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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
19.雲雀殺し
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風雪が窓を揺らしていた。
A国に用意された滞在先のホテルは街の中心部にあり、繁華街も近い。
壮麗なロマネスク様式の建築物で、女皇帝一行は三十階建の最上階を滞在先にしていた。
政治的な設宴や会合が無い日は、蛍石が家令を伴ってあちこちに出かけていく。
女皇帝と、見栄えのする双子の女家令はどこでも衆目を集め大人気。
果てるとも知らない女達の買い物に付き合い、警備担当兼荷物運び役の八角鷲がぐったりとしていた。
女達は、部屋に戻って来てからも買って来たものを全て並べて、ああでも無いこうでも無いと談義を始める。
五位鷺は、生返事をしながら書類を眺めていた。
我ながら良い成果だ。
こちらの要望の六割が通った。
これで前線は守られる。
A国は、近隣小国の小競り合いが目立ち、民族紛争が激化している。
お互いの国境を維持するというのは、お互いの主権を認め、事あらば加勢はせずとも侵略はしないと言う事。
現在のA国からしたら何より欲しいものだろう。
加えて、大統領令嬢と廃太子の縁談話が持ち上がっていた。
自国では肩身の狭い身分でも、婚姻すれば大統領の義息子である。
蛍石が珍しく興味を持った。
廃太子が爵位を賜り復位するという希望の強さと反比例する困難さを王族である彼女が一番分かっている。
ならば、より良い待遇を求めた方が息子にとって良い人生かもしれないと考えたのだ。
そもそもこんな風に考えるようなタイプでは無い。
残雪の影響だろう。
五位鷺とすれば面倒事が物理的に離れてくれれば好ましいし、それが政治的に役立つならば文句など無い。
うまく話が纏まとまれば、来年の春には正式に婚約締結の運びになるだろう。
また雪が強くなって来た。
五位鷺は革張りのソファに身を預けて窓の外を眺めた。
この数日、厳冬が舞い戻って来たようだ。
雲雀の雛がやっと巣立ち、若い翼で空を舞い野に歌う季節に降るこういう雪を雲雀殺しと言うそうだ。
母親が女家令の生まれながらの宮廷育ちの家令という者がいる。
女家令の子は大概が雇われた乳母によって宮城で育てられる。
母親、または同じ時期に出産した他の女家令が授乳する期間もないわけではないが、基本的に彼女達は育児には向いていない。
最低限の自分の身辺自立が出来るようになると、兄弟子や姉弟子からの使い走りのような事を始めるのが家令としてのスタート。
例に漏れず、五位鷺もその道を辿った。
女児というのは、男児に比べて成長も発達も早い。
年の近い蓮角は、一丁前に使い走りを務めて、女官の嫌味にもさらりと意趣返しまでする女家令っぷりであった。
翻って自分はと言うとそうでもなく、正直宮城は怖かった。
それは湖沼や河川の奥底に何がいるかわからない恐ろしさに近い。
そこを難なく泳ぐ方法を知り、あまつさえ何らかの釣果を仕留める程になるにはまだ遠い子供であったのだ。
水晶女皇帝とその総家令であった姉弟子の鶺鴒が健在であった頃。
皇太子であった女皇帝の息子は、養育を任された父親の一族のおかげですっかり蒙昧に育っていた。
当時の女皇帝は賢帝と誉れ高い人物であったが、閨閥で雁字搦めの宮廷では自分の子の教育すら意のままに出来ない。
総家令の鶺鴒が考え出したのは、次の世代の生産と育成。
皇太子に継室を何人も入宮させて子供を設けさせて、揮にかけて厳選と言えばまだ聞こえがいいが、淘汰させたのだ。
そこで残ったのが、蛍石。
女皇帝は皇太子ではなく蛍石ほたるいしに帝位を譲る事にしたのだ。
けれど、選ばれた方の戸惑いと困難さは度外視のまま。
そして、皇太子は即位せぬままに亡くなり、女皇帝が崩御後、まだ若い蛍石が皇帝となった。
と同時に、五位鷺は、姉弟子の鶺鴒の意思で総家令となったのだ。
