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アナタが居なければ
第二話
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──帝国軍クレヴィ支部、執務室──
彼の変貌ぶりには驚かされました。十年前に会った時はバルトロマイとは違った逞しさを感じたのですが、目の前に居る獅子は明らかに死んでいました。かつての勇猛さは無くなり、何処か生気の抜けた目をしていました。
「……久しいな、マリア……海戦ぶりか」
サーベルの手入れをしていた彼は、作業を止めてこちらを見ていました。
「はい、そちらは随分と変わられたのですね」
「ふっ、そう見えるだろうな……」
彼のような戦士がここまで変わってしまうとは、一体何があったのでしょうか。気になりますが、それを聞けるような雰囲気ではありませんね。
「……それで、お前が来たという事は……ミア絡みだろう?」
しかし、こういう察しの良いところは衰えてはいないようですね。結構結構。私は頷き、彼女に会わせて欲しいと伝えました。
少し思考した後、レオンハルトは口を開きました。
「……構わんが、彼女はあんたの事を心底憎んでいる。あまり気持ちのいい話は出来ねぇだろう」
魔法が無くなればこの世界から大半の争いが無くなるのでしょう。それほどに「魔法」という存在は、便利性よりも攻撃性を重要視されているのです。
今や世界の九割を手にしているアシュヴィ帝国、かねてから圧倒的物量を有していましたが、伝統的戦術である騎兵部隊を主体とした運動戦から脱せず、各国が魔法使いという力を手にし、それらを相手に苦戦していました。
しかし、魔法が使えなくなったこの十年の内に、彼らは勢いを取り戻し、世界征服へと乗り出したのです。殆どの国が魔法に頼り切っていた事もあり、帝国は瞬く間に世界を手にしました。
元の世界は戦争は絶え間なく起きていました。アイリスが魔帝として台頭し始めた頃には、国家間の戦争は少なくなり、戦争区域が限定的になったのです。
この世界の抑止力が帝国ならば、あの世界の抑止力がアイリスなのです。ただ違うのはアイリスが生きているか、バルトロマイが生きているか、そこだけです。
どちらも大事なのです。私からすれば、どちらにも生きていて欲しかった、そうすれば私はこの世界から、すぐにでも帰りたくなっていたことでしょう。
それにしても、私はどうやらとある人物らに恨まれているようです。
砕氷の魔女ミア、そしてドラクル、彼女らには私がアイリスを見捨てたと、そう思われていたのでしょう。しかし、魔法の使えなくなったミアはあの頃の綺麗な姿では無く、変わり果てていました。
目の前で鎖に繋がれているミアは、私に対して殺意や憎悪、それら全ての負の感情を私に向けていました。理由など分かりきっています。
「ミア、私はアイリスを見捨ててなどいません……今となっては見苦しい弁明となってしまいますが……」
「この十年……世界はよく持った……だが、もう終いだ……」
彼女は涙を流し、そしてこちらをじっと見据えてきました。アイリスに対しての涙、でしょうか。
「……黎明……貴様は、神というものを知っているか」
神、今となっては言葉の存在すら知っている者が少ない架空の存在で、この世界を一週間で作ったとも言われていますね。
「一日目、暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。二日目、神は空を作り、三日目、神は大地を作り、海が生まれ、地に植物を生えさせた。四日目、神は太陽と月と星を作った。五日目、神は魚と鳥を作った。六日目、神は獣と家畜を作り、人を作った。七日目、神は休んだ……でしたか」
