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第二部第三章 クーデターイベント(前日譚)
セッション48 無双
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「極限強化……?」
僕が聞き返すと、桜嵐は頷いた。
「『黒山羊』がシュブ=ニグラスを指している事は説明しなくて良いな?」
桜嵐の問い返しに僕は頷く。
シュブ=ニグラスの事は勿論知っている。『自然』を司る神であり、血肉持つ神々全ての母。『千の仔を孕みし森の黒山羊』の異名を持つ女神だ。
「シュブ=ニグラスは自然から生まれたもの全ての守護者だ。それ故か『黒山羊の加護』は生まれついての素養を強化するものであるらしい。例えば……」
桜嵐が再び『冒険者教典』を開く。彼が指差した先には『聖蛙の恵み』というスキル名があった。
「これは山岳連邦の人間の大半が持っているスキルだ。ハイパーボリア人という古代人の血を引いている事が習得条件であるらしいのだが……まあ、古代人の話はどうでも良い。今、話したいのはこのスキルの効果だ」
『聖蛙の恵み』――地属性のスキル。
地下水脈やマグマのように、大地には霊脈という魔力の流れがある。地球を巨大な一つの生命体と見た時、血管に相当するものだ。その霊脈から魔力を汲み取るのが、この『聖蛙の恵み』というスキルだ。この聖蛙というのは地神ツァトゥグァを指している。
「本来、『聖蛙の恵み』で汲み取れる魔力量は才覚と努力による。しかし、『黒山羊の加護』によって強化された俺には上限がない。無制限に、無尽蔵に霊脈から魔力を汲み取る事が可能なんだ」
そうするとどうなるか。
魔術は使い放題。詠唱を破棄しても魔力を注ぎ込んで無理矢理威力を上げられる。魔力を肉体に流して身体強化すれば、近接戦闘でも隙がなくなる。治癒魔術と組み合わせたなら不死身に等しくなれるし、疲れも知らない。無双の境地だ。
「チートだよな。この国で俺に敵う人類はいなくなった。いや、人外種族であっても俺は負けなかった。『東国最強の生物』の名は伊達じゃないんだ」
竜を一人で二体も、しかも一撃で倒せる程の強さ。
誇張なく人類を超越したのだと桜嵐は言う。
「気分が良かったよ。注目されて、褒められて、讃えられて……今までにない経験だった。有頂天だったよ」
桜嵐の生前は陰キャだったという。家に引きこもっていたのだが、邪神クトゥルフの脅威の前には家の中にいようが外にいようが関係なかった。街ごと根こそぎ巻き上げられ、地に落とされた。
そこから闇の中で一〇〇〇年間のミイラ経験を経て、人間に戻った。無尽蔵の魔力を得て、無双を成した。人生の絶頂を桜嵐は知った。しかし、
「俺が化け物と陰口を叩かれていると知ったのは、割とすぐだった」
その絶頂は永遠ではなかった。
「飛び抜け過ぎた才能。出る杭は打たれるというが、俺は打つ事すら出来ない高みにいた。それ程に高い杭であれば、周りはどう対処するか」
触らぬ神に祟りなしだ。ヤバいと思ったものは遠ざける。それが人間だ。
桜嵐は徐々に疎まれていった。頼りにされる事は目に見えて減り、余程の事でない限りは動かされる事はなかった。居場所はなくなり、孤立していった。無双とは孤高ではあるが、孤独でもあったのだ。
「俺は強くなり過ぎた。周囲から見た俺は人の形をした怪物だったんだ。俺を褒め讃えていた奴らも俺に好きだと言ってくれた女も離れていった」
だが、
「姉さんだけが俺の傍にいてくれた。姉さんだけが俺を守ってくれたんだ」
桜嵐の姉、栄だけは彼を重用し続けた。彼を必要として、居場所を与え続けた。
「知っている。姉さんは単純に俺という戦力を手放したくなかっただけだという事を。それでも、俺は姉さんのお陰で生きてこれた。だから、俺は姉さんの為に戦うんだ。それだけが今の俺の生きる理由だ」
「そういう理由でシスコンになったか……」
発狂内容:狂愛といった所か。ヤンデレとは少し違うかな。
発狂は何も突発的に起きるだけではない。真綿で首を締めるように、徐々に精神が壊されていく場合もある。孤立と孤独、そして栄への依存が桜嵐を狂気に染めたのだ。桜嵐の話から察するに、栄は恐らくあえて自分に依存するように仕向けたのだろうな。
「それはそれとして、自分と同じ元ミイラの奴を見付けると少し嬉しくてな。勝手な同属意識とでも言うべきか。だから、お前に声を掛けたんだ」
「嬉しいのか? 表情全然変わってねーけど」
「……表情筋は生前から死んでいるんだ。放っておいてくれ」
しかし、僕が化け物ねえ……いや、同属だよな。
死んでも蘇生し、その度に近くにいる生物の命とスキルを奪うような奴は、間違いなく化け物だ。桜嵐程飛び抜けた強さではないのと、周囲にいるのがその程度の事は気にしない狂人ばかりなので、まだ孤立には至ってないが。
「お前は食屍鬼だったな。であれば、『捕食』のスキルが『黒山羊の加護』によって強化されているんだろう。食屍鬼に吸収出来るのは体力や魔力、寿命といった数値に換算出来るものだけだが、強化された事でスキルや命そのものも喰らえるようになったんだ」
「うーむ、そうだったのか……」
成程な、そういう仕組みだったのか。
『黒山羊の加護』が蘇生スキルだと思っていたのだが、そうではなかったんだな。加護はあくまで強化するだけで、『捕食』が蘇生を為していたのか。しかし、スキルというのは基本、保持者が生きていてこそ使えるものだ。それを死んだ後でも発動させてしまうとは、強力過ぎる加護だ。
