わたしは思った。
「えーと、・・アーチ用に白を使うことは決まりました。あとはまだ・・」
若頭がわたしをじっとみつめている。
まだ決められないのかとあきれているのか、それともわたしの格好がどこかおかしいとか?
おかしいかも。着物にスニーカーだしな。
おかしいならいっそ笑ってくれと思って、わたしは『楽園 』(1996年京成バラ園芸作出。1996年JRC銅賞受賞)というオレンジの大輪のバラをさわった。香りが素晴らしいバラで、選びたい候補のひとつ。
若頭はわたしをみつめたまま、
「屋敷のバラ園のスペースをある程度決めてからの方が選定しやすいかもしれませんね。惣領の屋敷は日本庭園で占めてますから、バラ園のイメージはつくりにくいかもしれません」
「━━!」
しまった!忘れてた!
若頭は表情から考えを読む人だった。
またもや考えを読まれてしまった。
でも実はそうなのだ。若頭の言う通り。
「・・お屋敷の今の庭の雰囲気を壊したくなくて・・・」
「なんだ、お前そんな事考えてたのか。好きなバラを選んでいいんだ。気にしなくていいんだぞ」
組長先生はそう言ってくれるけど、わたしとしては今のお屋敷の荘厳な日本庭園は今のままにしておきたい。
庭の一部を壊して造り変えるみたいな話を胡蝶さんとしてるのをちらりと聞いて、気になっていた。
組長先生のお屋敷の日本庭園は見る度に心が洗われる。パワースポットなんじゃないかと思うくらいに。
あの雰囲気の場所にバラが見えたらなんだかチグハグな気がする。
「・・今のお屋敷の庭園、すごく好きなので・・・あのままがいいです・・」
「そうか・・、すごく好きか」
組長先生は腕組みをして考えて、
「庭師の連中が喜ぶな」
と、ニコニコしながらわたしの頭をひとなでした。そして、
「京司朗、黒岩とベリーにバラ園のスペースを見直すように連絡してくれ。今ある庭は崩さないように離れた場所にだ。俺はあの庭を崩してもいいと思っていたからな」
と、若頭に言った。若頭は、
「俺が使ってる離れの庭部分をバラ園にしましょうか?離れの庭は藤の間からも見えますし」
と提案してくれた。
「そりゃいい考えだ」
組長先生と若頭が話を進めていく。
「離れって・・、離れがあるんですか?」
「まだ見たことなかったか?」
「はい。奥のほうにはあまり行ったことがないです」
「建物自体は竹垣と藤棚の影になってわからないですが、庭部分がきれいに見えます。屋敷の庭園とは少し離れた場所にあるので庭園の雰囲気も守られるでしょう」
若頭が説明してくれた。
「でも、いいんですか?」
「ええ。いまはラベンダーが植わってるだけですから。屋敷に帰ったら離れも案内しましょう」
話していると若頭のケータイが鳴った。
若頭は「失礼」と断りを入れて、また場を離れて行った。
「忙しいこと」
胡蝶さんがため息をつきながら言った。
「フランスの店がどうもトラブル続きでな。しょっちゅう京司朗を呼び出しやがる。売り上げがかなりいいから簡単に潰すわけにもいかん」
「イタリアはどうなの?」
「イタリアは問題なく好調だ。だからイタリア担当の柴崎にしばらくフランスを担当させる手配をしているところだ。柴崎はフランス語も堪能だしな」
売り上げはいいのにトラブル続きってことは人間関係かな。どこの国も職場の人間関係は大変そうだな。
「胡蝶様」
話していると、後ろから声がした。
「あら、橘」
「只今戻りました」
橘さん。
松田家のボディガードの一人で、松田家のイングリッシュガーデンを作ったひと。趣味が庭造りらしい。
前回お茶会にお呼ばれした時に初めてお会いしたんだけど、シティハンターの海坊主ばりのガッシリとした大きな体格に強面。しかし造る庭は計算された自然の華やかさで溢れている。
山野草にも詳しくていろいろ教えてくれた人だ。
「報告はあとで聞くわ」
「はい。惣領のお嬢様がお見えになってると聞いて、これをお持ちしました」
「まあ、仕上がったのね」
「はい」
橘さんが手に持っていたものを胡蝶さんに手渡した。
胡蝶さんが「素敵だわ」と言うと、わたしの方をむいて、
「みふゆちゃんによ。橘から」
と、一冊の本をわたしにくれた。
バラの本だ。
「ほう、こりゃ見事じゃねぇか」
組長先生がわたしのすぐ横で本をのぞいている。
遠景と近景を織り混ぜて、本屋さんで売ってるバラの写真集と遜色ないくらい素敵。
バラの名前と特徴も詳しく載っている。撮影年月日もある。
「これ、これ・・お借りしても・・?」
わたしが本と橘さんを交互に見ると、胡蝶さんが、
「それはみふゆちゃんのよ。持って帰っていいのよ」と言った。
「いただけるんですか?!」
ついついデカい声になってしまったが嬉しい!!
橘さんも笑顔で、
「今年の京成バラ園と、過去に行った国内のバラ園の、特によかったのをまとめた冊子です。一般公開している個人宅の庭もありますので、参考になるかと思います」
と、答えてくれた。
「ありがとうございます!とっても嬉しいです!」
ネットで見るのもいいけど、やっぱり本が一番いい。ずっと見てられるもの。
わたし達はこの日、数種類のバラを選んだ。
アーチ用と、フェンスに這わせる用のバラ。
名花のひとつで白の『アイスバーグ』(作出:1958年 R.Kordes ドイツ)
同じく白で香りの強い、現代つるバラの祖で重要な品種という『テリハノイバラ』(原生地 日本、中国 )
ピンクは『芳純』 (作出:1981年 鈴木省三 日本)と『エンジェルフェイス』(作出:1968年 Swim&Weeks アメリカ)
イギリス王室ボウズ・ライアン卿の妻レイチェルに捧げたという、アプリコットオレンジの『レイチェル・ボウズ・ライアン』(作出:1981年 R.Harknes&Co.Ltd イギリス)
黄色の『荒城の月』(作出:1975年 寺西 菊雄 日本)など。
なるべく病気に強く、香りの良いバラを中心にして選んだ。
組長先生が、「離れの竹垣に、上から零れるように這わせるか」と言ってくれた。
高い竹垣なのか、組長先生が手を思い切り上に伸ばした。
若頭の使っているという離れ、案内してくれると言ってたから、お屋敷に帰ったら楽しみだなと、わたしは思った。
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