高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

文字の大きさ
5 / 62
⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》

5.十一

しおりを挟む
 極北の前線基地を総家令が訪れていた。
大国同士、また周辺の中小国家同士が睨み合う、防衛の最前線。
現在の皇帝が女性という事もあり、代理で総家令が度々、視察として訪れる機会が多い。
対応はめんどくさいが、女皇帝が用意させたと言う品物は部下の兵士達を喜ばせるだろうと十一じゅういちは私室のデスクの上の目録を眺めた。
必要な予算を議会に上げてもその半分も通った事は無いが、家令を通すとすんなりとそれ以上のレスポンスがある。
「家令め・・・」
こんなに有益で便利なもの、もはや害悪ではないだろうか。
特に、格別に優秀で女皇帝の信頼も篤いこの総家令はいつか足元をすくわれるに違いない、と十一じゅういち五位鷺ごいさぎを眺めた。
この男は、元老院筋の正室すら女皇帝から遠ざけたのだから。
「不足分があれば後で八角鷹はちくまを寄越すからまとめといてくれ」
そう言って五位鷺ごいさぎは冷蔵庫から勝手にビールを出して飲み始めた。
「いや、いい、十分。あっちもこっちも足りなくて往生していたところだから助かる」
「軍隊を養うには金がかかるからな。城の人間はスポーツやレースと一緒だと思っているフシがあるから、ただ睨み合ってるだけの今の状況じゃ、ちょいちょいいいニュースが無いとそりゃ予算なんかつかんわ。大体、こんなに書類を上げたり下げたりしち面倒くさいことしないで、お前が城に家令で入れば予算なんか通るのに」
「冗談じゃない。家令なんて願い下げだ」
十一じゅういちは家令の父を持つ、いわゆる蝙蝠こうもりだ。
鳥の名前を持つ家令にあらず、しかし近しいもの。
母親が女家令ならば有無を言わさずその子も家令だが、父親のみが家令の場合、選ぶ事が出来る。
十一じゅういちは、正式には家令である事を選んではいない。
父は確かに家令だが、母が皇女であり、爵位すら持っているのだ。しかも、伯爵位。
だが、しがらみとはあるもので、幼馴染の五位鷺ごいさぎとは、お互いに支え合い、利用し合い、のような関係。
「たまのバイトだって嫌で仕方ないんだ」
人員確保で時たま宮城の遣いをさせられたり、神殿オリュンポスや式典に参加させらたりするが、やりたいわけじゃない。
自分が属する軍に置いて多少の融通が効くから、家令業務の下請けをしているだけ。
五位鷺ごいさぎが、あとこれ、と箱をテーブルに乗せた。
大きな箱に赤と緑と金色のリボンで華やかなクリスマス風のラッピングがしてある。
クリスマスプレゼントかと十一じゅういちいぶかった。
五位鷺ごいさぎは勝手にバリバリと包装を破って、中からバスケットを取り出す。
ワインやチーズやチョコレート、色とりどりの砂糖菓子コンフィズリー、フルーツケーキが盛り合わせてある。
どれも品質が良く、趣味の良さを感じる品物。
十一じゅういちはワインの瓶を手渡されて、かなりいいワインなのに驚いた。
海外の古いぶどう園シャトーのワインだが、近年、木の病気と相続をめぐる問題でゴタゴタして廃業の危機と聞いていた。
販売輸入元に国内の企業の名前があって、事情を察した。
青蛙本舗カエルマークで買ったのか。何にしてもあの良いぶどう園シャトーが守られたなら良かった」
カエルマークは砂糖商であり、嗜好品を広く扱う企業で、輸入したり輸出したりする卸問屋かつ小売店だ。
「そうらしい。木の病気の心配ももう無いようだよ。このカゴは奥さんから。このカードは陛下から」
「は?」
聞き慣れぬ単語に十一じゅういちは戸惑いながら、クリスマスカードを受け取り、一読して絶句した。
いかにもなクリスマスデザインの可愛らしいカードだが、内容は脅迫状である。
内容は、"48時間後に、棕櫚しゅろ家へ佐保姫残雪さほひめざんせつを迎えに行き、速やかに総家令邸に送り届けよ。結婚式につきわずかの遅延、過失、瑕疵は許さぬ故、心せよ"と言うもの。
「は?棕櫚しゅろ?あの継室候補群の家?カエルマークの?何?この戒名かいみょうみたいな長い名前。総家令邸って何だよ?結婚式?誰の?」
分からない事が多すぎる。
「うん。まず、カエルマークの棕櫚しゅろな。で、その寿限無寿限無じゅげむじゅげむみたいな名前が、当主の娘。あの家、双子が生まれやすいらしい。で、双子って胎児のうちは何らかの理由で一人になったりする事もあるらしい。消失する双子バニシングツインと言うやつだ。双子が一人で生まれた場合は二人分の名前つける習慣があるんだと」
「・・・確かに、今の当主は双子だな」
昔、城の式典で見かけた事があった。
同じ顔で同じ服で現れたものだから、紛らわしくて仕方なかったが、前々帝の水晶女皇帝が同じ顔だと面白がっていたのを覚えている。
「で、この度、その佐保姫残雪さほひめざんせつ嬢と結婚する事になった。その祝意として陛下から離宮を賜った」
「へぇ。それは別にいいけど。よく蛍石ほたるいし様が許したな」
「陛下のアレンジだからな。・・・実は蛍石ほたるいし様が残雪ざんせつにご執心なんだ」
「はあ?」
「継室候補群の家とは言えまさか女を継室に上げるわけにもいかないし、公式寵姫も無理だ。それに次ぐ何か立場を与えて官位を与えなければ城には上がれないだろ」
「総家令夫人で官位なんか取れるか?」
「そっちはオマケ。いずれ残雪ざんせつは乳母として城に上がる」
「乳母?蛍石様はご懐妊されたのか?お前、もう子供がいるのか?」
「いや、だから、これからだ」
いよいよ困惑する。
「首尾良く行ったら、残雪ざんせつは城に上がることになる。その時もお前が迎えに行ってくれ。陛下もそのようにお望みだ。皇女様の息子が露払いだ。箔がつく」
十一じゅういちの母親は確かに家令に嫁下した皇女。
「都合のいい時だけいい様に使いやがって」
「お互い様だろ」
ご機嫌な様子で五位鷺ごいさぎがワインを開けて飲み干した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...