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──永井拓人に彼女ができたらしい!

 騒がしい廊下からそんな言葉が聞こえてきた。
 その言葉が幻聴ではないことを証明するかのように、悲鳴が聞こえ始める。教室にいた生徒たちも何事かと、わらわらと教室を出て行く。

「俺たちも行ってみようか」

 関口に連れられ、ドアに近づくと廊下にいた生徒たちの話の内容が聞こえてきた。

『3時間目の後、3年の赤松先輩が永井の所に来て、昼休みに話があるって呼び出したんだ。んで、これは一大事だと4時間目の後、永井の後をついて行ったら案の定告白現場を目撃!』
『赤松先輩って、あの人だよね? あのめっちゃ綺麗なオメガの』
『その赤松先輩だ』
『えー! 永井くんいつの間に、先輩と知り合ったの! 3年と1年なんてほとんど接点なくない? 昔からの知り合いとか?』
『あたし、永井くん狙ってたのに!』

 耳を塞ぎたくなるような話だった。心臓がバクバクと脈打って呼吸がしずらい。
 いつも拓人のそばに居たというのに、彼にそんな関係があるなんて全く気が付かなかった。
 いつ知り合ったのだろう……。

「篠原は永井と赤松先輩のこと知ってたのか?」

 関口の問いに対してぼくは首を横に振った。

「そうか……って、篠原大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」

「少し、驚いちゃって……」

 心臓がバクバクと痛い程に鼓動する。あまりの衝撃に呼吸も上手くできない。呼吸が浅く早くなるにつれてどんどん苦しくなっていく。
 酸素が足りなくなったせいか、目の前がぼやけて立っていられなくなり膝を着きそうになったところで関口に支えられた。

「保健室に行こう」

 関口の言葉にぼくは素直に頷いた。こんな時、いつも拓人の隣にいるぼくが何かを知っているのではないかと注目されるのは当然のことだ。
 だけど、今のぼくはそんな好機の目に耐えられそうにない。


 関口の借りて、興味津々にこちらを見てくる生徒たちの前を通るとヒソヒソと囁かれるが、彼らの有象無象の言葉は耳に入ってこない。
 いつかは、拓人に相応しい相手が現れるだろうとずっと覚悟していたつもりだったが、彼に実際に相手ができたと聞いてこんなに動揺してしまうなんて想像してもいなかった。
 拓人の番になれるなんて大それたことを考えていたわけではない。けど、ぼくは無意識のうちに自分は拓人にとって特別な存在なのだと勘違いしてしまっていたらしい。

「先生いないのか……」
 関口が保健室の入り口の扉に手をかけて開けようとすると、ガンッと音を立てるだけで開かない。
 先生は席を外しているようで入り口には鍵がかけられていたようだ。

「職員室に行って鍵を借りてくる。ここで待っててくれるか?」

「うん。なんか、ごめん」

「大丈夫だって。大人しくしてろよ?」

 そう言って小走りで職員室に向かった関口の背中を見送る。
 幸い、保健室の入り口は奥まった構造で目の前を通らないと扉の前に誰かがいるかは一見わからない。
 保健室の扉の前に蹲って関口が戻ってくるのを静かに待った。
 ぼくがあまりに動かなかったせいか、人感センサーの電気が消えた。動いたら、また電気が付くだろう。
 うっかり電気をつけてしまわないように息を潜める。
 呼吸はいつの間にか落ち着いたようだ。
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