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第四章

脅しと篭絡

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「邪魔者は居なくなった」

 四人の艦長は、自分たちよりずっと小柄なマリアを威圧するように囲んだ。

「さ、今後の我々と貴女の立場を、ちゃんと話し合いましょうか」

 アルフォンソの低い声が、そう促した。

 マリアは嫌な雰囲気を感じ取って、じりじりと後ずさる。

「このまま進めば、明日の朝にはルチニアの領海に入る。海賊討伐が本格的に始まるわけです」
「何が言いたい?」
「お嬢さんの出る幕はもう無い。指揮権を譲れっていってるんだよ」

 カイトがアルフォンソの言葉を補足した。

「あんたには皇族として、大使としての任務がある。戦いのことは、我々にお任せください」

 マリアは柳眉を吊り上げた。

 マリアを軍人として扱おうとしない彼らに、怒りの視線を投げる。

「旗艦の航海士たちの計算によれば、もしおまえたちが私に従っていれば、赤槍島の運河を抜け、今頃は領海に入っていた。『神風』と『西風』は、せっかく短距離で南海に出たというのに、おまえたちのために戻らなきゃならなかった。置いて行かなかったのは、遠くに不審船の船影を何隻も確認したからだ。むしろ、感謝すべきところではないのか?」
「それは、貴女が我々に非協力的だったからです。情報を共有できなかったからだ」
「なぜその必要がある? おまえたちは部下だ。私の命令通りにただ動けばいいだけではないか」

 鼻で笑うと、リッツが吐き捨てるように言った。

「経験の無い女の命令を聞けるかよ。手柄を独り占めしようとしないで、あんたが情報開示してくれれば、俺たちは作戦を滞りなく全うできるんだ」
「貴女に助言は求めます。お父上からの援助でしょうか、いろいろと下準備をしてきてるようだしね。意見も聞きます。しかし決定するのは、我々治安警備艦隊の古株の人間です」

 アルフォンソが断固として宣言した。

「だから貴女は大人しくついてくればいい。でなければ、また、昨夜のような悲劇が起こりますよ?」

 リッツがいやらしい顔をして、マリアの美しい顔を覗き込んだ。

 マリアは奥歯を噛み締めた。

 冗談じゃない。この航海までに、どれだけの資金を使って情報を集めたと思っているのか。

 それこそ領海外の海流や海岸線だけでなく、ルチニアにたどり着くまでの気まぐれな風向きや、周期的な潮流の傾向を分単位ごとに綿密に調べさせ、その細かいデータを買いとったのだ。

 地元の猟師たちに協力を仰いだその人件費もバカにならず、潮流図を作るための下調べには気が遠くなるほどの手間と金をかけた。

 皇帝とマリアはまるきり接点がないのに、艦長たちはマリアからその情報だけ仕入れて、あとは無視するつもりなのだ。

「汚いやつらだ。それほど私に従うのが嫌か?」

 搾り出すような低い声で呟いたマリアに、アルフォンソが、とんでもないとでも言うように首をふった。

「貴女も、アーヴァイン・ヘルツという男の海兵学を学んだことがあるなら知ってるはずです」

 フランソルが『北風』の艦長の言葉を引き継ぐ。

「旗艦は、真っ先に狙われる。縦列の先頭に居ようが、一番後ろに居ようが、旗を見れば敵にもすぐ分かってしまう。そして指揮系統の混乱を招くために、真っ先に攻撃されるのです。ですから旗艦が大破した場合、反転した時に旗艦となる、しんがりの艦だけが指揮艦となる方法はもう古い。他のどの艦が次の旗艦になってもいいように、それぞれの艦長は司令官と同じ行動を取れるようになっていなければならないのです」

 フランソルが言ったことは、士官学校でマリアも習った。教官時代のアーヴァインから直々に。

 だが、彼らの要求はそんなことが理由ではない。

 あくまでもマリアを黙らせ、自分たちだけで作戦を遂行することにあった。功績は自分たちのモノにし、マリアが何の役にもたたなかったと、上層部に報告するのであろう。

 そんなことは、許せなかった。

 今まで何のために努力してきたのかが分からない。

 マリアは昇進しなければならないのだ。この軍部で、誰の力も借りずに。

 マリアは退かない。

「ある程度の自主性は尊重する。だが、基本は私の指示に従え。私が司令官だ」

 海戦の先輩である艦長たちを信頼してはいるが、指揮権を譲る気はなかった。

 途端、マリアの喉に手が掛かる。

 首を締められ、壁に押し付けられたマリアは、目の前にある『西風』の艦長の冷めた鋼色の瞳を見て息を呑んだ。

 柔和な微笑すら浮かべていない、無表情。

「制海権は水軍のものだ。我々を、皇族と貴族たちの手足だと思うな」

 押し殺した声と殺気。

 他の艦長たちが震え上がった。

 フランソルは自分の知らない情報があることが、何よりも許せないたちなのだ。

 めったに切れることのない西風の艦長の肩に手をかけて止めたのは、リッツ・マルソーだった。

「さすがに、殺してはダメだぜ?」

 真顔で言われ、フランソルははっと我に返り、顔を背けてマリアから離れた。


「そういうわけで、他にも知っていることがあったら、今ここで全部話してください。我々四艦長がヴェルヘルム提督と同じ行動を取れないと困るでしょ? 貴女が死んでしまった場合に備えてね」

