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彼は不思議ちゃん

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カレーパンを包む油の付いた包装を丁寧に捲り、「はい」と手渡された。
あからさまに見てくる訳では無いが、じっとりとした多くの視線に包まれているサロンのテラスにある切り株風の椅子に並んで座っていた。
外は暑いけどサロンの中は嫌だと言い張ったらここになった。

「それはクリスさんが買ったんでしょう、あなたが食べてください」
「え?サンドイッチを先に食べたい?」
「そうでは無くて……」

行きゆく人が振り返る程の姿形《すがたかたち》がいいとか、学生会の役員であるとか、そんな事よりもまず特記したいのはクリスがかなりの不思議ちゃんであるという事だ。

断っても断っても返ってくる返事はまるで噛み合わない。
拒絶の反応程怖いものは無いと思うのだが、人気者のクリスには理解出来ないのかもしれない。
彼は自分の周りにいないイレギュラーに構って楽しんでいるだけなのだ。議論や説得は諦めた方が楽だった。
カレーパンを受け取って、半分割ってから包装の付いた方を差し出した。

「じゃあ……半分食べますか?」
「えっ?!」
「え?」

のけぞるくらいに驚いたクリスは、不穏と言えるくらいに目を泳がせ、何かを言い掛けてから口籠もった。

驚くポイントに驚いてしまった。
そして、驚き方にも驚いた。

漫画の主人公みたいに大きくて切長の目が真丸に見開き、そのままカァーッと顔が赤くなる。
おどおどと踊る目で空を見上げたり、モジモジと手を捏ねてキョドったりと、何だか人格が変わっている。

「ど……どうしたんですか?」
「………いいの?」
「え?何が?」

だれが相手であろうと、何をしていても……例え謝っている時でさえ上から目線が態度の端々に垣間見えるのに突然冴えない普通の人の振りをされたから会話の流れを無くしていた。
「もしも嫌じゃ無いなら欲しい」と言って下を向かれてやっと「半分食べるか」と聞いた事を思い出した。

「全部…どうぞ、俺はサンドイッチを食べます」
「え?なんで?!駄目だよ、半分こするって言ったじゃん!」

「え………と……」

何故ここでキレるのだ。
全部が半分ならわかるが、半分が全部になったのだから怒る理由が見えない。
「言ったよね?」と念を押されて半分になったカレーパンを渡したが、彼は左手に持っていた包装の付いてない方を取って、宝物を手にした子供のように油も気にせず手の中に包んだ。

貢ぎ物には慣れているのだろうに不思議ちゃん全開である。
 
「ありがとう、嬉しいよ」
「いえ、お金を払ったのはクリスさんですから、ついでにもう一回言いますが、お金を受け取ってくれると助かります」
「蓮はカレーパンが好きなの?」

「蓮…って………」

自己紹介をした覚えは無い。
そして自信を持って言うが、誰かが呼ぶ名前を漏れ聞く可能性も無いと思う。

「おはよう」と言われたら「おはよう」と返す。「元気?」と聞かれたら曖昧に笑う。後は、講義選択のアドバイスをしてやると言われた事があったけど断って逃げたくらいだ。
繋がらない会話よりも気になった。
しかし、何故と聞く前に「呼んじゃった」と言って舌を出す。

まるで似合わないカレーパンを食べる姿も、ニコニコと機嫌良さそうに振る舞う姿も、それと無く覗き見ている多くの聴衆も気味が悪い。

「蓮……って呼んじゃ駄目?」
「え……と…」
「いいよね?」

眩しい程の綺麗な顔に答えを迫られたからというのもあるが、そこで「はい」と答えたのは、おそらく彼が蓮と呼ぶ機会などこの先に1度も無いと思ったからだ。
何故言われるがまま居心地の悪いテラスで昼を食べているかはもうどうでもいいから、さっさと食べ終わり午後の講義に向けて予習をしたかった。
一口には大き過ぎるカレーパンの残りを口に押し込んで、まだ開封してないサンドイッチをクリスの手に押し付けた。

「それじゃ俺はこれで」
「腰を落ち着けてゆっくり食べなよ、ほらアイスコーヒーの氷が溶けて薄くなっちゃうよ」
「アイスコーヒーもクリスさんがどうぞ」

何をしたいのか知らないが、カレーパンもサンドイッチもアイスコーヒーもクリスが買ったのだ。
飲むなり捨てるなりしてくれたらいいと、空いている切り株風の椅子にアイスコーヒーを置いて立ち上がるとパッと手首を掴まれ飛び上がるほど驚いた。

「ちょっ……離してください」
「次の講義はドイツ語?」
「え?……あ…はい、そうですけど」
「その後は何も無いよね、呑みに行かない?」
「行きません」

掴まれた手を振り払い、我ながらかなりキッパリと断ってテラスから出たのだが……。
クリスって人が本当にわからない。
自分史上ではかなりキツめに断りを入れたのに、ほんの少しの怯みも見せずに付いて来るのだ。

「蓮と呼んだ記念」ってなんだ。
「どこの店がいい?」とか「何時に予約しよう」とか勝手に話しながら横に並ぶ。
勿論だがもう相手をしていられなくて無視を続けた。しかし、無視したのが悪かったのか、とうとう講義室まで付いて来た末に隣の席に座ってしまった。

ドイツ語は1年の時に単位を取りこぼした外国語の選択科目なのだ。
同じような学生が多いのだろう、1番人数の多い講義だった。
ただでも耳目を集めるクリスが親しげに振る舞ってくるものだから目立ちたく無いのに目立っている。
和食と洋食のどっちがいいかを聞かれて、もう無視だけでは済まなくなった。

「クリスさん、ここは低学年が多い一般教養の講義室ですよ、関係ないんでしょう?」
「無いけど1人や2人増えても文句は言われないと思うよ、で?和食?洋食?中華でもいいし焼肉とか……そうだな辛い物は好き?タイ料理とかどう?」

「……………普通の和食で……いいです」

「わかった」と嬉しそうに破顔したクリスはスマホを取り出し何やら操作をしている。
そんなやり取りをしている間に講師が授業を始め、馬鹿みたいにクリスと並んでドイツ語と格闘したが頭に入る訳は無かった。
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