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第三部:王都への道

城の鎮守の精霊の・・・

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「ところで姫様、ちょっと相談があるんですけど」
「はい」

食事が一段落付いたところで結界の話を切り出した。
相も変わらず料理とワインに夢中なパルミュナをチラリと横目で見るが、我関せずと言う空気。
これに関しては、自分からあれこれ言うのは気が引けるんだろうね。

「実はパルミュナと相談して、この敷地に一種の結界を張っておこうということになりました」

「結界でございますか?」

姫様側の四人の顔にサッと緊張が走った。
大精霊と勇者が結界を張ると言ったわけで、おおよそ、その言葉の意味を察したんだろう。

「ええ、普通の魔法の防護結界とかじゃなくって、大精霊の術です。この屋敷を中心にして敷地の周囲に邪なもの...濁った魔力や魔物でも悪意を持った人間でも、入り込みにくくなります」

「誠にございますか!」

「ええ。それに俺たちは『ちびっ子』と呼んでるんですが...小さな、言わば野生の精霊たちにとっても居心地の良い場所になるので、この周辺の空気が良くなるって言うか、色々と自然の恵みには良い方に働きます」

「素晴らしいことですわ!」
「ちなみにこのワインの作られた葡萄畑は、そのちびっ子精霊たちにも凄く気に入られてるみたいですよ」
「それは、存じませんでした...改めてなんと有り難いことかと」
「いや、普通の人には見えないし感じないんだから、分からなくて当然です」
「なるほど...大精霊の御業で、邪悪なものが入り込みにくくなり、同時に豊かさが増す、と」
「そういうことですね」

「ただし良い行いを続けている限り、ということかと思いますが?」

さすが姫様は鋭い!

「ご明察...その通りです。ここに住む人々が、この土地を愛し、良き行いを心がけている限り、です。人心の荒んだ土地になれば精霊たちは去ってしまうでしょう」

「かしこまりました。必ずや肝に銘じ、決して忘れぬ一族の伝承と致します」

「もう一つ、その結界はこの土地を流れている魔力の奔流から力を汲み取ります。奔流は自然に動くこともあるものだし、エルスカインの企みのような理由で流れが変わることもあり得ます。その時には結界も用を為さなくなるかもしれません」

「はい。それも併せて肝に銘じておくように致します。決して奢らず、その力に頼り切ることのないようにと」

凄い、『一を聞いて十を知る』って言葉があるけど、姫様ってそれだな。
でも、やっぱり姫様には話して正解だった。
間違わずにちゃんと意図を受け取ってくれたしね。

きっとパルミュナも、姫様がこういう人だと知ったから結界を張る気になったし、それを伝えても構わないと思ったんだろう。

「そういう捉え方でお願いします。この世には変わらないものなどないですし、どううつろうかは大精霊と言えども知ることではないですから」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「いえ、これは俺ではなくパルミュナの気持ちなので。それに俺たちが『離れ』を貰った礼というわけでもありません。あくまでも、彼女からの友人としての贈り物です」

「はい。承知しました。パルミュナちゃんの気持ちはとても嬉しく思います...掛け替えのないほどに。これは、言葉に出来ぬほどの恵みかと思います」

俺のその言い方で、姫様にはちゃんと伝わったようだ。
パルミュナの方を見ると、ワインのグラスからちょっとだけ顔を上げて姫様の方を見るとニッコリと微笑んだ。

おおっ、可愛いぞ我が妹よ!

++++++++++

その夜半過ぎ、またしても晩餐と同じ面子で離れの裏庭に集まった。
姫様に頼んで離れの周辺からは人払いをしてあるので、メイドさんも衛士も護衛の騎士も、誰一人姿を見せない。
裏庭が見える位置の窓にも近寄るなと言ってあるらしい。

「パルミュナ、場所はこの辺りで良いのか?」
「んー、そうねー...」
パルミュナは、目を瞑って物思いに耽っているかのように見える。

「あれ? ここ、昔は井戸があったんだねー!」

「さようでございます! 元々の城が建っていた頃には、ここに井戸があったと聞いたことがありました。初代が館を建て直す際に別に井戸を掘り直したので、ここは埋めてしまったそうですが」

「うん、それで良かったんじゃないかなー?」
なにがどう良かったのかの説明はないけど、パルミュナが言う以上はその通りなんだろう。

「じゃあここでいいか?」
「うん。そしたらみんなちょっと離れててねー」
パルミュナは井戸があったとおぼしき裏庭の中心に立ち、俺たちは離れの建物近くまで後ろに下がった。

