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冷たいスープとシオンの涙
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その晩、邸が静まり返るのを待って、フローレンスはシオンの部屋に向かった。ノックはせず、音を立てないようにそおっとドアを開けると、ベッドの中で熱にうなされ苦しそうなシオンの顔が目に入った。持ってきたバスケットを机の上に置くと、首筋の汗を軽く拭き、額のタオルを冷えたものに取り換えた。バスケットの中からゴソゴソ物を取り出していると、物音で起こしてしまったのか、目を覚ましたシオンが、じっとこちらを見ていた。
「シオン、ごめんなさい。起こしてしまったわね。まだ熱があるみたいだけど何か食べれそうかしら・・・。少しでも食べて、薬を飲みましょう?」
「姉さん・・・ありがとう。」
フローレンスは、ベッドから起き上がろうとしたシオンの背を支えてクッションをあてがう。すると、シオンの体が汗でベトベトな事に気が付いた。
「シオン、少し寒いけど我慢できるかしら。汗がすごいから身体を拭いた方がいいわ。」
フローレンスは、素直に頷くシオンの服を脱がせてテキパキと身体をふいてゆく。シオンの身体はまだ熱を持っているせいか、ひどく熱かった。新しい服を着せると、バスケットから蜂蜜とレモンのジュースを取り出してシオンに飲ませた。
「本当は温かいものを食べさせてあげたいんだけど・・・・・・。こんなものしか持ってこれなくてごめんね・・・・・。」
そう言って申し訳なさそうに傍のテーブルに出した物を見てシオンは、可笑しそうに笑った。
「ははは、姉さん、よく零さないでここまで持ってこれたね。」
フローレンスは、「まあ、これくらいなら平気よ。」 と言って、薄く切ったパンを取り出すと野菜がたくさん入ったスープ皿の横に置いた。次にマッシュポテトを出すと、
「食欲がない時は、パンをスープに浸すと食べやすいと思って夜食に頼んだんだけど・・・・・、こんなに冷めてしまっては身体が冷えてしまいそうね・・・・・。」
と、情けない顔でシオンに謝った。
「姉さん。お願いだからそんな顔しないで。申し訳ないのは、いつだって僕の方だよ。いつも姉さんに迷惑かけてばかりで、僕は何も姉さんの役に立てていないのに・・・。いつだって僕は姉さんに助けてもらってばかりだ。僕のせいで姉さんはいつだって苦労して・・・。僕は、自分が本当に情けなくて・・・。僕なんて本当は――――」
「シオン! 駄目!! それ以上は姉さん、聞きたくない! 何の役にも、なんて言わないで。シオンは私に勉強を教えてくれてるわ。頭の悪い私を馬鹿にもせず、何度も何度も・・・。私のような頭の悪い人間は、いくら家庭教師の先生が就いたところで駄目なものは駄目なのよ。それでもここまで頑張ってこれたのは、シオンが私を見捨てないでいてくれたおかげじゃない。それに、あなたは私の唯一の家族よ。血は繋がってなくても、私にはシオンしかいない。あなたは、自分が役に立てないって言うけど、私の傍に居てくれるだけで、弟でいてくれるだけで、こんなに私を幸せにしてくれているわ。お願いよ、私のやってることで心を痛めないで。弟のあなたに、こうしてお節介を焼くことが私の喜びなんだから。」
「・・・姉さん・・・・。」
「さあ、早く食べて薬を飲まなくちゃね。」
「うん。早く治さないとね。」
「・・・シオン? やだ、泣かないで・・・。」
パンを冷たくなったスープに浸し、一口食べたシオンの目から次々と涙が零れている。慌てたフローレンスが、おでこを冷やしていたタオルでそっとシオンの目元を拭う。
「シオン、シオン・・・・・。泣かないで? 大丈夫だから、ね? 私が勝手にシオンを護りたくてやってることだから。 これは、私がシオンのことを大好きだからなのよ? だから、自分を責めないで。ねえ、本当よ? だからなにも心配しないで、シオン。」
「でもっ・・・、いつも姉さん、僕の為に・・・、うっ・・・、だって、姉さん一人がいつも悪者になって・・・・ひっ・・・全部、ぼ、僕の為にっ・・・」
熱を出し、心も身体も弱っているシオンが、声を震わせて泣いていた。フローレンスは、シオンをそっと抱きしめると静かな声で話始めた。
