傾国のガチムチ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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「ケイク! ケイク・コヴィッチはいるか!?」
「ありゃ、へーか。どうしたんだよ、今日は他の后のとこに行くんじゃあ……」

 ある日のこと。ケイクがいつものように、後宮の部屋に男を連れ込み組んずほぐれつしていると――突然、皇帝クラッドが現れた。

「ヒェッ、皇帝陛下……!?」
 突然の皇帝登場に怯えたのは間男――例の別棟時代にケイクに手を出された兵士の一人である。
 すわ打首かと怯える彼を、しごくどうでも良いものを見る目で一瞥し、皇帝はため息をつく。

「ああ……、また間男を連れ込んでおるのか? 飽きない奴よな」
「ははっ♡ だってよぉ~、一人でいると暇なんだもん♡」
「まったく、仕方のない男だな……。……そこの間男。余は我が后と話がある、疾くと去れ。……ああ、この男とまぐわいたいのならば、余の目につかぬ所でならば勝手にするがいい」
「は、ははぁ……!!」
 間男は怯えた様子で頭を下げ、そそくさとその場をあとにした。彼が、『これからもケイクの愛人でいい』と許可を出された可能性に気づくのは、その場を立ち去ってしばらくしてからである。


 ――ともかく、邪魔者を排除し、人払いをして、ようやく二人きりになったケイクとクラッド。
 未だに二人の間に肉体関係はなく、二人きりになって繰り広げられるのは、あくまで仕事の話であった。

「……で、なんの用だよ? 新しい仕事かぁ?」
「いや……、そなたのおかげで一つ、厄介な案件が片付いたのでな。早々に褒美をやらねば、と思い訪うこととしたのだ」

 そう言うクラッドの顔からは、すっかり、ケイクへの警戒心は薄くなっていた。
 この数カ月間、ケイクは彼の忠実な手駒としてよく働いた。
 元々、クラッドは有能な人間が大好きである。ケイクの仕事ぶりを大いに気に入り、そして、后として己に養われている限りは反乱もしないであろうという推測から、ケイクを家臣として信じるようになっていたのだ。


「でかしたぞ、ケイク。そなたのもたらした情報で、反乱分子を早めに抑え込むことができた……。さすがは余の見込んだ密偵だ!」
「ははっ、ありがたいけど俺、一応密偵じゃなくて后なんだけどなあ?」
「細かいことはいいだろう? ……ふふ、そなたを味方に引き入れておいて正解だった……。おかげで政敵からの暗殺に悩まされることもなく、余の治世はますます盤石となったからな」
「はぁ~……オジサン的には、ちっとも細かくねえんだけどなあ?」

 二人の会話は上司と部下というよりも、気安い友人同士のそれに近い。
 皇帝という立場上、対等に話せる相手がいなかったクラッドには、これもまた貴重な経験だった。己に忖度せず話してくるケイクのような相手は珍しく、その態度も含め、彼を気に入っていたのである。

「で……へーか♡ ご褒美ってなにくれんの? もしかして……そろそろ、俺を抱いてくれる気になった?」
「げっ……冗談は止せ。そなたに感謝はしているが……余は男を抱く趣味はないぞ!?」
「ええ~? そう言ってた奴らみーんな、俺のケツマンコの虜だけど?」
「そうなるのも問題だろうが! 余は皇帝だぞ。そなたに狂い、世継ぎを作れなくなったらどうしてくれる?」
「あはっ。確かにヤベェかも~♡」

 けらけらと笑うケイクに、クラッドは呆れて肩をすくめた。
 時折思い出したように『抱いてくれ』とは言うものの、そのおねだりも、他の后に比べればしつこくないものだ。

 話してみれば、ケイクはさっぱりとした性格の男で、それでいて王宮内のドロドロした政治の駆け引きにも適応してみせる腹黒さもある。
 部下としても、友としてもクラッドの理想のような相手であり、なにより有能な存在だ。