姉弟子は、蛍石より年上の尾白鷲や蓮角でも無く、王家と縁のある十一でも無く、なぜ自分を総家令に指名したのかは、実のところ今でもわからない。
ただ結果的に、義務と因習に囲い込まれた蛍石を救えるのは自分だけであったという事。
生まれてすぐに婚姻を決められていた正室の竜胆は、蛍石よりも一回り以上年上であった。王族や貴族の結婚ではままある事ではある。
まだ若い蛍石の治世が盤石なものにするべく一つづつ積み上げていかなければならない。
それはなぜかと言えば周囲の人間達の損得にも生死にも関わるから。
政治など、元老院がすれば良い。
なるべく蛍石を政治から遠ざけて、ただ次の継嗣を設けて貰えば良い。
その為の男后妃など、いくらでも用意出来る。
女皇帝と皇后の初夜の席に同席したのは、司祭長と典医、女官長、そして総家令である五位鷺。
まだ若い女皇帝より三歳年下とは言え、素行不良と艶事には事欠かない宮廷育ちの家令だ。
それはただ事が成った事だけ、男皇后だけが多少羽目を外し興奮した醜いものであった事は充分に分かった。
蛍石の体がまだ未成熟であったのか、なかなか妊娠はせず、しても出産までにはいたらないまま時は過ぎて。
皇后はどこからか医師を連れて来て受診させて、治療と称して、蛍石に服薬を勧めるように成った。
女皇帝の精神も体も削られて蝕まれて行く事等、誰も気にも留めない。
まだ子供の程の年齢に近い双子の妹弟子すら、女皇帝の憔悴ぶりと皇后の無体に泣き出した程。
流石に腹に据えかねて、蛍石に怒りをぶつけると、彼女は「いいのよ」と言ったのだ。
「これさえ済めば、解放されるもの」
でも、それはいつだ。
それより先に、目の前の華奢な女がすり減って殺される。
それが何夜続いたか。
皇后の部屋の天幕越しに、微かな泣き声を聞いたのは何晩であったか。
思惑通りに、女皇帝はなんとか初めての公主を妊娠したが、普通に分娩出来る程には彼女は体が未熟であったのだ。
彼女は、早い段階から帝王切開での出産が決まり、これまでも酷使していたであろう体を切り刻まれた。
その夜に、自分は決めたのだ。
この女皇帝の願いを全部叶えよう。
この子猫ほどの女皇帝を、いつか雌の虎にしてみせる。
女皇帝に害を成した全員膝まずかせて、その鉤爪に屠られて殺されるのを見てやると。
自分の願いは果たされつつある。
蛍石は確かに救われた。
けれど、自分では幸福には出来なかった。
そんな必要すら感じなかった。
だから、残雪の存在とはなんと大きいか。
彼女はひとりで、蛍石と、自分まで幸福にしてしまった。
ああ、間もなく、蛍石も自分も、あの柔らかい腕に抱かれる事が出来る。
満足だ。
女達の声がして、五位鷺が目を覚ました。
「嫌ぁね、五位鷺お兄様、寝てたの?ジジイね」
「ジジイだから話聞いて無かったんでしょ?」
双子の妹弟子が文句を言った。
「・・・あぁ?聞いてた聞いてた。夜飯、何食うかだろ?」
「違うわよ!雪様にお土産、何買うかよ!」
「・・・8tトラック1台分くらい買ったろうが」
どうやって梱包輸送するか八角鷲が頭を悩ませていた。
「あれはお土産じゃなくて、買い物よ!」
何が違うんだ。
「ねぇ、やっぱりホテルのエントランスにあった人魚の飾り、あれ4つ買って行くわ。離宮に噴水作って飾るから」
女皇帝がまた面倒な事を言い出した。
「・・・はい」
この場合、五位鷺に求められるのは、「はい」か、「分かりました」のみ。
「蛍石様、昨晩のデザートのお菓子、絶対雪様がお好きそう」
「私も思っていたわ!あれもどこのか調べて持って帰りましょう。銀星と春北斗とにもっと珍しいものを買って行きたいわ。目につくものあれこれ買ったけれど、まだ、なんて言うかピンと来ないのよ」
わかります、と双子が頷いた。
「蛍石様、それってパンチが足りないってやつです!」
「そうだ!一昨日行った博物館にあった恐竜の化石。あれ、お譲り頂けないかしら!?」
「そうね!あれなら子供は間違いなくビックリするわね!」
双子家令の思い付きに蛍石が表情を明るくした。
「お前達は良い事思いつくわね!あれは珍しいもの。いくらなのかしら」
