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第二部第三章 クーデターイベント(前日譚)
セッション47 憑依
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旅館の階段下に隠れて僕と梵が向き合う。
周囲に誰もいない事を確認してから梵は話し始めた。
「お前、一〇〇〇年前の人間だな?」
「…………!」
開口一番の言葉に僕の目が丸くなる。
一〇〇〇年前。対神大戦以前の世界。剣と魔法の世界になる前の科学の時代。僕がその時代の生まれだという事はステファ達にも話していない。身内で知っているのは今屯灰夜だけ。荒唐無稽過ぎて信じて貰えないだろうと明らかにしていない真実だ。
「その反応、やはりか。隠そうとしなくて良い。……俺も同じだ」
「お前も?」
梵が頷き、マントの中から一冊の本を取り出した。
見知った書物――『冒険者教典』だ。
「冒険者でもないお前が教典を?」
「便利なんでな。収納機能に通話機能、そして魔術の習得。冒険者だけのアイテムにしておくには勿体ない」
梵が開いたページ、氏名の欄には『浅間梵/桜嵐玻璃』と記載されていた。
「二重氏名……! 桜嵐玻璃がお前の本名か」
「少し違う。梵も玻璃もどちらも本名だ」
梵――桜嵐は僕の言葉を否定すると、身の上を話し始めた。
「俺がこの肉体と一体化したのは今から十年も前の事だ」
何十年も前にミイラと化した桜嵐が地下より発掘された。
ミイラは紆余曲折を経て浅間家の手に渡り、霊験あらたかな御神体として神棚に飾られた。その時の桜嵐は、意識はあれど意思はない状態だったので、特に何の感想も懐かなかったという。
それからしばらくして、栄と梵が浅間家に生誕した。
梵は生来体が弱かった。度々体調を崩しては寝込んでいた。
ある日、梵が死病に罹った。薬も魔術も効果がなく、あらゆる看病が通用しなかった。最早神頼みに縋るしかなくなかった栄は、とにかく沢山の神々に祈った。
連邦の土地神に祈り、土地神の叔父に祈り、秩序の神にも祈った。桜嵐に対しても祈った。梵は桜嵐の神棚の前に寝かされていた。
翌日、梵の病は綺麗さっぱり治っていた。
一方で桜嵐のミイラも消えてなくなっていた。
これが意味する事はつまり、
「お前が梵に憑依したという訳か」
「そうだ。その瞬間は覚えていないが、気付いたら俺は梵の中にいた」
僕と同じだ。僕が和芭の肉体を乗っ取った時と同じ。
ミイラの不思議な力で梵の病は治った。それどころか梵の肉体は完全無欠の健康体と化していた。その日以来、梵が病に伏せる事は二度となかったという。
しかし、それは肉体の話だ。梵の精神はどうなったのかというと、
「俺の精神と溶け合っている。とはいっても、幼子の精神だ。おおよそは桜嵐の色の方が強い。記憶や衝動なんかは梵のものが残っているんだがな」
「……そうか」
他人と融合してでも生き永らえるのと、己のまま病死するのとどちらがマシか。僕には分からない。分からないが、桜嵐がいなかったら梵は心身共に死んでいた事だけは確かだ。
「……ちょっと待て。梵の記憶残っているのか、お前?」
「そうだが? お前は残っていないのか?」
「ああ」
僕は桜嵐に、僕が和芭の肉体に宿るまでの経緯を話した。
「……成程な。恐らくは乗っ取るよりも前に死んでいた事が原因だろう」
「僕が和芭の肉体に宿ったのがシロワニに殺された後だからって事か?」
「そうだ。死人から受け取れるものなど何もない。俺が憑依した時は梵がまだぎりぎり生きていたから出来たが、死んだ和芭とやらには無理だったのだろう」
成程……。
言われてみれば、納得の理屈だ。死人は何も渡せない。意識も意思もないのだから、渡そうという発想がまず生まれない。不死者は、あれは生者とは別の存在になったと考えるべきだから除外する。
であれば、僕の闇の中にいる和芭は、もう二度と話す事はないのか。蹲り、動かない彼女はやはり死んだままだというのか。
…………。
「しかし、なんで僕が一〇〇〇年前生まれだと分かった?」
「匂いがしたからだ。お前以外にも十世紀の時を超えてきた人間を、俺は何人か知っている。俺やそいつらと同じ匂いがお前からしたんだ」
「僕達以外にもいるのか、ミイラ経験者が……」
「ああ。全員が全員、戦闘向きではなかったし、味方でもなかったがな。お前が出会う事はないだろう」
「そうか……」
安宿部明日音を思い出した。彼も僕と同様、一〇〇〇年を乗り越えて現代に蘇った人間だった。器となったのはゴブリンの肉体だったが。
まさか僕や安宿部の様な者がそう何人もいたとは思わなんだ。そりゃあ地割れの規模もあの闇の広さも僕には知る由もなかったが、それにしても意外だ。
「ここまでの話は分かった。それで? 『黒山羊の加護』っつーのは一体何なんだ? それを聞きに僕は来たんだぜ」
