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70. 前へ進むために
しおりを挟むみふゆが屋敷から去った。
それだけで惣領貴之の心にはぽっかりと穴が空いたようだった。
母親から貰ったお守りを見せられてからだいぶ時間がたってしまったが、娘にしたいとようやく話ができた。
貴之は、みふゆの前では『養女』という言葉は使わなかった。
可愛がっていた幼い妹を、養女に出さざるをえない状況に追い込まれたみふゆには、『養女』という言葉には良いイメージは無い気がしたからだ。
本当に、もっと早く会えていたら、せめてもっと早く気づくことができていたらと、貴之は何度思っただろう。
だが、やっとここまで来れたのだ。
少しだけ前へ進めた。
見守ることができればいいとも思ったが、いざとなると欲は深くなる。
どうしてもみふゆを側に置きたい。
側に置いて、あの娘がしたくてもできなかったこと、したいこと、望むことならなんでも叶えてやりたい。
自分にはそれができるのだから。
窓から晴れた空が見えた。
縁側に出ると青い空の向こうに嵐の残り香の灰色の雲も見える。
敷地内では、屋敷の男達が総出で台風の後始末に追われている。
「俺も片付けと視察に行くか」
貴之は作業着に着替えると、長靴をはいて、庭に出ていった。
『家がどんな状況か全て見てきてくれ』
黒岩は惣領貴之からの命を受け、楓を伴ってみふゆを自宅まで送り届けることになった。
楓がいた方がみふゆも安心すると、貴之の配慮と計算があった。
「じゃあ、今のおうちは入居の時に一部リフォームしたのね?」
「はい。そう聞きました。玄関や窓なんかずいぶん直したみたいです。あ、そこです。階段じゃなくスロープになってる」
現在の青木家は、みふゆの母親・青木礼夏が日本に帰国後に購入した家だという。
昭和の後半に建てられたらしく、一度外壁を直したそうだが、それでもかなり古いのがわかる。
元の外壁の上に新たに外壁を重ねているのが、壁の一部破損している部分から見て取れた。
スロープを登り、玄関前に着く。
「ここも直してもらったそうです。自転車の出し入れのためにスロープにしたと言ってました」
真ん中から左右横に開くタイプの玄関扉に、モニター付きインターフォンは警備会社のものだ。
「ホームセキュリティも解約しようと思ったんですが・・」
「いえ、セキュリティはつけてた方がいいですね。一人暮らしならなおさらです」
黒岩が言った。
「やっぱりその方がいいでしょうか・・?」
「そうよ、セキュリティは必要よ。絶対解約しちゃダメよ」
楓に念を押されて、みふゆは「はい」と答えた。
みふゆが玄関の鍵を開けた。
変わった開け方だった。
鍵穴らしき場所が複数あるのだ。
使った鍵穴は二ヶ所。あとはダミーの鍵穴だろうか?
玄関のなかには大人用の自転車と、三輪車が一台あった。きれいに磨いてある。
三輪車には『あおき さえ』と平仮名で名前が書いてあった。
黒岩夫妻の視線に気づいて、みふゆが口を開いた。
「母と・・妹のものなんです・・」
みふゆは少し笑って独り言のように言った。
黒岩は全ての窓を調べた。破損がないか、不安定になってないかどうか。
調べて気づいたのは、どんな小さな窓も、全ての窓が二重サッシになっており、内側、外側共に防犯ガラスを使用していた。
みふゆの母親は随分と侵入者を警戒していたらしい。
黒岩夫妻は屋敷に戻るとすぐ惣領貴之に報告を行った。
「窓は防犯ガラスでセキュリティもついています。万一破られてもセキュリティが反応します。大概はここで諦めるでしょう。諦めずに内側の窓を破ろうとしても内側も強固な防犯ガラスですから、破るには時間がかかりすぎて、警備員が来てしまいます」
「・・自転車があったわ」
楓がポツリと言葉をもらした。
「自転車?」
「はい。大人用と子供用の三輪車が玄関のなかにありました」
「お母様と妹さんのだと言ってたの。きれいに磨いてあって・・。ずっと大事にしてるのね・・」
楓が静かに言った。
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