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1巻

1-3

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 ぷしゃっ、と音を立てて、おれの先端からはまたも白濁液が吐き出された。だが、その間もアルスはピストンを止めてくれない。それどころか、おれの足を抱え上げて、なにもかも丸見えの恥ずかしい体勢にした挙句、その熱杭をおれの胎内の最奥に叩きつけた。

「たまらんな……! そんなに俺のモノをしめつけて、なんて淫乱な身体だ」
「ひっ、ぅ……ア、アルス、もうやめ……っあ、ァ!」
「やめるだと? 残念だが俺はまだ満足してないのでな」

 今まで以上に激しい突き上げが始まる。もはやどうすることもできないおれは、その嵐のような快楽に蹂躙じゅうりんされるままだった。声も上げられぬほどの深い快感に、勝手に腰が跳ねる。
 身体がバラバラになりそうな快楽。暴力的すぎるそれに、おれは目の前のアルスに両腕を伸ばして、よすがを求めるように抱きついた。

「っ……!」

 その瞬間、アルスが固まった。
 そして一拍の時をおいて、アルスはおずおずとおれを抱き返す。

「っ……レンっ……!」
「あー……!」

 アルスは自分のすべてをぶつけるかのように、熱の杭をおれの最奥に叩きつけた。
 今まで体験したことのない快楽が、バチバチと電流のように、全身を駆け巡る。理性が焼き切れそうなそれに、まるで獣のようなあえぎ声を上げる。

「レン、もう、お前をどこにも行かせない……! ずっと、俺のものだ……!」
「っ、アル、ス……ァ、あ、ぁあ、ぁ……!」

 アルスは片手でおれのあごを掴み、噛み付くように口づけた。
 おれは許容量以上の快楽に、再び白濁液を吐き出した。胎内もびくびくと痙攣し、ナカにあるアルスの肉棒をきゅうっと締め付けてしまう。
 瞬間、アルスも、おれのナカに熱い白濁液を吐き出したのだった――



   2


 ――洞窟どうくつの中に閉じ込められている少年を発見した翌日、おれはさっそく叔父さんにこの国の名前を尋ねた。
 叔父さんは奇妙な顔をしつつも、この国が『リスティリア王国』であると教えてくれた。今思えば、前世を思い出した時にでも聞いておけばよかったと思うのだが、その時のおれはそこまで気が回っていなかった。
 この国の名前を知った瞬間、叔父さんの前で思わず崩れ落ちそうになったが、なんとか足に力を入れて、よろよろと家を出る。
 だが、家の裏手にあるまき割り場に着いたところで、おれはとうとうがっくりと座り込んでしまった。

