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しらない間に
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身体をいつも以上に丁寧に洗って、用意されていた夜着に着替えた。ここに来たときと変わらないものだが、綺麗に畳まれていて、新しく用意されたもののようだった。上にガウンを羽織ると、鏡に映る情けない姿の俺がいた。
バラバラに揃わない髪をどうしようかと迷ったが、ナイフもはさみもない。仕方なく不恰好なままで、部屋の扉を開けた。寝室の前の部屋にはローテーブルがあって、その前に沢山の酒のつまみが置かれていた。
酒もワインから蒸留酒から麦芽酒まで用意している。俺の好みがわからないから揃えてくれたのだろう。実は俺自身、酒の好みがわからない。昔ロッティと台所(キッチン)においてある果実酒を飲んで、酔っ払ってからは飲んだことがないのだ。ロッティに『ルーは性格が変わるから飲まないほうがいい』と哀れむような顔で見られたのは遠い記憶だが、わすれられない思い出だ。
部屋の中央に毛足のながいラグが敷かれていて、異国風の大きなクッションのようなものが沢山あった。ラグの前に部屋靴が置かれていたから、ここは裸足であがるのだろうと、俺を見つめたまま何も言わないクリストファーの横に座った。
クッションにもたれかかるように地面に近い場所に座るのは流行らしい。
「悪かった――」
横に座った俺の髪をクリストファーが優しく摘んで謝った。
「いえ、『星見』にはなれませんでしたから。もういいんです」
「だが、友達が綺麗に調えてくれていたのだろう?」
激情のまま髪を切ったことを後悔しているような口調だった。髪なんて本当はどうでもいいのだ。ただ、皆の優しさが詰まっているから、切れなかっただけで。皆は、髪を切ったからといって俺を嫌ったりなんてしない。
だから、もう本当にいい――。
「切るきっかけがなかっただけなんです」
吹っ切れたような顔に嘘がないのをみて、クリストファーはもう一度謝ると俺の背中に周って、髪を削いでいく。随分まばらに切れたから、揃えると本当に短くなった。肩の力が抜けて、なんだか身体が軽くなったように感じた。
「私の髪も切ってくれないか?」
唐突にクリストファーが鋏を差し出す。手の中で鋏を弄びながら、俺はその赤い髪を切りたくなかった。クリストファーの燃えるような赤い髪は、普段隠された彼の荒々しい心を表しているようで好きなのだ。
「綺麗な髪ですから切らなくても――。それに理容師さんにしてもらったほうがいいと思います」
王太子殿下の髪を切るなんて恐れ多いと鋏を返そうとすると、クリストファーは頭を振って「お前に切ってもらいたいんだ――。お前が私の腕に戻るまでは髪は切らないと誓った。お前はもう私のところに帰ってきただろう?」と告白した。
驚いて声を失った俺に「帰ってきてくれて嬉しい」と真剣な眼差しで告げるから、俺はもう一度鋏を握りしめた。
この髪の長さだけ、俺を待っていてくれたのか――。
そう思うと湧き上がる喜びを我慢することなど出来ない。でも、失敗すると怖いので、少し長めに切りそろえた。
「っふふ……、お揃いですね」
俺は、思わず笑ってしまう。クリストファーは俺の手をひいて自分の胡坐の間に俺を抱きこんだ。
「お前がいなくなって、私は伯爵領までいったんだぞ」
後ろから俺の首筋に顎をつけて耳元で囁かれたのは、俺が喜びそうな事ばかりだった。
「迎えにいったのに、お前はもういなかった……」
「……ごめんなさい」
「お前に婚約を申し込んだつもりなのに、何故だか妹に求婚してることになっているし」
「え……」
「妊娠してる王妃様に遠慮したのが間違いだった。お前を返さなければよかった――」
「ふっ……」
近すぎる吐息を感じつつ囁きを反芻していると、肩を押されて体勢を崩された。俺の上体を抱きこんだまま口付けが降りてくる。