「そうだ……誰もその存在を認めなかった神だ。だが……奴は居る……あいりすという存在が神に対する唯一の抑止だったというのに……」
「……まさか、あの魔帝城の地下の?」
あれが神、あの化け物が神、だとすれば何故作っておきながら、また破壊しようとするのかは理解出来ませんが、あれは人の魂を喰らい封印を破ろうとしていました。元の世界ではアイリスが日課の如く、封印を補強していましたが、この世界では十年間一切手を付けられていないでしょう。
「魔力として消費出来なくなった魂が、全て奴の腹の中に収まってしまった……あいりすが愛したこの世界を……破壊されてしまう……全てが無に帰す……」
悔しそうに顔を歪めるミアでしたが、もはやどうにも出来ないことだ、と言わんばかりに項垂れていました。
あの化け物の話をアイリスから、と言うよりもお母様より幾つか聞きました。
曰く、人の魂を喰らい力を貯める。
曰く、有史以来から存在する化け物。
曰く、一度目覚めると文字通り全てを破壊するまで暴れ続ける。
曰く、封印するには数十年を要する。
アイリスのお母様は生前に部下を総動員させ、あの化け物を魔帝城へと封印したらしいですが、その封印をアイリスは一人で引き継いでいました。決して、絶対に目覚めさせてはならない、彼女はそう言っていました。
封印するには特殊な技法を用い、私にも理解出来ないような魔術式や魔道の知識が必要となり、その技法を知るのはアイリス一人のみという状況になっていました。
「……黎明……数年前に各大陸の気候や環境が、異常とも言えるほどに変化したのを……覚えているか」
「はい、確か北方大陸の雪が全て溶けた、南方大陸に雪が降り始めた、とか、想像すら出来ない事が頻発しているとか」
「……環境とは数年で変わるほど不安定なものでは無い。それこそ地形が変わるほどの変化が起きなければ、ほとんど変わらんものだ…… 」
それが全て神と呼ばれるものの仕業だというのならば、万能と言わざるを得ませんね。気候を操り続けるなど、魔法使いにはまず不可能ですから。
「……ミア、私がアイリスの意志を継ぎます。私が神と呼ばれる化け物を、封印し直しましょう」
「ふっ……ははっははは! 不可能だ……魔法の使えなくなった貴様が一体全体何が出来るというのだ?」
「私は黎明の魔女マリア、魔帝と並ぶと謳われた魔法使い、私がやるといったらやるんですよ!」
はぁ、アイリスの性格が少し移ったのかも知れませんね。私は踵を返しながら彼女の問いに答えて、牢屋を後にしました。
「それで、大見得を切ったのはいいが、どうしようというってか? アホだろ」
「全くその通りです」
支部の前で待っていたバルトロマイに先程の事を伝えると、笑いながらそう言ってきました。とりあえず脇腹を抓りつつ、世界を狂わせている神を魔法を使えない現状で、どうするかを考える事にしました。
「いてぇな……んでその神ってのは何処に御座すんだ?」
「北方大陸にある魔帝の城でしょう」
「北方大陸、ねぇ……」
バルトロマイは顎の整った髭を軽く指で撫でると、何か考え込むかのように腕を組みました。どうしました? と首を傾げると、彼はただの噂ならいいが、と言葉を続けました。
「人伝に聞いた話だが、北方大陸に出兵した帝国の騎兵師団がその日の内に壊滅したそうだ。帝国の騎兵師団が、だ」
それはこちらの世界ではまず有り得ない、と真っ先に否定出来るような話でした。帝国の騎兵が一日にして壊滅など、一体全体誰が成せるというのでしょうか。ましてや雪の溶けた北方大陸の広大な土地、何処まで行っても平面なのです。雪が降っていなければ見晴らしがいい事でしょう。ほぼ真正面からの戦いになると思いますが、それで帝国の騎兵が負けるとなれば指揮官が無能であるか、敵勢力が一個師団を上回る軍勢だったのか。
