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 ケイクの所望した通り、彼は皇帝と一夜を共にする権利を得た。それは彼が、別棟の慰み物ではなく、皇帝の正式な后として認められたことをも示している。
 別棟の小汚い部屋で皇帝との閨を過ごすわけにもいかない、と、ケイクは後宮の空き部屋に連れ込まれ、そこで皇帝と二人きりの時間を過ごしていた。

 そもそも、後宮内に皇帝以外の男が入るなど前代未聞だ。
 おまけに皇帝クラッドが強く望んで命令したおかげで、部屋には護衛の兵士どころか、閨の見届け人である家臣すらも入れない。
 他の后とはなにもかもが違う、特別扱いと言っても良い状況だが、それでもケイクは何一つ動じない。与えられたばかりの部屋を、物珍しげに眺めている呑気さだった。

「……そうしておると、まるで田舎者でしかないな」
「ははっ、俺の育ったとこには、こんな豪華な家具なんてなかったからなぁ! ほんとにこれ、あんたとヤるためだけに使っていいのか?」
「……余は貴様を后として認めた。ここはこれより貴様の城だ……好きに使うが良い」
「えっ!? 俺、ずっとこっちに住んでいいのか? そりゃなんとも……豪胆なこって」
 皇帝の申し出はケイクにも想定外だったのか、驚いたような声が出る。
 しかし、持ち前の豪胆さを発揮して、それならばここに住むのを楽しもうと早速気持ちを切り替えたようであった。

「しっかし、俺みたいな怪しいの、よく認めるつもりになったなあ? ……まだヤッてもいない、あんたに価値を示してもないってのに」
「知れたこと。閨を共にしただけで、別棟の男ども全てを虜にするような人間を……放っておくわけにもいくまいよ」
「……なんだ。やっぱりヤらせてくれるつもりはないんだな? どうせなら能力じゃなくてカラダ目的にしてくれよぉ、旦那様♡」
「そのふざけた態度で余を惑わせると思ったら大間違いだ。……その道化ぶりは嫌いではないが、な」
 皇帝が探り合いを仕掛けても、ケイクから返ってくるのはふざけた態度だけ。そのことが、余計に皇帝の興味を惹きつけた。


「貴様……、そういえば、戦士と名乗っていなかったか。コヴィッチ族とやらは戦士も密偵の真似事をするのか?」
「ええ? 密偵みたいに見えちゃった? んな大したことしてねえんだけどなぁ……、本職さんには負けちまうよ♡」
 はたと気づいたふりをして、皇帝クラッドはケイクの素性を探ろうとする。
 とうの本人はのほほんとした様子で、自分は単なる戦士だと笑っていた。

「俺はどこにでもいる戦士だが……ただ、気持ちよーくセックスして、ついでにいろんなヤツと仲良くなるのが得意なだけさ♡ あ、相手は男限定だけど♡ コヴィッチの掟からはちょっとハズれてるっつーか……まあ、故郷でも俺みたいなのは変わり者だけどな?」
「ふ……、変わり者、か。……貴様、いいかげんに本当の望みを言ったらどうだ? この部屋には余と貴様しかおらぬのだぞ?」
「ええ~? おじさん、ほんとにヤりたいだけなんだけどなぁ?」

 けらけらと笑ってみせるケイクを、品定めするように皇帝は見つめる。

「貴様ほどの才あるものが、それだけの理由で余に近づくとは思えぬが?」
「おっと、疑り深いなぁ……。ほんとに俺は、あんたとヤリたいだけなんだよ。せっかく名目上旦那になった男が、見かけに反してデカマラだって聞いちゃったら……なあ♡ 妻として、お情けもらわないわけにもいかないだろうよ♡♡」

 ケイクの言葉は本心のようにも聞こえたし、まるっきりデタラメを言っているようにも聞こえた。
 仮にも皇帝として人の上に立ち、多くの人間を見定めてきたクラッドですら、彼の内心を推し量ることはできなかったのだ。

 長年、権力闘争の中枢にいるクラッドには、ケイクほどの能力のある者がなんの下心もなしに――エロい意味での下心はあるようだが――近づいてきた、というのはとても信じられないことだった。
 だからこそ彼を警戒し、あれこれとカマかけをしてみせる。

