魔王と村人A 転生モブのおれがなぜか魔王陛下に執着されています

秋山龍央

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1巻

1-1

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   プロローグ


「――レン! 悪いが、これも一緒にあっちのテーブルに運んでくれ!」
「はい、分かりました!」

 返事をする前に、おれは親父さんからお盆を受け取っていた。そして、左手にエールが入ったジョッキを二つ、右手に料理がのったお盆を持って、テーブルからテーブルへと渡り歩く。
 この宿屋で働き始めてから、今年でもう八年。いまや給仕もすっかり慣れたものだ。
 ――おれがいるのは、リスティリア王国の王都にある宿屋だ。
 この宿屋は、二階が宿泊のための部屋、一階が食堂になっており、食堂は宿泊客でなくとも利用できる。そのため、お昼時の今は、大変に混み合う時間である。

「お待たせしました!」
「おう。ありがとうよ、兄ちゃん。ところでよ、この品書きに書いてあるラビオリってのは、どんな料理だ?」

 持っていた皿とジョッキを配り終え、厨房ちゅうぼうに戻ろうとしたところで、二人組の男性客から声をかけられ、足を止めた。
 見ると、テーブルにいる二人の背中には小さな黒い蝙蝠こうもりの羽が生えている。また、上着とズボンの間からは、黒光りする長い尻尾がのぞいていた。
 ――魔族だ。
 このリスティリア王国が、魔王率いる〝革命軍〟に大敗北して一か月が経過した今――魔族や獣人族が、王都を闊歩かっぽするのも珍しい光景ではなくなった。
 それに二週間後には『建国祭』もおこなわれる。
 革命軍に敗れる前の建国祭は、王様のありがたいお言葉が町の各所に掲示され、限りなく水に近いエールが一杯振る舞われるだけの、正直あってないような祭りだった。
 しかし、今年は魔王陛下が王国の支配と自身の即位を大々的に喧伝けんでんするために、建国祭とあわせて戴冠式もおこなうそうだ。そのためかなり大掛かりな祭りになると噂されている。そのせいか、町を行く人々の間には、種族関係なく、どことなくそわそわとした空気があった。
 無論、うちの宿屋としても、大歓迎だ。魔族や獣人族のお客様が増えてもなんの問題もない。ちゃんとお金を払って、ご飯とお酒を楽しく召し上がってくれるお客様が、いいお客様である。

「店によって味付けは違いますが……うちのラビオリは、小麦粉を練った生地の中にひき肉とチーズを入れています。で、それを茹でたものにトマトソースがかかっているんです。美味しいですよ」
「へぇ、うまそうだな。じゃあそれを一つ追加で頼む!」
「ありがとうございます!」

 魔族のお二方から新たな注文を受ける。すると、おれたちの会話を聞いていたのか、周りのテーブルからもラビオリの注文が入った。よくよく見ると、食堂に置かれたテーブルのうち、三分の一が魔族や獣人族で占められている。

「うちの店もグローバルになったなぁ……」

 厨房ちゅうぼうにいる親父さんに追加の注文を伝え、しみじみとそんなことを呟く。すると、そばで皿洗いをしていた従業員の一人が、不思議そうに小首を傾げた。

「にゃにゃ? レン、ぐろーばるって一体なんだにゃ? 呪文かにゃ?」
「あ、えっと……グローバルっていうのは、おれが前に住んでた場所で使ってた言葉なんだ。国際的とか、そういう意味だよ」
「ふーん? レンは難しい言葉を知ってるんだにゃあ!」

 そう言って、にっこりと微笑む彼女の頭の上で、三角形の猫耳が揺れた。
 彼女もまた、革命軍との戦争のあとに、親父さんによって雇われた猫系獣人である。頭の上にぴょこんと生えている猫耳の他に、給仕服のスカートの裾からは尻尾がのぞいている。
 しかし、危ない危ない。ついうっかり、前の世界で使っていた言葉が出てしまった。
 日本で平凡なサラリーマンをやっていたおれが、この世界に転生してからもう二十年近くの月日が経過したっていうのに、忘れてないもんだなぁ……