「いっくよー」

何度も耳にしているパルミュナの気の抜けた掛け声。
でも、俺にとっては世界で一番安心できる掛け声だ。

俺が勇者になったのも笑っちゃうけど、妹が大精霊になってたってのも笑っちゃうな・・・いや順序が違うか、大精霊が妹になったんだった。
まあどっちにしても冗談みたいだ。

パルミュナはラスティユ村の時と同じように顔を空に向けて目を瞑り、ゆっくりと静かに呪文を唱え出した。

やはりその瞬間、周囲の空気が明らかに変わる。
姫様やダンガたちもそれに気が付いて、そわそわし始めた。

現世うつしよを越え、時を超え、我は呼ぶ。若きもの、老いたもの、いずれ生まれくるもの、やがて消えさるもの、この地に満ちし小さきはらからたちよ、我が声に応えて集え』

レビリスにとっては一度見ている姿だが、それでもパルミュナの体から凄まじい密度と量の魔力が渦を巻いて流れ出始めると、レビリスも姫様たちも揃って息を飲む様子が分かった。
そうか・・・防護魔法陣を移されているレビリスやダンガたちだけじゃなくて、自然の魔力を『視る』ことができる姫様たちにもアレの凄さが分かるんだよな。
それに、いまの俺もラスティユ村の時と違って、ちびっ子たちが集まってくる気配を自分で感じ取ることが出来る。

なんというか、一言でいえば濃密だ。

『我が名はパルミュナ、枯れることなき泉と永遠とわに繰り返す芽吹きの守り手なり』

パルミュナが紡ぐ精霊の言葉に呼応するかのように、足元がほんのりと輝き始めと、銀色の髪が波を打って浮き上がった。

『重なり合うえにしと結び目の下に集いし小さきはらからたちよ、われが望むは和らぎと喜び、願うは豊穣と安寧なり。清涼なる流れをもってよこしまなる澱みを洗いさり、悪しきもの、影なるものをこの地より払え』

パルミュナの声に呼応して、足元に浮かび上がった輝きが複雑な線を縦横無尽に描くと、裏庭一面に特大の魔法陣が浮かび上がる。
あの時と同じだが、光の輝きが一段と強い気がするな・・・

まあそれはいいとして、お兄ちゃん的には、ちょっとスカートがヒラヒラはためきすぎじゃないかなって思うんだけど?
フォーフェンで買った旅装のスカートが質のいい生地だったお陰で、以前の服より全然軽いから仕方がないけど・・・

『さすれば、我が力を持ってその守りを其方そなたらの喜びに変え、この地の静謐を其方らの糧に与えん』

魔法陣から空に向けて放射された光がどんどんと強まっていき、やがて光の柱の中に立つパルミュナの姿は、眩しい輝きに包まれて直視できないほどになった。

『柔らかなる大地を走り、滑らかなる水をくぐり、軽やかなる空に浮かぶ力の源泉よ。時を超えし精霊の名において我は求む。此の地を悠久に巡りて、はらからの支えとなれ。終わりなき天海の満ち引きと大いなる鳥の息吹にかけて、この盟約を大地に刻み、我らが千年のいしずえとせよ』

最後の呪文の直後、中庭にかすかな金属音が響く。
その瞬間、すでに眩しいほど輝いていた魔法陣が一段と光量を増したかと思うと、次の瞬間には地中に引き込まれるようにして姿を消した。

光の消えた後、目を瞑って空に顔を向けたままの姿勢だったパルミュナは、やはり前回と同じように、倒れ込むようにしてガクンと地面に膝をついた。

「パルミュナ!」

大丈夫だと分かっているけど、それでも思わず駆け寄ってしまう。
うずくまっているパルミュナの軽い体を支え起こして、そのまま横抱きに抱え上げた。

「パルミュナちゃんは、大丈夫でございますかっ!」
みんなも慌てて駆け寄ってくる。
「ああ、平気です。一時的に魔力が枯渇して動けなくなってるだけなんで...この術を使うとこうなるんですよ」

「さようでございますか?! なにか必要なこと、やるべきことがあれば仰って下さいまし!」
「少し休んでいれば大丈夫なんで、このまま部屋に連れて行きますよ。慌ただしくすみませんけど、今日はこれでおやすみなさいってことで」
「承知致しました。何かあればどんな時間でも構いませんので、ぜひ御声がけ下さいましね!」
「ええ、ありがとうございます、じゃあおやすみなさい」
「お休みなさいませ」

心配そうなみんなの声を受けながら、俺はそのまま屋敷の中に入る。
姫様も、ぐったりしたパルミュナの様子を見てかなり慌てていたな。

だが俺は気づいていた。

パルミュナの『もーダメ、魔力使い切ってくたくたー』な様子が今回に限っては見せかけのポーズであることにな!
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