「帝国の騎兵はまるで一つの生き物だ。どれだけ兵が増えようが、統制された動きが乱れる事はねぇ……そしてもし北方大陸にそんな化け物を屠る国があるとすりゃ、それこそ化け物共だ」
「……本当に化け物の仕業なんでしょうね」
レオンハルトに話を通してアシュタドラの軍艦を出してもらえる事になりました。しかし、私の本来の目的はフェーゲラインと会う事です。彼は帝都の帝国軍の本部にて中将の位にまで登ったそうですが、レオンハルトの紹介状があればすぐに出会えるでしょう。
帝都まではレオンハルト直々の部下が送ってくれます。
「あんたらがマリアとバルトロマイか?」
ガラガラと鉄が転がるような音と共に私達を大きな影が覆いました。振り向くと馬を四頭も繋げた巨大な馬車と、その上にトラの頭を持つデミヒューマンがこちらを見ていました。
レオンハルトに勝るとも劣らない体躯を持ち、巨大なランスを肩に担ぎ、もう片方の手で四頭に繋がる手綱を握り締めていました。
「俺ぁティーゲル大佐だ。レオから話は聞いてるぜ」
昔どこかで見たような笑顔をする彼の笑顔は、とても人懐っこいものでした。そう、彼女と同じ笑顔でした。
レオ、レオンハルトの事でしょう。彼から話しを聞いているという事は、彼が北方大陸まで送ってくれるという事ですかね。
ティーゲルは自身の乗る戦車に乗れよ、と言い私達が彼の後ろに乗ると、卓越した馬捌きで帝都に向かい始めました。
「まさか黎明の魔女様を後ろに乗せるたぁ思いもしなかったぜ? いやぁ長生きするもんだ! はっはっは!」
「おいおい、ちゃんと前を見てくれよ? 事故って死ぬなんざやり切れねぇ」
「安心しな! このティーゲル、チャリオットの扱いは帝国一だと自負してらぁ!」
「前に馬車が、前に馬車が! 前! 前!!」
街道を突き進むチャリオットの前方には馬車がおり、それを巧みかつ乱暴に避けるティーゲルの事を、恨みがましく睨みました。それをすまねぇすまねぇ、と軽く流すティーゲルに対して呆れてモノも言えません。
全く、と肩を竦めた私はふと、この人ならレオンハルトが何故ああなってしまったのか、知っているかもしれません。本人には聞く気は起きませんでしたが、彼なら教えてくれるかもしれません。
「あの……少し聞きたい事があるのですが」
「レオの事か?」
察しの良い彼は少しだけ考えた後、まぁいいか、とレオンハルトが何故、あのような生気の抜けた状態になっているのか、語ってくれました。
「十年前だ、あんたらの国だったハルワイブ王国を攻め落とそうとする直前だ。アリスの姐さんがあいつの目の前から姿を消したんだ。文字通り消えたんだ。くらましたとかそういうのじゃなくて、パッ、と消えたそうだ」
「……それから、あのような?」
「まぁ、それでも奴は部下の手前、気丈に振舞っていたそうだが、アイリスの変わり果てた姿、アリスの姐さん、そして、奴が一番大事にしていただろうアイも同様に消えた.......そっからだ。奴が変わっちまったのは」
それを語るティーゲルの拳は力強くなっていき、手綱からはギュッ、と音が聞こえました。
レオンハルトにとって、アイリス、アリス、アイの三人は自信が守らなくてはならない、守ってやると約束した存在であり、それを果たせなかったレオンハルトは次第に荒んでいったそうです。
「……今でもアイのサーベルを磨くあいつには受け入れられないんだろう。だから俺達はレオに戦場から離れて、事務仕事に移るように言ったんだ。まぁ……それでもあいつはちっとも変わりはしねぇし、それどころか残酷になりやがった……はっ、面白くねぇ……面白くねぇや」
何とも言えない雰囲気が流れるチャリオットの上、語り終えたティーゲルはやれやれ、と肩を竦めると気を取り直したのように、歯を見せて笑いました。
「だから辛気臭ぇボスに代わって俺達が笑わなきゃな」
良い部下を持っているようですね、レオンハルトは。