「余を懐柔しようとも、帝国は手に入らぬぞ。なにせ、余から帝位を簒奪せんと目論む親類は山ほどいる」
「親類って男? ……なら、俺がオトしてやろっか♡」

 それは、ちょっと買い物に行ってこようか、というような気安さだった。
 仮にも皇帝の親類を、それも政敵となる相手を籠絡してみせようかと、自分にはそれができて当然だと、ケイクはそう言ったのである。

 あまりにも自信満々の物言いに、そうやって皇帝たる自分に取り入るつもりか、はたまた最初から親類のほうに近づくつもりだったのか……とクラッドは考える。

「……ほう。それが貴様の狙いだったか?」

 翻意があるならば容赦はしないと、笑顔でプレッシャーをかけてみても、ケイクにはちっとも響かない。相変わらずのニヤついた笑みが帰ってくるだけだ。

「いーや? でも、そうしてみるのも楽しそうだ!」
「……なんだと?」
「俺はな、生きるのに十分なだけの食事と、あとはセックスの相手と、ちょっとした危険な火遊びさえあれば、楽しく生きていられるような男なんだ。あんたの側にいるなら……危険の方から喜んで顔突っ込んできそうだろ?」
「だから……、余に近づいたというのか。あの別棟を掌握してみせたのも戯れだ、と?」
「掌握だなんてもんじゃないさ。ただ、全員とた~っぷり体でおしゃべりして、俺と仲良しになってもらっただけだ♡♡」

 ケイクは、それがなんでもない些事であるかのように語る。皇帝の権力も、政治闘争も、なにもかもどうでもいいことなのだと笑ってみせる。
 それはまさしく、快楽主義の狂人の仕草であり――何にも縛られないものであるかのように思われた。

 クラッドはこのとき、ケイクという男の輪郭をぼんやりとだが掴んだ気がした。
 これはきっと、自由というものを体現するような、正真正銘の道楽者であり狂人なのだと。


「なあ……俺との火遊びは楽しいぜぇ、皇帝へーか♡」
 蠱惑的な声が脳を揺らす。皇帝として、がんじがらめになって生きてきたクラッドに、ケイクの自由奔放さは眩しすぎた。
 彼と『火遊び』してしまえば、今とは違う自分になれる気がした。彼という狂人と交わることで、自分を縛る枷から解き放たれるのではないかと思ってしまった。

 ――けれど、賢い皇帝クラッドは、それすらもがケイクの演出なのだと、この男の策なのだろうと気づいてしまった。

 ケイクの目的が、彼の欲望を満たすことだけならば。そのために他の何が壊れても構わないような狂人で、奇跡的に、そのための能力が備わっているとするならば。
 今しがた、クラッドがケイクに惹かれてしまったのは、ケイクが自分をそういう人間だと――クラッドにとって最も好ましい、抱きたくなるような男であるように己を演出していたからだ。

(……まさしく、魔性。無自覚というのがまた、恐ろしい男だ。だが……コレを使いこなせば、余の治世はますます盤石なものとなる)
 ケイクに悟られないように、クラッドは小さく息を漏らす。

 あくまで自分が優位なのだと、圧倒的な強さを誇る皇帝として振る舞ってみせた。

「……気に入った。ならば実力を示してみせよ」
「おっ♡ 俺と寝てくれる気になった?」
「いいや。それは最後の褒美に取っておこう。……魔性の男にみすみす喰われて、傀儡となるほど暗愚でもないのでな」
「ひっでえなあ! そんな大したもんじゃねえってのに……」
「貴様には余の密偵として働いてもらう。余の指示する男を籠絡し、貴様の傀儡にしてみせるがいい。……期待しているぞ、魔性の戦士よ」
「ええ~? なにその呼び名……。ま、ヤッていいならヤるけどさ♡」

 セックスという餌をちらつかせれば、案の定、ケイクはノリノリで密偵の真似事を承った。
 こうして――レサガロコ帝国に、魔性のガチムチが解き放たれる。

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