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第3章
ふくごの郷③秘された想い
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「まぁまぁ、急なご旅行ですねぇ」
帰宅した烈生と月衛から、明日A県に発つと告げられたおフジが、心配そうに割烹着を揉んだ。
「うむ!急を要する事件だ。とりあえず、1週間留守にする。その間、穂村の家を頼むぞ、おフジ」
3年前、烈生の母である朱子が他界した。最愛にして敬愛する妻を亡くした誠之輔は、哀しみのあまり身を持ち崩し、今では酒浸りの日々だ。そんな父に代わり、弱冠17歳だった烈生は、当主代理として葬儀を取り仕切り、法的手続きをこなした。さらに当主がまともに働けなくなったことを鑑み、財産を始末し、使用人に相応の退職金を渡して頭を下げ、何人もの使用人を抱える大所帯だった穂村家を整理した。
若い烈生をみくびって、たかって来るハイエナどもを蹴散らし、荒れる誠之輔に幼い晴生、書生の月衛も含めた穂村家を守り抜いたのである。そのための作業は膨大で、高等学校高等科への進学を1年遅らせて専念した。月衛も一緒に進学を見合わせ、烈生を助けたものである。
今では、使用人はばあやのおフジとおフジの夫で長く勤めてきた庭師の金五郎だけになった。年老いたおフジ1人では大きな洋館全体を管理することはできず、家族の生活に必要な寝室や食堂、台所といった所以外は、ひっそりと煤け、静まりかえっている。
風呂をもらって、学生服から着物に替えるとやはり落ち着くものだ。時間の節約も兼ねて、烈生に月衛、晴生は毎日、3人で仲良く風呂に入っている。月衛は、晴生の小学校での話を聞くのが好きだ。毎日毎日、何かしら小さな事件が起こり、子供達は子供達なりの経験と知恵を積み重ねて大きくなってゆく。何気ないことかもしれないが、その小さな燦めきを見ていると、自分の命まで寿がれているような気になってくるのだ。
「さあさ、烈生坊ちゃんも晴生坊ちゃんも。今日は夏野菜の天ぷらですよ」
天ぷらは、おフジの得意料理で、烈生も晴生も大好きだ。
「月衛さんには、塩もみを用意しましたからね。辛子味噌をつけて召し上がれ」
食の細い月衛が少しでも食べられるように、おフジは夏にはひんやりとした献立を用意してくれる。ごく簡単なあっさりしたものが多いのだが、実家で無理やり食わされていたギトギトした料理と比べると、かえっておフジの思いやりが感じられて、好もしい。烈生と月衛には、お銚子1本ずつ、冷や酒もつけてくれる。烈生は、あまり銘柄にこだわらないので、もっぱら月衛好みの酒だ。月衛はかなりイケる口で、殆どウワバミと言ってもよい。杯を啜る、薄い唇。目尻に仄かに紅がさし、怜悧な眼差しが柔らかく緩む。烈生が、こくりと唾を呑んだ。
薄いカーテン越しに、蒼い月光が降り注ぐ。この分なら、電灯も要らぬ。月衛は小さな枕元灯を消して、文庫本に読みふけっていた。肩に掛かる髪を軽くまとめて、白いうなじが月明かりの中に浮かび上がるようだ。背後で微かに部屋のドアが軋む音がした。
「月衛」
鍵もかけないでおいたドアをそっと開けて、神妙な顔をした烈生が入ってきた。ベッドに身体を横たえる月衛に覆いかぶさるようにして口づける。
「晴生は寝たか?」
月衛が、寝返りを打って烈生と正対する。白い手が優しく烈生の頬を包んだ。
「ああ。あれも、もう十二になる。そろそろ1人部屋を用意してやらなくてはな」
9歳で母と死に別れた晴生は、一時期、夜驚症を患っていて、烈生のベッドで添い寝してやるのが習慣になっていた。そして晴生が寝付くのを見届けてから、烈生が月衛の部屋に忍んでくることも。
熱い唇が月衛の薄い珊瑚色の唇に重ねられる。月衛が僅かに唇を開き、烈生の舌を迎え入れた。
「ん…ふ…」
蒼く照らされる部屋を、甘やかな水音が埋めていく。月衛が、口内を犯す烈生の舌を吸い、軽く甘噛みする。たおやかな腕を烈生の背に回し、抱き寄せた。
「月衛…ッ」
烈生の欲望を自ら受け容れるような仕草が、興奮を煽る。烈生は堪らなくなって、白い顎に、首筋に、鎖骨に口づけを降らせた。
「ああ…」
甘く湿る吐息を含んだ声。身体の奥から、悦びが湧き起こる。
――嗚呼!もっと!もっと!
