8 / 62
7
しおりを挟む
年が明けての春先、新入生を迎える準備に追われる生徒会は慌ただしい。
甚だ遺憾ながら生徒会長に任命されたアリーチャはあっちへこっちへと目まぐるしく働いた。
「会長、講堂の椅子は全部で何脚でした?」
「ええとね、新入生と在校生合わせて……それから来賓客の椅子が」
「会長!来賓席の席順のことですが」
「あ、待って待って、あのね!」
「はぁ、気が休まらないわ……」
ぐったりとした彼女はランチもそこそこにして、忙しない様子だ。段取りからグダグダで上手く立ち回れない。
「お疲れ様会長殿、少しは他を頼ってはいかがかな?」
「え、ああ、クリストフ様。副会長ご苦労様ですわ、初めての事で上手く回せなくて」
生徒会を発起したのはいいが、思いのほか順調とは言いかねた。役員選出しようとしたものの候補者がおらず、かろうじて協力者を搔き集めてなんとかやっていた。
「ボクも出来るだけ力添えできたらと思っているよ、来賓客のセッティングは任せてくれないか」
「ありがとうございます、助かりますわ」
来賓リストを並べたものを手渡してホッと息を吐いた、いままでは新入生がほとんどいなかったせいか式典さえ初めてのことなのだ。
「恨み言を言いたくなりますわ、学園長ときたら!」
「はははっ、まったくだ。平民舎のほうは準備できているのかい?」
「これからなんです、とは言っても掃除くらいですが……あ、寮の方もまだでした!」
それも手伝うと言ってくれたクリストフは神に見えたのはいうまでもない。
***
「ふふふ~ん、ララララ~♪」
調子はずれの鼻歌を奏でて歩いているのはヴァンナ・ザネッティだ、なにがそんなに楽しいのか行き交う生徒は「頭に春がやってきたのでは」とこそこそと嫌味を言う。
第四王子テリウスの覚え目出度いという事を鼻に掛けて威張り散らしているせいである。よって煙たがれ避けられているのだが本人はどこ吹く風だ。
「さ~て、どの辺で演技しようかな?誰か目撃者がいた方がいいわよね信憑性が増すし」
いま彼女が考えているのは卒業パーティのことだった、目的はもちろんアリーチャを貶めるためである。浅はかな彼女は噴水で転びビショ濡れ作戦を決行するつもりだった。
当然ながらアリーチャは現場にはいない。
「準備は良くて?テリー、私はいつでもOKよ」
「あ、ああ……あの本当にやるの?」
女装をしたテリウスが茂みから這い出てきた、不格好でガニマタだったがそれなりに扮装していた。長めの淡い金髪はアリーチャを模している。
「こんなもので周囲を謀れるものなのか?」
「ばっちりよテリー!上背があるあの女そのものに見えなくもないわ」
「……見えなくもないって不安しかないぞ」
こそこそとやっているが、周囲の目は彼女らに注目していた。女装した王子が何かやっているとヒソヒソやっている。もろバレである。
「とにかくここは一番目立っていて、昼下がりは生徒が多く集まる場所なの!さあ、行くわよ」
「あ、ああわかった」
意を決した王子とヴァンナは噴水広場にやってきて対峙した。そこで繰り広げられるのは茶番劇だ。「あ~れ~おやめになって」と叫ぶヴァンナに王子扮するアリーチャもどきが襲い掛かるというものだ。
「なんだ?なにが始まった?」
「うう~ん、なんだろうな、女装した王子は何がしたいのだろう」
「何かの余興かしら面白いわ」
ざわつきだした周辺を見回してヴァンナは得意満面な笑顔を見せて「さあ、いまこそよ」と仁王立ちした。
「恨まないでくれよ、ヴァナ……ええい!」
「キャアアアアッ」
思い切り突き飛ばされたヴァンナは盛大な水音ともに背後の噴水に落下した、彼女は危うく溺れるところだった、それでも必死に這い上がり「酷いですわアリーチャ様」とやっている。呆気に取られる衆人はバラバラとそこから離れていった。
とんだ寸劇を見せられた彼らは「くわばら、くわばら」と巻き込まれるのを避けたのだ。
「ふっふ~ん!上手くいったわね、アリーチャの腹黒さを見せつけてやったわ」
「……あ、ああそうだな」
びしょ濡れのヴァンナは盛大にクシャミをして、滴る水を拭っている。はやくしないと風邪をひくことだろう。下着を剥ぎ取り着替えている彼女はふと女装したままの王子の様子を怪訝に思う。
「どうかしたのテリー、もう女装はしなくても良いのよ?」
「え、ああそうだったな、うかっりしていたよ」
金髪を剥ぎ取りスカートを脱ぎ捨てた彼はどこか上の空だった。何か心配ごとを抱えているのか、心ここにあらずだった。
「だいじょうぶ……まだだいじょうぶだよな」
彼はあの地下通路のほうへ意識がいっていた、囚われた彼は何を思うのか。
甚だ遺憾ながら生徒会長に任命されたアリーチャはあっちへこっちへと目まぐるしく働いた。
「会長、講堂の椅子は全部で何脚でした?」
「ええとね、新入生と在校生合わせて……それから来賓客の椅子が」
「会長!来賓席の席順のことですが」
「あ、待って待って、あのね!」
「はぁ、気が休まらないわ……」
ぐったりとした彼女はランチもそこそこにして、忙しない様子だ。段取りからグダグダで上手く立ち回れない。
