宵どれ月衛の事件帖

Jem

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第16章

ふくごの郷16陽と月の交わるところ

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 「うん、美味い」

 月衛がするりと杯を空ける。

 「だろ?今回の事件にちなんで、A県の蔵元の酒だ」

 銀螺が嬉しそうに笑う。

 「お前の選ぶ酒が不味かったら、昼寝なんぞさせん。とうの昔に部室から叩き出している」

 月衛が、銚子を傾ける。

 「そうかよ。お前、あの部室の何なの?」

 銀螺が、ふぐ刺しを口に放り込んだ。

 大荒れに荒れた(荒らした)麻田村の夏祭のあと、お菊を連れた3人は瑞穂町へ逃げた。その晩のうちに月衛が銀螺へ「ゼンサクセン スイコウセヨ」と電報を打ち、翌日の汽車で一晩かけて東京入りする頃には、新聞にお菊の人権保護を訴える小松の記事が躍っていた。さらに、銀螺と小松は抜け目なく情報を振り分け、週刊誌にはより扇情的な記事を持ち込んでいた。週明けには、東京中に更なる大騒ぎがもたらされるだろう。
 警視庁では、事態を重く見て麻田村に捜査班を送り込んだ。「市民からの情報」を元に大抜擢された氷雨の陣頭指揮により、殺人および阿片の密造・輸出の証拠が次々と「発見」され、村長以下、何人もの村人が検挙されているという。

 「しかし、村ごと吹っ飛ばすたァ、思い切ったな。お菊を掠って逃げるだけじゃ済まなかったのか?」

 銀螺が月衛に尋ねる。

 「村田次第でな。もし、あのままヘタレの腰抜けめいたことを言うようであれば、お菊には辛いが生存のために村は残しておかねばならん。しかし、東京に連れ帰るとなれば、村田家がお菊を受け容れるような状況を作る必要があった」

 住んでいた村が壊滅し、お菊の人権保護が世論となれば、いかに村田家が頑なでも受け容れざるを得ない。さらに新聞や雑誌が注目している状況では、お菊を粗末に扱うこともできないだろう。

 「それに、ここまで派手に世論を煽っておけば、万が一村田家が頑迷にお菊を拒否した場合でも、保護を申し出る慈善家が湧いてくるだろうからな」

 月衛が、ふんと口の端で笑った。現代では「著名であること」は一つの価値だ。慈善精神をアピールするのにちょうど良いとなれば、素直で愛らしいお菊は引く手あまたとなろう。

 「ンで、結局、村長が黒幕だったのか?」

 銀螺が、杯を啜る。

 「いや…元々は、福子―旧ふく姫の名だが―を庇うために、ふく姫に充てたのらしい」

 烈生が溜息をついた。村長は、邪気を散らされて倒れ込んだ女に取り縋り、いつまでも、その名を呼んでいた。

 「…20年前、物流が陸路に切り替わって、村が廃れていった頃、村娘の福子が、村の不幸を次々に予言し始めたのだそうだ」

 もともと精神遅滞があり、疎んじられていた福子の予言に村人は恐れおののいた。

 「後ろめたさもあったのだろうな…そのうち、村の不幸は福子の呪いだと囁かれ始めた」

 集団心理のままに、福子を神社の境内に引きずり出し、袋だたきにしようというとき、1人の青年が立ち上がった。彼は、福子は村を呪っているのではなく、救うために予言しているのではないかと訴え、福子こそ村の守り神であるふく姫様の再来だと村人を説得した。

 「それまでは、ふく姫には人形を奉納していたらしい。ところが、福子をふく姫に充てて旧来の伝統を紐解けば紐解くほど、巫女としてのふく姫の勤めは過酷になっていった」

 鳶色の瞳が翳る。結局、福子は祭り上げられると同時に、人間らしさを奪われたのではないか。福子の産んだ子供達も、検挙騒ぎの中で散り散りに逃げて、行方が分からないのだという。妖怪と見下そうが、生き神様として見上げようが、相手を人だとさえ思わなければ――…

