本編完結 堂々と浮気していますが、大丈夫ですか?

音爽(ネソウ)

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年が明けての春先、新入生を迎える準備に追われる生徒会は慌ただしい。
甚だ遺憾ながら生徒会長に任命されたアリーチャはあっちへこっちへと目まぐるしく働いた。
「会長、講堂の椅子は全部で何脚でした?」
「ええとね、新入生と在校生合わせて……それから来賓客の椅子が」
「会長!来賓席の席順のことですが」
「あ、待って待って、あのね!」


「はぁ、気が休まらないわ……」
ぐったりとした彼女はランチもそこそこにして、忙しない様子だ。段取りからグダグダで上手く立ち回れない。
「お疲れ様会長殿、少しは他を頼ってはいかがかな?」
「え、ああ、クリストフ様。副会長ご苦労様ですわ、初めての事で上手く回せなくて」
生徒会を発起したのはいいが、思いのほか順調とは言いかねた。役員選出しようとしたものの候補者がおらず、かろうじて協力者を搔き集めてなんとかやっていた。

「ボクも出来るだけ力添えできたらと思っているよ、来賓客のセッティングは任せてくれないか」
「ありがとうございます、助かりますわ」
来賓リストを並べたものを手渡してホッと息を吐いた、いままでは新入生がほとんどいなかったせいか式典さえ初めてのことなのだ。

「恨み言を言いたくなりますわ、学園長ときたら!」
「はははっ、まったくだ。平民舎のほうは準備できているのかい?」
「これからなんです、とは言っても掃除くらいですが……あ、寮の方もまだでした!」
それも手伝うと言ってくれたクリストフは神に見えたのはいうまでもない。

***

「ふふふ~ん、ララララ~♪」
調子はずれの鼻歌を奏でて歩いているのはヴァンナ・ザネッティだ、なにがそんなに楽しいのか行き交う生徒は「頭に春がやってきたのでは」とこそこそと嫌味を言う。
第四王子テリウスの覚え目出度いという事を鼻に掛けて威張り散らしているせいである。よって煙たがれ避けられているのだが本人はどこ吹く風だ。

「さ~て、どの辺で演技しようかな?誰か目撃者がいた方がいいわよね信憑性が増すし」
いま彼女が考えているのは卒業パーティのことだった、目的はもちろんアリーチャを貶めるためである。浅はかな彼女は噴水で転びビショ濡れ作戦を決行するつもりだった。
当然ながらアリーチャは現場にはいない。

「準備は良くて?テリー、私はいつでもOKよ」
「あ、ああ……あの本当にやるの?」
女装をしたテリウスが茂みから這い出てきた、不格好でガニマタだったがそれなりに扮装していた。長めの淡い金髪はアリーチャを模している。

「こんなもので周囲を謀れるものなのか?」
「ばっちりよテリー!上背があるあの女そのものに見えなくもないわ」
「……見えなくもないって不安しかないぞ」
こそこそとやっているが、周囲の目は彼女らに注目していた。女装した王子が何かやっているとヒソヒソやっている。もろバレである。

「とにかくここは一番目立っていて、昼下がりは生徒が多く集まる場所なの!さあ、行くわよ」
「あ、ああわかった」
意を決した王子とヴァンナは噴水広場にやってきて対峙した。そこで繰り広げられるのは茶番劇だ。「あ~れ~おやめになって」と叫ぶヴァンナに王子扮するアリーチャもどきが襲い掛かるというものだ。

「なんだ?なにが始まった?」
「うう~ん、なんだろうな、女装した王子は何がしたいのだろう」
「何かの余興かしら面白いわ」
ざわつきだした周辺を見回してヴァンナは得意満面な笑顔を見せて「さあ、いまこそよ」と仁王立ちした。

「恨まないでくれよ、ヴァナ……ええい!」
「キャアアアアッ」
思い切り突き飛ばされたヴァンナは盛大な水音ともに背後の噴水に落下した、彼女は危うく溺れるところだった、それでも必死に這い上がり「酷いですわアリーチャ様」とやっている。呆気に取られる衆人はバラバラとそこから離れていった。
とんだ寸劇を見せられた彼らは「くわばら、くわばら」と巻き込まれるのを避けたのだ。


「ふっふ~ん!上手くいったわね、アリーチャの腹黒さを見せつけてやったわ」
「……あ、ああそうだな」
びしょ濡れのヴァンナは盛大にクシャミをして、滴る水を拭っている。はやくしないと風邪をひくことだろう。下着を剥ぎ取り着替えている彼女はふと女装したままの王子の様子を怪訝に思う。

「どうかしたのテリー、もう女装はしなくても良いのよ?」
「え、ああそうだったな、うかっりしていたよ」
金髪を剥ぎ取りスカートを脱ぎ捨てた彼はどこか上の空だった。何か心配ごとを抱えているのか、心ここにあらずだった。

「だいじょうぶ……まだだいじょうぶだよな」
彼はあの地下通路のほうへ意識がいっていた、囚われた彼は何を思うのか。

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