72 / 278
72. 借りたハンカチとから騒ぎ (1)
しおりを挟む堀内花壇本店、本日は営業中の札は出さない。
『台風後の後片付けのため臨時休業』の張り紙をしている。
さあ、ほったらかしになっていた店内のお花の手入れに集中しなくては。
台風中は、運良く停電にはならなかったので、冷蔵庫の高級品は無事だった。良かった。せめてもの救いである。
しかし、花桶のお花は一部臭い。
もあっとする。もあっ・・と。くっさーっ。
「くさーい」
りんちゃんが顔を反らした。
「切り花はね、生き物なんだよ、りんちゃん。人間の美意識を満たす都合で切られて売られる運命のお花達のお世話はわたし達がしなくてはいけないんだよ。だからお花の前で臭いなどと口にしてはいけない。心のなかにしまっておいて。お花も傷ついてしまうから」
「そうですね。よくわかんないけどわかりました。反省します」
りんちゃんは素直である。
先輩のこんなテキトーくさい意見にもきちんと耳を傾けてくれる、とてもよくできた後輩ちゃんである。
「青木、お前台風中、一人で大丈夫だったのか?」
社長がいつものティーテーブルで新聞を読みながらわたしに質問を繰り出してきた。
「松田さんのお茶会にお呼ばれしたあと、組長先生のお屋敷から帰れなくなってしまい、台風中はお世話になっていました」
隠すと後々面倒なことになるので正直に言う。
「仙道もいたのか?」
「居ました」
社長も若頭も何故にこんなにお互いを意識しあっているんだろう?
ハッ!!
まさか・・・愛?
バカなことを閃いたわたしは、つい社長をみつめてしまった。女専門かと思ってたけど、実は男もか・・・?
「・・・なんだ?」
社長が不審を露にわたしに問いかける。
「・・いえ、なんか、・・・あれですね」
「あれってどれだ?」
突っ込んでくる社長。
「それです」
はぐらかすわたし。
「だからどれなんだ!」
「あまり叫ぶと血圧が」
「誰のせいで叫んで───!」
「青木ちゃん!!!」
バターン!と音をたてて店内に飛び込んできたのは、人間暴走車、花屋社長夫人。
「仙道と何があったの!!?!!」
「何もありません」
情報元は洋平先生だな。
「洋平君が三階の『町田』は今日臨時休業だから伝えてくれって!!仙道からハンカチ借りたってどういうこと!!!」
洋平先生、臨時休業を教えてくれてありがとう。
でもできればほっといてくれた方がよかったかも。
「青木!仙道には近づくなとあれほど!」
「そうよ!あいつは悪党なのよ!悪党!!」
ハンカチの貸し借りだけで何故このように責められなければならないのか。
借りたわたしを責める社長に、貸してくれた若頭に悪口雑言の社長夫人。似た者夫婦。
「例え悪党でも借りたものを汚してしまった以上は、代わりの物をお返しするのが道義かと思います」
わたしはカーネーションの茎をチョキチョキ切りながら答えた。
社長夫人はそんなわたしをキッとみつめ、
「青木ちゃんはあいつがどんな酷い奴か知らないからそんな常識的なことが言えるのよ!」
と言って、作業台に突っ伏した。
「え?若頭さんってどれだけ酷いんですか?」
りんちゃんの素朴な疑問。
顔を上げた社長夫人。
黙ってればこの人も美人なのに惜しいな。
「あいつはね・・・、」
天井を見上げる社長夫人。芝居がかってきたぞ。
「大学時代に私の好きな人を片っ端から奪っていったのよ!!」
チョッキンッ、と、カーネーションの首を切ってしまい、花の頭が作業台に転がった。
「え?」
え?
待って。
え?え?
社長夫人の好きな人を?
え?つまりそれって・・・
つまり・・若頭は・・?
まさか、そんなバカな・・・
しかし、もしかしてということも・・
BL大流行のこの国でもカミングアウトしない一派の人も大勢いるだろうし・・・
「わあ!若頭さんってゲイだったんですか?!」
りんちゃんバッサリストレート。目が輝いている。
「みーちゃん先輩!BLですよBL!生BL!」
生BLって生ビールみたいな発音だな。
「りんちゃん、落ち着いて。決して本人の前では言わないでね。お客様の趣味嗜好性癖の追及はタブーだよタブー」
そうだ。例えそうだとしてもそれは若頭個人の問題で、わたしがとやかく思うものではないはず。
「世の中にはいろんな人間がいるんだよ。それでいいじゃないか。だっていまは21世紀なんだもの。愛に性別は関係ない時代さ」
「そ、そうですね、気をつけます。想像だけにしておきます!」
とは言ったものの・・、もしや若頭がわたしを気に入らなかったのは、疑いのほかにわたしがベリー君と仲がよかったからでは?
つまりヤキモチ。
気づかなかった・・・。
二人の邪魔をしていたとは。
恋愛なんて川向こうの世界の話だもの。
ベリー君の若頭への賛美が凄かったのはそういうことが含まれていたんだな。
聞かされる言葉は若頭がどんなに素晴らしい人間かってことばっかりだったもんね。
二人は両思いか・・。
お互い気づいているんだろうか?
仲を取り持つことはできないけどせめて邪魔しないようにしよう。
今度収穫のお誘いがあっても断ろう。
きっと収穫は二人の大事なラブラブタイムなんだろうから。
わたしはふぅっと、ため息をついた。
気分はまさに今こそ謎は解けたって感じだ。
「随分と面白い話をしていますね」
どこからか声がして、わたしはギクリとした。
・・・いや、たぶん全員が。
10
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
