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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
12.双頭の悪魔
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月の雫という名前を冠された真珠の首飾りの納めらた花梨の宝石箱を壊したのは、正室付きの女官だと言う事が判明した。
それを指示したのは自分であると男皇后は難なく認めた。
正室は竜胆という。
元老院でも一、二を争う名家の出身。
五位鷺が動機はと問うと、嗤って見せた。
「動機などいくらもあるだろう。己に問うてみよ。卑しい家令の分際で、我の陛下を奪いおった」
竜胆は表情を変えずに言った。
「そもそも、まだこどもの蛍石が女皇帝として振る舞えたのも、我と我が一門あってのこと。しかも、あの月の雫は、我が公主にと思っておったもの。それを家令の子を産んだ乳母風情に下賜した等正しくないだろう」
なるほど、正しくないと来たか。と五位鷺が頷いた。
「皇后陛下。銀星太子殿下と、そして、乳母に対する女官による不当な振る舞いについての進退は陛下にお任せ致します」
竜胆が満足そうに頷いた。
そもそも自分の管理下にある女官について、家令にあれこれと意見や判断等されるというのが不敬。
「瑣末な女官の振る舞いを、陛下がお自らご判断くださるだるというのはまことにお大変であろうが」
本来、自分が差し向けた事であり、自分の管理下の女官であるが、我関せず、と言う態度。
しかし、それが正しさになる。
それが身分。
五位鷺は、嫌になるほど分かっている。
「妃殿下、更に、こちらの書面の内容は先程私の署名捺印を持ちまして実行されるものです。これより、こちらの宮は封ぜられます」
そう言われて、竜胆は顔色を変えて立ち上がった。
ガタガタという音が聞こえて、八角鷲が部屋のあちこちの窓に鎧戸を取り付けさせているのが見えた。
「尚、扉は私が施錠致します」
「何をバカな事を!皇后を蟄居させるつもりか?!・・・元老院も黙っていない事は理解しているか?!」
五位鷺が首を振った。
「殿下、これは冷宮と言うものです。後宮において罪を犯した后妃を処罰するもの。宮宰たる総家令とはその為にもいるのですよ」
それは限定的にではあっても宮廷に置いて孤立すると言う事。
どういった意図であれ、冷宮措置になった后妃に下手に近づけば、己の身すら危い事になる。
元老院長だろうが、皇帝すら意見は出来ないのだ。
豊かな実家の支援こそあれ、それは宮廷では完全な孤立、そして何より不名誉であり、皇后より総家令の方が上なのだとマウンティングを社会的に公表されたようなもの。
皇后は憤怒の形相で五位鷺を睨みつけた。
「家令の分際で、王夫人になどなってみろ!お前の娘も、息子共々、殺してやる!」
五位鷺も表情を変えた。
「・・・妃殿下。私の娘は家令とギルド出の妻との子ですが。銀星太子は間違いなく陛下の太子。背信と見做されかねませんな。・・・やはり正しい処置のようです。橄欖公主様は一時的に離宮にお身を移されましょう。陛下のご懸命なご判断でございますな」
お前の娘は、お前ともお前の実家とも引き離してやる。
公主の母親でお前の妻がそうしろと言ったからな。
五位鷺は、喚わめく竜胆に踵を返した。
継室は二人。
二妃は楸、三妃は柊と言う名を賜り、兄弟で入宮している。
蛍石は柊との間に太子を一人もうけている。
兄弟の継室は、正室に唆かされ共謀して、銀星太子の部屋のゆりかごを燃やさせたと言う事かと思ったが違った。
普通に考えれば、正室がそうであったように正室や継室の子を押し除け、総家令が王夫人となり、いずれ銀星を後継にするのではないかと言う危惧からの犯行ではないかと思ったが。
実際は、二妃付きの女官の単独の犯行。
調査により二妃との間に子供がいる事が分かった。