ふと、ヌエの嬌声が脳裏をかすめた。
――違う…俺は違う…
白いシーツの上で、艶やかな黒髪が乱れている。上気した薄紅色の肌に散る、烈生の印。
「は…ッ、はァ…月衛」
汗だくの腕が月衛を堅く抱きしめた。
「月衛…愛して」
言い終わらぬうちに、白い指が烈生の唇を摘まむ。
「だめだ、烈生…。それは、未来の奥方のために取っておけ」
白い頬が、薄く微笑む。
月衛は、穂村の家には返しきれぬほどの恩義を感じていた。自分を狭隘な島から連れ出し、教育を受けさせてくれた。あの日、烈生と見た海のように、世界がどこまでも広がっているのを知ることができた。初めて生きる歓びを感じ、授かった命を寿ぐことができた。そんな大恩を、烈生の未来を。自分が摘んでしまうことは許されないと思っている。
高等学校の級友には、女郎屋通いを自慢する者もいるが、烈生は穂村の家を継いでいく大事な身だ。いずれ奥方を娶り、子を為さねばならぬ。不衛生な女郎屋などで、おかしな病気をもらってくるわけにはいかないのだ。自分の、女のように白い肌が、華奢な腰つきが、烈生の性欲処理に役立つというのなら、この身を捧げても構わない。
――月衛…
烈生が、唇を摘まんだ指を絡め取った。その手を優しくシーツに押し付け、白い肌に何度も口づけを落とす。
――どう言えば、わかってくれる?どう言えば、君に伝わるんだ?
「愛している」以上の何が言えるだろう。肌は許しても愛は決して受け取らぬ、頑なな身体を、ただ虚しく抱くことしかできないのか。
今まで会ったどんな女にも、こんな想いを抱いたことはない。まして、まだ見ぬ女など、どうでもよい。あの、篝火の中に浮かぶ蛇精を見てしまった、その夜から――…
――君だけだ。月衛。
帰宅した烈生と月衛から、明日A県に発つと告げられたおフジが、心配そうに割烹着を揉んだ。
「うむ!急を要する事件だ。とりあえず、1週間留守にする。その間、穂村の家を頼むぞ、おフジ」
3年前、烈生の母である朱子が他界した。最愛にして敬愛する妻を亡くした誠之輔は、哀しみのあまり身を持ち崩し、今では酒浸りの日々だ。そんな父に代わり、弱冠17歳だった烈生は、当主代理として葬儀を取り仕切り、法的手続きをこなした。さらに当主がまともに働けなくなったことを鑑み、財産を始末し、使用人に相応の退職金を渡して頭を下げ、何人もの使用人を抱える大所帯だった穂村家を整理した。
若い烈生をみくびって、たかって来るハイエナどもを蹴散らし、荒れる誠之輔に幼い晴生、書生の月衛も含めた穂村家を守り抜いたのである。そのための作業は膨大で、高等学校高等科への進学を1年遅らせて専念した。月衛も一緒に進学を見合わせ、烈生を助けたものである。
今では、使用人はばあやのおフジとおフジの夫で長く勤めてきた庭師の金五郎だけになった。年老いたおフジ1人では大きな洋館全体を管理することはできず、家族の生活に必要な寝室や食堂、台所といった所以外は、ひっそりと煤け、静まりかえっている。
風呂をもらって、学生服から着物に替えるとやはり落ち着くものだ。時間の節約も兼ねて、烈生に月衛、晴生は毎日、3人で仲良く風呂に入っている。月衛は、晴生の小学校での話を聞くのが好きだ。毎日毎日、何かしら小さな事件が起こり、子供達は子供達なりの経験と知恵を積み重ねて大きくなってゆく。何気ないことかもしれないが、その小さな燦めきを見ていると、自分の命まで寿がれているような気になってくるのだ。
「さあさ、烈生坊ちゃんも晴生坊ちゃんも。今日は夏野菜の天ぷらですよ」
天ぷらは、おフジの得意料理で、烈生も晴生も大好きだ。
「月衛さんには、塩もみを用意しましたからね。辛子味噌をつけて召し上がれ」