女達がとんでもない事を言い出したのに、五位鷺は唖然とした。
まずは貨物コンテナを手配する必要がある話になって来た。
更に、蛍石は、そのパンチのある土産を子供達に見せて驚かせて、その後どうするかは考えていないのだ。
つまりはいずれ持て余し、新しい博物館でも建てろと言う事になるだろう。
五位鷺は、またおかしな仕事が増えたと思いながら、そう来なくっちゃなあとおかしくなって来た。
「・・・明日、大統領にお伺いしてみましょう」
そうして頂戴、と蛍石が満足そうに微笑んだ。
「国を離れたのは久々で楽しかったけれど、そろそろ帰りたいわ」
筆不精な蛍石が絵葉書を買ってこさせて、毎日残雪に手紙を書いていた。
その内容は些細な事であるが、愛情に満ちたものであった。
公式な郵便には乗らずに家令達によって届けられる文書は、離宮の残雪の元に次々と届けられていた。
残雪からは、彼女と子供達からの返事の手紙と小包に入った飴や焼き菓子が届く。
蛍石はそれを待ち望んでいて、朝になると、まだ返事は来ないのかと五位鷺を急かすのだ。
それもやっと終わるだろう。
明日の大統領官邸での設宴が終われば、半月にも及んだこの海外遠征も終わり、帰途につける。
総勢50人。そのうち半数以上は飛行機で先発して行き来をした。
身近な女官や官吏、軍人、そして家令が後発。
女皇帝と共に、彼女お気に入りの豪華なお召し列車に揺れていれば、二十時間程で帰国出来るのだ。
離宮はもう春の花々が咲いた頃だろうか。
蛍石が恋人や子供達に早く会いたいように、自分もまた妻子が恋しくなっていた。
帰国したらしばらくはまた忙しくなるだろう。
今回のA国訪問で女皇帝の治世は更に盤石となった。
それだけの結果を得ることが出来た。
落ち着いたらまずは、行きの列車の中で「これに乗って夏の静養に雪と子供達と海に行きたいわ」と、そう言っていた女皇帝の願いを叶えねばなるまい。
さて、最後の仕事をしなければ。
明日、大統領官邸を訪れれば、夜には帰国の途につける。
翌日の正午過ぎ。
蛍石は訪問の成功と祝意と別れの挨拶に大統領官邸に向かった。
直前の三叉路で、女皇帝一行の乗る豪華な四頭立ての馬車に投げ込まれた爆弾が炸裂した。
A国に用意された滞在先のホテルは街の中心部にあり、繁華街も近い。
壮麗なロマネスク様式の建築物で、女皇帝一行は三十階建の最上階を滞在先にしていた。
政治的な設宴や会合が無い日は、蛍石が家令を伴ってあちこちに出かけていく。
女皇帝と、見栄えのする双子の女家令はどこでも衆目を集め大人気。
果てるとも知らない女達の買い物に付き合い、警備担当兼荷物運び役の八角鷲がぐったりとしていた。
女達は、部屋に戻って来てからも買って来たものを全て並べて、ああでも無いこうでも無いと談義を始める。
五位鷺は、生返事をしながら書類を眺めていた。
我ながら良い成果だ。
こちらの要望の六割が通った。
これで前線は守られる。
A国は、近隣小国の小競り合いが目立ち、民族紛争が激化している。
お互いの国境を維持するというのは、お互いの主権を認め、事あらば加勢はせずとも侵略はしないと言う事。
現在のA国からしたら何より欲しいものだろう。
加えて、大統領令嬢と廃太子の縁談話が持ち上がっていた。
自国では肩身の狭い身分でも、婚姻すれば大統領の義息子である。
蛍石が珍しく興味を持った。
廃太子が爵位を賜り復位するという希望の強さと反比例する困難さを王族である彼女が一番分かっている。
ならば、より良い待遇を求めた方が息子にとって良い人生かもしれないと考えたのだ。
そもそもこんな風に考えるようなタイプでは無い。
残雪の影響だろう。
五位鷺とすれば面倒事が物理的に離れてくれれば好ましいし、それが政治的に役立つならば文句など無い。
うまく話が纏まとまれば、来年の春には正式に婚約締結の運びになるだろう。
また雪が強くなって来た。
五位鷺は革張りのソファに身を預けて窓の外を眺めた。
この数日、厳冬が舞い戻って来たようだ。
雲雀の雛がやっと巣立ち、若い翼で空を舞い野に歌う季節に降るこういう雪を雲雀殺しと言うそうだ。