 当初の警戒心などすっかり忘れて、クラッドは、いつかケイクを抱いてみてもいいかもな……と思う程度には、彼にほだされてしまっていた。

「そなたを抱いてやることは、少なくとも世継ぎが生まれるまでできないが……。代わりに、いつもの仕立て屋に、新しい礼服をオーダーした。近日中に届けさせるゆえ、次の夜会では必ず着るように」

 セックスの代わりに与える報奨は、ケイクが好むような派手な衣装や装飾品だ。
 今回の褒美も、クラッド直々に仕立て屋にデザイン案を出したもので、きっと彼に似合うだろうことは間違いない。

 ケイクは体格も良く、ワイルド系の雰囲気とはいえ顔自体は整った方であるため、きちんと着飾ればそれはもうセクシーな美丈夫なのだ。
 最近はクラッドも、ケイクを着飾ることを娯楽として楽しんでおり、褒美として与えたものを着せることにちょっとした優越感すら抱いていた。

 なにせ、国中の男がケイクに贈り物をしていようと、公式行事で彼を彩ることができるのは、伴侶である自分の見立てたものだけなのだから。

「おっ♡ へーかの見立てはセンス良いんだよなぁ、嬉しいぜ♡」
「それと……この首飾り、そなたの好みかと思ってな。こういう、大ぶりな宝石と派手な装飾は好きだろう?」
 用意してきた首飾りを差し出し、当然のようにケイクにつけてやる。まるで仲睦まじい恋人同士か、そうでなければ、従者に奉仕させる王様のように見える絵面であることに、皇帝クラッドは気付いていない。

「お~!! さっすがは俺の旦那様♡ 俺の好み、よくわかってるじゃねえの!」
「そなたは余の臣下の中で、もっとも頼りになる男だ。それを軽んじるわけにもいくまい?」
「ええ~? そこは嘘でも夫として、って言ってくれよぉ?」

 ケイクの軽口めいた言葉を、クラッドは、鼻で笑って一蹴する。

「ハッ……、後宮の后など、有象無象の性処理相手に過ぎぬわ。そんなモノとそなたを同列に語る気はないぞ」
「あっは♡ へーかってば悪い男だねえ~?」
「おや……悪い男は嫌いか?」
「うんにゃ、だーいすき♡ これからもよろしく頼むぜぇ、俺の皇帝様♡」

 ケイクにとって后とは、気が向いたときにだけ相手をする、性処理用の人員でしかなかった。
 後宮に収められた后は皆他国の人質か、実家の繁栄の為差し出された自国の貴族か、どちらにせよ政治の都合で后となったに過ぎない相手ばかり。

 器用な后は自分の立場を理解し、皇帝に媚びて、寵愛の証をあれこれと強請る。それがクラッドには鬱陶しくてたまらなかった。

(一度寝てやっただけであれこれ報奨を強請る女どもに比べれば、ケイクはマシな方かもしれんな……。閨や宝飾品を強請りはするが、全ては仕事の対価であるし。面倒な睦言を求めたりもしないし。仕事ぶりも有能、とあらば……、世継ぎの目処が立てば、ケイクを名実ともに寵妃とするのも悪くはないのでは……?)

 クラッドにとっては、口説き文句もナシにサクッとヤれるお手軽な相手、というのは都合がいい。ケイクがそうであることも理解していた。
 男であることへの抵抗感は未だにあるが、しかし、周りのノンケが続々陥落させられるのを見ていれば、興味を抱いてしまうのも仕方のないことだろう。
(いやしかし……余は皇帝であるからな。さすがに寵妃にかまけて政務を疎かにするのはいかんし、男にかまけて世継ぎができぬなど言語道断。……ケイクのおかげで余の治世は安定しつつある。もう少し……あと数年すれば、ケイクを抱いてみてもいいやもしれんな……)
 自身がすっかりケイクの虜となっている自覚はなく、皇帝は、そんなことを思うのであった。

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