「『黒山羊の加護』は、ミイラ化を経験した者だけが習得出来る魔術だ。効果は……そうだな。『他スキルの極限強化』と言った所か」
周囲に誰もいない事を確認してから梵は話し始めた。
「お前、一〇〇〇年前の人間だな?」
「…………!」
開口一番の言葉に僕の目が丸くなる。
一〇〇〇年前。対神大戦以前の世界。剣と魔法の世界になる前の科学の時代。僕がその時代の生まれだという事はステファ達にも話していない。身内で知っているのは今屯灰夜だけ。荒唐無稽過ぎて信じて貰えないだろうと明らかにしていない真実だ。
「その反応、やはりか。隠そうとしなくて良い。……俺も同じだ」
「お前も?」
梵が頷き、マントの中から一冊の本を取り出した。
見知った書物――『冒険者教典』だ。
「冒険者でもないお前が教典を?」
「便利なんでな。収納機能に通話機能、そして魔術の習得。冒険者だけのアイテムにしておくには勿体ない」
梵が開いたページ、氏名の欄には『浅間梵/桜嵐玻璃』と記載されていた。
「二重氏名……! 桜嵐玻璃がお前の本名か」
「少し違う。梵も玻璃もどちらも本名だ」
梵――桜嵐は僕の言葉を否定すると、身の上を話し始めた。
「俺がこの肉体と一体化したのは今から十年も前の事だ」
何十年も前にミイラと化した桜嵐が地下より発掘された。
ミイラは紆余曲折を経て浅間家の手に渡り、霊験あらたかな御神体として神棚に飾られた。その時の桜嵐は、意識はあれど意思はない状態だったので、特に何の感想も懐かなかったという。
それからしばらくして、栄と梵が浅間家に生誕した。
梵は生来体が弱かった。度々体調を崩しては寝込んでいた。
ある日、梵が死病に罹った。薬も魔術も効果がなく、あらゆる看病が通用しなかった。最早神頼みに縋るしかなくなかった栄は、とにかく沢山の神々に祈った。
連邦の土地神に祈り、土地神の叔父に祈り、秩序の神にも祈った。桜嵐に対しても祈った。梵は桜嵐の神棚の前に寝かされていた。
翌日、梵の病は綺麗さっぱり治っていた。
一方で桜嵐のミイラも消えてなくなっていた。
これが意味する事はつまり、
「お前が梵に憑依したという訳か」
「そうだ。その瞬間は覚えていないが、気付いたら俺は梵の中にいた」
僕と同じだ。僕が和芭の肉体を乗っ取った時と同じ。
ミイラの不思議な力で梵の病は治った。それどころか梵の肉体は完全無欠の健康体と化していた。その日以来、梵が病に伏せる事は二度となかったという。
しかし、それは肉体の話だ。梵の精神はどうなったのかというと、
「俺の精神と溶け合っている。とはいっても、幼子の精神だ。おおよそは桜嵐の色の方が強い。記憶や衝動なんかは梵のものが残っているんだがな」
「……そうか」
他人と融合してでも生き永らえるのと、己のまま病死するのとどちらがマシか。僕には分からない。分からないが、桜嵐がいなかったら梵は心身共に死んでいた事だけは確かだ。
「……ちょっと待て。梵の記憶残っているのか、お前?」
「そうだが? お前は残っていないのか?」
「ああ」
僕は桜嵐に、僕が和芭の肉体に宿るまでの経緯を話した。
「……成程な。恐らくは乗っ取るよりも前に死んでいた事が原因だろう」
「僕が和芭の肉体に宿ったのがシロワニに殺された後だからって事か?」
「そうだ。死人から受け取れるものなど何もない。俺が憑依した時は梵がまだぎりぎり生きていたから出来たが、死んだ和芭とやらには無理だったのだろう」
成程……。
言われてみれば、納得の理屈だ。死人は何も渡せない。意識も意思もないのだから、渡そうという発想がまず生まれない。不死者は、あれは生者とは別の存在になったと考えるべきだから除外する。
であれば、僕の闇の中にいる和芭は、もう二度と話す事はないのか。蹲り、動かない彼女はやはり死んだままだというのか。
…………。
「しかし、なんで僕が一〇〇〇年前生まれだと分かった?」
「匂いがしたからだ。お前以外にも十世紀の時を超えてきた人間を、俺は何人か知っている。俺やそいつらと同じ匂いがお前からしたんだ」
「僕達以外にもいるのか、ミイラ経験者が……」
「ああ。全員が全員、戦闘向きではなかったし、味方でもなかったがな。お前が出会う事はないだろう」
「そうか……」
安宿部明日音を思い出した。彼も僕と同様、一〇〇〇年を乗り越えて現代に蘇った人間だった。器となったのはゴブリンの肉体だったが。
まさか僕や安宿部の様な者がそう何人もいたとは思わなんだ。そりゃあ地割れの規模もあの闇の広さも僕には知る由もなかったが、それにしても意外だ。
「ここまでの話は分かった。それで? 『黒山羊の加護』っつーのは一体何なんだ? それを聞きに僕は来たんだぜ」
「『黒山羊の加護』は、ミイラ化を経験した者だけが習得出来る魔術だ。効果は……そうだな。『他スキルの極限強化』と言った所か」
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