「ねぇ、シオン、聞いて? 前に私が言ったこと覚えてる? 私とあなたが、こうしてこっそり会うようになった時のこと。あの時も、今と同じ理由でシオンは泣いていたわね・・・・・・。」
シオンは、当時を思い出した。
「・・・・・どうして、そんなに僕に優しくするの? ってやつ?」
「うふふ、そう。それ! 思い出した? その時私、言ったわよね? 私がシオンを助けてあげられるのは、私達が子供の今だけって。」
「大きくなったら、今度は僕が姉さんを助ける番だよってやつだよね。」
「そうよ。あなたは侯爵家を継ぐ人間よ。今は、お父様やお母様に何も言えないけれど、そんなのいつまでも続かない。貴方が大人になった時、このフーバート侯爵家の当主はシオンよ。私はこんなだから、良い嫁ぎ先に恵まれるなんて考えられないわ。だからシオンは、その時が来たら、困っている私を使用人でもいいから雇ってよ。ふふっ、これはね、子供のうちは私がシオンの役に立つように頑張るけれど、大人になったらシオンに助けてもらうっていう、私のズルい作戦なのよ。」
「・・・・・・・そうしたら、姉さんとずっと一緒に居られる?」
「ええ。私はシオンに見捨てられたら生きて行けないもの。うふふ、シオンが嫌だって言っても、しがみ付くわよ? だからシオンは私の作戦にまんまと引っ掛かってるんだから、私に迷惑が掛かってるなんて思わなくていいの。」
「姉さん・・・・・・。大人になっても、本当に一緒に居てくれるの?」
フローレンスは、上目遣いで不安そうに見つめてくるシオンの頭を優しく撫でながら、安心させるように、にっこり微笑んで言った。
「私が困っていたら助けてよね。」
それから数日後には、無事シオンの体調も戻り普通の生活が戻って来た。シオンが熱にうなされている間、フローレンスは、人目を避けながら一日に何度も様子を見に行った。度々、人気のないキッチンに忍び込んでシオンに差し入れをしていたのだが、なぜか子供が見つけやすい場所に必要な物が用意されている不思議に、フローレンスが気付くことはなかったし、夜中、シオンの眠りが深い時間になると、何者かがシオンの部屋に入って来て、シオンの体温を確認したり、飲み物や果物をフローレンスが用意したかのように無造作に置いておいたり、綺麗な衣類やタオルをこっそりとクローゼットの中に入れていたことに、子供のシオンが気付くことはなかった。
「シオン、ごめんなさい。起こしてしまったわね。まだ熱があるみたいだけど何か食べれそうかしら・・・。少しでも食べて、薬を飲みましょう?」
「姉さん・・・ありがとう。」
フローレンスは、ベッドから起き上がろうとしたシオンの背を支えてクッションをあてがう。すると、シオンの体が汗でベトベトな事に気が付いた。
「シオン、少し寒いけど我慢できるかしら。汗がすごいから身体を拭いた方がいいわ。」
フローレンスは、素直に頷くシオンの服を脱がせてテキパキと身体をふいてゆく。シオンの身体はまだ熱を持っているせいか、ひどく熱かった。新しい服を着せると、バスケットから蜂蜜とレモンのジュースを取り出してシオンに飲ませた。
「本当は温かいものを食べさせてあげたいんだけど・・・・・・。こんなものしか持ってこれなくてごめんね・・・・・。」
そう言って申し訳なさそうに傍のテーブルに出した物を見てシオンは、可笑しそうに笑った。
「ははは、姉さん、よく零さないでここまで持ってこれたね。」
フローレンスは、「まあ、これくらいなら平気よ。」 と言って、薄く切ったパンを取り出すと野菜がたくさん入ったスープ皿の横に置いた。次にマッシュポテトを出すと、
「食欲がない時は、パンをスープに浸すと食べやすいと思って夜食に頼んだんだけど・・・・・、こんなに冷めてしまっては身体が冷えてしまいそうね・・・・・。」
と、情けない顔でシオンに謝った。
「姉さん。お願いだからそんな顔しないで。申し訳ないのは、いつだって僕の方だよ。いつも姉さんに迷惑かけてばかりで、僕は何も姉さんの役に立てていないのに・・・。いつだって僕は姉さんに助けてもらってばかりだ。僕のせいで姉さんはいつだって苦労して・・・。僕は、自分が本当に情けなくて・・・。僕なんて本当は――――」