婚約は、ローレッタに申し込んだわけではなかったのか……。
クリストファーが俺を抱きながら、ローレッタを妻にしようとしていると思っていたあの時の記憶が思い出されて、胸が痛くなる。
痛みをこらえるように目を閉じた俺に気付いてか、クリストファーが「ルーファス?」と俺の名を呼ぶ。
「貴方に必要なのはロッティだと思ってた――。俺じゃないってっ――……」
「私が必要としたのはお前だけだ」
震える睫にもクリストファーは柔らかい口付けを落とす。
「でも貴方はロッティに……キスし……て……た」
震える喉から責めるように言葉を出すと、一層抱きしめる力が強くなった。
「悪かった……。間違えたんだ――。私はあれが妹だなんて平手ではたかれてもわからなかった。好きだとか愛してるとか言いながら、間違えるなんて、どうかしてるよな」
酷く落ち込んだクリストファーに、「ああ……あの頃はそっくりでしたから……」申し訳なくて出てきそうだった涙をのんだ。
目を開くと、クリストファーの赤くて長い睫の奥にある冷たくも見える瞳に映る自分を見て驚いた。
これか……。物欲しそうな顔っていうのは――。
いきなり無言で赤くなった俺を不思議そうにクリストファーがみている。
「どうした?」
「いえ、色々誤解してたんだなと思ったら恥ずかしくて……」
まさか自分の顔がクリストファーを物欲しそうに見詰めていて恥ずかしくてとは言えず、俺はその場に合った言葉を探したのだ。
「お前は何も言わなさ過ぎるんだ。私もあまり人のことは言えないが……。出来れば私には話してくれ。辛い事も嬉しいことも、やりたいことも……全てを――」
クリストファーの懇願するような響きに俺は戸惑った。
あまり自分の想いを口にだすということに慣れていないから、何を聞いていいのかわからなかったのだ。
そうだ、ロッティのことを……。
「セドリックに会ったことはありますか? ローレッタは今どうしているんでしょうか」
今一番気になることをクリストファーの手を握りながら尋ねた。流石にセドリックを抱いたのかとかロッティを性奴隷にしてるって本当なのかとは聞けない。
「セドリック……。……ああっ! お前の弟だったか」
記憶を辿った先にはいたようだ。ダリウスめ――。
「会った事はあるとは思うが。たしかリーエントの誕生の祝賀パーティに来ていたんじゃないかな。そうだ、王妃様の産んだ第一王子がリーエントで王女がレティシアというんだ。エルフランのやつ、そんな説明もしてなかったのか――。ローレッタは、今はダリウスの家にいる。夏には結婚する予定だ」
「え、ロッティが! ダリウス様と!」
目付きが鋭くなった俺に驚きながら、「ダリウスの事は……私が命じたことだから」とダリウスを許して欲しいとクリストファーは言う。
あの人は、セドリックとローレッタのことで俺を騙していたんですと怒鳴りたかったが、シュンと落ち込んでいるようなクリストファーには、告げ口することは出来なかった。
それに、ローレッタを妻にするなんて勇気のある人だなと思う。
ローレッタは俺の知る誰よりも心が強かった。口も悪かった。何よりも自由だ。
ローレッタを妻にする苦労を考えたら、俺は少しだけ溜飲が下がった。
「他は――? 聞きたいことはないか」
「他は……、俺が妻って……」
やっと聞いてくれたというように頬を緩ませて微笑むクリストファーをみて、ドキンと鼓動が鳴った。
「最初に聞いてくれるかと思っていたんだが―――」
恨めしげにクリストファーは呟いた。
ダリウスの企みを知らないクリストファーには悪いが、俺にとっては重要なことだったんです。
「俺がいないのに妻にしたんですか?」
単純に聞きたかっただけだが、クリストファーは後ろめたいようだ。
「お前を私のものにしたかった……。私に縛り付けたかった――。もう……お前を離したりしないから覚悟しておけ」
言葉尻は強いのに、甘くて、目がくらみそうになった。
ああ、夢かも知れない――。もしかしたら、俺は神学校の訓練中に海に落ちて死んだのか……?
そうでなければ、こんな都合のいいことはありえないだろう。
「クリス様、俺を抱いてください――。俺の名前を呼んでください――」
夢が醒める前に、少しでもいいからクリストファーを感じていたかった。
「お前は――、さっき言っただろう? 今は抱かないと」
クリストファーは呆れたように俺に言い聞かせた。
「駄目です! 目が醒める前に……っ」
俺は身体を起こして、クリストファーに訴えかけて止まった。
グゥ――とお腹の虫が、飯をよこせと鳴いたからだ……。
ああ、夢じゃなかったのか――。
安堵と同時に羞恥に居た堪れなくなってしまう。
「目は醒めているようだぞ。クククッ――! アハハハ――!」
豪快に笑い飛ばされて、俺はいじけてラグに転がった。
「ほら、食え」
鶏肉の揚げたのを口元に差し出されて、行儀悪いままで咀嚼する。
「クリス様、俺ね、そんないつも腹を鳴らしているわけではないんですよ?」
「そうだな。まだ二回しか聞いてないな――」
信用されていないのが悔しいが、俺は本当に腹の音を人に聞かれて爆笑されたことなんてクリストファーしかないのだ。
「トマトください……」
甲斐甲斐しくクリストファーは俺の口に運んでくれる。
「お前の腹の音は私には愛の囁きに聞こえるよ――」
なんでも、愛にしてしまえばいいってものでもないだろう。
二人で沢山食べて、酒を飲んで、記憶のない俺を抱きしめていたクリストファーは寝台の中で、清々しく目覚めた俺に言った。
「酒はしばらく禁止だ――」
冷たい視線と口調に慄き、俺は「はい……」と頷いた。やはり俺は酒乱なのだろう。時間はしっかり眠っただろうにクリストファーの目の下は隈が出来ていたし、少しやつれているようにみえた。
どんな嫌な酔い方をしたのだろう。まさか一晩中ゲロゲロと吐瀉してクリストファーを困らせたのだろうか。
それについてクリストファーからは一言もなかった。
「結婚式まで、風呂も一人で入ってくれ」
といって、そっけないくらいのキスだけして、クリストファーは仕事へいってしまった。
俺は、痛む頭を抱えながら、クリストファーに申し訳ないと反省した。そして朝の光の中ゆるゆるとまどろむのだった。
バラバラに揃わない髪をどうしようかと迷ったが、ナイフもはさみもない。仕方なく不恰好なままで、部屋の扉を開けた。寝室の前の部屋にはローテーブルがあって、その前に沢山の酒のつまみが置かれていた。
酒もワインから蒸留酒から麦芽酒まで用意している。俺の好みがわからないから揃えてくれたのだろう。実は俺自身、酒の好みがわからない。昔ロッティと台所(キッチン)においてある果実酒を飲んで、酔っ払ってからは飲んだことがないのだ。ロッティに『ルーは性格が変わるから飲まないほうがいい』と哀れむような顔で見られたのは遠い記憶だが、わすれられない思い出だ。
部屋の中央に毛足のながいラグが敷かれていて、異国風の大きなクッションのようなものが沢山あった。ラグの前に部屋靴が置かれていたから、ここは裸足であがるのだろうと、俺を見つめたまま何も言わないクリストファーの横に座った。
クッションにもたれかかるように地面に近い場所に座るのは流行らしい。
「悪かった――」
横に座った俺の髪をクリストファーが優しく摘んで謝った。
「いえ、『星見』にはなれませんでしたから。もういいんです」
「だが、友達が綺麗に調えてくれていたのだろう?」
激情のまま髪を切ったことを後悔しているような口調だった。髪なんて本当はどうでもいいのだ。ただ、皆の優しさが詰まっているから、切れなかっただけで。皆は、髪を切ったからといって俺を嫌ったりなんてしない。
だから、もう本当にいい――。
「切るきっかけがなかっただけなんです」
吹っ切れたような顔に嘘がないのをみて、クリストファーはもう一度謝ると俺の背中に周って、髪を削いでいく。随分まばらに切れたから、揃えると本当に短くなった。肩の力が抜けて、なんだか身体が軽くなったように感じた。
「私の髪も切ってくれないか?」
唐突にクリストファーが鋏を差し出す。手の中で鋏を弄びながら、俺はその赤い髪を切りたくなかった。クリストファーの燃えるような赤い髪は、普段隠された彼の荒々しい心を表しているようで好きなのだ。
「綺麗な髪ですから切らなくても――。それに理容師さんにしてもらったほうがいいと思います」
王太子殿下の髪を切るなんて恐れ多いと鋏を返そうとすると、クリストファーは頭を振って「お前に切ってもらいたいんだ――。お前が私の腕に戻るまでは髪は切らないと誓った。お前はもう私のところに帰ってきただろう?」と告白した。
驚いて声を失った俺に「帰ってきてくれて嬉しい」と真剣な眼差しで告げるから、俺はもう一度鋏を握りしめた。
この髪の長さだけ、俺を待っていてくれたのか――。
そう思うと湧き上がる喜びを我慢することなど出来ない。でも、失敗すると怖いので、少し長めに切りそろえた。
「っふふ……、お揃いですね」
俺は、思わず笑ってしまう。クリストファーは俺の手をひいて自分の胡坐の間に俺を抱きこんだ。
「お前がいなくなって、私は伯爵領までいったんだぞ」
後ろから俺の首筋に顎をつけて耳元で囁かれたのは、俺が喜びそうな事ばかりだった。
「迎えにいったのに、お前はもういなかった……」
「……ごめんなさい」
「お前に婚約を申し込んだつもりなのに、何故だか妹に求婚してることになっているし」
「え……」
「妊娠してる王妃様に遠慮したのが間違いだった。お前を返さなければよかった――」
「ふっ……」
近すぎる吐息を感じつつ囁きを反芻していると、肩を押されて体勢を崩された。俺の上体を抱きこんだまま口付けが降りてくる。
婚約は、ローレッタに申し込んだわけではなかったのか……。
クリストファーが俺を抱きながら、ローレッタを妻にしようとしていると思っていたあの時の記憶が思い出されて、胸が痛くなる。
痛みをこらえるように目を閉じた俺に気付いてか、クリストファーが「ルーファス?」と俺の名を呼ぶ。
「貴方に必要なのはロッティだと思ってた――。俺じゃないってっ――……」
「私が必要としたのはお前だけだ」
震える睫にもクリストファーは柔らかい口付けを落とす。
「でも貴方はロッティに……キスし……て……た」
震える喉から責めるように言葉を出すと、一層抱きしめる力が強くなった。
「悪かった……。間違えたんだ――。私はあれが妹だなんて平手ではたかれてもわからなかった。好きだとか愛してるとか言いながら、間違えるなんて、どうかしてるよな」
酷く落ち込んだクリストファーに、「ああ……あの頃はそっくりでしたから……」申し訳なくて出てきそうだった涙をのんだ。
目を開くと、クリストファーの赤くて長い睫の奥にある冷たくも見える瞳に映る自分を見て驚いた。
これか……。物欲しそうな顔っていうのは――。
いきなり無言で赤くなった俺を不思議そうにクリストファーがみている。
「どうした?」
「いえ、色々誤解してたんだなと思ったら恥ずかしくて……」
まさか自分の顔がクリストファーを物欲しそうに見詰めていて恥ずかしくてとは言えず、俺はその場に合った言葉を探したのだ。
「お前は何も言わなさ過ぎるんだ。私もあまり人のことは言えないが……。出来れば私には話してくれ。辛い事も嬉しいことも、やりたいことも……全てを――」
クリストファーの懇願するような響きに俺は戸惑った。
あまり自分の想いを口にだすということに慣れていないから、何を聞いていいのかわからなかったのだ。
そうだ、ロッティのことを……。
「セドリックに会ったことはありますか? ローレッタは今どうしているんでしょうか」
今一番気になることをクリストファーの手を握りながら尋ねた。流石にセドリックを抱いたのかとかロッティを性奴隷にしてるって本当なのかとは聞けない。
「セドリック……。……ああっ! お前の弟だったか」
記憶を辿った先にはいたようだ。ダリウスめ――。
「会った事はあるとは思うが。たしかリーエントの誕生の祝賀パーティに来ていたんじゃないかな。そうだ、王妃様の産んだ第一王子がリーエントで王女がレティシアというんだ。エルフランのやつ、そんな説明もしてなかったのか――。ローレッタは、今はダリウスの家にいる。夏には結婚する予定だ」
「え、ロッティが! ダリウス様と!」
目付きが鋭くなった俺に驚きながら、「ダリウスの事は……私が命じたことだから」とダリウスを許して欲しいとクリストファーは言う。
あの人は、セドリックとローレッタのことで俺を騙していたんですと怒鳴りたかったが、シュンと落ち込んでいるようなクリストファーには、告げ口することは出来なかった。
それに、ローレッタを妻にするなんて勇気のある人だなと思う。
ローレッタは俺の知る誰よりも心が強かった。口も悪かった。何よりも自由だ。
ローレッタを妻にする苦労を考えたら、俺は少しだけ溜飲が下がった。
「他は――? 聞きたいことはないか」
「他は……、俺が妻って……」
やっと聞いてくれたというように頬を緩ませて微笑むクリストファーをみて、ドキンと鼓動が鳴った。
「最初に聞いてくれるかと思っていたんだが―――」
恨めしげにクリストファーは呟いた。
ダリウスの企みを知らないクリストファーには悪いが、俺にとっては重要なことだったんです。
「俺がいないのに妻にしたんですか?」
単純に聞きたかっただけだが、クリストファーは後ろめたいようだ。
「お前を私のものにしたかった……。私に縛り付けたかった――。もう……お前を離したりしないから覚悟しておけ」
言葉尻は強いのに、甘くて、目がくらみそうになった。
ああ、夢かも知れない――。もしかしたら、俺は神学校の訓練中に海に落ちて死んだのか……?
そうでなければ、こんな都合のいいことはありえないだろう。
「クリス様、俺を抱いてください――。俺の名前を呼んでください――」
夢が醒める前に、少しでもいいからクリストファーを感じていたかった。
「お前は――、さっき言っただろう? 今は抱かないと」
クリストファーは呆れたように俺に言い聞かせた。
「駄目です! 目が醒める前に……っ」
俺は身体を起こして、クリストファーに訴えかけて止まった。
グゥ――とお腹の虫が、飯をよこせと鳴いたからだ……。
ああ、夢じゃなかったのか――。
安堵と同時に羞恥に居た堪れなくなってしまう。
「目は醒めているようだぞ。クククッ――! アハハハ――!」
豪快に笑い飛ばされて、俺はいじけてラグに転がった。
「ほら、食え」
鶏肉の揚げたのを口元に差し出されて、行儀悪いままで咀嚼する。
「クリス様、俺ね、そんないつも腹を鳴らしているわけではないんですよ?」
「そうだな。まだ二回しか聞いてないな――」
信用されていないのが悔しいが、俺は本当に腹の音を人に聞かれて爆笑されたことなんてクリストファーしかないのだ。
「トマトください……」
甲斐甲斐しくクリストファーは俺の口に運んでくれる。
「お前の腹の音は私には愛の囁きに聞こえるよ――」
なんでも、愛にしてしまえばいいってものでもないだろう。
二人で沢山食べて、酒を飲んで、記憶のない俺を抱きしめていたクリストファーは寝台の中で、清々しく目覚めた俺に言った。
「酒はしばらく禁止だ――」
冷たい視線と口調に慄き、俺は「はい……」と頷いた。やはり俺は酒乱なのだろう。時間はしっかり眠っただろうにクリストファーの目の下は隈が出来ていたし、少しやつれているようにみえた。
どんな嫌な酔い方をしたのだろう。まさか一晩中ゲロゲロと吐瀉してクリストファーを困らせたのだろうか。
それについてクリストファーからは一言もなかった。
「結婚式まで、風呂も一人で入ってくれ」
といって、そっけないくらいのキスだけして、クリストファーは仕事へいってしまった。
俺は、痛む頭を抱えながら、クリストファーに申し訳ないと反省した。そして朝の光の中ゆるゆるとまどろむのだった。
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