金蘭大夜総会 GoldenOrchidClub

ましら佳

文字の大きさ
6 / 33

6.夢見る小休止

しおりを挟む
 そこまで一気に喋ると、怜月は冷めた紅茶で口を潤した。
桜はじっと次の言葉を待っていたが、どうやらこれで本日分はおしまいらしい。
「・・・・おばあちゃん」
「はい、なんですか、桜子ちゃん」
まるで学校の先生のようだと思った。
「聞きたいことがあります」
「はい、質問ですね。・・・どうぞ」
ちょっとまた片言の発音になるのがおかしかった。
過去の話をするときはあんなの饒舌じょうぜつなのに。
「私のお母さんのパパは?」
「ああ、その話はこれからですね」
「おばあちゃんの子供の頃って、戦争が終わった頃でしょう?教科書やテレビで見るよりずっと贅沢というか・・・」
話の中には、毛皮とか、宝石とか、高価な陶磁器とか、チョコレートとか、ルイ・ヴィトンとか、フランス料理とか。
まるで今のセレブのような生活ではないか。
「物がなくて困っていた時代なんでしょう?」
怜月は、ふむ、と腕を組んだ。
「・・・戦争が終わって十年もすればいろんなものが手に入りましたよ。ママが言うには戦争中から、暁子がいろいろ持ってきてくれたらしいです。女優さんは舞台に立ちますから、すてきな服やアクセサリーが必要でしょう?さすがに当時はお化粧品やお衣装に苦労したらしいんです。でも、暁子がどうやってかいつも用意してきたって。もちろん買うんですけどね」
あれもそうなのよ。と、寝室の大きな鏡台を指差す。
「・・・ああ。もうこんな時間」
二時間近く話していたのか。
「・・・お腹すきましたね。厨房レストランからお食事を運んで貰いますか」
桜は買い物袋を見せた。
「おばあちゃん、おうどんは好きですか」
「おうどん・・・。ああ、烏冬ウードンですか!懐かしいです、若い時よく食べました」
ぱっと子供のように顔が輝く。
「スーパーを覗いたら、うどんがあって。どうしても食べたくなって買ってきたの。一緒に食べましょう」
「でもマリアは今日お休みなのよ・・・」
今までに見たこともない残念そうな顔。
「大丈夫!私、うどんくらい作れます。それについこの間、調理実習で鍋焼きうどん作ったんですよ」
「・・・日本の学校はすごいですね。紅茶の入れ方からうどんの作り方まで教えるんですか・・・」
桜はキッチンに向かった。
当然のように怜月もついてきて、小さな子供のようにダイニングの椅子に座って桜の様子を見ていた。
多分用途は違うのだろうけれど、土鍋を見つけた。
おうどんが煮えるまで、と簡単に作った卵焼きに怜月は歓声をあげた。
「卵焼きですね!」
「お好きですか」
「久しぶりです。・・・甘い。甘い卵焼きは初めて。お菓子みたいです」
「うち、お母さんの卵焼きがプリンみたいにすごく甘いんです」
怜月はびっくりして目を丸くした。
「あの子、お料理なんてするんですか」
「しますよ。とっても上手なの。近所のカルチャーセンターでたまに教えてるんですよ。和食」
「え?香港のお料理ではなくて?」
「それが。公民館の人も、お母さんが香港から来たお嫁さんだと期待して中華料理講座をして欲しくて声をかけたらしいんですけど。ちっとも作れないんです。でも、若い時に和食のお料理教室に通ってたらしくて。それで」
どうやら中国から来たお嫁さんということで、公民館の婦人会の料理教室の集会で、何かおいしいものを作れるに違いないと期待された母。
「奥さん、肉まん作れないの?」
「作れません」
「じゃ、エビチリは?」
「無理です」
「じゃ、普段何食べてんの?」
「クリームシチューとか。・・・あ、でも餃子なら東京の料理学校クッキングスクールで習ったから作れます」
「そんなのあたしらだって作れるわよ」
田舎のおばちゃん同士でそんな漫才のようなことを言っていたっけ。
そのうち、講座の参加者のおばちゃんのほうがお母さんに春巻とか教えてくれた。
「すごいの、桜ちゃん、春巻よ!!昔食べてた味に近い!」と母は大喜びしていた。
怜月は感心したようにため息をついた。
「・・・・あの子、ちゃんとやっているのねえ・・・。桜子ちゃんは、いじめられたりしませんでしたか?どこの国でも外国人は苦労するものです」
桜子は土鍋の様子を見ながら首を傾げた。
「うーん。それが。普通で」
「ふつう・・・」
「私、見た目が別に変わらないし。中国語も広東語も話せないし。それこそ肉まんすら作れないし」
ハーフやクォーターとしての存在価値が周囲に認められなかったせいか、逆に悪目立ちもせず、周囲に埋没しているというか。
「だから友達からも扱いが普通ですよ。ハーフとか外国人の友達もいないけど。毎日買い食いしたり、おしゃべりしたりする友達はいますし」
ああ、皆、元気だろうか。
友達の話をしたら、なんだか一気に懐かしくなってしまった。
毎日友達に会いに学校に行っていたようなものだもの。
母は、父は。飼い猫は今どうしているか。
近所に住んでいる親戚の足の悪いおばあちゃんとおばちゃんは大丈夫だろうか。
よかった、と怜月は頬笑んだ。
「日本人の言う、普通のレベルやスキルの高さは、とっても高いので、普通は、限りなくベターということです。本当に良かったわ」
感慨深げに怜月は何度も良かった良かったと繰り返した。
それから二人で、鍋焼きうどんを食べた。
スーパーで見つけた、さつま揚げのようなものやてんぷらのようなものは、想像の斜め上を行く味付けだったけれど、麺つゆの威力は絶大で、ちゃんとした和風の味付けになっていた。
「ああ。日本では生の卵が食べれますね。・・・ごはんに卵とお醤油入れたのが大好きでした」
怜月は半熟になった卵を大事そうに割った。
生物なまものは一切食べ慣れず、卵はよく加熱しないと感染症で死ぬと信じているママが怒るので、よく台所に忍び込んでメイドに頼んで食べていたのだと笑った。
「ああ。おいしい・・・」
二人でうどん三玉、全部食べきってしまった。
「おばあちゃん、お茶・・・」
食後のお茶を持ってきた桜はカップをテーブルにそっと置いた。
たくさん話して疲れたのだろうか、食べて体が温まったのか、寝てしまっていた。
寝室から、ブランケットを引っ張って来ると祖母の華奢な体にかけた。
また、明日、聞かせてもらおう。
付けっぱなしのテレビからは、広東オペラが流れていた。
演者は熱帯魚のようにくるくると舞い、不思議な節回しで歌う彼らは桜にとっては全く現実感のない存在で。
あんなことしてたのがひいおばあちゃんだったとは全くの驚きだ。
母は知っていたのだろうか。
勿論。面識だってあったはずだ。
なんにしても、また明日ね。
桜は小さく言うと、テレビの電源を落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...