51 / 120
第二部第三章 クーデターイベント(前日譚)
セッション47 憑依
しおりを挟む
旅館の階段下に隠れて僕と梵が向き合う。
周囲に誰もいない事を確認してから梵は話し始めた。
「お前、一〇〇〇年前の人間だな?」
「…………!」
開口一番の言葉に僕の目が丸くなる。
一〇〇〇年前。対神大戦以前の世界。剣と魔法の世界になる前の科学の時代。僕がその時代の生まれだという事はステファ達にも話していない。身内で知っているのは今屯灰夜だけ。荒唐無稽過ぎて信じて貰えないだろうと明らかにしていない真実だ。
「その反応、やはりか。隠そうとしなくて良い。……俺も同じだ」
「お前も?」
梵が頷き、マントの中から一冊の本を取り出した。
見知った書物――『冒険者教典』だ。
「冒険者でもないお前が教典を?」
「便利なんでな。収納機能に通話機能、そして魔術の習得。冒険者だけのアイテムにしておくには勿体ない」
梵が開いたページ、氏名の欄には『浅間梵/桜嵐玻璃』と記載されていた。
「二重氏名……! 桜嵐玻璃がお前の本名か」
「少し違う。梵も玻璃もどちらも本名だ」
梵――桜嵐は僕の言葉を否定すると、身の上を話し始めた。
「俺がこの肉体と一体化したのは今から十年も前の事だ」
何十年も前にミイラと化した桜嵐が地下より発掘された。
ミイラは紆余曲折を経て浅間家の手に渡り、霊験あらたかな御神体として神棚に飾られた。その時の桜嵐は、意識はあれど意思はない状態だったので、特に何の感想も懐かなかったという。
それからしばらくして、栄と梵が浅間家に生誕した。
梵は生来体が弱かった。度々体調を崩しては寝込んでいた。
ある日、梵が死病に罹った。薬も魔術も効果がなく、あらゆる看病が通用しなかった。最早神頼みに縋るしかなくなかった栄は、とにかく沢山の神々に祈った。
連邦の土地神に祈り、土地神の叔父に祈り、秩序の神にも祈った。桜嵐に対しても祈った。梵は桜嵐の神棚の前に寝かされていた。
翌日、梵の病は綺麗さっぱり治っていた。
一方で桜嵐のミイラも消えてなくなっていた。
これが意味する事はつまり、
「お前が梵に憑依したという訳か」
「そうだ。その瞬間は覚えていないが、気付いたら俺は梵の中にいた」
僕と同じだ。僕が和芭の肉体を乗っ取った時と同じ。
ミイラの不思議な力で梵の病は治った。それどころか梵の肉体は完全無欠の健康体と化していた。その日以来、梵が病に伏せる事は二度となかったという。
しかし、それは肉体の話だ。梵の精神はどうなったのかというと、
「俺の精神と溶け合っている。とはいっても、幼子の精神だ。おおよそは桜嵐の色の方が強い。記憶や衝動なんかは梵のものが残っているんだがな」
「……そうか」
他人と融合してでも生き永らえるのと、己のまま病死するのとどちらがマシか。僕には分からない。分からないが、桜嵐がいなかったら梵は心身共に死んでいた事だけは確かだ。
「……ちょっと待て。梵の記憶残っているのか、お前?」
「そうだが? お前は残っていないのか?」
「ああ」
僕は桜嵐に、僕が和芭の肉体に宿るまでの経緯を話した。
「……成程な。恐らくは乗っ取るよりも前に死んでいた事が原因だろう」
「僕が和芭の肉体に宿ったのがシロワニに殺された後だからって事か?」
「そうだ。死人から受け取れるものなど何もない。俺が憑依した時は梵がまだぎりぎり生きていたから出来たが、死んだ和芭とやらには無理だったのだろう」
成程……。
言われてみれば、納得の理屈だ。死人は何も渡せない。意識も意思もないのだから、渡そうという発想がまず生まれない。不死者は、あれは生者とは別の存在になったと考えるべきだから除外する。
であれば、僕の闇の中にいる和芭は、もう二度と話す事はないのか。蹲り、動かない彼女はやはり死んだままだというのか。
…………。
「しかし、なんで僕が一〇〇〇年前生まれだと分かった?」
「匂いがしたからだ。お前以外にも十世紀の時を超えてきた人間を、俺は何人か知っている。俺やそいつらと同じ匂いがお前からしたんだ」
「僕達以外にもいるのか、ミイラ経験者が……」
「ああ。全員が全員、戦闘向きではなかったし、味方でもなかったがな。お前が出会う事はないだろう」
「そうか……」
安宿部明日音を思い出した。彼も僕と同様、一〇〇〇年を乗り越えて現代に蘇った人間だった。器となったのはゴブリンの肉体だったが。
まさか僕や安宿部の様な者がそう何人もいたとは思わなんだ。そりゃあ地割れの規模もあの闇の広さも僕には知る由もなかったが、それにしても意外だ。
「ここまでの話は分かった。それで? 『黒山羊の加護』っつーのは一体何なんだ? それを聞きに僕は来たんだぜ」
「『黒山羊の加護』は、ミイラ化を経験した者だけが習得出来る魔術だ。効果は……そうだな。『他スキルの極限強化』と言った所か」
周囲に誰もいない事を確認してから梵は話し始めた。
「お前、一〇〇〇年前の人間だな?」
「…………!」
開口一番の言葉に僕の目が丸くなる。
一〇〇〇年前。対神大戦以前の世界。剣と魔法の世界になる前の科学の時代。僕がその時代の生まれだという事はステファ達にも話していない。身内で知っているのは今屯灰夜だけ。荒唐無稽過ぎて信じて貰えないだろうと明らかにしていない真実だ。
「その反応、やはりか。隠そうとしなくて良い。……俺も同じだ」
「お前も?」
梵が頷き、マントの中から一冊の本を取り出した。
見知った書物――『冒険者教典』だ。
「冒険者でもないお前が教典を?」
「便利なんでな。収納機能に通話機能、そして魔術の習得。冒険者だけのアイテムにしておくには勿体ない」
梵が開いたページ、氏名の欄には『浅間梵/桜嵐玻璃』と記載されていた。
「二重氏名……! 桜嵐玻璃がお前の本名か」
「少し違う。梵も玻璃もどちらも本名だ」
梵――桜嵐は僕の言葉を否定すると、身の上を話し始めた。
「俺がこの肉体と一体化したのは今から十年も前の事だ」
何十年も前にミイラと化した桜嵐が地下より発掘された。
ミイラは紆余曲折を経て浅間家の手に渡り、霊験あらたかな御神体として神棚に飾られた。その時の桜嵐は、意識はあれど意思はない状態だったので、特に何の感想も懐かなかったという。
それからしばらくして、栄と梵が浅間家に生誕した。
梵は生来体が弱かった。度々体調を崩しては寝込んでいた。
ある日、梵が死病に罹った。薬も魔術も効果がなく、あらゆる看病が通用しなかった。最早神頼みに縋るしかなくなかった栄は、とにかく沢山の神々に祈った。
連邦の土地神に祈り、土地神の叔父に祈り、秩序の神にも祈った。桜嵐に対しても祈った。梵は桜嵐の神棚の前に寝かされていた。
翌日、梵の病は綺麗さっぱり治っていた。
一方で桜嵐のミイラも消えてなくなっていた。
これが意味する事はつまり、
「お前が梵に憑依したという訳か」
「そうだ。その瞬間は覚えていないが、気付いたら俺は梵の中にいた」
僕と同じだ。僕が和芭の肉体を乗っ取った時と同じ。
ミイラの不思議な力で梵の病は治った。それどころか梵の肉体は完全無欠の健康体と化していた。その日以来、梵が病に伏せる事は二度となかったという。
しかし、それは肉体の話だ。梵の精神はどうなったのかというと、
「俺の精神と溶け合っている。とはいっても、幼子の精神だ。おおよそは桜嵐の色の方が強い。記憶や衝動なんかは梵のものが残っているんだがな」
「……そうか」
他人と融合してでも生き永らえるのと、己のまま病死するのとどちらがマシか。僕には分からない。分からないが、桜嵐がいなかったら梵は心身共に死んでいた事だけは確かだ。
「……ちょっと待て。梵の記憶残っているのか、お前?」
「そうだが? お前は残っていないのか?」
「ああ」
僕は桜嵐に、僕が和芭の肉体に宿るまでの経緯を話した。
「……成程な。恐らくは乗っ取るよりも前に死んでいた事が原因だろう」
「僕が和芭の肉体に宿ったのがシロワニに殺された後だからって事か?」
「そうだ。死人から受け取れるものなど何もない。俺が憑依した時は梵がまだぎりぎり生きていたから出来たが、死んだ和芭とやらには無理だったのだろう」
成程……。
言われてみれば、納得の理屈だ。死人は何も渡せない。意識も意思もないのだから、渡そうという発想がまず生まれない。不死者は、あれは生者とは別の存在になったと考えるべきだから除外する。
であれば、僕の闇の中にいる和芭は、もう二度と話す事はないのか。蹲り、動かない彼女はやはり死んだままだというのか。
…………。
「しかし、なんで僕が一〇〇〇年前生まれだと分かった?」
「匂いがしたからだ。お前以外にも十世紀の時を超えてきた人間を、俺は何人か知っている。俺やそいつらと同じ匂いがお前からしたんだ」
「僕達以外にもいるのか、ミイラ経験者が……」
「ああ。全員が全員、戦闘向きではなかったし、味方でもなかったがな。お前が出会う事はないだろう」
「そうか……」
安宿部明日音を思い出した。彼も僕と同様、一〇〇〇年を乗り越えて現代に蘇った人間だった。器となったのはゴブリンの肉体だったが。
まさか僕や安宿部の様な者がそう何人もいたとは思わなんだ。そりゃあ地割れの規模もあの闇の広さも僕には知る由もなかったが、それにしても意外だ。
「ここまでの話は分かった。それで? 『黒山羊の加護』っつーのは一体何なんだ? それを聞きに僕は来たんだぜ」
「『黒山羊の加護』は、ミイラ化を経験した者だけが習得出来る魔術だ。効果は……そうだな。『他スキルの極限強化』と言った所か」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる