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「さあ……どっちが望みだ、クラッド? 俺の力を借りて、名君として帝国に君臨するか。こんな国捨てて、俺と一緒に逃げちまうか。どっちがいい?」
「……どちらにせよ、そなたを抱くのは決定事項、なのか」
「こんだけオアズケ食らったんだ、とーぜんだろ♡♡ ……ああ、でも、一つ訂正してやる。おまえが俺を抱くんじゃねえ。俺が、おまえをケツで抱いてやるんだよ♡♡」
 獰猛な笑みを浮かべての言葉に、思わず、クラッドは息を呑む。喰われる、と本能的に思った。そして――この男に喰われてしまうなら、それはそれで良いのかもしれない、とも。

「……逃げてもいい、のか……? ケイク……、余はもう疲れた……。い、嫌なんだ。本当は、皇帝なんて器じゃない。どいつもこいつも余の命を、帝位を狙っている。息抜きに后を抱いたら、今度は、あいつらも『自分の実家を優遇しろ』とか抜かしてきて……。……嫌なんだ、こんな場所で生きるのは……」

 ――クラッドは、今までの傲慢不遜な態度が嘘のように弱々しくなり、迷子の子供のような顔をして、そう言った。
 すがりついてきた彼を見て、ケイクはニヤリと笑い――その身を、軽く姫抱きにして持ち上げる。

「OK、んじゃ……攫ってやるよ、お姫様♡」
「っ!? ま、待て、攫うとは……!?」
「文句は受け付けねえぞ♡ 俺はこの国を壊す、そんで、おまえは戦利品としてカッ攫う。こりゃ決定事項だ♡♡」

 困惑するクラッドを抱いたまま、ケイクは、窓を割って後宮から脱出した。
 何事だと詰めかけた兵士たち――後宮の正規兵である女性であり、ケイクを快く思わぬ者たちだ――は、脱走犯がケイクであることに気がつくと、すかさず追手を増やしてきた。

「男の后が逃げたぞ!! 追え!!」
「腕の中にいたのは……陛下ではないか!? 男の后が陛下を誘拐した!! 罪人として引っ捕えろ!!」
「……なに、ケイク様が逃げ出した、だと!?」

 ケイクが逃げ出した、という声を聞き、彼に魅了された男たちもどういうことだと一気に押し寄せる。
 ある者は、ケイクの逃亡を助けようとして、ある者は、ケイクの腕に抱かれた皇帝に嫉妬して妨害をし、またある者は、ケイクが逃げることに逆上して。状況は混迷を極めだした。

「ケイク様!! 我らの意志はあなた様と共に!!」
「あのビッチ男め……! 俺への睦言は嘘だったのか!? 皇帝と駆け落ちなんて許せねえ……!」
「ふ、ふひ……僕から逃げるなんて許さないよ、ケイクちゃん……♡♡」

 各々が好き勝手なことを口走りながら、ケイクを探し求める人々の数はどんどん増えていく。ケイクに対するスタンスの違いから、軽い殴り合いまで発生しており、さながら暴動の有様だった。

「ケイク!? 大騒ぎになっているぞ、どうするのだ!?」
「おーおー………楽しくなってきやがったなあ♡」

 追手と味方が入り混じったカオスな団体に追われながらも、ケイクは、にやついた笑みを崩さない。むしろ、この混沌が楽しくて楽しくて仕方がないといった様子である。

 ある程度まで人の波が膨れ上がったのを確認すると――彼は、怯えるクラッドを抱きしめ直し、辺りで一番高い建物の上までひらりと駆け上がる。

「っ!? そ、そんなところに行けば、見つかってしまうぞ……!?」
「それでいーんだよ♡ 略奪者は略奪者らしく、盛大に名乗ってやろうじゃねえの♡」


 そうして――見張りの塔の上に現れたケイクの姿に、誰もが釘付けになる。
 皇帝クラッドを姫抱きにして、絢爛豪華な衣装と宝飾品を身に纏い、威風堂々たる貫禄を見せつけながら野蛮な笑みを浮かべる姿は、まるで世界を統べる王であるかのようだった。

「――聞け、帝国の愚か者どもよ!!」
 低く、ハリのある声が辺りに鳴り響く。男らしさの中に色気を感じさせるその声に、誰もが聞き惚れ、ケイクから視線を逸らせなくなる。

「我が名はケイク・コヴィッチ!! 我らコヴィッチ族を侮った、愚かな帝国を墜落させし魔性なり!! ……帝国の至宝、尊き頂点、皇帝クラッドはこの俺様がいただいた! ククッ……、せいぜい血と泥に塗れた戦場で、この俺を楽しませるがいい!!」

 言うや否や、ケイクは塔から飛び降りてしまう。
 ハッと我に返った帝国の兵士たちがケイクを追いかけるが、ケイクは、皇帝というお荷物を抱えているとは思えぬ身のこなしで、何人もの兵士を足技でバッタバッタとなぎ倒していった。

「うはははは!! 愉しい、愉しいなァ、クラッド!? どうだよ、この俺に攫われてみた気持ちはよぉ!!」
「ひぇ……!? な、なぜこの状況で笑っておるのだ、そなたは……!? 危機一髪だったぞ!?」
「なぁに、軟弱な帝国兵なんぞ俺の敵にもなりゃしねえよ! 楽しい楽しい遊びの時間だ! あっはっはっは!!」

 歯をむき出しにして、目をギラつかせながら笑うケイクは、なるほど戦闘民族のお偉方に相応しい獰猛さである。
 今までとはまた違うケイクの表情に、クラッドは、状況も忘れてうっかり見惚れそうになっていた。

(余の家臣たちを誑かしていた時の妖艶な計算高さ、余に戦利品を見せびらかしていた時の無邪気さ、そしてこの、血に飢えた残酷で獰猛な戦闘狂の顔……。どれが本当のそなたなのだ? ケイク……、知れば知るほど、そなたは美しい……)

 ケイクは笑いながら帝国兵を蹴散らして、そのまま、コヴィッチの村めがけて逃亡していった。
 残された帝国の者たちは、皇帝クラッドを取り返そうとする者、ケイクに心酔し彼の望みを果たそうとする者、そして国を傾けたケイクとクラッドを憎み革命を起こそうとする市民に分かれ、激しい戦いを繰り広げ――数週後には、国としての形が保てなくなり帝国は滅びてしまった。

 故郷へとクラッドを攫うケイクは、道中、争い合う人々を見ながら、心底楽しげに笑っていたのだという。
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