母親が女家令の生まれながらの宮廷育ちの家令という者がいる。
女家令の子は大概が雇われた乳母によって宮城で育てられる。
母親、または同じ時期に出産した他の女家令が授乳する期間もないわけではないが、基本的に彼女達は育児には向いていない。
最低限の自分の身辺自立が出来るようになると、兄弟子や姉弟子からの使い走りのような事を始めるのが家令としてのスタート。
例に漏れず、五位鷺もその道を辿った。
女児というのは、男児に比べて成長も発達も早い。
年の近い蓮角は、一丁前に使い走りを務めて、女官の嫌味にもさらりと意趣返しまでする女家令っぷりであった。
翻って自分はと言うとそうでもなく、正直宮城は怖かった。
それは湖沼や河川の奥底に何がいるかわからない恐ろしさに近い。
そこを難なく泳ぐ方法を知り、あまつさえ何らかの釣果を仕留める程になるにはまだ遠い子供であったのだ。
水晶女皇帝とその総家令であった姉弟子の鶺鴒が健在であった頃。
皇太子であった女皇帝の息子は、養育を任された父親の一族のおかげですっかり蒙昧に育っていた。
当時の女皇帝は賢帝と誉れ高い人物であったが、閨閥で雁字搦めの宮廷では自分の子の教育すら意のままに出来ない。
総家令の鶺鴒が考え出したのは、次の世代の生産と育成。
皇太子に継室を何人も入宮させて子供を設けさせて、揮にかけて厳選と言えばまだ聞こえがいいが、淘汰させたのだ。
そこで残ったのが、蛍石。
女皇帝は皇太子ではなく蛍石ほたるいしに帝位を譲る事にしたのだ。
けれど、選ばれた方の戸惑いと困難さは度外視のまま。
そして、皇太子は即位せぬままに亡くなり、女皇帝が崩御後、まだ若い蛍石が皇帝となった。
と同時に、五位鷺は、姉弟子の鶺鴒の意思で総家令となったのだ。
姉弟子は、蛍石より年上の尾白鷲や蓮角でも無く、王家と縁のある十一でも無く、なぜ自分を総家令に指名したのかは、実のところ今でもわからない。
ただ結果的に、義務と因習に囲い込まれた蛍石を救えるのは自分だけであったという事。
生まれてすぐに婚姻を決められていた正室の竜胆は、蛍石よりも一回り以上年上であった。王族や貴族の結婚ではままある事ではある。
まだ若い蛍石の治世が盤石なものにするべく一つづつ積み上げていかなければならない。
それはなぜかと言えば周囲の人間達の損得にも生死にも関わるから。
政治など、元老院がすれば良い。
なるべく蛍石を政治から遠ざけて、ただ次の継嗣を設けて貰えば良い。
その為の男后妃など、いくらでも用意出来る。
女皇帝と皇后の初夜の席に同席したのは、司祭長と典医、女官長、そして総家令である五位鷺。
まだ若い女皇帝より三歳年下とは言え、素行不良と艶事には事欠かない宮廷育ちの家令だ。
それはただ事が成った事だけ、男皇后だけが多少羽目を外し興奮した醜いものであった事は充分に分かった。
蛍石の体がまだ未成熟であったのか、なかなか妊娠はせず、しても出産までにはいたらないまま時は過ぎて。
皇后はどこからか医師を連れて来て受診させて、治療と称して、蛍石に服薬を勧めるように成った。
女皇帝の精神も体も削られて蝕まれて行く事等、誰も気にも留めない。
まだ子供の程の年齢に近い双子の妹弟子すら、女皇帝の憔悴ぶりと皇后の無体に泣き出した程。
流石に腹に据えかねて、蛍石に怒りをぶつけると、彼女は「いいのよ」と言ったのだ。
「これさえ済めば、解放されるもの」
でも、それはいつだ。
それより先に、目の前の華奢な女がすり減って殺される。
それが何夜続いたか。
皇后の部屋の天幕越しに、微かな泣き声を聞いたのは何晩であったか。
思惑通りに、女皇帝はなんとか初めての公主を妊娠したが、普通に分娩出来る程には彼女は体が未熟であったのだ。
彼女は、早い段階から帝王切開での出産が決まり、これまでも酷使していたであろう体を切り刻まれた。
その夜に、自分は決めたのだ。
この女皇帝の願いを全部叶えよう。
この子猫ほどの女皇帝を、いつか雌の虎にしてみせる。
女皇帝に害を成した全員膝まずかせて、その鉤爪に屠られて殺されるのを見てやると。