二妃は、彼女の妊娠を認めず、人知れず処置をするよう命じたが、彼女は従わなかった。
休暇を願い出て、親類を頼り一人で子供を産み、その後は復職し、また二妃付きの女官として仕えていた。
彼はすっかり、女官が子供の処置を済ませたのだと思っていたらしい。
自分に危うきを及ばせない心得のいい女と言う事で、更にお前を信用しようと言ったそうだ。
そして、女官は、自分と子の不遇を呪い犯行に及んだ。
女官と、継室である楸との間の子は決して認められるわけではない。
自分もまた、妻や恋人どころか罪でしかない。
なのに、女皇后の恋人の総家令の子は、かつてない程に愛され、総家令は王夫人として官位どころか一代爵位まで賜るのではないかと噂されている。
悲しみは怒りや恨みとなって、五位鷺や銀星に向かった。
五位鷺と女官長を前にして、捕らわれた彼女は静かに淡々と経緯を語り、最後に、ただそれだけの事です、と言った。
五位鷺が総家令執務室で議会の資料に目を通していると、双子の妹弟子が追加の資料を運んで来て、兄弟子に近付いて来た。
「どれもこれも冷宮送り?」
「ご実家のお取り潰しするのが妥当じゃない?」
后妃が最も恐れるのが、実家のお取り潰しだ。
冷宮送りなど、不名誉には違い無い事だが、一定期間、皇帝やその他の宮廷の人間からは遠ざけられ、予算も削除されるが、実家からの豊かな支援があれば、優雅な幽閉とも言えた。
けれど、その実家がお取り潰しとなれば、供給が停止するわけだから、兵糧攻めのようなもの。
「実家の後ろ盾のない后妃なんて惨めなものよね。一気に貧乏くさくなっちゃうから」
「そうよ。特にあの性格の悪い貴族出の女官共が、それまではペコペコしてたくせに、自分のほうがまだマシだわとわざと着飾って、冷宮のまわりを用事もないのにフラフラしたりするしね」
最低最悪と言いながら実に嬉しそうだ。
山雀と日雀が兄弟子にまとわりつきながら言った。
更には、妹弟子達が「お兄様の部屋はお茶もお菓子も出ないから早く雪様のお部屋に行きたい」と言い出したのに苦笑した。
兄弟子に早く自分達に役割を与えろと迫っているのだ。
「…この度の皇后様が賜った冷宮送りのご処罰、お前達は、妥当だと思うか?」
問われて双子の姉妹が怒り出した。
「そんなわけないじゃない!」
「どれだけの事したと思ってるのよ!」
そうだな、と五位鷺は頷いた。
決定的な何かを得たくて泳がせたのはこっちだが、よりにもよってやってくれたなという気分。
無惨なゆりかごの残骸を見た時に久々に頭に血が昇った。
更に、総家令発で厳しく取調べが始まり、楸や柊、そのどちらも乱れた生活が判明したのだ。
度々出かけては、およそ宮廷の妃として相応しくない会合に出席参加していたそうだ。
「女官長以下五役は更迭よね」
「当たり前だわ。何の為にいるのよ」
継室達は、五役のうち数名とも特定の関係にあったようだ。
「後宮ではままある話だし。内々で済んで表沙汰にならないならあれこれ言うのもヤボだけど。あくまで皇帝陛下の瑕疵や不名誉にならないようにするならばよ」
「あいつらいるだけで不名誉じゃないの。ねぇ、お兄様、やっぱり後宮にも家令を入れた方がいいわ。首に鈴どころか、電流の有刺鉄線が必要よ」
基本的に後宮は女官のみが出入りし仕切っているのだが、考え直さなければならないと五位鷺も思っていた。
さて、これをどう始末しようか。
「お兄様、銀星太子様だけじゃないわ。春北斗ちゃんだって、丸焼きになるかもしれなかったのよ?」
「そうよ。そしたら、陛下や雪様がどれだけお嘆きになったか。お兄様が、主も、妻も子も守れなかった腰抜けと言われるところよ?」
わざわざ煽り倒し、焚き付ける言葉。
まあ、この姉妹ならばうまくやるだろう。
「・・・今でなくともいい。いずれの話だが。お前達、速やかにな」
双子は、嬉しそうに微笑んでだ。
「私達、そんなに仕事遅くないわ」
「そうよ。ねぇ?」
継室二人の処遇はこの二人に委ねられた。
双子家令は微笑んで女家令の礼をした。