辛気臭い空気が消えると同時に、辺りの景色が変わり始めました。今までは森に挟まれた街道といった道でしたが、徐々に建物が多くなっていくと街道だというのに町の中を通っているような、そんな道へと変わっていきました。
帝都へと近付くに連れて巨大な城壁が、地平線の向こうまで続いているのではないか、と勘違いするほど遠くまで建てられており、その壁の上には侵略者を攻撃する為の投石器や大型の弩砲が設置されて、難攻不落という言葉がここまで似合う城壁も、他を探しても無いことでしょう。
壁に設置された門は、チャリオットが余裕で通れるほどの横幅がありました。
門前にある詰所から番兵が出てくると、ティーゲルに対して敬礼をし、そのまま通してくれました。
目の前に広がるのは本当に現代の町なのでしょうか、何階建てか数えるのすら面倒になる高層建築物や、綺麗に整備され小石一つ落ちていない道路、どれだけの年月を費やせばここまで巨大な都市になれるのか、どのような技術を使っているのか、考えれば考えるほど底が知れませんね。
──帝国軍中央司令部──
「失礼致します、フェーゲライン中将閣下に面会したいという者を連れて参りました」
先程の親しみやすいフランクなティーゲルの姿は無く、軍人としての固いティーゲルとなった彼は、フェーゲラインの執務室の扉を開けると、弛みなく敬礼を行い何故ここに来たのかを口にした。
「話は聞いている、レオンハルト少将の知人だそうだな……入りたまえ」
「はっ」
ティーゲルは私達を部屋に入るように促し、自身は退室すると、部屋は私達三人だけになりました。
この世界では敵対していないとはいえ、やはり少しは警戒してしまいます。
「それで、私にどのような用件があって来たのかね? 黎明の魔女殿、豪腕のバルトロマイ閣下」
あちらの世界より小皺が増えたフェーゲラインは、こちらをじっと見据えていました。こちらの素性は知っていたようです。それなら話がしやすいですね。
「フェーゲライン中将殿は肉体を別の世界へと飛ばす術をご存知でしょうか」
「……ふむ、知ってはいるが実際に使用した事はない」
顎の短く整えられた髭を撫でながら、フェーゲラインは椅子から立ち上がると、本棚の前に立ち一つの魔道書を手に取りました。そしてパラパラと捲っていました。
「かの術は相手の深層心理に入り込まなければならず、別世界に飛ばす訳では無く、かけられる側の望む世界を創造する類のモノ、とは書いているものの異世界へと飛ばす、というのもあながち間違いではないだろう」
「……なるほど、神の真似事にも等しい魔道という事ですね」
「いかにも……君は別世界の私にこれを使われた、という事かね」
彼の断言にも近い問い掛けに、私は目を細めました。鋭い、何をもってその答えに導かれたのか、何を根拠に。
「そう驚く事でもないだろう、少し考えれば分かるものだろう。君が私に会いに来た理由がこれなのだ。ならば当然だろう」
「……隠していても仕方ありませんね」
それに肯定しようとした時、バルトロマイがちょっと待て、と驚いたように声を上げ、後ろに居た彼は私とフェーゲラインとの間に割って入ってきました。
「どういう事だ? こいつは異世界のマリアって事か?」
「……そう、なりますね」
「んじゃよ、この世界に居たマリアはどうなっちまったんだ?」
それは、と私は言葉に詰まり、答える事が出来ませんでした。しかし代わりにフェーゲラインが私が言い辛い事を言ってくれました。
「希望的観測をするというのならば、魔女殿の中で眠っている、絶望的観測をするというのならば、代わりに彼女の居た世界に飛ばされているか、または……既に消滅しているか、だろう」
ふざけんじゃねぇぞ、とフェーゲラインの胸ぐらを掴もうとするバルトロマイは、私の方を見てクソ、っと舌打ちをしながら部屋を退出していきました。
