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結婚の約束

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 シオンが発熱すると、驚いたことにロナウド殿下までが様子を見に来てくれた。シオンがドア越しで申し訳ありませんと前置きした後、体調や生徒会の話を少しすると元気そうなシオンに安心したのか「お大事に。」と言って短時間で帰って行った。

見舞いの帰り道、ラースを従えたロナウド殿下は、遠くの景色を見ながら小さく溜息をついた。

「一時はどうなる事かと思いましたが、とりあえず元気そうで安心しました・・・。ですが、女性一人のことで、あのシオンがあそこまでなるものなんですね・・・。はぁ・・・仕方がありません・・・。あまり乗り気ではなかったのですが、シオンが使い物にならなくなるくらいなら背に腹は代えられないということでしょうね・・・。」

遠くを見つめたままのロナウド殿下の言葉は、誰に伝えるでもない、まるで独り言のような小さな呟きだった。

 結局シオンとフローレンス、二人が完治するまで二週間かかった。「このまま姉さんと暮らす!!」と、無理を言ってフローレンスを困らせていたシオンも、寮の管理人に怒られると、両手いっぱいに見舞いの品を抱えて渋々自分の部屋に戻って行った。



 久々に教室に入ると、ルーナやキャシーをはじめ、心配してくれたクラスメイトに囲まれてフローレンスは笑顔になったが、待ち構えていたように現れたレイサスによって、すぐに別室に連れて行かれ、息が出来なくなるほどの抱擁を受けた。

「心配した。身体はもう大丈夫なのか?」

「ありがとう。もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。」

授業が始まる前の短い時間だったが、フローレンスの元気そうな姿を確認したレイサスは、時間ぎりぎりまでフローレンスを抱きしめると、「また放課後な。」と、満足した様子で自分の教室に戻って行った。


 放課後、フローレンスは、遅れた勉強を取り戻す為、教科書とノートを開いた。あまりに集中して勉強していたのだろうか、はっと背後に気配を感じた時には、上から自分をじっと見ているレイサスと目が合った。フローレンスが驚いて「ヒィッ!」と大きく肩を震わせたのを見たレイサスは、ふっと笑顔を見せると、ふわっと後ろから腕を回した。いつものレイサスの香りに少しの汗の匂いがまじっている。しかし、フローレンスはこの香りに包まれると、不思議と安心感を覚え、それまでの緊張がほぐれていくような気持ちになるのだ。

フローレンスは、レイサスが好きだった。彼は、惨めで情けない自分を大きな心で受け入れてくれた。他の誰でもない、お前がいいと言ってくれた。強い嫉妬や独占欲に困った顔をしながらも、それだけ自分を必要としてくれていると思うと、それもまた喜びに変わった。

レイサスが椅子に座り、自分の膝の上にフローレンスを座らせると、腕に力を入れてぎゅっと抱きしめた。

「フローレンス。ずっと、弟と同じ部屋で寝ていたのか?」

「ええ・・・そうね。」

レイサスに会えば、絶対この話になるだろうことは、もとより覚悟していた。

「半分以上は、どちらかが熱を出していたし、ドア越しだったけれどお見舞いに来てくれた方も多かったから・・・。」

「そうか・・・。」

二人の間に沈黙が訪れる。

しばらくすると、レイサスの腕の力が強くなった。

「フローレンス、弟は、すでに独り立ちできているだろう?ロナウド殿下とも上手くやっている。」

「レイ?」

「俺と婚約してくれ。」

「あの、でも、レイ・・・。」

「もう待てない。俺のものになってほしい。」

「レイ・・・。」

レイサスの言葉が嬉しかった。確かに、シオンはもう大丈夫だろう。ロナウド殿下に目をかけてもらっている時点で、フーバート侯爵家の当主になることは決まったも同然だ。きっと、今の自分などでは、これからのシオンを助け、彼の役に立つようなことは何も出来ないだろう。しかし、レイサスは次男と言えどクレイズ公爵家のご子息だ。自分達が良くてもレイサスのご両親がフローレンスとの縁談を受け入れないだろう。フローレンスは自分の立場をよく理解しているからこそ、何も考えずに素直に喜べる話ではなかった。

口ごもるフローレンスの肩に額を乗せると、レイサスは甘えるようにぐりぐりと擦りつけてきた。

「俺は、将来騎士になるつもりだ。クレイズ公爵領は兄が継ぐが、俺は我が家が持つもう一つの伯爵位を受け継ぐことになっている。だからそこまで公爵家を気にする必要はない。お前の噂は、俺の家族も知っている。だが、その悪い噂が実際と違うことも、もう皆が知っていることなんだ。以前、お前の家に釣書を送った時点で、家族との話はついている。心配しなくても、両親も兄も、既にお前を受け入れてくれているんだ。」

フローレンスは、戸惑いながらも、じわじわと自分の中で喜びが沸き上がってくるのを感じた。レイサスの腕を外し、その場に静かに降り立つと、目を潤ませレイサスを見つめた。

「でも、私には平民の父の血が流れているわよ?」

レイサスも、椅子からすっと立ち上がった。

「今は、フーバート侯爵家の令嬢だ。何も問題はない。」

「・・・・・・。」

レイサスは、その場に方膝を付くとフローレンスの手を取り、顔を見上げた。図書室の夕日に照らされ、フローレンスの金色の髪はキラキラと光を放ち、サファイアのような美しい瞳には涙がいっぱい溢れていた。燃えるような真っ赤な髪のレイサスが、フローレンスを見つめ優しく微笑んだ。

「俺は君じゃないと駄目なんだ。君だけを愛している。フローレンス、俺と結婚してくれるね?」

「・・・はい。」

涙をポロポロ零し、声を詰まらせたフローレンスは、それしか答えることが出来なかった。

嬉しそうに口角を上げたレイサスが、優しくフローレンスを引き寄せると二人はしっかりと抱き合った。

「レイー、・・・本当に、私でっ、いぐっ・・・いいの?」

「ああ。お前がいい。」

「ひぐっ・・・、うぅ・・・。いつもは「お前」なのに・・・。「君」だって・・・。くふふ・・・ぐすっ・・・。」

「うるさい! 泣きながら笑うな。不細工になってるぞ。」

「うぅ・・・、酷い。・・・レイの馬鹿。」

その日、二人の大好きな場所で、レイサスとフローレンスは結婚の約束をした。
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