「まさか、そんな……嘘だろ? ここがあの漫画の世界だっていうのかよ!?」

 リスティリア王国。村はずれの洞窟どうくつに閉じ込められている、黒髪に金の瞳のぼろぼろの少年。少年によって殺された、少年の母親と村人たち。
 そんな馬鹿なことがあるわけないと思う。しかし、否定したがるおれの心とは裏腹に、すべての状況が一致している。偶然という言葉では片付けられないほどに。
 家の裏手の壁に背中を預け、両手で顔を覆う。
 ……まずは、状況を整理し、あの漫画のストーリーを思い出してみよう。
『リスティリア王国戦記』は、ある個人のホームページで連載されていたWEB漫画だ。
 魔族や獣人族、普人族などの様々な種族が住む『リスティリア王国』という国が舞台の、ダークファンタジーである。
 ――リスティリア王国は、険しい山岳によって周囲を守られた、肥沃ひよくな土地を持つ美しい国であった。
 国王は代々普人族が務めていたが、魔族や獣人族、普人族の種族が手を取り合い、豊かな暮らしをしていた。だが――七十年ほど前、山岳の向こうにある隣国で、軍事クーデターが勃発。
 国軍主導のクーデターにより、隣国の王族はすべて捕縛され、軍部が政権をとったのである。隣国は、魔族と普人族の二種族が住んでいる国だったが、この軍事クーデターの音頭をとっていたのは魔族の男性だった。
 それがきっかけとなり、この国も変容を迎えたのである。
 隣国で起きた軍事クーデターの知らせに動揺していたリスティリア国王に、一部の貴族が「隣国のクーデターの話が国民に伝われば、この国でも反逆が起きかねない」「隣国の二の舞にならないように、今のうちに異種族に制限を設けなければ」とそそのかした。
 その結果――新しい法律が制定され、リスティリア国内の魔族と獣人族は大きく自由を制限されるようになった。
 また税金も大幅に上がり、段々と国の空気が悪くなり始めた。
 だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。
 その二十年後――今から五十年前――リスティリア王国を大きな冷害が襲った。
 しかも、冷害はこの年だけでは終わらず、その次の年も同じ規模の冷害が起きたのである。
 二年超にわたる冷害によって、作物の生産量は大幅に減少した。それに伴い失業者も増え、国内の犯罪率は上昇。
 ――暮らしは一向によくならないのに、税金だけは増えていく。
 国民にどんどんと募る不満と悪化する治安に対応すべく、リスティリア国王は新たな政策を思いついた。それが『奴隷法』であり、『魔族と獣人族は普人族のなりそこないである』という考え方である。
 分かりやすく言うと、『リスティリア王国は元々普人族の住む国であり、魔族と獣人族は移民の立場なんだから、もっと慎ましく暮らすべき! それに聖書にも神様は最初に普人族の男を作ったって書いてあるんだから、魔族と獣人族は普人族のなりそこないか混ざりものみたいなもんだよね! なので、魔族と獣人族で罪を犯した者、加担した者、またはその疑いがある者は裁判なしで奴隷にしちゃうもんね! あ、普人族の犯罪者だったなら、裁判くらいはやってあげてもいいよ! みんな、王様に感謝してね!』という感じだ。
 おそらく、当初は国内の犯罪を抑制するねらいがあったのだろう。現に、この『奴隷法』が制定された当初は、国内の犯罪率がいちじるしく減少したという。そりゃそうか、裁判なしで奴隷行きとか、リスクが高すぎるもんな。
 だが――時代が変われば、解釈も変わるもので。
 冷害を乗りきり、リスティリア王国になんとか平和が戻った頃――王の代替わりもあってか、その『奴隷法』はすっかり形を変えてしまった。
 王族と貴族は『奴隷法』を盾に、魔族と獣人族を自身の奴隷にするべく、捕らえ始めたのである。
 無論、魔族と獣人族も抵抗したそうだが、王国の軍隊にはかなわなかったらしい。
 普人族ではないというだけで、無理やり捕らえられ、奴隷にされる。他の国に逃げようにも、国は険しい山岳にぐるりと囲まれていて、そう簡単にはいかない。
 しかし、そんな暗黒時代に終止符を打つ者が現れた。
 それが〝魔王アルス〟である。彼は生まれながらにして持つ、英雄的な力でもって、魔族と獣人族を率いて革命を起こしたのだ。
 ……クーデターを起こさせまいとして王様が制定した法律によって、革命が起きるとか、本末転倒すぎてやるせないなぁ。
 まぁ、過去を嘆いても、おれが置かれた状況は変わらない。
 その後の漫画の展開は、前に思い返したとおりだ。
 魔王アルスによる魔族・獣人族の革命軍によって、リスティリア王国軍は敗北。王都は占拠され、今度は普人族が魔族・獣人族によって奴隷にされてしまう。
『リスティリア王国戦記』の主人公も、そんな奴隷の一人だ。
 家族を殺され、奴隷になってしまった主人公は、しかし、女神からの神託を授かって勇者としての使命に目覚め、仲間と共に魔王を倒す旅に出る……

「……叔父さんの話によると、各地で魔族や獣人族が奴隷にされているそうだから……時系列的にもまだ革命は起こっていない……じゃあやっぱり、あの子が〝魔王アルス〟なのか?」

