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第3章 裏世界

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「ミッケ。ちょっと頼みがあるんだけど……」

 その日の夜、夕食から部屋に戻ってきた美玲みれいちゃんは、いつになくしおらしい態度で話しかけてきた。
 お皿にのせたアジフライをぼくの目の前に置いて、もじもじとしている。

 どうせまた宿題をやらせたいのだろう。
 ぼくは言われるまえに、机に飛び乗り鉛筆を抱え込んだ。
 しかし、机にテキスト用紙もノートもない。

「しばらくもえについていてほしいの。なんか、あぶないことしそうになったら、すぐにわたしに知らせて」

 言いづらい言葉を、精一杯がんばって吐き出すようにして言った美玲みれいちゃん。
 そこまでして頼む美玲みれいちゃんに、首を横にふれる訳がない。
 ぼくはこくりとうなづくと、アジフライを口にくわえて、部屋の窓から夜の街に飛び出した。

 もえちゃんの家はわかってる。一度、お化け退治に行ってるからね。
 逢生橋あいおいばしのたもとで暮らしていた頃は、たまに夜の散歩をしていたから、この街の歩き方にもなれたもんさ。



 人間が通れない、猫だけの通り道を歩いて大通りに出る。
 このまま豊海とよみ町の方向へ歩いて行けば、もえちゃんの住むマンションが見えてくる。

「それにしても、美玲みれいちゃんはやっぱりやさしいなぁ。あんなことを言われてもなお、もえちゃんを心配しているなんて……」

 ひとり感心しながら歩いていたら、偶然にも、自動販売機のかげにかくれるようにして立っている、もえちゃんを見つけた。

「そんなところで、なにしてるの?」

 なんて、声をかける訳ないですよ~。ぼく、お化けなんだから。

「お弁当でも楽しみながら、しばらく様子を見るとするかね……」

 くわえてきたアジフライをかじりつつ、遠くからもえちゃんを観察する。
 するともえちゃんが、じっと一点を見つめていることに気付いた。 

「それにしても、アジフライって最高だね。この白身と衣のバランスが……って、ちょいちょいちょいっ!」

 もえちゃんが見ている方向に視線を向けたとたん、ぼくは目を疑ってしまった。
 その場所は、昼間に観た動画の交差点だったのだ。
 しかも横断歩道のはしには、まるで絵画に墨でも垂らしてしまったかのように、まわりの風景とかけはなれた異質な黒い塊が、ぽつりと置かれている。

 まさか、もえちゃんにも、あの黒い塊が見えているの……?

 ふたたびもえちゃんに目を向けると、もう夏とはいえ夜風が涼しいこの時間に、額から首筋にかけて、たくさんの汗を流していた。
 美玲みれいちゃんとちがって女子力の高いもえちゃんが、あんなに汗をかくところなんて見たことがない。

 ぼくはとっさにもえちゃんのそばに駆けよった。


「やった、やった……。わたしにも見えた。幽霊が見えた……!」

 もえちゃんは緊張と喜びが混じったような表情で、黒い塊を凝視している。
 その手に、ぎゅっと握られているのは、もしかして、廃病院に行ったときにチャーシューが持っていた、おふだの残り……?

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