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第七部:古き者たちの都
魔法陣を抜き取る
しおりを挟む「マリタンさん、実は私たち、この『凝結壁』という素材で造られた建物を別の場所でも発見してるんです。ただ、そこはこの森とは随分と様相が違います。古代...当時は、ここにも大きな街があったんじゃ無いかと思うんですけど、いまは土の中で、一体何が埋もれているのかさっぱり分かりません」
「掘り返してみればいいんじゃ無い、の?」
「ですが多くの人や動物たちが住んでいる場所なので、そういう訳にも...」
「あらそう」
「なんか、地下にあるモノが何かを調べる方法とか無いかなマリタン?」
「あるようには思うんだけど...私に載っている方法でその役に立つか、いまは断言できないわ、ね。とにかくワタシのページが開けるようになってからじゃないと...」
それもそうか・・・
「ソレと、ね。もし埋もれているモノに価値があるって分かったらヤッパリ掘り起こすの? 量によるけど、ある程度以上なら土魔法でなんとかしようなんてするよりも、土木作業する魔道具...『銀箱くん』の超大型みたいな? そういうゴーレムでも造った方が早いと思うわ。よ?」
ああぁ、そこは正直に言って、チョット目を逸らしておきたかったところなんだよなマリタン!
もしもエンジュの森の地面の下に魔石サイロみたいなものが埋もれていて、ソレをエルスカインの手に渡したくないとなったら、見張りでも立てて侵入者と戦う体制を整えるか、とっとと『先取り』しておくか、二つに一つだ。
どちらにしても、コリガン族とピクシー族の暮らしが元のままっていうのは甘い考えだろう。
悩ましいな・・・
「マリタン、それが『何か』は別として、この辺りの地下に古代の遺物が埋もれていることは分かった。でも積極的に掘り返したくは無いんだよ」
「森の居住者を優先するってコト、ね?」
「ああ。これがタダの廃墟なのか、魔石サイロみたいに現代でも利用価値のあるものかは正直掘り返してみないと分からないけどな...でも触らずに...それにエルスカイン達にも触られずに済めば、それが一番いい」
「むしろ、ただの廃墟だった方が心静かって感じですよね、御兄様」
「そうだな。エルスカインがエンジュの森にウォームを送り込んできたのは、ここの地下に何かが埋もれてるって読みがあったからだろう。だけどそれは不確実な情報だったはずだ」
「ウォームが手ぶらで戻って来たから『成果ナシ』だったってエルスカインが判断してればいーんだけどねー!」
「可能性はあるけど、その勝手な期待を前提にするのはマズいと思うぞパルレア殿?」
「そーよねー...それにお兄ちゃんの言う『瞳の法則』もあるし」
「人目の法則、な? まあ確かに、何事も大丈夫だろうと勝手に思い込んで放置すると、大丈夫じゃ無くなるってもんだしな」
「エルスカインが日数を掛けてここにウォームを送り込んできたのは、『不可視魔法が無くて空を飛ぶ移動手段が使えないからだ』って言うライノの読みが当たってるからだとは思うけどな。それでもアイツらの結論は分からん。二ヶ月か三ヶ月あれば、ここまで誰かを来させて転移門を開かせることだって出来るだろうし」
「だよな...シンシアはどうするのがいいと思う?」
「今日はメダルの配達と転移門を刷新するついでがあったので凝結壁が同じモノかを見に来ましたけど、それは解決しました。ここの地下を本気で調べるのはマリタンの力を借りられるかどうかがハッキリしてからでも良いと思います」
「じゃー、チョット保留?」
「はい御姉様。まずはマリタンの罠解除と転移門の向こう側を探ることに全力を尽くしましょう」
「ああ、そうだな。いまはエンジュの心配はいったん置いておこう。もしも異変があればキャランさん達がすぐに知らせてくれるはずだ」
「ええ、罠の解除が先決ですね。それに、マリタンさんの中身が参照できるようになったら参考になる魔法が見つかるかも知れませんから」
「だな」
「シンシアちゃん、『銀箱くん』はもー大丈夫なんでしょー?」
「はい御姉様」
「だったらさー。アタシの魔法もいつでも動かせるし、チャチャチャッと罠解除をやっちゃおー!」
「じゃあ、そうするか。準備に何かいるコトや、いるモノはあるかいシンシア?」
「いえ、今日の配達で屋敷の転移門を一時的に閉鎖できますから、後は大丈夫ですね」
「よし、戻ったらやるぞ!」
「はい御兄様、頑張ります!」
「アタシも頑張るー!」
「ワタシだって頑張るのだわ」
「いやお前はじっとしてるだけだろうが。むしろ勝手に動いてウッカリ魔法陣を開いたりするなよ?」
「失礼ねドラゴンってば。動かないようにじっとしていることにも集中力っているの、よ?」
「嘘つけ。この前は『動きたい』欲求を持ったことが無いって言ってたじゃねえか。ソレどこ行ったんだ?」
「あら、意外に物覚えいいのね」
「お前が自分の発言を忘れすぎ、っていうか本のクセに嘘をつくなよ」
「シンシア様や兄者殿と姉者殿には嘘なんてつきません。ドラゴンはシンシア様の身内じゃ無いからどーでもいいのです、わ」
「コイツうぜー...」
なんか俺も、段々とこの二人の空気に慣れてきた気がするよ。
楽しそうだし。
++++++++++
アスワン屋敷への帰宅と同時に、怒濤の勢いで罠解除の準備に入る。
パルレアがいったん地下室の転移門魔法陣をキャンセルし、奔流を組み上げて供給する部分だけを活かして自分の魔法に組み直した。
シンシアは『銀箱くん』の最終調整と動作確認、俺とアプレイスはフォーフェンで夕食の仕入れだ。
全ての準備が整ったところでシンシアが慎重に魔法陣の中央にマリタンを置き、少し離したところに『銀箱くん』を設置した。
『銀箱くん』がマリタンに辿り着くまで少しの時間が掛かるから、その隙間の時間が一種の安全装置だ。
もしも何かヤバイ雰囲気がした時は、マリタンの表紙に『銀箱くん』が手を掛ける前に止めることが出来る。
「準備は、いーのかなー?」
「はい御姉様。『銀箱くん』を起動します」
シンシアがそう言ってゴーレムのスイッチを入れると、そそくさと魔法陣の範囲から外に出た。
ゴーレムから折り畳まれていた棒が展開され、完全な箱形だった姿が奇妙な銀色の人形というか松葉杖を突いている怪我人というか、そういう不思議な形態に変化して起き上がっていく。
「じゃー、いっくよーっ!」
いつものパルレアの気の抜けた掛け声と共に、魔法陣の光が床から浮かび上がった。
魔法陣の外周に沿って壁のように光が立ち上がり、中央に置かれたマリタンと、それに向かって進んでいく『銀箱くん』全体を囲んで円筒形の防護結界を構成する。
パルレア曰く、この防護結界が普通の半球型じゃないのは、もしも未知の力が大きすぎて制御できなかった場合に、それを上空へと逃がす安全措置なのだという。
俺が『それって、もしもの時は屋敷の地上から上が吹き飛ぶんじゃ無いのか?』って聞いたら、『えへっ!』と笑って誤魔化されたけど、まあ大丈夫だろう。
このあと『銀箱くん』がマリタンの表紙を開いて転移魔法陣が動き始めた瞬間、それを検知したパルレア渾身の『時間を引き延ばす結界』が、更にこの防護結界の内側に展開されることになる。
こちらは地上も地下もへったくれも無い完全な球形の結界だそうだ。
みんなが固唾をのんで見守る中、一歩一歩マリタンへと近づいていた『銀箱くん』が、ついにその表紙に『手』を掛けた。
ゆっくりと慎重に、しかしスムーズで揺るぎない動作を見せながら、『銀箱くん』がマリタンの表紙を持ち上げていく。
その表紙が直角を少し越える程度の角度まで開かれた時、不意に内側から眩しい光が吹き出したかと思うと、まるで噴水が凍り付いたかのような姿で止まった。
「ヤッター! だいっ、せいっ、こうっ!」
「やりましたね御姉様!」
「おお、やったかパルレア!」
「うん! 褒めてー!」
「言うまでも無いぞパルレア! シンシア!」
両手それぞれにパルレアとシンシアの手を握っているから、今回は三人並んだ状態で『喜びの変な踊り』だ。
アプレイスとマリタンの冷ややかな視線は気にしない。
いやむしろ、『本』から冷めた視線を送られるってのは貴重な経験だぞ?
応援ありがとうございます!
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