 がっくりとうなだれる。

「なんてこった。絶望しかないんだけど!」

 あの子が魔王アルスの少年時代だったとしたら――近々、このリスティリア王国は魔族と獣人族によって革命が起きるのだ。革命後は、普人族は有無をいわさず奴隷にされる。
 主人公が勇者として目覚め、魔王アルスを倒してくれれば、リスティリア王国は再び多種族が手を取り合って暮らす平和な国に戻るのだが……まだこの時代じゃ主人公くんは、生まれてすらいないよなぁ……

「っていうか、奴隷にされる云々うんぬんの前に、魔王アルスの生まれ故郷の住人って、皆殺しにされてたよな……」

 魔王アルスの生まれ故郷――リスティリア王国の東のはずれにある寒村。その村はずれの洞窟どうくつに閉じ込められていたアルスは、ある事件がきっかけでその洞窟どうくつから脱出し、村を出ることになる。そして、その際に村人たちはアルスの魔法によって皆殺しにされるのである。

「ど、どうしよう。叔父さんに相談してみるか!? いや、でも『前世の漫画で読んだからこの世界の未来を知っているんです』なんて言っても、信じてくれるわけがないよなぁ……!」

 頭を抱えて、うんうんと唸る。
 すると、おれの独り言が耳に入ったのか、家の角からひょっこりと叔母さんが顔を出した。

「レン! アンタ、なに仕事サボってんだい! さっさとたきぎ拾いに行ってきな! また夕飯抜きにされたいのかい!?」

 叔母さんに怒鳴られたおれは、慌てて立ち上がり、森へ向かって駆け出した。

「あー、もう、落ち着いて考えごともできやしないな! ……それにしても、一体どうすればいいんだ? このまま少年を放っておいたら、近い未来に皆殺しにされちゃうし。かといって、村の皆に説明もできやしないし……!」

 その時、ふと、脳裏にひらめいた考えがあった。

「――そうだ。村の皆におれの話を信じさせるのは難しくても……魔王アルスに働きかけることはできるんじゃないか? 今はまだ子どもなんだから、おれがなにか行動を起こせば、あの子が魔王になる未来を回避できるかもしれない!」

 というか、回避できないとおれが死ぬ!
 たとえ一人で村から逃げ出したところで、革命が起きたら奴隷だし!
 ――そうと決まればさっそく、おれは昨日と同じ道をたどり、森の奥へ入っていった。
 洞窟どうくつにたどり着くと、周囲に人がいないのを確認してからゆっくりと中へ足を進める。
 そして――

「えっと……こんにちは」

 気圧けおされそうになる自分を叱咤しつつ、おれはなんとか言葉を紡いだ。

「…………」

 少年は、布にくるまってうずくまっていた昨日とは違い、洞窟どうくつの壁にもたれかかっていた。
 だが、おれの言葉には返事をせず、ぎろりと睨みつけてくる。まるで手負いの獣のようだ。

「こんにちは。おれのこと、覚えてる? 昨日ここで会ったんだけど」
「……覚えている。性懲しょうこりもなく、なにをしに来たのだ?」

 とげのある言葉とは裏腹に、その瞳はほんのわずかに、戸惑いに揺れていた。
 それに、昨日と比べると、まだ「出ていけ」的なことも言われていない。
 ……漫画のストーリーどおりだとすれば、この魔王アルス――いや、まだ魔王にはなってないからただのアルスだな――アルスは、確かかなり幼い頃からこの洞窟どうくつに幽閉されていたはずだ。
 だから、きっとおれが初めて接触する同年代の人間なんだろう。おれに対する興味が捨てきれないのもそのせいに違いない。

「昨日、自己紹介もなにもしてなかったろ? おれの名前はレン。すぐ近くの村で、叔父さん一家と一緒に住んでるんだ」
「…………」
「いきなり来て、驚かせたならごめんな。その、あれからもやっぱり君のことが気になって……」
「…………」
「えーっと……」

