【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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58. 予期せぬ出来事

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「んー・・・」

ん?
んんん?

見知らぬ天井が見えて、わたしはガバッと起き上がった。

「ここは・・・」

どこ?

時間は午後四時を回っていた。


松田家のお茶会から組長先生のお屋敷に戻ってくると丁度お昼だった。
帰るつもりが、わたしの分もお昼を用意しているから先にシャワーを浴びてらっしゃいと使用人頭の本橋さんに言われ、・・ご馳走になった。
ブリの塩焼きがとても美味しくて嬉しかった。

・・・までは覚えている。

ヤバい。もしかしてそのあと寝てしまったのか。

昼食をいただいた部屋に行くと、本橋さんがいた。
眠ってしまったのを謝ると『とてもお疲れだったのでしょう』と笑ってくれた。
食後のお茶を飲んでいるとき、椅子に座ったまま寝ていたらしい。
姿勢を崩さず眠っていたため、組長先生が『器用だな』と言ってわたしを部屋まで運んだのだとか。
話を聞いて、わたしは顔面蒼白だったに違いない。

『会長は木材運びも平気でなさいますから、女性一人運ぶくらい簡単ですよ』(本橋さん談)

本橋さんの優しい言葉に救われたが、でも重かっただろうな。ごめんなさい。
しかし、運んだって、可能性は二つ。

その1、肩に担いだ
その2、お姫様抱っこ

その1だと胃が圧迫されてゲローッてしそう。却下。
残るはその2、お姫様抱っこ。

・・・。

恥ずかしい!!!

真っ先に謝ろう。

わたしは帰宅するための挨拶に組長先生の元に向かった。

組長先生の自室は、床の間に日本刀がある和室。
正座し、「組長先生、みふゆです」と、声をかけると、「おう、入れ」と返事があった。

組長先生は碁盤とにらめっこしている。
松田さんに負けたのが悔しいのか。

「すみませんでした!眠ってしまったうえに運ばせてしまって!」
まずは手をついて謝る。それから、
「わたしそろそろ帰」
「丁度いい、こっち来い」
だからわたしの話も聞いてくれ。『そろそろ帰ります。今日はとても楽しかったです。ほんとにありがとうございました』・・というセリフをきちんと考えていたのに。

「次こそは松田を負かさにゃならん」
「・・将棋は組長先生の方が強いんでしょう?」
「当たり前だ。ほれ、早く来い。お前は松田役だ。今日の対戦の再現だ」
「・・・・」
しょーがねー親父だな、組長先生も。負けず嫌いなんだから。
しかし、いろんな体験をさせてくれた組長先生を断る訳にもいかない。眠ってしまったわたしを運ばせた負い目もあるし。

わたしは碁盤の組長先生の向かい側に座った。

組長先生の言う通りに、わたしは白の碁石を碁盤の上に置いていく。
組長先生はあぐらをかいて、黒の碁石を置いたり外したりと悩んでいる。

障子の向こうに人の気配がして、わたしは障子に視線を移した。

声がかかった。

「会長、京司郎です。入ってよろしいでしょうか?」

「おう、入れ」

若頭が障子を開けた。
きちんと正座している。
仕事の話かな?
はっ!帰るチャンスだ!
「あの、じゃあ、わたし、そろそろ帰」

「いえ、居てください」

なぜ?!

「んー?どうした?改まって」

組長先生は碁盤を見たままだ。
部屋に入ってきた若頭は障子を閉めた。
妙に畏まった次の瞬間、

「お嬢さん、会長、申し訳ありませんでした」

畳に擦りつくくらいに頭を低く下げたのだ。

「え・・・・?」
ええーーーーーーー!?

何?なんで?どうして?
いや、その前にこの人わたしをお嬢さんって呼んだぞ。
わたしは何が起きてるかわからず、組長先生の影に隠れた。

何これ土下座?
なんで???

なのに組長先生はくっくっと笑い、
「京、頭あげろや。みふゆが怖がって俺の背中に張り付いてるからよ」

組長先生に言われて、若頭は頭を上げた。

「お嬢さん、俺はあなたをずっと疑っていました。装って、会長に取り入ろうとしているのではないかと。僅かでも、あなたの心にそういう部分があるのではないかと・・。しかし、間違っていました」

ああ、やっぱりそう思っていたのか。

「気ぃついてただろ?」
組長先生がわたしに顔を向けて言った。

う・・、返事しにくいじゃないか組長先生。

「あ、あのー、・・でもそれは仕方ないかな?と・・」

「仕方ない?何故だ?」
組長先生がかげにいるわたしをちらりと見た。

「外国から帰ってきたら、自分の知らない間に、なんだか知らない人間がチョロチョロしてたら誰でも警戒すると思うし・・。自分のテリトリーに勝手に入り込まれていたら不愉快だし・・・だから・・それは当たり前のことかも・・・?」しれない、
と思うんだが・・・。
「そりゃあ、最初のうちはいい気もしないし腹もたちましたけど・・」
「なんにもしてねぇのに疑われることほど腹の立つことは無ぇよなあ?」
組長先生は笑った顔で同意を求めるがごとくわたしを見る。

うう・・・。

若頭がずっとこっち見てる。
刺さる。眼差しが。
真剣な眼差しが刺さって痛い。
お月様が凍えて落ちてきそうな眼差し。
この場から早く消え去りたい。


「京」

「はい」

「お前がバカな男じゃなくてよかったぜ」

「本当に・・・申し訳ありませんでした」

若頭は再度頭を下げた。

つまり、疑いは解けた・・、でいいのだろうか?
もしや今日やけに柔軟な雰囲気だったのは疑いが解けていたからだろうか。

そんなことを考えながらも、わたしは真剣な眼差しのままの若頭が怖くて、組長先生の影に隠れたままだった。

結局帰れず夕飯をごちそうになった。
わたしの真ん前には若頭がいる。
あの日、ぽっかりと空いていた席だ。
若干気まずくて食べづらいがごはんは相変わらず美味しいです。
お刺身、大好きです。

夕飯のあと、松田さんがお土産に持たせてくれたと、練りきりをみんなでいただいた。
かわいい手鞠。ピンクと赤と黄色のグラデーションがこれまた素晴らしかった。
それにしてもなかなか帰るチャンスが訪れない。
明日は本店に十一時出勤だから、夜は多少遅くなってもいいのはいいけど。

そして、再び囲碁の相手をしていたわたしは案の定、囲碁を打ちながらうとうとしてしまい、お屋敷に泊まってしまったのだった。




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