五位鷺は、自分達が望んでいた許可を得て、踊るような足取りで残雪の部屋に向かう妹弟子達を見送った。
可憐で賢く、生まれながらの女家令。
しかし、双頭の悪魔と呼ばれる程には、やはり不穏で凶悪な姉妹でもあった。
それを指示したのは自分であると男皇后は難なく認めた。
正室は竜胆という。
元老院でも一、二を争う名家の出身。
五位鷺が動機はと問うと、嗤って見せた。
「動機などいくらもあるだろう。己に問うてみよ。卑しい家令の分際で、我の陛下を奪いおった」
竜胆は表情を変えずに言った。
「そもそも、まだこどもの蛍石が女皇帝として振る舞えたのも、我と我が一門あってのこと。しかも、あの月の雫は、我が公主にと思っておったもの。それを家令の子を産んだ乳母風情に下賜した等正しくないだろう」
なるほど、正しくないと来たか。と五位鷺が頷いた。
「皇后陛下。銀星太子殿下と、そして、乳母に対する女官による不当な振る舞いについての進退は陛下にお任せ致します」
竜胆が満足そうに頷いた。
そもそも自分の管理下にある女官について、家令にあれこれと意見や判断等されるというのが不敬。
「瑣末な女官の振る舞いを、陛下がお自らご判断くださるだるというのはまことにお大変であろうが」
本来、自分が差し向けた事であり、自分の管理下の女官であるが、我関せず、と言う態度。
しかし、それが正しさになる。
それが身分。
五位鷺は、嫌になるほど分かっている。
「妃殿下、更に、こちらの書面の内容は先程私の署名捺印を持ちまして実行されるものです。これより、こちらの宮は封ぜられます」
そう言われて、竜胆は顔色を変えて立ち上がった。
ガタガタという音が聞こえて、八角鷲が部屋のあちこちの窓に鎧戸を取り付けさせているのが見えた。
「尚、扉は私が施錠致します」
「何をバカな事を!皇后を蟄居させるつもりか?!・・・元老院も黙っていない事は理解しているか?!」
五位鷺が首を振った。
「殿下、これは冷宮と言うものです。後宮において罪を犯した后妃を処罰するもの。宮宰たる総家令とはその為にもいるのですよ」
それは限定的にではあっても宮廷に置いて孤立すると言う事。
どういった意図であれ、冷宮措置になった后妃に下手に近づけば、己の身すら危い事になる。
元老院長だろうが、皇帝すら意見は出来ないのだ。
豊かな実家の支援こそあれ、それは宮廷では完全な孤立、そして何より不名誉であり、皇后より総家令の方が上なのだとマウンティングを社会的に公表されたようなもの。
皇后は憤怒の形相で五位鷺を睨みつけた。
「家令の分際で、王夫人になどなってみろ!お前の娘も、息子共々、殺してやる!」
五位鷺も表情を変えた。
「・・・妃殿下。私の娘は家令とギルド出の妻との子ですが。銀星太子は間違いなく陛下の太子。背信と見做されかねませんな。・・・やはり正しい処置のようです。橄欖公主様は一時的に離宮にお身を移されましょう。陛下のご懸命なご判断でございますな」
お前の娘は、お前ともお前の実家とも引き離してやる。
公主の母親でお前の妻がそうしろと言ったからな。
五位鷺は、喚わめく竜胆に踵を返した。
継室は二人。
二妃は楸、三妃は柊と言う名を賜り、兄弟で入宮している。
蛍石は柊との間に太子を一人もうけている。
兄弟の継室は、正室に唆かされ共謀して、銀星太子の部屋のゆりかごを燃やさせたと言う事かと思ったが違った。
普通に考えれば、正室がそうであったように正室や継室の子を押し除け、総家令が王夫人となり、いずれ銀星を後継にするのではないかと言う危惧からの犯行ではないかと思ったが。
実際は、二妃付きの女官の単独の犯行。
調査により二妃との間に子供がいる事が分かった。
二妃は、彼女の妊娠を認めず、人知れず処置をするよう命じたが、彼女は従わなかった。
休暇を願い出て、親類を頼り一人で子供を産み、その後は復職し、また二妃付きの女官として仕えていた。
彼はすっかり、女官が子供の処置を済ませたのだと思っていたらしい。