僕が聞き返すと、桜嵐は頷いた。
「『黒山羊』がシュブ=ニグラスを指している事は説明しなくて良いな?」
桜嵐の問い返しに僕は頷く。
シュブ=ニグラスの事は勿論知っている。『自然』を司る神であり、血肉持つ神々全ての母。『千の仔を孕みし森の黒山羊』の異名を持つ女神だ。
「シュブ=ニグラスは自然から生まれたもの全ての守護者だ。それ故か『黒山羊の加護』は生まれついての素養を強化するものであるらしい。例えば……」
桜嵐が再び『冒険者教典』を開く。彼が指差した先には『聖蛙の恵み』というスキル名があった。
「これは山岳連邦の人間の大半が持っているスキルだ。ハイパーボリア人という古代人の血を引いている事が習得条件であるらしいのだが……まあ、古代人の話はどうでも良い。今、話したいのはこのスキルの効果だ」
『聖蛙の恵み』――地属性のスキル。
地下水脈やマグマのように、大地には霊脈という魔力の流れがある。地球を巨大な一つの生命体と見た時、血管に相当するものだ。その霊脈から魔力を汲み取るのが、この『聖蛙の恵み』というスキルだ。この聖蛙というのは地神ツァトゥグァを指している。
「本来、『聖蛙の恵み』で汲み取れる魔力量は才覚と努力による。しかし、『黒山羊の加護』によって強化された俺には上限がない。無制限に、無尽蔵に霊脈から魔力を汲み取る事が可能なんだ」
そうするとどうなるか。
魔術は使い放題。詠唱を破棄しても魔力を注ぎ込んで無理矢理威力を上げられる。魔力を肉体に流して身体強化すれば、近接戦闘でも隙がなくなる。治癒魔術と組み合わせたなら不死身に等しくなれるし、疲れも知らない。無双の境地だ。
「チートだよな。この国で俺に敵う人類はいなくなった。いや、人外種族であっても俺は負けなかった。『東国最強の生物』の名は伊達じゃないんだ」
竜を一人で二体も、しかも一撃で倒せる程の強さ。
誇張なく人類を超越したのだと桜嵐は言う。
「気分が良かったよ。注目されて、褒められて、讃えられて……今までにない経験だった。有頂天だったよ」
桜嵐の生前は陰キャだったという。家に引きこもっていたのだが、邪神クトゥルフの脅威の前には家の中にいようが外にいようが関係なかった。街ごと根こそぎ巻き上げられ、地に落とされた。
そこから闇の中で一〇〇〇年間のミイラ経験を経て、人間に戻った。無尽蔵の魔力を得て、無双を成した。人生の絶頂を桜嵐は知った。しかし、
「俺が化け物と陰口を叩かれていると知ったのは、割とすぐだった」
その絶頂は永遠ではなかった。
「飛び抜け過ぎた才能。出る杭は打たれるというが、俺は打つ事すら出来ない高みにいた。それ程に高い杭であれば、周りはどう対処するか」
触らぬ神に祟りなしだ。ヤバいと思ったものは遠ざける。それが人間だ。
桜嵐は徐々に疎まれていった。頼りにされる事は目に見えて減り、余程の事でない限りは動かされる事はなかった。居場所はなくなり、孤立していった。無双とは孤高ではあるが、孤独でもあったのだ。
「俺は強くなり過ぎた。周囲から見た俺は人の形をした怪物だったんだ。俺を褒め讃えていた奴らも俺に好きだと言ってくれた女も離れていった」
だが、
「姉さんだけが俺の傍にいてくれた。姉さんだけが俺を守ってくれたんだ」
桜嵐の姉、栄だけは彼を重用し続けた。彼を必要として、居場所を与え続けた。
「知っている。姉さんは単純に俺という戦力を手放したくなかっただけだという事を。それでも、俺は姉さんのお陰で生きてこれた。だから、俺は姉さんの為に戦うんだ。それだけが今の俺の生きる理由だ」
「そういう理由でシスコンになったか……」
発狂内容:狂愛といった所か。ヤンデレとは少し違うかな。
発狂は何も突発的に起きるだけではない。真綿で首を締めるように、徐々に精神が壊されていく場合もある。孤立と孤独、そして栄への依存が桜嵐を狂気に染めたのだ。桜嵐の話から察するに、栄は恐らくあえて自分に依存するように仕向けたのだろうな。
「それはそれとして、自分と同じ元ミイラの奴を見付けると少し嬉しくてな。勝手な同属意識とでも言うべきか。だから、お前に声を掛けたんだ」
「嬉しいのか? 表情全然変わってねーけど」
「……表情筋は生前から死んでいるんだ。放っておいてくれ」
しかし、僕が化け物ねえ……いや、同属だよな。
死んでも蘇生し、その度に近くにいる生物の命とスキルを奪うような奴は、間違いなく化け物だ。桜嵐程飛び抜けた強さではないのと、周囲にいるのがその程度の事は気にしない狂人ばかりなので、まだ孤立には至ってないが。
「お前は食屍鬼だったな。であれば、『捕食』のスキルが『黒山羊の加護』によって強化されているんだろう。食屍鬼に吸収出来るのは体力や魔力、寿命といった数値に換算出来るものだけだが、強化された事でスキルや命そのものも喰らえるようになったんだ」
「うーむ、そうだったのか……」
成程な、そういう仕組みだったのか。
『黒山羊の加護』が蘇生スキルだと思っていたのだが、そうではなかったんだな。加護はあくまで強化するだけで、『捕食』が蘇生を為していたのか。しかし、スキルというのは基本、保持者が生きていてこそ使えるものだ。それを死んだ後でも発動させてしまうとは、強力過ぎる加護だ。
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