 やばい、会話が続かない。
 少年アルスは無言のまま、じっと睨みつけてくる。おれに対する興味は多少なりともあるようだけれど、まだ警戒心のほうが勝っているのだろう。
 ……でも、それも当然か。
 確か『リスティリア王国戦記』では、アルスはこの村に住んでいた普人族の女性と、魔族の男性との間に生まれたハーフという設定だ。
 通常、異種族間では子どもができにくいらしい。だが、もしも子どもが生まれた場合、その子は生まれながらにして豊富な魔力や、強力なスキルを備えていることが多いという。
 詳しいいきさつは分からないが、アルスの母親である女性は、アルスが生まれる前に男に捨てられてしまった。
 その後、母親はアルスを産み、この村で細々と暮らしていたそうだが――ある日、アルスが魔力を暴走させてしまった。
 魔族と普人族の異種族間に生まれたアルスは、先天的に豊富な魔力と強力なスキルを備えていたのだ。しかし、少年ゆえに、魔力のコントロールができなかった。
 その結果、魔力の暴走による爆発が起き、母親もろとも村の人たち数人を殺してしまったのだという。魔力を暴走させたアルス自身は生き延びたものの……アルスがまたいつ魔力を暴走させるとも分からない。生き残った村人たちは、少年のアルスを殺そうとした。
 だが、それはできなかった。
 別に、幼いアルスに同情したとか、罪を憎んで人を憎まず精神が芽生えたとか、そういうわけではない。
 アルスが生まれながらに持っていた耐性スキルや魔力のために、村人がどんな方法でアルスを殺そうとしても、傷一つつけることができなかったのだ。
 そのため村人たちは、傷をつけることができないなら餓死させる他ない、と決断し、この洞窟どうくつの最奥に牢屋を作り上げ、アルスを閉じ込めた。
 残酷なようだが、村人たちにとっては、ある日突然、村の中にいつ爆発するか分からない時限爆弾が放り込まれたようなものだ。自身の命を守るために手段など選んでいられない、という心境だったのだろう。
 なお、この村を含め、あたり一帯を治めている領主に『この少年を引き取るか、処分をしてほしい』という請願書も送ってみたそうだが、なしのつぶてだったらしい。村人の追い詰められた気持ちも分からないではない。
 だが、村人の予想に反して、少年のアルスは餓死しなかった。
 というのも、アルスには豊富な魔力があったからだ。
 魔力というのは、生体エネルギーに近い。魔法を使うと消費されるが、一定の時間が経過すると、自動的に回復する。この回復速度は個々によって違う。そして、魔力はこの世界の生き物や自然物の中に存在している。
 なんと、少年であったアルスの身体は、空気中に漂う魔力を無意識に取り込むことで、餓死をまぬがれようとしたらしい。生体エネルギーに近い魔力を取り込み、少年のアルスはなんとか生き延びたのだ。
 おれがかつていた世界でも、サボテンなどの多肉植物は、砂漠などのわずかな水しかないところでも生き延びられるよう進化を遂げた。
 アルスは幼いながらも、その潜在的な魔力とスキルで同じような進化を遂げたのだろう。
 これによって、村人はアルスをどうすることもできなくなった。物理的に殺すことも、飢え死にさせることもできない。
 彼らは仕方がなく、この牢屋にアルスを閉じこめ続けることになったのである……

「…………」

 考えてたら、気持ちが暗澹あんたんとしてきたな。
 この件について、アルスは悪くない。母親や村人を殺してしまったことだって、そうしようと思ってやったわけじゃない。
 けれども……村人も他にどうしようもなかったのだろう。
 王都にもっと近い村であれば、あるいはこの村がもっと豊かであれば、魔術師や冒険者に頼んで、アルスが魔力をコントロールできるよう訓練をしてもらうこともできたかもしれない。
 だが、ここは辺境も辺境のド田舎で、領主様が「なくなったところでさほど影響がない」と見捨てたほどの小さい村だ。
 村人の誰ひとりとして、お腹いっぱいにご飯を食べたことがないほどの貧しい農村だ。