「それにしても、今日は一段と忙しいにゃあ。そろそろ注文のピークも終わったし、レンもうちも朝から休みなしで働いてるからにゃ。ちょっと休憩させてもらおうにゃ」

 そう言うと、彼女は手についた泡を水で流し、くるりと振り返って厨房ちゅうぼうの親父さんに声をかけた。

「ちょっとうちらは休憩させてもらうにゃ! 十分くらいしたら戻ってきますにゃ!」
「ああ、二人ともご苦労だったな。ミーナちゃん、お茶でも飲んでゆっくり休んでおいで。レン、お前はさっさと戻ってくるんだぞ!」
「ありがとうございますにゃー」
「ありがとうございます、休憩入りまーす」

 親父さんのあからさまなえこひいきに苦笑いをしながら、おれはミーナちゃんと二人で裏口から宿の外へと出た。
 猫系獣人であるミーナちゃんが従業員として入ってからというもの……いや、採用面接の時からか。ともかく初めて会った時からずっと、親父さんはミーナちゃんにメロメロだ。
 いわく「あの猫耳と屈託のない笑顔を見ているだけでいやされるんだよな~……しっかし、あんな可愛い種族を『普人族ふじんぞくのなりそこない』なんて言ってたこの国の貴族や王族は、本当にどうしようもねェ奴らだったんだなぁ」とのことである。
 ちなみに普人族とは、おれたち人間の種族名だ。
 まぁ、後半の意見にはおれも同意である。
 おれは顔を上げて、宿屋の裏口から延びる、石畳の路地の先を見つめた。
 リスティリア王国の王都の中心には王族の住む王城がそびえ立ち、その周りに貴族街が、さらにその周りに平民の中でも裕福な層が住むエリアが――といった感じで、外に向かうほど生活レベルが低くなっていくドーナッツ型の造りになっている。
 おれが住み込みで働いているこの宿屋は、平民の中間層が住む区画にあるが、ここからでもリスティリア王城はよく見えた。雲一つない青空の下、金の装飾が施された白亜の城は、太陽の陽ざしを受けてきらきらと輝いている。
 今日も今日とて、王城は美しい。
 こうしていると、一か月前にこの国が魔族・獣人族の革命軍によって大敗をきっし、あの王城に住んでいた王族が軒並み処刑されたなんて思えない。まるで、別の国の出来事のように感じてしまう。

「……アルス」

 近いようで、はるか遠くにある王城を見つめながら、おれは懐かしい名前を呟いた。
 彼の名前を唇にのせると、懐かしさがこみ上げるのと同時に、刺すような痛みを覚える。罪悪感と後悔による痛みはどんどん激しくなり、おれはそっと城から視線を逸らした。

「レンは誰か城に知り合いでもいるのかにゃ?」
「え?」
「今、なんだか泣きそうな顔してたにゃ。もしかして、その……処刑された王族とか貴族とかの中に、知り合いでもいたのかにゃ?」

 そばにいたミーナちゃんが、気遣わしげな表情で声をかけてきた。
 自分はそんな顔をしていたのだろうか。
 おれはなんとか笑顔を作ってミーナちゃんに向き直った。

「心配かけてごめんね。でも別に、知り合いが死んだわけじゃないんだ。っていうか、おれに貴族の知り合いなんかいるわけもないし」

 おれが冗談っぽくそう答えると、ミーナちゃんはホッとした顔になった。

「にゃらいいけど……でも、なんか悲しそうな顔してたにゃ」
「うーん……貴族様に知り合いはいないけれど、実は革命軍にむかし馴染なじみがいるんだよね。だから、彼のことを考えてたんだ」
「にゃんと! じゃあ、レンのお友達がお城にいるにゃ?」
「うん、そうなんだ。その友達が、元気でいてくれればいいなぁって思って、お城を見てたんだ。今はあそこにいるはずだから」
「ふーん。せっかく王都にいるんにゃから、会いに行ったりしないのかにゃ?」
「……会いたいとは思うけれど、昔、喧嘩別れをしちゃってね。まぁ、全面的におれが悪かったんだけどさ。そもそも、あれから八年も経つし、向こうはおれのことなんか覚えてないんじゃないかな」