 月衛は、何も言わなかった。銚子を傾け、酒が出てこなくなったのを見て、銀螺の方に向かって銚子を振る。

 「~~~…俺の奢りだからって、どンだけ呑む気だよ」

 本日、ミステリー研究会は、銀螺の奢りで料亭に解決祝いに来ているのだ。この料亭も元手下の店で、銀螺が行けば、かなり安くで、もてなしてくれる。

 「俺とミノ様の2人分だからな」

 シレッと月衛が、ふぐ刺しをつまんだ。

 「そうだ、そのミノ様ってのは何なんだ?」

 銀螺が身を乗り出す。

 「神之屋の家の、初代だ。強力な巫女で、島に仇なす大蛇を地に封じ込めて、その“力”を自在に引き出せるようにしたらしい」

 「で、お前は?」

 「ミノ様を降ろす依代だ。代々、神之屋家の当主はミノ様を降ろして邪を祓ってきた」

 ほう、と烈生が頷く。月衛が妖しい方面に詳しいことは知っていたが、根掘り葉掘り聞いたことはない。

 「ふーん…で、お前はチョイチョイ連絡とれるわけ?」

 銀螺が、仲居に空いた銚子や皿を渡しながら尋ねた。もう一言で「美人?」と聞きそうだ。

 「ん…一方的にな。好きなときに押しかけてきて、一族の歴史や、この世やあの世の仕組みを喋っていく。夢枕に立つことが多いが、ふと閃いたりすることもあるな」

 月衛が、ふーっと溜息をついた。ミノは本当に勝手気ままで、誰かさんと似てネチネチ講釈を垂れ始めたらキリがないのだ。

 「なるほど、夢のお告げか!ありがたいな!!」

 烈生が、気を取り直したように笑う。

 「いや…お告げとも限らん。よもやま話だったり、愚痴るだけ愚痴って帰っていくこともある」

 仲居が新しい銚子を持ってきた。月衛がいそいそと受け取り、そのまま自分の杯へ。

 「…神様に愚痴なんてあるのか?」

 銀螺が、今にも笑い出しそうな顔で尋ねる。

 「ミノ様は神じゃないし…。一族の女達が情けないとか、近頃は里山がどんどん切り開かれて、あれでは天地を巡る力の均衡がおかしくなるとか」

 結構、ネチネチと気に入らないことが多いのである。誰かさんと似て。

 「君…神島で遊んだとき、当主は皆早死にすると言っていただろう?ミノ様は守ってくれないのか?」

 烈生の一番の関心事である。

 「ああ…あれは、贄というより、邪を祓うことで命を削るのだそうだ。元々は女が当主について、陽の力の強い婿とまぐわうことで気涸れを落としていたそうだが、男当主では、それができんから早死にすると」

 月衛が杯を傾ける。

 「なんでェ、男だから男とまぐわえねェってこた、ねェだろ。尻からで良けりゃ、俺が注入してやろうか?」

 銀螺の眼差しがニヤニヤと月衛の肌を撫でた。

 「いらん。間に合っている」

 にべもないとは、この事だ。

 「…間に合ってるって、おめェ…」

 銀螺が呟くのを聞いて、一刀両断した月衛がハッと固まる。途端に銀螺が笑い転げ始めた。

 「そーか、そーか、お前ら、そうなのか!烈生なら陽も陽、影のつけいる隙間もねェやな!」

 膝まで叩いて大笑いだ。

 「うん?何がどうなっているんだ?」

 烈生が月衛を振り返る。何やら自分が話題に上っていることは分かるのだが。

 「その…俺が君との交合で陽の力を受け取っていると…すまん!俺が口を滑らせた」

 月衛は、目尻どころか耳の縁まで真っ赤にしている。

 「笑いすぎだ、銀螺!!」

 潤んだ瞳で睨みつけても、何の脅しにもならない。

 「よっ!ご両人!姐さん、赤飯頼む!」

 「いらん!!」

 さて、明日には取材結果をまとめて、顧問のホームズ先生に報告せねばならぬのだが…。ミステリー研究会の夜は、笑い声と共に騒がしく更けていく。



 日付をまたいで帰宅した烈生と月衛は、風呂場で、さっと水を浴びて汗を流した。穂村邸はひっそり寝静まっており、料亭での馬鹿騒ぎが嘘のようだ。
 月衛が、ベッドで帳面を開いて、明日書く報告書の構想を書き込んでいると、微かに部屋のドアが軋んだ。