「……っ……」

 そんなことを考えていたら、なぜか、視界がふいににじんだ。
 慌てて目をこするも、涙はあとからあとからこぼれ落ちてくる。

「……おい」
「っ!」
「なにを泣いているんだ、お前」

 アルスが怪訝けげんそうに声をかけてきた。

「あっ……ごめん。その、おれ……」
「…………」
「……自分が、情けなくて。おれにもっと力があったら、村の人や、君のことを助けることができるのに」

 この子どもが大きくなったら、いずれ魔王になってしまう。
 そうなったら、この子どもに恨まれているおれや村人は、復讐されるかもしれない。いや、復讐されるのは、漫画の『リスティリア王国戦記』の中でもう確定しているんだ。
 それが分かっているのに。そして、目の前にこんなにぼろぼろになった孤独な子どもがいるのに――今のおれにできることは、なに一つないのだ。
 子どものおれが村人を説得しても、誰も聞き入れないだろう。アルスをここから逃がそうと思っても、分厚い格子はこの小さな掌ではびくともしない。

「……変な奴だな、お前」

 アルスはおれを見て、そう呟いた。
 その顔は相変わらずの無表情だったが、そこでようやく気がついた。彼はおれを警戒して表情に出さないのではなく、感情の表し方を知らないのだ。
 幼い頃からこの牢屋に閉じ込められ、人と関わりを持ってこなかったからだろう。喜怒哀楽など、表す機会などなかったのだ。

「っ……」

 こぼれた涙を服の袖でぬぐう。
 やっぱり、こんな状況は間違っている。村人たちにも彼らなりの言い分があるんだろうけれど……それでも、こんな風にアルスを閉じ込めるんじゃなくて、もっといい方法があるはずだ。
 まず――アルスが、魔力のコントロールができないことが問題なのだ。
 アルスが魔力のコントロールを覚え、魔法を使いこなせるように導けないだろうか?
 おれは漫画『リスティリア王国戦記』で、主人公が魔法を習得する場面を読んでいるし、漫画に描かれていた魔法の使い方を知識として覚えている。それらをアルスに伝えて、彼が魔法を使えるようになれば、アルスをここに閉じ込めておく理由はなくなるんじゃないか?

「――よし! 当面の目標はそれだな!」

 そう呟いて一人でガッツポーズをとると、アルスが奇妙なものを見るような目をおれに向けてきた。
 し、視線が痛い。
 ……にしても、こうやって見るとアルスは本当にガリガリだな。ほとんど骨と皮ばかりの身体だ。
 アルスが持っているチートな魔力やスキルのおかげで、飲まず食わずでも死なないらしいが、それも生命維持ギリギリというところなんだろう。
 漫画の記憶では、アルスはおれよりも遥かに年上らしいのに、その身体はおれよりもかなり小柄だ。
 よし! そうとなれば、食べ物を探そう!
 アルスに魔力のコントロールを覚えてもらうにも、まずは体力をつけないとな。それに、このままいくとアルスは普人族に復讐するために魔王になるんだから、普人族であるおれがアルスと仲良くなっておくのは意味があることだと思う。うまくいけば、アルスが魔王になった時にも「普人族は確かに魔族や獣人族をしいたげていたけど、それは一部の普人族だけだよね! 中にはいい奴もいるから、普人族全員を奴隷にするのはやめておこうかな!」って思ってくれるかもだしな!
 一番いいのは、アルスがそもそも魔王にならないことなんだけど……
 まぁ、ひとまずは自分ができることをやろう。この時期なら森で木苺が採れるはずだ。
 本当は魚でも取れればいいんだけど、子どもである今のおれには難しい。
 そうと決めたおれは、牢屋を離れ、再び森へ向かった。
 ――さて。それから小一時間ほどで、おれは木苺や、近くに群生していた花を摘んで、アルスのもとへ帰った。ついでに叔母さんに言いつけられたたきぎ拾いも終わらせてある。
 だが、洞窟どうくつに戻ってきたおれに対し、アルスはやはり警戒心むき出しのままであった。牢屋の奥で、壁を背にしておれをじっと睨みつけてくる。

「えっと……木苺食べない?」
「…………」
「さっき摘んできたばかりだから、新鮮だよ! 毒もないし、ほら」
「……さっきからなにが目的なんだ、お前」

 おっ、反応してくれた!