 そう言って、もう一度、はるか遠くにそびえる王城を見つめる。
 そう、おれの古い友達……アルスは、今はあの城の玉座にいるはずだ。
 なにせアルスは、この国の王族や貴族にしいたげられていた魔族と獣人族を解放した立役者であり、彼らをまとめて革命軍の指揮をった〝魔王〟なのだから。

「――おい、レン!」

 そんなことを考えていると、不意に、背後にある裏口の扉が慌ただしく開かれた。
 見ると、親父さんが血相を変えておれを手招きしている。
 しまった。早く戻れと言われていたのに、ついついぼーっとしてしまった。

「すみません、親父さん。すぐに仕事に戻りま……」
「レン! お前、一体なにをやらかしたんだ!?」
「へっ?」

 なにをしたと言われても、おれはここで休憩をとっていただけだ。
 まるで意味が分からずに、ぽかんとして親父さんを見つめ返す。
 すると、親父さんはますます焦った表情で、おれの両肩をがしりと掴み、がくがくと身体を揺すってきた。ちょっ、目が回る!

「お、親父さん……!? ちょっ、苦しいですって!」
「今、王城から――魔王陛下からの使いって奴らが店に来てんだよ! そいつら、お前を今すぐ王城に登城させろって言ってるぞ!? お前、なにをやらかしたんだよ!?」
「…………はぁ!?」



   1


 ――さて。時間もあるし、少し、これまでのことを整理しよう。
 まず、おれの名前は進藤廉太郎しんどうれんたろう。年齢は二十六歳で、冷凍食品製造業の営業部門に勤める、一介のサラリーマンだった。
 親しい友人は幾人かいたものの、恋人はおらず、休日といえばもっぱら録りだめしていたアニメやドラマを見たり、買っておいた漫画を一気読みしたり。なんてことのない、平凡な人生だった。
 しかし、そんな平々凡々だった人生は、突如として終わりを迎えることとなった。社用車で営業先に向かう途中――反対車線を走っていた車が、急に車線を外れ、おれが運転する車に真正面から突っ込んできたのだ。フロントガラスの向こうで、相手の車の運転手が意識を失い、ぐったりとハンドルにもたれかかっているのが見えた。
 おれは慌ててブレーキを踏み、ハンドルを切ろうとしたが、間に合わず――そのまま相手の車と正面衝突をした。
 それがおれがあの世界で最後に見た光景だ。
 ――次に目を覚ました時は、もうすでにこの世界にいた。
 最初は、自分の身になにが起きたのかさっぱり分からなくて、パニックになった。なにせ、おれの年齢は二十六歳だったはずなのに、なぜかガリガリのチビの子どもになっていたのだ。
 だが、おれが混乱状態におちいっている期間はそう長くはなかった。
 といっても、別に状況がすぐに呑み込めたわけではない。
 おれがこの世界で目を覚ましたのは、このリスティリア王国のかなり端のほうにある農村だったのだが、そこはとても貧しい場所だった。
 食事は一日二食で、それも固くなった黒パンとほとんど具のないスープだけ。無論、水道も電気もガスも通っていないので、水が必要なら川からんでこないといけないし、火をつけるのにも火打ち石が必要。子どもも大人も、日が昇ると同時に目を覚まして、朝から夕方まで必死にたきぎ拾いや農作業をおこなう。
 なので、おれは冷静にならざるを得なかったのだ。
 この村はあまりにも貧しく、子ども一人がわけの分からないことを言ってパニックになっていたところで、仕事を免除してもらえることはない。そんな余裕は誰にもなかった。
 そのため、おれは必死で自身の感情に折り合いをつけ、ひとまず、村の一員として振る舞いながら、状況を把握することに徹した。
 まず分かったのは、今の自分の名前だ。〝レン〟というのが、おれの名前だった。
 年齢は不明。まともな食事をとっていないせいで、身体は小さく、体格から年齢を推し量ることも難しかった。
 次に分かったのは、自分の家族構成だった。
 おれの両親は、おれがまだ物心つかないうちに流行はやり病によって亡くなったらしい。そのため、おれは父の弟である叔父夫婦に引き取られていた。
 だから、おれの家族は、叔父と叔母、叔父夫婦の実子の三人だ。
 が、家族といっても便宜上そう述べただけであって、叔父夫婦――特に叔母さんのほうは、あからさまにおれを鬱陶うっとうしがっていた。まぁ、明日の自分たちの食べ物さえ見通しの立たない、貧しい一家なのだ。叔父夫婦がおれをうとましく思うのも理解はできる。
 しかし、理解はできても、その状況を受け入れられるかは別である。
 どうして平凡なサラリーマンだったおれが、こんな貧しい農村の子どもとして目を覚ましたのか、まったく意味が分からない。
 そして、最終的に分かったことは、ここはおれが知る地球ではないということだった。
 これは、村人たちの髪や目の色や、空にある星によって分かったことだ。
 まず、この村にいる人々は、大半は黒髪黒目なのだが、一部の人間は赤や黄色、紫色など、奇抜な色合いの髪と目の色をしていた。
 また、おれはこの村が地球上のどこにあるのかを判断すべく、夜中にこっそりと家を抜け出して、空にある星を見てみたのだが、そこにおれが知る星や星座は一つもなく、星の位置も地球とはまったく異なっていた。
 結局おれは『日本で死んだ進藤廉太郎は、この世界でレンという少年に転生した』と結論付けた。
 正直に言って、こんなに辛くてみじめで、寂しくてひもじい思いをするくらいなら、転生なんてせずに、あのまま死んで終わっていたほうがマシだったけれど。
 だからといって、自殺する勇気があるわけもなく……おれは叔母さんに命じられるまま、たきぎ拾いに山羊やぎの世話、農作業の手伝いなどをして、日々を過ごした。
 田舎でのスローライフというには過酷すぎる日常だったが、人間は順応していくものだ。三か月も経つと、おれはだいぶこの状況に慣れていた。
 そして――その日もおれは、たきぎ拾いのために森の中へと入っていった。
 生憎あいにく、あたり一帯のたきぎはすでに他の村人たちに拾われてしまったようで、なかなかいいたきぎがなかった。
 だから、もっと森の奥に行くことにした。運がよければ木苺も見つかるかもしれない。

「……あれ? こんなところに洞窟どうくつがあったんだ」

 森の奥に分け入ったおれは、目を丸くした。
 見ると、洞窟どうくつ付近の地面には足跡がいくつもある。洞窟どうくつ自体も大人でも楽々と入れるように入り口が広げられていた。

「人の手が入っているってことは、村の皆が使っている場所なのかな? 貯蔵庫にしては不用心な場所だけれど……」

 少し迷ったあと、おれは洞窟どうくつの中に入ってみることにした。
 どうせ村に戻っても、叔母さんに次の仕事を命じられるか、他の子どもたちにいじめられるだけだ。両親がいないおれは、村の中でもヒエラルキーが低い存在のようで、年上の子どもや青年にからかわれたり、意地悪をされることが多かった。
 恐る恐る、洞窟どうくつの奥に進んでみる。

「中は、けっこう明るいな」

 外から見た時は、洞窟どうくつの中は真っ暗闇に見えていたが、中に入ってみると、そうでもなかった。先に進むのに支障はない。
 まるで童心にかえった心地で、ワクワクしながら、洞窟どうくつの中を進む。
 そして――洞窟どうくつの奥にたどり着いたおれは、足を止めた。

「……これって……」

 洞窟どうくつの奥は、木でつくられた格子によってさえぎられ、それ以上進めないようになっていた。
 とはいっても、洞窟どうくつは格子のすぐ先で終わっている。
 試しに手で格子を掴んで揺すってみたが、かなり頑丈に作られているようで、おれの力ではびくともしない。
 ふーむ……ここは一体なんなのだろう? 見た感じ、格子の向こうには丸まった布が積んであるくらいで、村の食料や備品が保管されているわけでもなさそうだ。