自分に危うきを及ばせない心得のいい女と言う事で、更にお前を信用しようと言ったそうだ。
そして、女官は、自分と子の不遇を呪い犯行に及んだ。
女官と、継室である楸との間の子は決して認められるわけではない。
自分もまた、妻や恋人どころか罪でしかない。
なのに、女皇后の恋人の総家令の子は、かつてない程に愛され、総家令は王夫人として官位どころか一代爵位まで賜るのではないかと噂されている。
悲しみは怒りや恨みとなって、五位鷺や銀星に向かった。
五位鷺と女官長を前にして、捕らわれた彼女は静かに淡々と経緯を語り、最後に、ただそれだけの事です、と言った。
五位鷺が総家令執務室で議会の資料に目を通していると、双子の妹弟子が追加の資料を運んで来て、兄弟子に近付いて来た。
「どれもこれも冷宮送り?」
「ご実家のお取り潰しするのが妥当じゃない?」
后妃が最も恐れるのが、実家のお取り潰しだ。
冷宮送りなど、不名誉には違い無い事だが、一定期間、皇帝やその他の宮廷の人間からは遠ざけられ、予算も削除されるが、実家からの豊かな支援があれば、優雅な幽閉とも言えた。
けれど、その実家がお取り潰しとなれば、供給が停止するわけだから、兵糧攻めのようなもの。
「実家の後ろ盾のない后妃なんて惨めなものよね。一気に貧乏くさくなっちゃうから」
「そうよ。特にあの性格の悪い貴族出の女官共が、それまではペコペコしてたくせに、自分のほうがまだマシだわとわざと着飾って、冷宮のまわりを用事もないのにフラフラしたりするしね」
最低最悪と言いながら実に嬉しそうだ。
山雀と日雀が兄弟子にまとわりつきながら言った。
更には、妹弟子達が「お兄様の部屋はお茶もお菓子も出ないから早く雪様のお部屋に行きたい」と言い出したのに苦笑した。
兄弟子に早く自分達に役割を与えろと迫っているのだ。
「…この度の皇后様が賜った冷宮送りのご処罰、お前達は、妥当だと思うか?」
問われて双子の姉妹が怒り出した。
「そんなわけないじゃない!」
「どれだけの事したと思ってるのよ!」
そうだな、と五位鷺は頷いた。
決定的な何かを得たくて泳がせたのはこっちだが、よりにもよってやってくれたなという気分。
無惨なゆりかごの残骸を見た時に久々に頭に血が昇った。
更に、総家令発で厳しく取調べが始まり、楸や柊、そのどちらも乱れた生活が判明したのだ。
度々出かけては、およそ宮廷の妃として相応しくない会合に出席参加していたそうだ。
「女官長以下五役は更迭よね」
「当たり前だわ。何の為にいるのよ」
継室達は、五役のうち数名とも特定の関係にあったようだ。
「後宮ではままある話だし。内々で済んで表沙汰にならないならあれこれ言うのもヤボだけど。あくまで皇帝陛下の瑕疵や不名誉にならないようにするならばよ」
「あいつらいるだけで不名誉じゃないの。ねぇ、お兄様、やっぱり後宮にも家令を入れた方がいいわ。首に鈴どころか、電流の有刺鉄線が必要よ」
基本的に後宮は女官のみが出入りし仕切っているのだが、考え直さなければならないと五位鷺も思っていた。
さて、これをどう始末しようか。
「お兄様、銀星太子様だけじゃないわ。春北斗ちゃんだって、丸焼きになるかもしれなかったのよ?」
「そうよ。そしたら、陛下や雪様がどれだけお嘆きになったか。お兄様が、主も、妻も子も守れなかった腰抜けと言われるところよ?」
わざわざ煽り倒し、焚き付ける言葉。
まあ、この姉妹ならばうまくやるだろう。
「・・・今でなくともいい。いずれの話だが。お前達、速やかにな」
双子は、嬉しそうに微笑んでだ。
「私達、そんなに仕事遅くないわ」
「そうよ。ねぇ?」
継室二人の処遇はこの二人に委ねられた。
双子家令は微笑んで女家令の礼をした。
五位鷺は、自分達が望んでいた許可を得て、踊るような足取りで残雪の部屋に向かう妹弟子達を見送った。
可憐で賢く、生まれながらの女家令。
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