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第2章 ライオン☆ハート

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「もうやめて!」


 夜明け間近の薄闇を背に立っていたのは、高校生くらいの見たことのない女の子。
 その顔には、美玲みれいちゃんやナオさんが負ったような傷が、いくつもあった。

「もう、恨みは果たしたはずよ」

 その女の子にも幽霊が見えるのか、まっすぐに幽霊に向かって話しかけていた。

「あなたが自殺したことは、すぐに医療ミスの噂とともに広まったの。この病院の評判は地に堕ちて、やがて潰れた……。もう、ここに恨むべき人はいないのよ、シホ姉ちゃん」

 名前を呼ばれたことに驚いたのか、ふたたび幽霊が顔をあげた。
 しかし、ゆっくりとまたうつむいて、首を横にふる。


『だまされない。彼女は、まだ七歳だもの……』


「もう、十年も経つの! あなたが、わたしや愛する人たちをおいて、逝ってから!」

 女の子の悲痛な叫びに、美玲みれいちゃんが静かに続けた。

「そのひとが言ってることは本当よ。死んだ者に時間の経過は感じられない。
 あなたは十年もの長い間、ここをおとずれる女の子に八つ当たりしていたのよ。恨みをぶつけるべき相手がいなくなってからも、ずっとね」

 宙に浮いていたハサミやピンセットが、音を立てて床に落ちる。

「もうやめて、シホ姉ちゃん。わたしの大好きなシホ姉ちゃんは、いつもやさしく笑っていたじゃない。いつもみんなの中心にいて、まぶしいくらいに輝いていたじゃない!」

 女の子のうったえに、幽霊がふたたび顔を上げた。


『ほんとにあなたが、あの内気で泣き虫だった、ユキちゃんなの……?』


 ユキちゃんと呼ばれた女の子が、腰に付けたポーチから何かを取り出した。
 それは、ずいぶん古びた、小さなライオンのぬいぐるみだった。


「勇気があって、優しくて、みんなの憧れだったシホ姉ちゃん、いまでもわたしの憧れなんだから……」


 シホ姉ちゃんと呼ばれた幽霊の暗く沈んだ表情が、驚きとともに少しずつ穏やかになっていく。
 まっすぐにユキちゃんを見つめるその視線が、幽霊とは思えないほどに、やさしさに満ちたまなざしに変わったとたん、その顔に滲んでいた血も、痛々しくただれた傷さえも、跡形も無く消え失せてしまった。


『ユキちゃん、目を覚まさせてくれて、ありがとう……』


 シホ姉ちゃんは、思わず見とれてしまいそうな、とってもきれいな女の子だった。


『勇気があって輝いているユキちゃんに会えて、わたしとってもうれしい……。きっと幸せになってね……。さよう……なら……』


 シホ姉ちゃんが、ユキちゃんの肩をそっと抱く。同時にシホ姉ちゃんの体は、キラキラとまばゆい光に包まれて、かすみのように静かに消えた。




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