自分の願いは果たされつつある。
蛍石は確かに救われた。
けれど、自分では幸福には出来なかった。
そんな必要すら感じなかった。
だから、残雪の存在とはなんと大きいか。
彼女はひとりで、蛍石と、自分まで幸福にしてしまった。
ああ、間もなく、蛍石も自分も、あの柔らかい腕に抱かれる事が出来る。
満足だ。
女達の声がして、五位鷺が目を覚ました。
「嫌ぁね、五位鷺お兄様、寝てたの?ジジイね」
「ジジイだから話聞いて無かったんでしょ?」
双子の妹弟子が文句を言った。
「・・・あぁ?聞いてた聞いてた。夜飯、何食うかだろ?」
「違うわよ!雪様にお土産、何買うかよ!」
「・・・8tトラック1台分くらい買ったろうが」
どうやって梱包輸送するか八角鷲が頭を悩ませていた。
「あれはお土産じゃなくて、買い物よ!」
何が違うんだ。
「ねぇ、やっぱりホテルのエントランスにあった人魚の飾り、あれ4つ買って行くわ。離宮に噴水作って飾るから」
女皇帝がまた面倒な事を言い出した。
「・・・はい」
この場合、五位鷺に求められるのは、「はい」か、「分かりました」のみ。
「蛍石様、昨晩のデザートのお菓子、絶対雪様がお好きそう」
「私も思っていたわ!あれもどこのか調べて持って帰りましょう。銀星と春北斗とにもっと珍しいものを買って行きたいわ。目につくものあれこれ買ったけれど、まだ、なんて言うかピンと来ないのよ」
わかります、と双子が頷いた。
「蛍石様、それってパンチが足りないってやつです!」
「そうだ!一昨日行った博物館にあった恐竜の化石。あれ、お譲り頂けないかしら!?」
「そうね!あれなら子供は間違いなくビックリするわね!」
双子家令の思い付きに蛍石が表情を明るくした。
「お前達は良い事思いつくわね!あれは珍しいもの。いくらなのかしら」
女達がとんでもない事を言い出したのに、五位鷺は唖然とした。
まずは貨物コンテナを手配する必要がある話になって来た。
更に、蛍石は、そのパンチのある土産を子供達に見せて驚かせて、その後どうするかは考えていないのだ。
つまりはいずれ持て余し、新しい博物館でも建てろと言う事になるだろう。
五位鷺は、またおかしな仕事が増えたと思いながら、そう来なくっちゃなあとおかしくなって来た。
「・・・明日、大統領にお伺いしてみましょう」
そうして頂戴、と蛍石が満足そうに微笑んだ。
「国を離れたのは久々で楽しかったけれど、そろそろ帰りたいわ」
筆不精な蛍石が絵葉書を買ってこさせて、毎日残雪に手紙を書いていた。
その内容は些細な事であるが、愛情に満ちたものであった。
公式な郵便には乗らずに家令達によって届けられる文書は、離宮の残雪の元に次々と届けられていた。
残雪からは、彼女と子供達からの返事の手紙と小包に入った飴や焼き菓子が届く。
蛍石はそれを待ち望んでいて、朝になると、まだ返事は来ないのかと五位鷺を急かすのだ。
それもやっと終わるだろう。
明日の大統領官邸での設宴が終われば、半月にも及んだこの海外遠征も終わり、帰途につける。
総勢50人。そのうち半数以上は飛行機で先発して行き来をした。
身近な女官や官吏、軍人、そして家令が後発。
女皇帝と共に、彼女お気に入りの豪華なお召し列車に揺れていれば、二十時間程で帰国出来るのだ。
離宮はもう春の花々が咲いた頃だろうか。
蛍石が恋人や子供達に早く会いたいように、自分もまた妻子が恋しくなっていた。
帰国したらしばらくはまた忙しくなるだろう。
今回のA国訪問で女皇帝の治世は更に盤石となった。
それだけの結果を得ることが出来た。
落ち着いたらまずは、行きの列車の中で「これに乗って夏の静養に雪と子供達と海に行きたいわ」と、そう言っていた女皇帝の願いを叶えねばなるまい。
さて、最後の仕事をしなければ。
明日、大統領官邸を訪れれば、夜には帰国の途につける。
翌日の正午過ぎ。
蛍石は訪問の成功と祝意と別れの挨拶に大統領官邸に向かった。
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