食の細い月衛が少しでも食べられるように、おフジは夏にはひんやりとした献立を用意してくれる。ごく簡単なあっさりしたものが多いのだが、実家で無理やり食わされていたギトギトした料理と比べると、かえっておフジの思いやりが感じられて、好もしい。烈生と月衛には、お銚子1本ずつ、冷や酒もつけてくれる。烈生は、あまり銘柄にこだわらないので、もっぱら月衛好みの酒だ。月衛はかなりイケる口で、殆どウワバミと言ってもよい。杯を啜る、薄い唇。目尻に仄かに紅がさし、怜悧な眼差しが柔らかく緩む。烈生が、こくりと唾を呑んだ。
薄いカーテン越しに、蒼い月光が降り注ぐ。この分なら、電灯も要らぬ。月衛は小さな枕元灯を消して、文庫本に読みふけっていた。肩に掛かる髪を軽くまとめて、白いうなじが月明かりの中に浮かび上がるようだ。背後で微かに部屋のドアが軋む音がした。
「月衛」
鍵もかけないでおいたドアをそっと開けて、神妙な顔をした烈生が入ってきた。ベッドに身体を横たえる月衛に覆いかぶさるようにして口づける。
「晴生は寝たか?」
月衛が、寝返りを打って烈生と正対する。白い手が優しく烈生の頬を包んだ。
「ああ。あれも、もう十二になる。そろそろ1人部屋を用意してやらなくてはな」
9歳で母と死に別れた晴生は、一時期、夜驚症を患っていて、烈生のベッドで添い寝してやるのが習慣になっていた。そして晴生が寝付くのを見届けてから、烈生が月衛の部屋に忍んでくることも。
熱い唇が月衛の薄い珊瑚色の唇に重ねられる。月衛が僅かに唇を開き、烈生の舌を迎え入れた。
「ん…ふ…」
蒼く照らされる部屋を、甘やかな水音が埋めていく。月衛が、口内を犯す烈生の舌を吸い、軽く甘噛みする。たおやかな腕を烈生の背に回し、抱き寄せた。
「月衛…ッ」
烈生の欲望を自ら受け容れるような仕草が、興奮を煽る。烈生は堪らなくなって、白い顎に、首筋に、鎖骨に口づけを降らせた。
「ああ…」
甘く湿る吐息を含んだ声。身体の奥から、悦びが湧き起こる。
――嗚呼!もっと!もっと!
ふと、ヌエの嬌声が脳裏をかすめた。
――違う…俺は違う…
白いシーツの上で、艶やかな黒髪が乱れている。上気した薄紅色の肌に散る、烈生の印。
「は…ッ、はァ…月衛」
汗だくの腕が月衛を堅く抱きしめた。
「月衛…愛して」
言い終わらぬうちに、白い指が烈生の唇を摘まむ。
「だめだ、烈生…。それは、未来の奥方のために取っておけ」
白い頬が、薄く微笑む。
月衛は、穂村の家には返しきれぬほどの恩義を感じていた。自分を狭隘な島から連れ出し、教育を受けさせてくれた。あの日、烈生と見た海のように、世界がどこまでも広がっているのを知ることができた。初めて生きる歓びを感じ、授かった命を寿ぐことができた。そんな大恩を、烈生の未来を。自分が摘んでしまうことは許されないと思っている。
高等学校の級友には、女郎屋通いを自慢する者もいるが、烈生は穂村の家を継いでいく大事な身だ。いずれ奥方を娶り、子を為さねばならぬ。不衛生な女郎屋などで、おかしな病気をもらってくるわけにはいかないのだ。自分の、女のように白い肌が、華奢な腰つきが、烈生の性欲処理に役立つというのなら、この身を捧げても構わない。
――月衛…
烈生が、唇を摘まんだ指を絡め取った。その手を優しくシーツに押し付け、白い肌に何度も口づけを落とす。
――どう言えば、わかってくれる?どう言えば、君に伝わるんだ?
「愛している」以上の何が言えるだろう。肌は許しても愛は決して受け取らぬ、頑なな身体を、ただ虚しく抱くことしかできないのか。
今まで会ったどんな女にも、こんな想いを抱いたことはない。まして、まだ見ぬ女など、どうでもよい。あの、篝火の中に浮かぶ蛇精を見てしまった、その夜から――…
――君だけだ。月衛。
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