彼の反応も仕方の無い事なのかも知れません。私はこの世界の私ではなく、彼が愛し、共に生活をした私ではないのですから。仕方、ありませんよね。
彼の変貌ぶりには驚かされました。十年前に会った時はバルトロマイとは違った逞しさを感じたのですが、目の前に居る獅子は明らかに死んでいました。かつての勇猛さは無くなり、何処か生気の抜けた目をしていました。
「……久しいな、マリア……海戦ぶりか」
サーベルの手入れをしていた彼は、作業を止めてこちらを見ていました。
「はい、そちらは随分と変わられたのですね」
「ふっ、そう見えるだろうな……」
彼のような戦士がここまで変わってしまうとは、一体何があったのでしょうか。気になりますが、それを聞けるような雰囲気ではありませんね。
「……それで、お前が来たという事は……ミア絡みだろう?」
しかし、こういう察しの良いところは衰えてはいないようですね。結構結構。私は頷き、彼女に会わせて欲しいと伝えました。
少し思考した後、レオンハルトは口を開きました。
「……構わんが、彼女はあんたの事を心底憎んでいる。あまり気持ちのいい話は出来ねぇだろう」
魔法が無くなればこの世界から大半の争いが無くなるのでしょう。それほどに「魔法」という存在は、便利性よりも攻撃性を重要視されているのです。
今や世界の九割を手にしているアシュヴィ帝国、かねてから圧倒的物量を有していましたが、伝統的戦術である騎兵部隊を主体とした運動戦から脱せず、各国が魔法使いという力を手にし、それらを相手に苦戦していました。
しかし、魔法が使えなくなったこの十年の内に、彼らは勢いを取り戻し、世界征服へと乗り出したのです。殆どの国が魔法に頼り切っていた事もあり、帝国は瞬く間に世界を手にしました。
元の世界は戦争は絶え間なく起きていました。アイリスが魔帝として台頭し始めた頃には、国家間の戦争は少なくなり、戦争区域が限定的になったのです。
この世界の抑止力が帝国ならば、あの世界の抑止力がアイリスなのです。ただ違うのはアイリスが生きているか、バルトロマイが生きているか、そこだけです。
どちらも大事なのです。私からすれば、どちらにも生きていて欲しかった、そうすれば私はこの世界から、すぐにでも帰りたくなっていたことでしょう。
それにしても、私はどうやらとある人物らに恨まれているようです。
砕氷の魔女ミア、そしてドラクル、彼女らには私がアイリスを見捨てたと、そう思われていたのでしょう。しかし、魔法の使えなくなったミアはあの頃の綺麗な姿では無く、変わり果てていました。
目の前で鎖に繋がれているミアは、私に対して殺意や憎悪、それら全ての負の感情を私に向けていました。理由など分かりきっています。
「ミア、私はアイリスを見捨ててなどいません……今となっては見苦しい弁明となってしまいますが……」
「この十年……世界はよく持った……だが、もう終いだ……」
彼女は涙を流し、そしてこちらをじっと見据えてきました。アイリスに対しての涙、でしょうか。
「……黎明……貴様は、神というものを知っているか」
神、今となっては言葉の存在すら知っている者が少ない架空の存在で、この世界を一週間で作ったとも言われていますね。
「一日目、暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。二日目、神は空を作り、三日目、神は大地を作り、海が生まれ、地に植物を生えさせた。四日目、神は太陽と月と星を作った。五日目、神は魚と鳥を作った。六日目、神は獣と家畜を作り、人を作った。七日目、神は休んだ……でしたか」
「そうだ……誰もその存在を認めなかった神だ。だが……奴は居る……あいりすという存在が神に対する唯一の抑止だったというのに……」
「……まさか、あの魔帝城の地下の?」