 不遜な言葉を吐くカイト。それでもマリアは恐れもせず、きっぱり告げる。

「赤槍島の運河のことは特別だ。ほかに情報は無い。私は皇帝や上院の意思で動いているわけではない」

 頑として拒むマリアに、リッツが諦めたように微笑みかける。

「身体に聞きましょうか? 昨夜のような方法で」

 マリアは目を瞑った。

 けっきょくそういうつもりなのだ。言うことを聞かなければ、強姦する。彼らはそう脅しているのだ。

 男なんてそういう生き物だ。軍部だけではない、どこにいようと、ずっと同じ目に遭う。

 マリアは拳を握り締めた。

 しばらく沈黙し、やがて身体から力を抜く。

 悲嘆にくれていてもしょうがない。どんな目にあってもまず立ち上がること、そうしなければ、今まで生きて来られなかった。

 マリアは昨夜与えられた恐怖と屈辱と自己嫌悪を頭から振り払い、打開策を見つけようと模索した。

――自分に芯があれば、どんな状況にだって耐えられる。軍部では出身、階級など無意味だ。己の原点に返れ。芯を見据えろ。そうすれば、おのずと取るべき行動が見えてくる――


「おまえたちの考えはよく分かった」

 しばらく黙ったままだったマリアは、ついに口を開いた。

 華奢な女司令官を取り囲んでいた軍人たちは、その決意のにじんだ声に、顔を見合わせてにやにやする。

「では、貴女がかき集めた航海資料と、高貴な方々からいただいているはずの情報は、お楽しみのあとにいただきましょうか」

 矛盾した言葉を吐き、カイトがマリアの肩に手をかける。

 けっきょくマリアがどんな態度をとろうが、彼らがやることは変わらないのだ。

 昨夜のマリアの痴態が忘れられない。今日もたっぷり楽しませてもらうつもりだった。

 何度もいたぶっておけば、いちいち逆らう気力もなくなるだろう。

 突然、手を払われて、カイトはきょとんとした。

「へえ、まだ拒絶する元気があるんだ?」

 マリアは真っ青な瞳に強い光を浮かべて、四人を睥睨した。

「あいにく、情報は全て頭の中だ」

 フランソルが張り付けたような微笑を浮かべたまま、舌打ちした。本当に、いちいち身体に聞くしかないのか……。

 しかし、

「私の言うことをきくなら、おまえたちを天国に連れて行ってやる」

 突拍子もない言葉をマリアが吐き、全員耳を疑った。

 唖然とする四人の前で、皇女が制服を自ら脱ぎだしたではないか。

 ぎょっとなる四艦長。

「ちょっと、何するんだ? ストリップか?」

 カイトが半笑いの表情のまま、固まって言った。

「気でも狂ったのか?」

 マリアはそんなカイトを無視して、制服のズボンと上着をテキパキと脱ぎ、皺にならないようにデスクの椅子にかけた。そして開襟の真っ白なシャツだけになると、すたすた長い足をベッドルームへと運んだ。

 入り口でピタリと止まり、振り返る。何もできずにポカンと見送る四人の男を見た。

 マリアは首をかしげて、誘うように男たちを見上げる。

「誰が一番?」

 何を優先すべきか。

 マリアの人生の場合、自身のプライドは二の次なのである。





※ ※ ※ ※ ※



 細く長い指が、アルフォンソの分身に絡まる。指は、そそりたった筋肉の赤い筋の上を何度も何度も行き来し、遊ぶように睾丸を転がした。

 まるで宝物を愛でるかのように優しく扱うマリアを、『北風』の艦長は立ったまま見下ろしている。

 皇族の女を跪かせて、奉仕させているのだ。

 この異様な状況に、アルフォンソは興奮した。



「誰が一番?」

 という問いかけに、一瞬四人とも凍りついた。予想だにしなかった展開に、面食らっているのだ。

 マリアは恥ずかしそうに目を伏せると、シャツのボタンを一つずつ外しだした。そして、はらりとそれを床に落とす。

 女性らしい下着に覆われた肢体を、惜しげもなくさらしたマリア。

 もう一度、誘うような上目遣いで男たちを一瞥し、司令官用のベッドへ向かった。

「俺が先でいいか?」

 かすれる声で、アルフォンソは言う。フランソルが戸惑ったように北風の艦長を見つめた。

 彼の心配を感じ取ったアルフォンソは、それを笑い飛ばした。

「なぁに、楽しませてくれるってんなら、そうしてもらうさ。あの女は身体を遣って俺たちを言うがままにするつもりなんだろうが、思い上がりも甚だしい。それとこっちはワケが違う」

 アルフォンソは、いつの間にかすっかり膨らんだ制服の股間を指差した。

「理性と本能で、今は本能が勝ってるだけだよ。一時的にな」

 アルフォンソはそう言い、マリアのベッドルームに入ると、覗くなよ、と言い捨てて扉を閉めた。

 やがて三人の艦長たちの耳に、男の野太いうめき声が聞こえてきた。



 アルフォンソには信じられなかった。

 何度もたくみな手技で扱き、限界まで張り詰めたアルフォンソのイチモツを、小さな唇がぱっくり加えたとき、今まで感じたことの無いような快感が脳髄を走ったのである。

「うううっ、何だ、何だこれは!?」

 舌の動きと吸引力のせいだ、と気づいた時には、アルフォンソは一回目の射精をしていた。

 マリアが特別なのは、下の口だけではなかった。

 腰のくねらせ方、足の締め付け方もすごかったが……帝都で名の知れた高級娼婦でさえ、ここまでの技術は持っていない。

 なぜ、皇帝の娘――今は分家に養女に出されているが、それでも公爵令嬢だぞ!――が、こんな淫らな行為を得意とするのか。まるで幼い頃から性奴隷だったようだ。

 耐え切れずにマリアの口腔にぶちまけてしまったというのに、マリアは怯んだ様子も無く、おいしそうにそれを飲み込んだ。

 口の端から白い液体がこぼれる。

 マリアはそれを舌で舐めとると、小さく首をかしげた。

「もっと出したい?」

 アルフォンソは辛抱堪らん、というように首を振ると、次の瞬間マリアを抱き上げていた。

 黒い下着に包まれた身体をベッドに横たえる。司令官用の吊りベッドは海が荒れた時に落ちないような細工はされているが、貴族の私室のベッドと変わらない豪華さだ。

 しかも四、五人は軽く寝られそうな特別製。乗るはずだったアーヴァインの要望だった。

 アルフォンソは満足げに頷いた。これなら存分に暴れられる。

「また早漏とののしられたんじゃかなわん。今日は堪えるぞ」

 黒いヒゲに覆われた顔を近づけ、そう宣言する。

 マリアは挑発的に微笑んだ。

「どうかしら」



 外の三人は、悶々と、地獄のような時間を味わった。

 二人の絡み合う気配と、うめき声やあえぎ声。

 どれほどの快楽を味わえば、あのむさい男の口から、あんな官能的な声が出るのだろうか。

「おっさん何度やってるんだよ、待たせるなよなっ」

 やりきれなくなったカイトは、マリアの部屋にあった酒瓶を手に取ると一気に呷った。

 飲んでから、それが酔止めの薬用酒であることに気づき、顔をしかめる。

「こんなんじゃ酔えねえ、おやじ、早く出てこいよっ!」

 股間を膨らませたまま寝室の扉に向かっていくと、ちょうどものすごい叫び声があがり、静かになったところだった。

 その獣じみた声に、カイトどころか大人しくソファにかけて待っていた他の二人も、思わず中腰になる。

「まさかあの女、アルフォンソを手にかけたんじゃ?」

 フランソルの言葉に、カイトが扉を急いで開けた。三人で中に飛び込む。

 アルフォンソは白目をむいて大の字で伸びていた。

 一瞬殺されたのでは? と、ぎょっとなる三人の耳に、低い息遣いが聞こえてくる。三人はほっとした。

 気絶しているだけらしい。

 え、気絶?

 マリアは、全裸でベッドに横たわり、三人に魔性の笑みを向ける。

「次は誰にする? 天国に連れて行ってほしいのは、誰?」

 カイトとリッツは、そのあまりに艶かしい表情に、目に見えて怯んだ。カイトに至っては、飲んでもいないのに一気に酔いが冷めたような気分になった。

 この女は昼の軍人とはまったく別人だ。

 そこにいるのは、手馴れた娼婦。

 人格が変わったかのようなあだっぽさだ。

 怯んでためらう二人にはかまわず、フランソルが進み出る。

「では、私がお相手つかまつりましょう」

 いつも女に関しては何でも譲ってくれていたフランソルが、珍しくカイトとリッツを制した。

 カイトが一応小さい声で文句を言おうとしたが、そっとフランソルに耳打ちされる。

「ちょっと素人には危険です」

 カイトはなおも言い募ろうとしたが、リッツがそれを止める。すっかり衰弱しているアルフォンソを見て、妙に説得力のあるその言葉にリッツは納得したのだ。

「今日は俺たちは遠慮しておく。カイト、おっさんを運ぶの手伝え。帰るぞ」
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