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劇場型の告白
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クリスに迫られ和食と答えたのは何だか面倒だったからと、行かないつもりだったからだ。
しかし、講義が終わった後もクリスに付き纏われて逃げきる事が出来なかった。
そんな訳で引き摺られるように引っ張られてやって来たのは大規模な宴会に特化した安価な和風居酒屋だった。
乾杯!の掛け声で始まった飲み会は信じられないくらい大規模なものだ。
20人くらいの席を敷居で区切った小部屋が幾つも並び、クリスの率いる集団はその2部屋か……3部屋を独占している。
まさかキラキラ系の学生に混じって人生で初の飲み会に出席する羽目になろうとは想像もしていなかったのだが、これはある意味では助かったと言えた。
クリスと2人で飲みに行けと言われても3ワードを超えるような話題は無いと言い切れる。
何が良かったかって、酷く狭いスペースが縦に伸びている為、奥に座ったらトイレに立つのも難儀になる構造だった。店に入った途端に取り巻きの女子や仲間らしい男達に捕まり、奥の席に押し込まれたクリスはもう簡単には出てこれないと思える。
知り合いなんて誰もいない。
誰とも目が合わないし、合わせるつもりもない。
はっきり言って居心地は悪いがその方が気が楽だし、クリスとは別の区画で出口に1番近い末席に座っていればトイレに行くふりでもして早々に帰ってくればいいだけだった。
しかし、せっかくだから夕飯はここで食べて帰ろうと思っていた。
思っているがこれは地味なボッチに取って中々難易度の高いクエストだ。
食べ物のお皿が遠いのだ。そりゃ……体を乗り出して手を伸ばせば最寄りの唐揚げなら取れるけど目立ちたく無い。
仕方なしに誰も手を付けない枝豆を摘みながらファーストドリンクのコーラを飲むだけになっていると非常に不味い癖が出てきた。
飛び交う声が……楽しそうな声が音になっていく。
遠くから聞こえる話し声はリズムを刻むドラム、男の声はベースギター、女子の甲高い声はギター、突発的に湧き上がる派手な笑い声がリードボーカルといったところだろうか。
余りの出来の悪さにモヤッとする胸の中を押さえると、「1人」になっている事に気付いて顔を上げた。
「え?」
問いかけるような語尾だけが聞こえて焦った。
席の近い数人が応えを待つようにこっちを見ているって事は話しかけられたのは間違いないらしい。
「すいません」と慌てて返事をしたら少し変な顔をされた。
「あの、何ですか?」
「いや、だからさ、1番外側の席はみんなの注文を取る役割なの、何でもいいからどんどん飲み物を取ってよ」
「何でもいいから?」
「うん、必ず生中を混ぜてくれたら後は何でもいい」
何でもいいと言われても初めて来る居酒屋でどんな飲み物があるのかさえわからない。
縮こまっていても腕が触れるくらい近い隣の席にいた顔を思わず見ると、困った事を悟ってくれたらしい、サッと二つ折りのメニューが渡され、これとこれと指を差してくれた。
「めっちゃいい発音でよろしく」
「え?発音?」
「そこは適当にノリでやってくれる?
「………はい」
何も考えていなかった。
だから走り回る店員さんを捕まえて、ジンジャーエール、アップルサワー、アイスウォーターを英語風に発音をして最後に生中を付け加えた。
しかしそれは不味かったらしい、騒がしかった席がシンと鎮まりハッとした。
その時になって初めて気が付いたのだがどうやら揶揄われただけらしい。口籠もったり恥ずかしがったりするのを期待していたのに流したから場が白けたのだ。
「…………すいません」
「いや、謝らなくても……君は何?帰国子女?留学でもしてた?めっちゃ発音いいな」
「え?いや……」
居酒屋のメニューにあるドリンクなんて誰でもわかるだろうと言ったくせにデカい声で食い付くのはやめて欲しかった。
ざわつきが戻ったのはいいけど、あちこちでウォーターとかアップルとかの発音合戦が始まり、最後に抑揚の無い生中と付け加えて大笑いになっている。
本当に居た堪れなくて帰ろうと決意した。
鞄を鷲掴みにして出口に向き替えると、目の前にあったのは長い足だ。
正に今足を下ろそうしていた場所からドンッと腰を下ろしたのはクリスだった。
「楽しい?」と聞かれても始まったばかりだし、知らない人の中でどう楽しめばいいのだ。
「楽しくは……ないです」
「飲んでる?」
「飲んでません」
「食べてもいないみたいだね」
「誰か食べ物回して」とクリスが声を掛けるとテーブルに置けないってくらいに続々と全ての皿が集まって来る。
そこにタイミング悪くアップルサワーと水が届いた。店員の女の子からグラスを2つ受け取ったクリスが「はい」とアップルサワーを渡してきた。
「いや、これは俺のじゃ…」
「飲み放題なんだから誰のものでもいいんだよ」
「ね?」と誰にともなく問いかけると、クリスに逆らうメンバーはいないらしい。「どうぞ」と笑いながら譲ってくれる。
「でもこれはお酒でしょう、飲める飲めないの前に美味しく無いんです」
「一口飲んでみたら?嫌なら別のを頼んであげるよ」
………ニッコリと笑っているがクリスの笑顔は強引だった。彼の世界は一点を中心に回っている。
