王子妃セスから冒険者レノになった話

氷室 裕

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第1章 王宮編

③魔女ウィリアの呪術

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 女は、謁見えっけんの間で突如となく呪術を放った。

 私は向けられたはずのそれを、造作もなく簡単にかわせるはずだった。

 しかしその前に、セスが私を庇い呪術を受けてしまった。

 それでも私は、セスさえも守りながら呪術など簡単にかわせるはずだったのに、それが出来なかった。

 強い電流が全身に流れた。  

「くっ・・!!」

 ビリリッと鋭い痛みが体中を駆け巡り、私は身動きが出来なくなった。

 私の目の前で、セスは全身をビクリと跳ねさせ、苦痛に呻いている。

 一瞬、激しい閃光がセスの体を纏ったかと思うと、セスがいたはずのそこには小柄な少女が佇んでいるのが見えた。

 セスと同じ栗色の髪にエメラルドの瞳、その色白の顔は幼くセスの面影を残したままだ。

 小さくなった体でセスは苦しそうに顔をしかめ、両手で掴んでいた私の腕から力なく手を離すと、後ろへよろめきその場に座り込んだ。

 私がただ1人、生涯愛すると誓った愛おしいセスが目の前で苦しんでいるのに、私は手を差し伸べることが出来なかった。

「レ・・オ・・」

 セスは涙で濡れた瞳で私を見上げ、小さく私の名を呼んだのが聞こえた。可愛いらしい、女性の声で。

 私の心を拒絶と殺意の感情が埋めつくし、セスに触れることが出来なかった。

 セスはそのまま、冷たい床に倒れてしまった。

 セスの目が閉じられた時、私の感情から拒絶と殺意が消え、一心にセスを求め愛しさがとめどなく溢れ出した。

 なんだ!?今の感情は・・

 セスが私を見上げた時、私はセスを・・セスを殺したいと・・そんな馬鹿な!
 私は全身でセスを拒絶した・・
 でも今は・・

「なによお前!せっかくレオナルド様に呪術を放ったのに、庇うなんて!」

 女は、本来の淡い紫髪の魔女に姿を変え、悔しげにセスを睨んだ。
 禍々しい紫色の電流が、その手に持つ杖ごと震わせてセスに突きつける。

 アンティジェリア王国の近衛兵は優秀だ。そんな彼らが5人で取り囲めば・・
 しかしこの魔女ウィリアは厄介だ、問題なく捕らえられるだろうか。
 近衛兵は距離を詰め、魔女の行き場を奪う。

 その時、後方から攻撃魔法が飛ぶ。

 第2王子であるラインハルト兄上の放った魔法が魔女の手から杖を弾き、そして拘束魔法で魔女の動きを封じた。
 逃がさないように、生きたまま捕らえる為に。

「無駄よ!こんなもの私に通用しないわ!レオナルド様、私のモノになって!誰にも渡さないわ!愛してるの!ずっと!」

 粘着質な女だった。
 幾度となく私に近づいてきた女だ。
 愛だの恋だのと私に囁いて、本当に心底嫌だった。

 そうか、魔女だったのだな。

 今更気が付くなんて遅い・・なぜもっと警戒しなかったんだ・・

「私がお前のものに?なる訳がないだろう?何度も伝えたはずだ。私はセスしか愛せない。セスにかけた呪術を解け!」

 魔女ウィリアは怒りに任せた表情で、私を見た。
 拘束魔法にしばられて身動き出来ないはず、だが抵抗する様子がない事も、余裕の佇まいに見える。

「残念、呪術はもう私では解けないわ!それにそれはもう、あなたの愛する男じゃない!」

 セスに視線を移すと、体を丸めたまま、冷たい床に倒れている。

 青年だったはずの体は小さくなり、まるで女の子の姿だ。

 着ていた薬剤魔法師の制服は大きくて、ズボンの裾は完全に足を隠している。
 上着の襟元は大きく開いて胸元がはだけ、白い肌が見えていた。

 私は着ていた上着を脱ぐと、意識を失ったセスの肌を隠すように丁寧に掛け、横抱きして抱き上げた。

 柔らかくて羽のように軽いセスは、いつもと同じ優しい匂いがした。

 私の心が、まるでセスしか求めていないかのように、心臓が高鳴るのを感じた。
 そっと抱きしめると、ますます愛しさが込み上げる。

「お前はこれまで幾度となく私の前に現れ、心を求めた・・だが一度たりとも私の心に届くことはなかった。この先も私の心がお前に落ちることはない。お前を殺せば呪術が解けるはずだ。それならば躊躇するまでもない!」

 私は魔法陣を浮かび上がらせると、照準は魔女ウィリアを捉えたまま、一瞬王座へと視線を流す。

 そして魔女ウィリアに目掛けて攻撃魔法を放った。

 ギンッと空気が揺れ、巻き起こった風で衣服がはためく。

 私の怒りを表すかのように、鋭い光の刃が魔女に向かって一直線に飛んだ。

 それに合わせて、謁見えっけんの間の王座に座るアンティジェリア王国のユーリウス陛下を守るように、第1王子であるグレッグ兄上が防御魔法を張るのが分かった。

 兄上達に任せれば何も問題は無い。
 私は安心して攻撃出来る。
 私のこの怒りを父上も分かって下さるだろう。

 魔女ウィリアに攻撃魔法が着弾した瞬間、ドゴーンッ!と爆発音が鳴った。

 私の放った魔法では無いその衝撃波は、禍々しい紫色の後を残している。

 私は天井を見上げるとそこには魔女ウィリアが逃げ道から姿を消すのが見える。
 破壊された穴の外に人影が見えた。

 仲間がいたのか・・
 天井には大きな穴が空いていて、穴の周囲には紫の小さいイナズマが無数に消えていくのが分かった。

 辺りに静けさが戻ると、3人の王子達はゆっくりと玉座に集まった。

「レオナルド、魔女を殺すつもりがなかったんだろう?殺しても呪術が解けなかったら困るからな」

 グレッグ兄上は私に向かってそう言った。

「まんまと逃げられちまったな。俺の拘束魔法を簡単に解きやがった!」

 ラインハルト兄上はそう言うと、私の腕の中で眠るセスを見つめた。

「何故こんなことに・・私はセスを守れませんでした・・セスは元に戻れるのでしょうか・・」

 私はそう言うと、もう一度セスを優しく抱きしめた。

「お前たちの命があって良かったよ。呪術について私が調べてみよう。犯人は分かっているんだ、何か手はあるはずだ」

 2人の兄は私にそう言うと、セスの姿に複雑な表情を見せた。

「ん・・・ぅ・・」

 その時セスが小さく呻き、ゆっくりと目を開いた。

「レ、オ・・?」

 セスに名を呼ばれた私は、頭にズキリとした痛みを感じ、そのままグレッグ兄上にセスを押し付け手を離した。

「あ・・グレッグ兄上、すみません!セスを頼みます!陛下!私はこ、これで!失礼します!」
「お、おい!レオナルド!お前セスを置いてどこに行くんだよ!」

 ラインハルト兄上は私を追いかけ、肩を掴む。

「今は・・!行かせて下さい!すみません、ラインハルト兄上!」

 私は頭を抑え、謁見えっけんの間から足早に出て行く。

 そしてそのまま馬に乗り、何かから逃げるように、太陽の熱を浴びながら城を後にした。









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