 「烈生」

 月衛が静かに微笑みかける。

 「邪魔…だったか?急ぎの報告書だろう?その上、英文で」

 烈生が入ってきてベッドの縁に腰掛ける。

 「なに、遅れたからって人死にが出るわけじゃない」

 月衛が帳面を側机に載せると、烈生がもう堪らないといった風情で口づけた。浴衣の合わせから手を入れ、背中に回して搔き抱く。月衛の浴衣がしどけなく崩れ、白い肩が露わになった。

 「ん…む、ふ…」

 お互いの唇を貪り合い、舌を絡める。月衛が、喉を鳴らしながら烈生の舌にしゃぶりついた。烈生が口づけながら、月衛の身体をベッドに押し倒す。

 「ん…っあ…」

 慎ましく秘めやかな喘ぎは、烈生の脳髄を耳から冒してゆく。

 「――すまない」

 月衛の胸に舌を這わせたまま、キョトンと烈生が目を上げる。

 「その、君を利用していたわけじゃないんだ…」

 藍色の瞳が困ったように、鳶色の瞳を探った。

 「勝手に…陽の力をもらって生き長らえようなどとは」

 「なんだ、そんなことか!」

 烈生が屈託なく笑った。月衛の額に優しく口づける。

 「…俺は嬉しかったんだ。料亭でこの話を聞いたとき」

 今度は、月衛の瞳がキョトンと瞬いた。

 「…君が、俺の事情を慮って抱かれてくれていることは、わかっている」

 逆光のせいだろうか、鳶色の瞳が翳りを湛える。

 「だから、一方的に施されているんじゃなくて、俺からも君に分け与えているものがあるということ…とても嬉しかった」

 「施すなんて、そんな…!!」

 月衛がガバリと飛び起きた。君には禁じておいて、俺はこっそり愛の恍惚に打ち震えているというのに!
 烈生の逞しい腕が、月衛をシーツの上に引き戻し、抱きすくめる。

 「君が俺の将来を大切に思ってくれるのは嬉しい。が、今、ここでだけでも目の前の俺を見てくれないか」

 鳶色の瞳が藍をのぞき込んだ。あまりに真っ直ぐな、強い瞳。耐えられなくて、そっと黒い睫毛が下ろされた。
烈生が唇を合わせる。熱い舌が薄く可憐な唇を味わい、月衛の口内をねぶる。愛おしい、舌。頬。口蓋。喉奥まで。喰らいつくさんばかりの熱に包み込まれて、月衛はただ、貪り合う悦びに震える。烈生が月衛の首筋を舐め、柔く歯を立てた。

 「あ、あ!烈生!」

 切なく甘い呼び掛けは、烈生の情熱を煽る。

 「月衛!俺は――…!」

 禁じられた一言を呑み込んで、白い肌に荒々しく口づけの雨を降らせる。誰にも渡さない。印をつけるように熱く、烈しく。

 「は、あ、あああ…」

 すんなりとした背がしなり、細い腰が揺らぐ。

 「烈生…っ…ああ…」

 この情熱に身を任せてしまいたい。思いっきり、好きだと、愛していると叫べたならどれほど良いだろう。烈生の唇が下腹に到ると、月衛の身体の芯が震えた。

 「ああ…烈生…幸せだ。とても」

 弾む息の下から月衛が囁く。烈生が月衛の手を取り、そっとその甲に口づけた。

 「その…まだ、言わせてはもらえんのだろうか」

 “愛している”。たった6文字の言葉。
 お互いがお互いを欲していると知った、今ならば――。

 「…烈生、時期の問題じゃないんだ」

 白い頬が優しく微笑む。烈生の逞しい背中を、白い手が愛おしげに撫でた。

 嗚呼、言葉なぞなくとも、2つの魂は明らかに震えあい、響き合う。蒼い月影が、ふと笑って五色の裳裾を翻した。


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