「お疲れ様会長殿、少しは他を頼ってはいかがかな?」
「え、ああ、クリストフ様。副会長ご苦労様ですわ、初めての事で上手く回せなくて」
生徒会を発起したのはいいが、思いのほか順調とは言いかねた。役員選出しようとしたものの候補者がおらず、かろうじて協力者を搔き集めてなんとかやっていた。
「ボクも出来るだけ力添えできたらと思っているよ、来賓客のセッティングは任せてくれないか」
「ありがとうございます、助かりますわ」
来賓リストを並べたものを手渡してホッと息を吐いた、いままでは新入生がほとんどいなかったせいか式典さえ初めてのことなのだ。
「恨み言を言いたくなりますわ、学園長ときたら!」
「はははっ、まったくだ。平民舎のほうは準備できているのかい?」
「これからなんです、とは言っても掃除くらいですが……あ、寮の方もまだでした!」
それも手伝うと言ってくれたクリストフは神に見えたのはいうまでもない。
***
「ふふふ~ん、ララララ~♪」
調子はずれの鼻歌を奏でて歩いているのはヴァンナ・ザネッティだ、なにがそんなに楽しいのか行き交う生徒は「頭に春がやってきたのでは」とこそこそと嫌味を言う。
第四王子テリウスの覚え目出度いという事を鼻に掛けて威張り散らしているせいである。よって煙たがれ避けられているのだが本人はどこ吹く風だ。
「さ~て、どの辺で演技しようかな?誰か目撃者がいた方がいいわよね信憑性が増すし」
いま彼女が考えているのは卒業パーティのことだった、目的はもちろんアリーチャを貶めるためである。浅はかな彼女は噴水で転びビショ濡れ作戦を決行するつもりだった。
当然ながらアリーチャは現場にはいない。
「準備は良くて?テリー、私はいつでもOKよ」
「あ、ああ……あの本当にやるの?」
女装をしたテリウスが茂みから這い出てきた、不格好でガニマタだったがそれなりに扮装していた。長めの淡い金髪はアリーチャを模している。
「こんなもので周囲を謀れるものなのか?」
「ばっちりよテリー!上背があるあの女そのものに見えなくもないわ」
「……見えなくもないって不安しかないぞ」
こそこそとやっているが、周囲の目は彼女らに注目していた。女装した王子が何かやっているとヒソヒソやっている。もろバレである。
「とにかくここは一番目立っていて、昼下がりは生徒が多く集まる場所なの!さあ、行くわよ」
「あ、ああわかった」
意を決した王子とヴァンナは噴水広場にやってきて対峙した。そこで繰り広げられるのは茶番劇だ。「あ~れ~おやめになって」と叫ぶヴァンナに王子扮するアリーチャもどきが襲い掛かるというものだ。
「なんだ?なにが始まった?」
「うう~ん、なんだろうな、女装した王子は何がしたいのだろう」
「何かの余興かしら面白いわ」
ざわつきだした周辺を見回してヴァンナは得意満面な笑顔を見せて「さあ、いまこそよ」と仁王立ちした。
「恨まないでくれよ、ヴァナ……ええい!」
「キャアアアアッ」
思い切り突き飛ばされたヴァンナは盛大な水音ともに背後の噴水に落下した、彼女は危うく溺れるところだった、それでも必死に這い上がり「酷いですわアリーチャ様」とやっている。呆気に取られる衆人はバラバラとそこから離れていった。
とんだ寸劇を見せられた彼らは「くわばら、くわばら」と巻き込まれるのを避けたのだ。
「ふっふ~ん!上手くいったわね、アリーチャの腹黒さを見せつけてやったわ」
「……あ、ああそうだな」
びしょ濡れのヴァンナは盛大にクシャミをして、滴る水を拭っている。はやくしないと風邪をひくことだろう。下着を剥ぎ取り着替えている彼女はふと女装したままの王子の様子を怪訝に思う。
「どうかしたのテリー、もう女装はしなくても良いのよ?」
「え、ああそうだったな、うかっりしていたよ」
金髪を剥ぎ取りスカートを脱ぎ捨てた彼はどこか上の空だった。何か心配ごとを抱えているのか、心ここにあらずだった。
「だいじょうぶ……まだだいじょうぶだよな」
彼はあの地下通路のほうへ意識がいっていた、囚われた彼は何を思うのか。
63
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をありがとう
あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」
さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」
新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。
しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。
妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした
水上
恋愛
濡れ衣を着せられ婚約破棄を宣言された裁縫好きの地味令嬢ソフィア。
絶望する彼女を救ったのは、偏屈で有名な公爵のアレックスだった。
「君の嘘は、安物のレースのように穴だらけだね」
