不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ

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第三章

41、絶体絶命

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「さあフィル王子、私の手を取ってください」

「断る!」

 差し出されたレイモン伯爵の手を思い切り払い除けた。「あん、痛い……」と手をさする彼の首に模擬剣を突き付ける。

「お前を不法侵入で捕らえる」

 伯爵は一瞬目を丸くして、じわっと涙を浮かべた。

「いきなりはたくなんて酷いですよっ。言っときますけど、これが真剣でも貴方は私を捕まえられませんからね! 結局貴方は私の言うことを聞いてしまうんですから抵抗するだけ無駄です!」

 ピーピー騒いでやかましい!
 模擬剣とはいえ、首に剣を当てられたら普通黙るだろう? この状況でこの態度。やはり只者じゃない。

(こんな奴に王宮の騎士団が負けたなんて信じられない)

「それにお前との婚約もすぐに白紙に戻る。俺を婚約者と呼ぶな」
 いつもの陛下に戻ったら、誤解を解いてオーティスと婚約を結び直すんだ。

「黙って手を上げろ。ポルたち、縛る物を持ってきてくれ」
「はい!」

 文句を垂れていた伯爵の目がランッと光る。「縛るおつもりですか!?」とウッキウキで両手首を重ねる姿に「うえっ」とげんなりする。ランデルも俺と同じように微妙な顔をして、もう片側から伯爵の首に剣を当てがった。

「――お待たせしました縄です! え? なんでこの人こんなに嬉しそうなんですか!?」
 ポルの発言に一同深く同意。

「レイモン伯爵、手を後ろに回してこちらに背を向けろ」
 指示するランデルの赤い目を見て、伯爵はピクリと眉を動かした。

「ふぅ~ん、君もか。まあ、それはいい。けど、一つ言ってもいい? ……君は嫌っっ!! 王子に縛られたいのぉ!!」


「…………」

 ひゅ~と冷たい風が吹く。

 頼むからもうやめてくれ……ドン引きよ、ドン引き!
 人間も使い魔も顔面崩壊ギリギリ手前まで顔が歪んで声も出ない。俺の可愛いぽよぽよズにあんな顔させないで。

「あっ……そ、そうすか……俺で悪いっすね。チビちゃん、こっちに縄貸して」
 ランデルがポルから縄を受け取ると、レイモン伯爵は別人のように目をひん剥いて怒鳴りつけた。

「だから嫌だって言ってるでしょ! 耳付いてないの!? 君こそ『手を下ろしたまえ』…………そして『地面に這いつくばれ』!」

「チャス・レイモン! 口を慎め!」

 ここまでできるだけ冷静に対処してきたけど、もう我慢ならない。躊躇なく声を荒げた。
 こいつの要望通りってのが癪に触るけど、俺が縛ってさっさと終わらせよう、そう思った時、ランデルの模擬剣の刃先が震え出したことに気が付いてぎょっとした。

「――くっ!!」

 グリップを握る握力は相当なはず。にもかかわらず彼の腕が下がっていく。歯を食いしばって、俺には分からない何かに必死に抗っている。

「どうしたランデル! 伯爵何を――っ!?」

『う ご く な』

 それは聞き取れるか聞き取れないかすれすれの声だった。そして、すぐにランデルの置かれた状況を理解する。目一杯全身に力を込めている。それなのに体が動かないのだ。

「私のことを気持ちが悪いとお思いでしょう? でも、嫌われていてもいいんです。むしろそっちの方が燃える♡」

(何言ってんだこいつ。燃えなくていい、燃えるな、一人で燃えきれ!)

 顔を歪める俺の目の前で伯爵のお喋りが止まらない。まるでスポットライトを浴びた役者のようにイキイキと振る舞う。

「私と対極にいる光り輝く者たちが、反吐が出るほど気持ちの悪い男にひれ伏す時、最っ高の快感を味わえるんです。さあ、行きましょう王子。婚前旅行に!」

「フィル……」
 ランデルは片膝を付いて必死に俺のズボンを掴む。

「ほうほう、まだ耐えるんだ。頑張るねぇ。でも……『手を離せ』」
「くそっ……」

 抵抗も虚しく、顔を歪ませて地面に突っ伏してしまった。しゃがんだ伯爵はランデルの顎を掴んで再び視線を交える。そして囁いた。

「安心して。『暫くしたら全て忘れる。良い子はお家に帰りなさい』」

 いったい何が起きてるんだ?

 アカデミーでは剣と剣での戦闘の他に、対魔物、対魔法といった訓練も山ほど受けてきた。しかし俺たちは目の前にいる丸腰の人間たった一人に手も足も出せずにいる。

「…………っ」
(体が動かないだけじゃなくて声もか……)

「みんな! 僕たちでフィル様を守るぞ!」
「私たちが壁になります!」
「これでフィル様に手出しはできない!」

 攻撃能力のないぽよぽよズは守り専門。俺をぐるりと取り囲むと、城壁のような頑丈な防御壁へと姿を変えた。確かにこれなら手出しはできない。しかし、その考えすら伯爵の豪快な笑い声と拍手によって打ち消されてしまった。

「お見事お見事! でもマシュマロちゃんたちは元の姿の方が良いかな。全て忘れて地面に転がって寝てなさい」

 俺を取り囲んでいた壁がボンッと弾ける。元の姿に戻ったポルたちはマシュマロのようにぽとんと地面に落ちて本当に眠りに就いてしまった。

(ポル! ポム! ポニ!)

「失礼しますね、よいしょっ」
 伯爵は体の動かない俺を担ぎ上げ離宮を背にして歩き出す。長いアプローチを抜けて門前までやってきた時、見覚えのない置物の横を通り過ぎた。同じような置物が一つ……二つ。三つ目を通り過ぎた時、その置物の正体に気が付いてサーっと血の気が引いた。

(これ、全部護衛の騎士たちか!?)

 目を開いたまま直立不動の騎士たち。まるで蝋人形のようで、その誰とも目が合わない。レイモン伯爵は誰の妨害も受けることなくあっという間に門の外へ出て、俺を馬車に乗せた。

「はぁ~夢みたいだ。やっと二人きりになれた。馬車は揺れますから私が体を支えますね♡」

 ぴったりくっ付く伯爵に、言うことを聞かない体がぎゅうぅぅと抱き締められる。
(近い近い! 熱いし変な息がかかってる!)

「騎士……生きてる……のか? 俺を……どこ……連れ……く……」

 ギロリと睨みつけて掠れた声を絞り出すと、レイモン伯爵はつぶらな瞳をうるるんと煌めかせ「ほぉぅ!!」と声を上げた。

「ほぉ、この状態で話せる!? こんなの初めてだ! 心配しなくても大丈夫ですよ。貴方は私に手を差し伸べてくれた特別な人。大切にしますからね、私のお人形さん」

 絶体絶命。俺はこのピンチを打破できるのか!?
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