「いや……倉庫というよりは、まるで座敷牢みたいだな」

 そう、ぽつりと呟いた時だった。
 おれのものではない声が、すぐそばで響いた。

「――なんだ、お前。なにをしに来た?」

 ひび割れたような、かすれた声だった。

「っ!?」

 突然聞こえた声に、おれは驚きのあまりに腰が抜けそうになった。今まで、この場には自分しかいないと思っていたのだ。
 格子を握る手にぎゅっと力を込めて、恐る恐る周囲を見回す。
 だが、いくら見ても、おれ以外にこの洞窟どうくつに入ってきた人物はいなかった。困惑していると、再び、すぐそばで声が響いた。

「なにをしに来たかと聞いている」

 声が響いてくる方向を見る。
 驚いたことに、その声は格子の向こう側で発せられていた。
 格子でしきられた、洞穴の暗がりの中。
 そこに、一人の少年が立っていた。

「き、君は……?」

 ぼさぼさの黒髪にこけた頬。おれもガリガリのチビだったが、目の前にいる子どもはそれ以上だった。さらに目の下にはクマがあり、頬もガサガサしている。
 また、身につけているものも、服というよりも、大きなずだ袋を無理やりに身体に巻きつけているといった風体だ。
 そういえば……先ほど、暗がりの中に布切れが丸めて置いてあるのを見た。どうやら、あれは布が置いてあったわけではなく、この子どもが丸まっていたか、うずくまっていたものらしい。

「…………」

 正面に立つ少年は、無言でおれの顔をじっと見つめてくる。
 鋭い眼差しだった。水気のない薄汚れた顔の中で、金色の瞳だけが、異様にぎらぎらとした光を放っている。

「君は……なんでこんなところにいるんだ? 遊んでて出られなくなっちゃったのか? それなら、大人の人を呼んでくるけれど……?」

 少年に向かって、恐る恐る尋ねる。
 少年は無表情でじっとおれを見つめ続ける。だが、問いかけに対する答えは返ってこない。
 しばらく無言のまま、おれと少年はお互いを見つめていた。
 なんと言おうか迷っていた時、少年の唇が開かれた。

「俺が死んだかどうか、確認しに来たのか?」
「えっ?」
「俺はまだ死んでいないし、まだ死にそうにない。確認が終わったなら、さっさと行け」

 少年はそう言うと、くるりとおれに背中を向けた。
 そのまま離れていこうとする少年に、おれは慌てて手を伸ばす。格子の隙間から、なんとか少年が身にまとう服もどきを掴むことができた。
 少年は足を止めると、驚いたように目を見開き、自分の服を掴んでいるおれの手を見つめた。

「……なにをしている? 放せ。お前も死にたいのか?」
「さっきから、死んだとか、一体なんの話をしてるんだよ? そもそも、君はなんでこんなところに一人でいるんだ?」

 お仕置きなどの理由で、一時的にここに閉じ込められているという様子ではない。明らかに少年は長い期間、ここに閉じ込められているようだった。
 こんな幼い子が、一人きりでここに閉じ込められなきゃいけない理由などあるものだろうか?
 おれは必死で少年の服を掴み、訴えかけた。

「なにか理由があるのかもしれないけれど……それにしたって、君みたいな子どもが一人っきりでこんなところに閉じ込められるのは間違ってるよ。ここに君を閉じ込めているのは、村の人たちなのか?」

 しかし、必死で訴えかけるおれとは真逆に、少年は冷めた顔をしていた。
 いや――冷めたというよりは、諦めきった瞳だ。
 他人に対し、なんの期待も抱いていない瞳だった。少なくとも、こんな幼い少年がしていい表情ではなかった。
 不意に、少年が口を開いた。

「俺が、母親と、村人を殺したからだ」
「え……?」

 告げられたその内容に、おれは目を丸くする。

「俺がここにいるのは、母親殺しの罰と、もうこれ以上誰かを殺さないようにするためだ。分かったなら、さっさと行け」
「お母さんを殺したって……まさか、君みたいな子どもが?」