彼の土壌で、彼の敷地で、彼の元に集まる仲間の中では何も出来ない事だけはわかった。
しかし、講義が終わった後もクリスに付き纏われて逃げきる事が出来なかった。
そんな訳で引き摺られるように引っ張られてやって来たのは大規模な宴会に特化した安価な和風居酒屋だった。
乾杯!の掛け声で始まった飲み会は信じられないくらい大規模なものだ。
20人くらいの席を敷居で区切った小部屋が幾つも並び、クリスの率いる集団はその2部屋か……3部屋を独占している。
まさかキラキラ系の学生に混じって人生で初の飲み会に出席する羽目になろうとは想像もしていなかったのだが、これはある意味では助かったと言えた。
クリスと2人で飲みに行けと言われても3ワードを超えるような話題は無いと言い切れる。
何が良かったかって、酷く狭いスペースが縦に伸びている為、奥に座ったらトイレに立つのも難儀になる構造だった。店に入った途端に取り巻きの女子や仲間らしい男達に捕まり、奥の席に押し込まれたクリスはもう簡単には出てこれないと思える。
知り合いなんて誰もいない。
誰とも目が合わないし、合わせるつもりもない。
はっきり言って居心地は悪いがその方が気が楽だし、クリスとは別の区画で出口に1番近い末席に座っていればトイレに行くふりでもして早々に帰ってくればいいだけだった。
しかし、せっかくだから夕飯はここで食べて帰ろうと思っていた。
思っているがこれは地味なボッチに取って中々難易度の高いクエストだ。
食べ物のお皿が遠いのだ。そりゃ……体を乗り出して手を伸ばせば最寄りの唐揚げなら取れるけど目立ちたく無い。
仕方なしに誰も手を付けない枝豆を摘みながらファーストドリンクのコーラを飲むだけになっていると非常に不味い癖が出てきた。
飛び交う声が……楽しそうな声が音になっていく。
遠くから聞こえる話し声はリズムを刻むドラム、男の声はベースギター、女子の甲高い声はギター、突発的に湧き上がる派手な笑い声がリードボーカルといったところだろうか。
余りの出来の悪さにモヤッとする胸の中を押さえると、「1人」になっている事に気付いて顔を上げた。
「え?」
問いかけるような語尾だけが聞こえて焦った。
席の近い数人が応えを待つようにこっちを見ているって事は話しかけられたのは間違いないらしい。
「すいません」と慌てて返事をしたら少し変な顔をされた。
「あの、何ですか?」
「いや、だからさ、1番外側の席はみんなの注文を取る役割なの、何でもいいからどんどん飲み物を取ってよ」
「何でもいいから?」
「うん、必ず生中を混ぜてくれたら後は何でもいい」
何でもいいと言われても初めて来る居酒屋でどんな飲み物があるのかさえわからない。
縮こまっていても腕が触れるくらい近い隣の席にいた顔を思わず見ると、困った事を悟ってくれたらしい、サッと二つ折りのメニューが渡され、これとこれと指を差してくれた。
「めっちゃいい発音でよろしく」
「え?発音?」
「そこは適当にノリでやってくれる?
「………はい」
何も考えていなかった。
だから走り回る店員さんを捕まえて、ジンジャーエール、アップルサワー、アイスウォーターを英語風に発音をして最後に生中を付け加えた。
しかしそれは不味かったらしい、騒がしかった席がシンと鎮まりハッとした。
その時になって初めて気が付いたのだがどうやら揶揄われただけらしい。口籠もったり恥ずかしがったりするのを期待していたのに流したから場が白けたのだ。
「…………すいません」
「いや、謝らなくても……君は何?帰国子女?留学でもしてた?めっちゃ発音いいな」
「え?いや……」
居酒屋のメニューにあるドリンクなんて誰でもわかるだろうと言ったくせにデカい声で食い付くのはやめて欲しかった。
ざわつきが戻ったのはいいけど、あちこちでウォーターとかアップルとかの発音合戦が始まり、最後に抑揚の無い生中と付け加えて大笑いになっている。
本当に居た堪れなくて帰ろうと決意した。
鞄を鷲掴みにして出口に向き替えると、目の前にあったのは長い足だ。
正に今足を下ろそうしていた場所からドンッと腰を下ろしたのはクリスだった。
「楽しい?」と聞かれても始まったばかりだし、知らない人の中でどう楽しめばいいのだ。
「楽しくは……ないです」
「飲んでる?」
「飲んでません」
「食べてもいないみたいだね」
「誰か食べ物回して」とクリスが声を掛けるとテーブルに置けないってくらいに続々と全ての皿が集まって来る。
そこにタイミング悪くアップルサワーと水が届いた。店員の女の子からグラスを2つ受け取ったクリスが「はい」とアップルサワーを渡してきた。
「いや、これは俺のじゃ…」
「飲み放題なんだから誰のものでもいいんだよ」
「ね?」と誰にともなく問いかけると、クリスに逆らうメンバーはいないらしい。「どうぞ」と笑いながら譲ってくれる。
「でもこれはお酒でしょう、飲める飲めないの前に美味しく無いんです」
「一口飲んでみたら?嫌なら別のを頼んであげるよ」
………ニッコリと笑っているがクリスの笑顔は強引だった。彼の世界は一点を中心に回っている。
彼の土壌で、彼の敷地で、彼の元に集まる仲間の中では何も出来ない事だけはわかった。
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