あれが神、あの化け物が神、だとすれば何故作っておきながら、また破壊しようとするのかは理解出来ませんが、あれは人の魂を喰らい封印を破ろうとしていました。元の世界ではアイリスが日課の如く、封印を補強していましたが、この世界では十年間一切手を付けられていないでしょう。
「魔力として消費出来なくなった魂が、全て奴の腹の中に収まってしまった……あいりすが愛したこの世界を……破壊されてしまう……全てが無に帰す……」
悔しそうに顔を歪めるミアでしたが、もはやどうにも出来ないことだ、と言わんばかりに項垂れていました。
あの化け物の話をアイリスから、と言うよりもお母様より幾つか聞きました。
曰く、人の魂を喰らい力を貯める。
曰く、有史以来から存在する化け物。
曰く、一度目覚めると文字通り全てを破壊するまで暴れ続ける。
曰く、封印するには数十年を要する。
アイリスのお母様は生前に部下を総動員させ、あの化け物を魔帝城へと封印したらしいですが、その封印をアイリスは一人で引き継いでいました。決して、絶対に目覚めさせてはならない、彼女はそう言っていました。
封印するには特殊な技法を用い、私にも理解出来ないような魔術式や魔道の知識が必要となり、その技法を知るのはアイリス一人のみという状況になっていました。
「……黎明……数年前に各大陸の気候や環境が、異常とも言えるほどに変化したのを……覚えているか」
「はい、確か北方大陸の雪が全て溶けた、南方大陸に雪が降り始めた、とか、想像すら出来ない事が頻発しているとか」
「……環境とは数年で変わるほど不安定なものでは無い。それこそ地形が変わるほどの変化が起きなければ、ほとんど変わらんものだ…… 」
それが全て神と呼ばれるものの仕業だというのならば、万能と言わざるを得ませんね。気候を操り続けるなど、魔法使いにはまず不可能ですから。
「……ミア、私がアイリスの意志を継ぎます。私が神と呼ばれる化け物を、封印し直しましょう」
「ふっ……ははっははは! 不可能だ……魔法の使えなくなった貴様が一体全体何が出来るというのだ?」
「私は黎明の魔女マリア、魔帝と並ぶと謳われた魔法使い、私がやるといったらやるんですよ!」
はぁ、アイリスの性格が少し移ったのかも知れませんね。私は踵を返しながら彼女の問いに答えて、牢屋を後にしました。
「それで、大見得を切ったのはいいが、どうしようというってか? アホだろ」
「全くその通りです」
支部の前で待っていたバルトロマイに先程の事を伝えると、笑いながらそう言ってきました。とりあえず脇腹を抓りつつ、世界を狂わせている神を魔法を使えない現状で、どうするかを考える事にしました。
「いてぇな……んでその神ってのは何処に御座すんだ?」
「北方大陸にある魔帝の城でしょう」
「北方大陸、ねぇ……」
バルトロマイは顎の整った髭を軽く指で撫でると、何か考え込むかのように腕を組みました。どうしました? と首を傾げると、彼はただの噂ならいいが、と言葉を続けました。
「人伝に聞いた話だが、北方大陸に出兵した帝国の騎兵師団がその日の内に壊滅したそうだ。帝国の騎兵師団が、だ」
それはこちらの世界ではまず有り得ない、と真っ先に否定出来るような話でした。帝国の騎兵が一日にして壊滅など、一体全体誰が成せるというのでしょうか。ましてや雪の溶けた北方大陸の広大な土地、何処まで行っても平面なのです。雪が降っていなければ見晴らしがいい事でしょう。ほぼ真正面からの戦いになると思いますが、それで帝国の騎兵が負けるとなれば指揮官が無能であるか、敵勢力が一個師団を上回る軍勢だったのか。
「帝国の騎兵はまるで一つの生き物だ。どれだけ兵が増えようが、統制された動きが乱れる事はねぇ……そしてもし北方大陸にそんな化け物を屠る国があるとすりゃ、それこそ化け物共だ」
「……本当に化け物の仕業なんでしょうね」