 少年のしゃべり方には、そのボロボロの風体とは裏腹に、どこか威厳のようなものがあった。
 おそらくは、彼が生まれ持った資質なのだろう。

「……疑うなら、村の奴らに聞いてみればいい。俺の母親と、村人たちがどんなむごたらしい死に方をしたか教えてくれってな」

 そう言うと、少年はおれの手を振り払って、暗がりへと行ってしまった。

「ま、待って!」

 だが、その後、おれがどんなに声をかけても、少年が戻ってくることはなかった。返事もない。

「……っ……」

 ここに少年を一人きりで残していくのは気が引けたが、しかし、もうこれ以上、どうすることもできなかった。おれは、後ろ髪を引かれる思いで洞窟どうくつをあとにした。
 外に出ると、ずっと薄暗い中にいたせいで、陽ざしが目に痛かった。しぱしぱとまばたきをする。
 ……あんなに幼い子どもが、人を殺すなんてこと、あるんだろうか?
 自分がなぜこの世界に転生したのかも分かっていないのに、この世界での謎がまた一つ増えてしまった。

「……あ。そういえば、名前を聞かなかったな」

 あまりの異様な事態に、名前を尋ねることも、自分の名前を伝えることも忘れていた。
 ……また、ここに来よう。そして、その時は今度こそあの子の名前を聞いてみよう。
 そう考えた時、ふと、唐突に脳裏にひらめいた一節があった。
 ――リスティリア王国の東のはずれにある、貧しい農村。その村の近くにある洞窟どうくつには、黒髪に金色の瞳を持つ、一人の少年が閉じ込められていました。
 その少年は、かつて、自身が持っていた魔力を暴走させて、村の人々、ならびに自分の母親をばらばらにして殺してしまったのです――

「……あれ?」

 その一節は、おれが日本でサラリーマンをやっていた時に読んだ、ある漫画のものだった。
 漫画のタイトルは『リスティリア王国戦記』。
 物語は、魔王率いる魔族によってリスティリア王国が占拠されてしまい、普通の人間――普人族すべて奴隷にされるところから始まる。
 この漫画の主人公も、リスティリア王国の平民であったが、占拠時に家族を殺され、自身は奴隷階級に落とされてしまった。だが、奴隷として魔族にしいたげられながら日々を生きていた彼は、ある日、神託を授かって勇者としての使命に目覚める。そして、仲間と共に魔王を倒し、リスティリア王国を取り戻すというストーリーだ。
 ――その『リスティリア王国戦記』のラスボスである〝魔王〟なのだが……
 魔王の名前は、アルス。黒髪に金色の瞳を持ち、そして、幼少時代はリスティリア王国のはずれにある農村で、洞窟どうくつに作られた牢屋に閉じ込められて育ったのである――

「まさか……そんな、嘘だろ?」

 さあっと血の気が引くのが自分で分かった。
 愕然がくぜんとしながら、何度も何度も漫画の内容を思い返す。
 自分が、あの『リスティリア王国戦記』の世界に転生してしまったなんて、嘘だと思いたかった。
 だが、どれだけ否定しようとも、思い出の中にある『リスティリア王国戦記』の魔王アルスの顔立ちは、先ほど見た少年とうり二つで――


     * * *


「――到着しました。馬車からお降りください」

 かけられた声に、ハッと我に返る。
 そうだ。宿屋に使者が来て王城に向かっていたんだった。
 いつの間にか、馬車の窓から見える光景はすっかり様変わりしていた。どうやら目的地に到着したらしい。
 おれは、同乗していた魔族の青年にうながされるまま馬車を降りる。

「うわぁ……」

 いつも遠くから見つめるばかりだった白亜の城が、今、おれの目の前にあった。こんなに近くから王城を見たのは初めてだ。
 ……いまだに、自分がここにいることが信じられない。というか、これからあのお城の中に入るなんてことも信じられない。
 先ほどおれの勤める宿屋に来た魔族の兵士たち。
 彼らは、びっくりしているおれと親父さんを尻目に、淡々と「魔王陛下がこの宿にいるレンという男を登城させるようにと命ぜられた。貴様に拒否権はない。近くの大通りに馬車を待機させているので、準備をしたら共に来るように」と告げてきた。
 あまりに一方的な物言いに、おれは彼らに説明を求めたが、「魔王陛下のご命令に逆らうつもりか?」と言われてしまい、話にならなかった。親父さんも一緒になって事情を尋ねてくれたが、やはりダメだった。
 承服しかねる命令だったが、文句を言ってもどうにもならない。


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