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67. 若頭 vs 海斗・永斗
しおりを挟む組長先生のお屋敷は広い。
いったいどれだけの広さなのかよくわからない。
迷路のような廊下をあっちに曲がりこっちに曲がり、扉が見え、扉の向こうにさらに通路があった。
「屋敷と渡り廊下で繋いである。さっきの扉は防音扉だ。稽古中の野郎共の声がうるせえからな」
組長先生が説明してくれた。
ようやく道場らしき入り口が見えた。
学校の体育館を思い出す。
バシバシと音がしている。
「音が・・」
「竹刀の音だ」
わたしの前を歩く組長先生。
入り口に立つと、中央に若頭の姿があった。
剣道着?袴に着替えている。防具はつけていない。
海斗君と永斗君はしっかり防具もつけている。
「ちくしょう!少し年上だからってオレ達をなめやがって!!」
しりもちをついている少年が叫んでいる。面をつけているから誰だかわからない。
「ありゃ永斗だな」
さすが身内。組長先生は声で聞き分けた。
どうやら床にしりもちをついて叫んだのは15歳永斗君らしい。
「なめるほどの相手か、お前らが」
若頭、子供相手にそんな・・、ちょっとかわいそうな気が・・。
では構えているほうの少年が海斗君か。
海斗君はジリジリと間合いを詰めている。
それにしても少し年上って、若頭って幾つなんだろう?
海斗君は、
「クソッ!」
と言うと、果敢にも若頭に竹刀を振り上げた。
いとも簡単にかわす若頭。
前のめりに体勢が崩れた海斗君。
「おい、超優良物件がどうした。二年連続優勝したんじゃないのか」
若頭、17歳少年を煽る。
「あの、若頭って幾つなんですか?」
「京司朗か?あいつは確か・・」
「30のおっさんなんかに負けるか!!」
海斗君と永斗君が同時に叫び、同時に若頭に竹刀を振り上げて挑んでいった。
「あ・・!」
危ない───と、つい、前に出ようとしたわたしの体を、組長先生は腕で軽く制した。
若頭は海斗君を蹴り飛ばし、永斗君を竹刀で叩きのめしていた。
「30か。そうか、あいつ30になったか」
「・・・・」
組長先生、若頭の年齢、忘れてたんだろ。
中央では二人が倒されたまま動かない。
それにしても若頭を少し年上と言ったりおっさんと言ったり、少年の心は複雑だ。ガラスの十代か。
「さっさと起きろ。優良物件ども」
若頭の冷たい言葉が道場内に響いた。
蹴りで吹っ飛ばされた海斗君が咳き込みながらもぞっと動き、面を素早く取ると、
「蹴りを使うなんてずれーぞ!!」
不満を露にした。
「何が "ずれー" だ海斗。お前ら二人で京司朗にかかって行ったじゃねえか」
組長先生が審判に入った。
「だって!京にぃは強いんだからサ!ハンデだよ!ハンデ!」
永斗君も起きて面を取り、組長先生に向かって口を尖らせて理由を述べた。
「ハンデが欲しかったら最初に言え」
若頭、真っ当な反論。
「誰がハンデなんか要るか!!」
悔しげに怒鳴る海斗君。
「よーし、海斗、永斗、それじゃあ次は俺が相手してやる」
組長先生が腕まくりして中央に歩き出した。
二人はサッと立ち上がり、
「やだよ!会長もっと強いじゃんか!!」
「会長相手にしたら俺達なんか死んじまうよ!」
そう言って蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ははははは」
組長先生は不戦敗で高らかに笑った。
「組長先生が一番強いんですか?」
「ったりめーよ」
「会長に勝てた人間は見たことがないですね」
丁寧な言葉遣いに戻った若頭。
「凄いんですね・・、・・じゃあ心臓が悪いなんてことはほんとにないんですね?」
「なんだ、まーだ心配してたのか。大塚の奴、今度会ったら殴り飛ばさにゃなんねーな」
「いえ、あの、別に殴り飛ばさなくてもいいです」
躊躇しながら言うと、若頭はふっと笑った。
この人の“本当”の笑みは好感持てるなぁと思う。芍薬を思い出させる微笑み。
「京司朗、久しぶりに稽古つけてやる」
組長先生に言われ、若頭からスッと笑みが消えた。
生真面目な厳しい表情に変わって、
「はい」
と静かに返事をした。
「ちょいと着替えてくらぁな」
組長先生が着替えに行ってしまった。二人きりはなんとなくまだ気まずい。
いやいや、若頭とも世間話のできる大人な人間になろうと誓ったじゃないか。怯んではいけない。わたしも進歩をしなくては。
「あの、防具はつけないんですか?」
当たり障りのない質問をしてみた。だって一番強いという組長先生との稽古って・・。
「ええ、会長との稽古は真剣を使いますから」
若頭は少しだけ微笑んで、わたしに椅子に座って見るようにと促してくれた。
中央に立つ組長先生と若頭。
日本刀を持ち互いに向き合う。
わたしは道場内の椅子に座って見ている。
緊張感が伝わってくる。
松田さんとの演武とは違う、重苦しい緊張感。
「この重苦しい緊張に耐えられないんだよな。会長は向かいあっただけで、威圧で相手を屈服させる力を持ってるんだ」
いつの間にか、わたしの後ろに海斗君と永斗君がいた。
「会長の相手をまともにできるのは、松田会長と京にぃだけだよ」
「バケモノなんだよ。うちの会長は」
海斗君と永斗君は真摯な眼差しで二人を見ている。
ひゅんっ、と、空気を切り裂く音がした。
二本の刀剣は、二人の人間によって空中に線を描いている。
時間がたつほどに緊張感は増していくのに、
二人の動きは舞いに似て、天空から降りる光のように美しかった。
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