レオンハルトに話を通してアシュタドラの軍艦を出してもらえる事になりました。しかし、私の本来の目的はフェーゲラインと会う事です。彼は帝都の帝国軍の本部にて中将の位にまで登ったそうですが、レオンハルトの紹介状があればすぐに出会えるでしょう。
帝都まではレオンハルト直々の部下が送ってくれます。
「あんたらがマリアとバルトロマイか?」
ガラガラと鉄が転がるような音と共に私達を大きな影が覆いました。振り向くと馬を四頭も繋げた巨大な馬車と、その上にトラの頭を持つデミヒューマンがこちらを見ていました。
レオンハルトに勝るとも劣らない体躯を持ち、巨大なランスを肩に担ぎ、もう片方の手で四頭に繋がる手綱を握り締めていました。
「俺ぁティーゲル大佐だ。レオから話は聞いてるぜ」
昔どこかで見たような笑顔をする彼の笑顔は、とても人懐っこいものでした。そう、彼女と同じ笑顔でした。
レオ、レオンハルトの事でしょう。彼から話しを聞いているという事は、彼が北方大陸まで送ってくれるという事ですかね。
ティーゲルは自身の乗る戦車に乗れよ、と言い私達が彼の後ろに乗ると、卓越した馬捌きで帝都に向かい始めました。
「まさか黎明の魔女様を後ろに乗せるたぁ思いもしなかったぜ? いやぁ長生きするもんだ! はっはっは!」
「おいおい、ちゃんと前を見てくれよ? 事故って死ぬなんざやり切れねぇ」
「安心しな! このティーゲル、チャリオットの扱いは帝国一だと自負してらぁ!」
「前に馬車が、前に馬車が! 前! 前!!」
街道を突き進むチャリオットの前方には馬車がおり、それを巧みかつ乱暴に避けるティーゲルの事を、恨みがましく睨みました。それをすまねぇすまねぇ、と軽く流すティーゲルに対して呆れてモノも言えません。
全く、と肩を竦めた私はふと、この人ならレオンハルトが何故ああなってしまったのか、知っているかもしれません。本人には聞く気は起きませんでしたが、彼なら教えてくれるかもしれません。
「あの……少し聞きたい事があるのですが」
「レオの事か?」
察しの良い彼は少しだけ考えた後、まぁいいか、とレオンハルトが何故、あのような生気の抜けた状態になっているのか、語ってくれました。
「十年前だ、あんたらの国だったハルワイブ王国を攻め落とそうとする直前だ。アリスの姐さんがあいつの目の前から姿を消したんだ。文字通り消えたんだ。くらましたとかそういうのじゃなくて、パッ、と消えたそうだ」
「……それから、あのような?」
「まぁ、それでも奴は部下の手前、気丈に振舞っていたそうだが、アイリスの変わり果てた姿、アリスの姐さん、そして、奴が一番大事にしていただろうアイも同様に消えた.......そっからだ。奴が変わっちまったのは」
それを語るティーゲルの拳は力強くなっていき、手綱からはギュッ、と音が聞こえました。
レオンハルトにとって、アイリス、アリス、アイの三人は自信が守らなくてはならない、守ってやると約束した存在であり、それを果たせなかったレオンハルトは次第に荒んでいったそうです。
「……今でもアイのサーベルを磨くあいつには受け入れられないんだろう。だから俺達はレオに戦場から離れて、事務仕事に移るように言ったんだ。まぁ……それでもあいつはちっとも変わりはしねぇし、それどころか残酷になりやがった……はっ、面白くねぇ……面白くねぇや」
何とも言えない雰囲気が流れるチャリオットの上、語り終えたティーゲルはやれやれ、と肩を竦めると気を取り直したのように、歯を見せて笑いました。
「だから辛気臭ぇボスに代わって俺達が笑わなきゃな」
良い部下を持っているようですね、レオンハルトは。
辛気臭い空気が消えると同時に、辺りの景色が変わり始めました。今までは森に挟まれた街道といった道でしたが、徐々に建物が多くなっていくと街道だというのに町の中を通っているような、そんな道へと変わっていきました。
帝都へと近付くに連れて巨大な城壁が、地平線の向こうまで続いているのではないか、と勘違いするほど遠くまで建てられており、その壁の上には侵略者を攻撃する為の投石器や大型の弩砲が設置されて、難攻不落という言葉がここまで似合う城壁も、他を探しても無いことでしょう。
壁に設置された門は、チャリオットが余裕で通れるほどの横幅がありました。
門前にある詰所から番兵が出てくると、ティーゲルに対して敬礼をし、そのまま通してくれました。
目の前に広がるのは本当に現代の町なのでしょうか、何階建てか数えるのすら面倒になる高層建築物や、綺麗に整備され小石一つ落ちていない道路、どれだけの年月を費やせばここまで巨大な都市になれるのか、どのような技術を使っているのか、考えれば考えるほど底が知れませんね。
──帝国軍中央司令部──
「失礼致します、フェーゲライン中将閣下に面会したいという者を連れて参りました」
先程の親しみやすいフランクなティーゲルの姿は無く、軍人としての固いティーゲルとなった彼は、フェーゲラインの執務室の扉を開けると、弛みなく敬礼を行い何故ここに来たのかを口にした。
「話は聞いている、レオンハルト少将の知人だそうだな……入りたまえ」
「はっ」
ティーゲルは私達を部屋に入るように促し、自身は退室すると、部屋は私達三人だけになりました。
この世界では敵対していないとはいえ、やはり少しは警戒してしまいます。
「それで、私にどのような用件があって来たのかね? 黎明の魔女殿、豪腕のバルトロマイ閣下」
あちらの世界より小皺が増えたフェーゲラインは、こちらをじっと見据えていました。こちらの素性は知っていたようです。それなら話がしやすいですね。
「フェーゲライン中将殿は肉体を別の世界へと飛ばす術をご存知でしょうか」
「……ふむ、知ってはいるが実際に使用した事はない」
顎の短く整えられた髭を撫でながら、フェーゲラインは椅子から立ち上がると、本棚の前に立ち一つの魔道書を手に取りました。そしてパラパラと捲っていました。
「かの術は相手の深層心理に入り込まなければならず、別世界に飛ばす訳では無く、かけられる側の望む世界を創造する類のモノ、とは書いているものの異世界へと飛ばす、というのもあながち間違いではないだろう」
「……なるほど、神の真似事にも等しい魔道という事ですね」
「いかにも……君は別世界の私にこれを使われた、という事かね」
彼の断言にも近い問い掛けに、私は目を細めました。鋭い、何をもってその答えに導かれたのか、何を根拠に。
「そう驚く事でもないだろう、少し考えれば分かるものだろう。君が私に会いに来た理由がこれなのだ。ならば当然だろう」
「……隠していても仕方ありませんね」
それに肯定しようとした時、バルトロマイがちょっと待て、と驚いたように声を上げ、後ろに居た彼は私とフェーゲラインとの間に割って入ってきました。
「どういう事だ? こいつは異世界のマリアって事か?」
「……そう、なりますね」
「んじゃよ、この世界に居たマリアはどうなっちまったんだ?」
それは、と私は言葉に詰まり、答える事が出来ませんでした。しかし代わりにフェーゲラインが私が言い辛い事を言ってくれました。
「希望的観測をするというのならば、魔女殿の中で眠っている、絶望的観測をするというのならば、代わりに彼女の居た世界に飛ばされているか、または……既に消滅しているか、だろう」
ふざけんじゃねぇぞ、とフェーゲラインの胸ぐらを掴もうとするバルトロマイは、私の方を見てクソ、っと舌打ちをしながら部屋を退出していきました。
彼の反応も仕方の無い事なのかも知れません。私はこの世界の私ではなく、彼が愛し、共に生活をした私ではないのですから。仕方、ありませんよね。
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