「お前じゃなくて、おれはレンだよ。おれ、アルスと仲良くなりたいんだ」

 ようやく目の前の存在が返事をしてくれたことに対し、自然と笑みが浮かぶ。
 にこにこと笑いながら、おれはアルスに花と木苺を差し出した。
 しかし、アルスは受け取ろうとはせずに、怪訝けげんそうな顔をおれに向ける。

「……アルスって、一体なんのことだ?」
「えっ?」

 あ、そうか。
 おれは漫画『リスティリア王国戦記』の知識で、この目の前にいる子どもが〝魔王アルス〟だと知っているから、アルスと呼びかけたけれど……そういえば、まだ目の前の子どもはそう名乗ってはいなかった。
『魔王』になった時に改名なりなんなりをして、「アルス」になったのだろうか? となると、今のこの子どもは「アルス」って名前じゃないわけだ。

「えっと……君の名前が分からないから、とりあえず『アルス』って呼んでみたんだ。君の髪の色、真っ黒できれいだから。アルスって古い言葉で、夜空って意味なんだって」
「…………」

 漫画の知識を必死に思い出して、アルスという言葉の意味を説明しつつ、自分のうかつな発言の言い訳をしてみる。
 アルスはそんなおれを無表情のまま、金色の瞳でじっと見つめている。

「あー、その……いきなり変な名前で呼んでゴメン。その、できたら君の名前を教えてくれないかな?」
「……俺に名前はない」
「えっ?」
「……時々、ここに来る村の大人は、俺のことを『』って呼ぶけれど。それくらいだ」

 マジか。
 改名とか、そういう話じゃなかった。目の前の子どもには名前すらないそうです。
 マジか……マジかー。
 うわぁ……やばい、再び気分が暗澹あんたんとしてきたぞ。
 そりゃ皆殺しにされるわけだよ、この村。こんな子どもを洞窟どうくつに閉じ込めて、ご飯も与えずに、名前もつけないで『』呼ばわりとか……うわぁ……

「そ、そうなんだ……。なら、名前がないと不便だから、今日からアルスって呼んでいいかな!」
「…………」
「いやならもっとカッコいい名前を考えるよ!」

 気持ちを切り替えるべく、引きった笑顔で話しかける。
 すると、彼は大きなため息を吐き、おっくうそうな表情で言った。

「……どうでもいい。どうせ、お前くらいしかおれに話しかける奴なんていないんだ。好きに呼べばいい」

 おれのしどろもどろな言葉と態度に、アルスが突っ込んでくることはなかった。アルスという名前に対しても、嫌な顔はしていない。だが、その名前が気に入ったというわけではなく、本当にどうでもいいという感じだった。
 ……まぁ、アルスと会話ができたという点においては目的が達成できたのだし、そこは素直に喜ぼう。
 うんうん、一歩前進だ。いつか、この調子でもっとアルスと仲良くなって……彼の笑顔とかが見られる日が来ればいいなぁ。
 しかしコレ、なんかおれがアルスの名付け親みたいになってしまったな。漫画だとどういう流れでアルスって名前になったんだっけ? うーん、思い出せない。
 でもどの道、名前がないと不便だし、仕方がないか。

「ありがとう。じゃあ、今日からアルスって呼ばせてもらうよ。おれのことはレンって呼んでくれ」
「…………」
「そうだ。よかったらこれも食べてみてくれよ」

 格子の隙間から腕を入れ、先ほどの木苺と花を改めて差し出す。すると、アルスはなんだか眩しそうな表情でおれを見た。
 そして――……


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