「シオン! 駄目!! それ以上は姉さん、聞きたくない! 何の役にも、なんて言わないで。シオンは私に勉強を教えてくれてるわ。頭の悪い私を馬鹿にもせず、何度も何度も・・・。私のような頭の悪い人間は、いくら家庭教師の先生が就いたところで駄目なものは駄目なのよ。それでもここまで頑張ってこれたのは、シオンが私を見捨てないでいてくれたおかげじゃない。それに、あなたは私の唯一の家族よ。血は繋がってなくても、私にはシオンしかいない。あなたは、自分が役に立てないって言うけど、私の傍に居てくれるだけで、弟でいてくれるだけで、こんなに私を幸せにしてくれているわ。お願いよ、私のやってることで心を痛めないで。弟のあなたに、こうしてお節介を焼くことが私の喜びなんだから。」
「・・・姉さん・・・・。」
「さあ、早く食べて薬を飲まなくちゃね。」
「うん。早く治さないとね。」
「・・・シオン? やだ、泣かないで・・・。」
パンを冷たくなったスープに浸し、一口食べたシオンの目から次々と涙が零れている。慌てたフローレンスが、おでこを冷やしていたタオルでそっとシオンの目元を拭う。
「シオン、シオン・・・・・。泣かないで? 大丈夫だから、ね? 私が勝手にシオンを護りたくてやってることだから。 これは、私がシオンのことを大好きだからなのよ? だから、自分を責めないで。ねえ、本当よ? だからなにも心配しないで、シオン。」
「でもっ・・・、いつも姉さん、僕の為に・・・、うっ・・・、だって、姉さん一人がいつも悪者になって・・・・ひっ・・・全部、ぼ、僕の為にっ・・・」
熱を出し、心も身体も弱っているシオンが、声を震わせて泣いていた。フローレンスは、シオンをそっと抱きしめると静かな声で話始めた。
「ねぇ、シオン、聞いて? 前に私が言ったこと覚えてる? 私とあなたが、こうしてこっそり会うようになった時のこと。あの時も、今と同じ理由でシオンは泣いていたわね・・・・・・。」
シオンは、当時を思い出した。
「・・・・・どうして、そんなに僕に優しくするの? ってやつ?」
「うふふ、そう。それ! 思い出した? その時私、言ったわよね? 私がシオンを助けてあげられるのは、私達が子供の今だけって。」
「大きくなったら、今度は僕が姉さんを助ける番だよってやつだよね。」
「そうよ。あなたは侯爵家を継ぐ人間よ。今は、お父様やお母様に何も言えないけれど、そんなのいつまでも続かない。貴方が大人になった時、このフーバート侯爵家の当主はシオンよ。私はこんなだから、良い嫁ぎ先に恵まれるなんて考えられないわ。だからシオンは、その時が来たら、困っている私を使用人でもいいから雇ってよ。ふふっ、これはね、子供のうちは私がシオンの役に立つように頑張るけれど、大人になったらシオンに助けてもらうっていう、私のズルい作戦なのよ。」
「・・・・・・・そうしたら、姉さんとずっと一緒に居られる?」
「ええ。私はシオンに見捨てられたら生きて行けないもの。うふふ、シオンが嫌だって言っても、しがみ付くわよ? だからシオンは私の作戦にまんまと引っ掛かってるんだから、私に迷惑が掛かってるなんて思わなくていいの。」
「姉さん・・・・・・。大人になっても、本当に一緒に居てくれるの?」
フローレンスは、上目遣いで不安そうに見つめてくるシオンの頭を優しく撫でながら、安心させるように、にっこり微笑んで言った。
「私が困っていたら助けてよね。」
それから数日後には、無事シオンの体調も戻り普通の生活が戻って来た。シオンが熱にうなされている間、フローレンスは、人目を避けながら一日に何度も様子を見に行った。度々、人気のないキッチンに忍び込んでシオンに差し入れをしていたのだが、なぜか子供が見つけやすい場所に必要な物が用意されている不思議に、フローレンスが気付くことはなかったし、夜中、シオンの眠りが深い時間になると、何者かがシオンの部屋に入って来て、シオンの体温を確認したり、飲み物や果物をフローレンスが用意したかのように無造作に置いておいたり、綺麗な衣類やタオルをこっそりとクローゼットの中に入れていたことに、子供のシオンが気付くことはなかった。
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