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68. 変わってゆくもの
しおりを挟む若頭の刀が組長先生を斬りあげようとした。
組長先生はスルリと逃れ、詰められていた距離を再び離し、二人の間合いは始めの位置に戻った。
若頭の顔つきが変わった。厳しい顔つきだ。
対して、組長先生は余裕の笑みが見える。
組長先生がスルリと逃れた時、永斗君が「京にぃ、惜しい・・!」と言ったのと、海斗君の「あれだよ、あれ。どんなに間合いを詰めても斬りかかっても会長を捕らえることは出来ないんだ。なのにいつの間にか間合いを詰められてこっちが斬られる」と言ったのが、組長先生の凄さを表しているのだと思う。
二人は互いに日本刀を付き合わせたままだ。
息ができなくなるほどの緊張感が漂っている。
突然、組長先生が刀をスッと下ろした。
緊張感は瞬時に解けて、後ろから「なんでだよ・・」と戸惑う海斗君の声が聞こえた。
「迷いは晴れたのか」
組長先生は若頭に問いかけた。
若頭も刀を下ろし、静かに
「はい」と答えた。
「今日のお前なら松田をかわせてたな」
組長先生は刀を鞘に納め、若頭は
「ありがとうございました」
と一礼をした。
稽古とは思えぬ美しさに、わたしはついパチパチと拍手をしてしまい、組長先生と若頭から驚いた眼を向けられてしまった。そんなに大きな拍手ではなかったんだけど。
わたしは恥ずかしくて叩いていた手をこすりあわせてごまかした。
「どうだった?俺と京司朗の稽古は」
組長先生が近づいて来た。
「はい、とても綺麗でした」
「綺麗?そうか綺麗だったか。そりゃ最高の褒め言葉だ。嬉しいじゃねえか」
組長先生がわたしの頭をポンポン撫で、若頭は笑みを浮かべていた。
「さあ、次は海斗か?永斗か?」
組長先生はわたしの後ろからソロリソロリと逃げていた二人を呼び止めた。二人は、
「俺、英語の予習あるから!!」
「オレは数学と国語の宿題まだ終わってないから!!」
とダッシュで走り去った。
「あいつらは後でシメるとするか」
不穏なセリフを吐く組長先生。
シメるって何だろう。どんな目にあうんだろう。
気持ちが顔に出ていたのか、組長先生は、
「なに、大したことじゃねぇ。心配すんな」
わたしの肩をポンポン叩いた。わたしは、
「え?あ、・・お手柔らかにお願いします・・・」
と言うしかなかった。
「あいつらはよ、少し鼻が高くなってきたからな。鼻っ柱を折ってやらねえとそれこそろくでもねえ大人になりやがる」
「武道の大会で優勝すると、自分は強いのだと勘違いする輩がいるんですよ。あの二人はそのタイプです」
組長先生と若頭が二人が逃げ去った方向を見て言った。
「昔のお前だよな、京」
若頭の背中をバシッと叩き、組長先生は着替えをしてくると場を離れ、若頭は一人稽古に入った。
組長先生を待つ間、一人稽古を見せてもらう。
邪魔になるといけないから、道場から出て通路で待っていようとしたが、若頭から見ていてもかまわないと言われた。
ひゅんっ、ひゅんっ、と刀が空気を切る音が響く。
『強さと優勝が必ずしも比例するわけではない』
一人稽古に入る前に、若頭が言った言葉が印象的だった。
組長先生が着替えを終えて道場に戻ってきた。
若頭は稽古をピタリと止めた。
「続けてていいぞ」と言われた若頭は、組長先生に一礼し、稽古を再開した。
「京、道場の掃除はあの二人にやらせろ。どうせヒマなんだ」
稽古をしながら若頭は「わかりました」と返事をした。
若頭も少年時代は海斗君や永斗君みたいだったのか。
一人、刀を振り、稽古する姿を見ながら、
若頭の鼻っ柱を折ったのは誰だったんだろう?と考えた。
「さ、京のかわりに囲碁の相手してくれるか?」
組長先生が通路を歩きながらわたしに問いかけた。
きっと組長先生だ。
バキバキに折られたと想像がつく。
わたしは「はい」と笑って答えた。
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