彼は圧倒的な知識と論理で、ソフィアを陥れた悪役たちの嘘を次々と暴いていく。
これが、彼からの溺愛と逆転劇の始まりだった……。
あなたの幸せを、心からお祈りしています
たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」
宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。
傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。
「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」
革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。
才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。
一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。
冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。
水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。
しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。
マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。
当然冤罪だった。
以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。
証拠は無い。
しかしマイケルはララの言葉を信じた。
マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。
そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。
もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。
【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後
綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、
「真実の愛に目覚めた」
と衝撃の告白をされる。
王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。
婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。
一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。
文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。
そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。
周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?
婚約者をないがしろにする人はいりません
にいるず
恋愛
公爵令嬢ナリス・レリフォルは、侯爵子息であるカリロン・サクストンと婚約している。カリロンは社交界でも有名な美男子だ。それに引き換えナリスは平凡でとりえは高い身分だけ。カリロンは、社交界で浮名を流しまくっていたものの今では、唯一の女性を見つけたらしい。子爵令嬢のライザ・フュームだ。
ナリスは今日の王家主催のパーティーで決意した。婚約破棄することを。侯爵家でもないがしろにされ婚約者からも冷たい仕打ちしか受けない。もう我慢できない。今でもカリロンとライザは誰はばかることなくいっしょにいる。そのせいで自分は周りに格好の話題を提供して、今日の陰の主役になってしまったというのに。
そう思っていると、昔からの幼馴染であるこの国の次期国王となるジョイナス王子が、ナリスのもとにやってきた。どうやらダンスを一緒に踊ってくれるようだ。この好奇の視線から助けてくれるらしい。彼には隣国に婚約者がいる。昔は彼と婚約するものだと思っていたのに。
【完結】婚約破棄したのに殿下が何かと絡んでくる
冬月光輝
恋愛
「お前とは婚約破棄したけど友達でいたい」
第三王子のカールと五歳の頃から婚約していた公爵令嬢のシーラ。
しかし、カールは妖艶で美しいと評判の子爵家の次女マリーナに夢中になり強引に婚約破棄して、彼女を新たな婚約者にした。
カールとシーラは幼いときより交流があるので気心の知れた関係でカールは彼女に何でも相談していた。
カールは婚約破棄した後も当然のようにシーラを相談があると毎日のように訪ねる。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる