俺の名前を呼んでください

東院さち

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ロッティと一緒(視点変更あり)

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「お帰りなさい――」

 馬車が屋敷について玄関のホールに入ると、軽やかな声がダリウスの頭上から聞こえた。丸いカーブを描いてつくられた階段から妖精のような身軽さで女は降りてきた。

「ただいま」

 ダリウスが執事にハットと杖を渡すのを見届けると、女は手を引いて居間へ駆けて行こうとする。

「疲れたから、ちょっと眠らせて――」

 ダリウスのを見て、女は「い・や・で・す」とセンテンスをつけて望みを却下した。

「だって、ルーが帰ってきたんでしょう? ルーの話を聞かせて? そうでなかったら王宮まで乗り込むわよ」

 背中をそらして、偉そうにダリウスを見詰めた女の名はローレッタ。主であるクリストファーの最愛の人の双子の妹であった。

「だろうね。君ならやるだろうね」

 ハイハイと言いながら居間のソファに腰を落ち着けたダリウスは、侍女に珈琲をいれるように頼んだ。眠たいのは本当のことだった。七日の日程をクリストファーのために四日で駆け抜けたというのに、ルーファスに蹴りを入れられて散々だ。
 ククッと笑うダリウスにローレッタは、「気持ち悪い……」と文句を言った。

「ルーファス様は、君よりも美しくなっていた――」

 ニヤリと笑いながら嫌味のように言ったが、ローレッタは瞳を輝かせて「元気なのね?」と確認してくる有様だった。
 ルーファスからはローレッタの安否など聞かれもしなかったのにと思うと少し不憫になる。
 
「セドリックはクリス様に美味しく頂かれて、ローレッタは性奴隷にされたから大人しくしてクリス様に許しを請えっていったのに、結局ルーファス様は俺を足蹴にしたよ」

 呆れたような顔でローレッタはダリウスを見詰めた。
 顔には『お前は馬鹿だろう』と書いてあった。

「クリス様は潔癖症でしょう、いくら顔が似てても私じゃだめよ」
「別に性処理されるだけだったら、出来るさ。俺がそんな酷いことをいったのに、ルーファス様は、二人がどうなったか聞きもしなかったから、つい苛めてしまった――」

 顔を背け鳥肌を立てながら自分の手の内にいたルーファスを思い出す。
 クリストファーがあの妖艶といってもいいくらいに美しくなったルーファスを見て、彼がどんなに言葉で信じて欲しいと身の潔白を訴えても無駄だろうなとダリウスとエルフランは思った。だから、エルフランにはダリウスの言葉を否定するなと言って、嘘を吐いたのだ。
 正直な話、連れて帰ってきたと同時に監禁強姦かと思っていた。
 顔色を変えない、心情を窺わせないルーファスが、未だにクリストファーを想っているのかどうかもわからなかったから、酷いことになる前になんとかしたいと考えていたが、クリストファーがナイフを取り出したときはエルフランと共に顔面が蒼白になった。

 え、殺して自分のものにしちゃう? そこまでヤバくなってた――?

 クリストファーがルーファスの髪を切り落とした瞬間はホッとした。

『ダリウスに抱いてもらえ――。興が乗れば、私も入れてやる――』

 そう告げたクリストファーの心中を察するに、『自分を拒否するかもしれないルーファスを無理やり抱いてしまう己』と『愛しているルーファスを拒否してしまうかもしれない潔癖症』と『そんなルーファスをの心を三年前以上に傷つけてしまう』色々なことを恐れていたのだろう。

「苛めたの? ルーを?」

 可愛らしい顔が一気に怖ろしい顔に変化する。目の吊り上がった美人ほど敵に回したくないのはダリウスだけではないだろう。

「どちらかというと、ルーファス様にはやられた方だな。へたれなクリス様を苛めてしまったと思うよ」
「へたれ王子! あの顔で?」
「ああ、君こそ、その顔でへたれ王子とかいわないように――」

 きっとクリストファーは落ち込むだろう。彼の最愛の人に似ているのだから。

「ねぇ、ルーは幸せだと思う?」

 ルーファスがクリストファーに助けを求めたのを聞いたから「大好きな人と一緒にいれることが彼にとって幸せならば、そうだろうね」と頷いた。もっと違うものを求めていたのなら、神殿に帰す気なんてサラサラないクリストファーの側にいるのは辛いだろうが。
 実を言うと、もう少し我慢して欲しかった。
 指を突っ込んで確かめたのは、ルーファスが本当に神学校でそういうことをされていないかどうかを調べるためだった。クリストファーだって何度も抱いていればわかるかもしれないが、ルーファスの天然な受け答えに嫉妬して酷い抱き方をしてしまう可能性だってあったのだ。
『坊主どもに可愛がられたその身体を私に差し出すのは気が進まないのか?』と聞いたクリストファーに、『坊主って、神官長様のことですか……?』と言った時のエルフランとダリウスの驚きといったらなかった。もちろんクリストファーは嫉妬で酷く怒っていたし、二人もその後を思って顔を引きつらせたのだった。
 どうも可愛がってくれた(性的な意味ではなく)人が神官長だったようだ。
 ダリウスが暗に『ルーファスはあなたしか知りませんよ』と教えた時のクリストファーの顔は、今でも笑える。

「何笑ってるの?」
「いや、今頃二人で酒でも酌み交わしているのだなと思っただけだよ」

 ローレッタは、伯爵令嬢らしくない「あちゃー」と声を出した。
 あちこちの国を父とともに旅していたローレッタは、庶民にも紛れ込んでいたために時折貴婦人らしくない。それもダリウスには面白いが、「あちゃー」は流石によろしくないだろう。

「ほら、あちゃーじゃなくて?」
「あら、まぁ、どうしましょう?」

 微妙だ――。あと数ヶ月で公爵夫人になるというのに。

「酒を飲むといけないのか?」

 ダリウスの問いかけに神妙な顔でローレッタは告げた。

「ルーはね、お酒を過ぎると泣き上戸なの。それに絡み酒よ……」

 それは酒の席では倦厭される二大悪癖ではないだろうか。

「そうなのか。なら、クリス様の百年の恋も冷めちゃうかな」

 ダリウスの膝に乗りあげて、ローレッタは上目遣いにウルウルと瞳を潤ませた。そして、「俺以外みちゃヤダ! 明日も一緒に眠ってくれないと……俺……」とダリウスの首に抱きついてみせた。

 ダリウスは、普段から色気のないローレッタらしからぬその顔にたまらず抱き込み、口付けた。

「ん……、あぁ……駄目だって。馬鹿! ルーのまねで欲情しないでよ!」

 どうやら酔ったルーファスの物まねだったらしい。

「欲情って……。本当にロッティは色気がないよね」

 ジト目で睨まれて、ダリウスは居心地悪そうにローレッタの頬を突いた。

「いいよ。俺はそんな色気のないロッティも好きだから」
「色気がないって――。うるさい!」

 立ち上がって、温くなったコーヒーをダリウスの頭に注いで、ローレッタは「イーだ!」と悪い顔で去っていった。

「もう、あの兄妹は小悪魔だよな~。可愛すぎ」

 まんざらでもない様子の主に辟易しつつ扉の側で控えていた侍従はタオルを渡し、「お代わりはどうされますか」と尋ねた。

 嬉しそうなのに青い顔の主は、「いや、もう寝る――。しばらく馬車旅はいらないわ」とぼやいた。
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