旧支配者のカプリチオ ~日本×1000年後×異世界化×TS×クトゥルフ神話~

ナイカナ・S・ガシャンナ

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第二部第三章 クーデターイベント(前日譚)

セッション45 密会

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 対神大戦以前より、赤城山や浅間山といった山々には幾つもの部族が隠れ潜んでいた。彼らにとって山は神へと通じるみちであり、神聖な場所であったからだ。そんな部族群が大戦期、県が統治能力を失っていく中で力を合わせて戦禍を乗り越えようと同盟を結んだ。
 それが山岳連邦の始まりだ。

 連邦では部族の代表者が政治を執り行っているのは先に述べた通りだ。
 部族と族長の信任を受けた代表者、連邦議員。
 その議員の一人が今、僕の目の前にいる彼女――

「――改めまして初めまして、浅間栄です」

 栄がきっちりと正座をして、深々と頭を下げる。
 僕達がいる場所は温泉旅館の客室の一つ、栄が借りている一室だ。四角形のちゃぶ台を挟んで僕とイタチが並び、向かい側に栄と梵が座っている。三護はマッサージチェアに骨抜きにされて動けそうになかったので、そのまま置いてきた。
 というか、あいつの肉体は生体式のゴーレムだった筈だが、ゴーレムの肉体でも肩や腰が凝ったりするのだろうか。

「では、こちらも改めて先日の礼を言っておこう。竜殺しへの助力、御苦労であった」
「…………ああ」

 イタチの会釈に梵がぶっきらぼうに返事をする。
 浅間梵。山岳連邦の兵士にして、『桜嵐』の二つ名を持つ男。顔立ちは綺麗だが、性格は冷徹を通り越して冷酷であり、『東国最強の生物』とまで呼ばれる程の強さも相俟って、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。

「もう、この子ったら相変わらず無愛想なんだから……」
「構わん。こいつがこういう奴だという事は既に知っている」
「既に? 前々からの知り合いだったのか?」

 僕の問いにイタチが頷く。

「うむ。まあ、五年前からな。覇王になろうと決めた日からコネを増やそうと活動を始め、こいつらにも声を掛けた。それからの付き合いだ」
「へー」

 結構計画的に行動していたんだな、こいつ。まあ一朝一夕で王になれる筈などないし、当然といえば当然の活動か。

「今回の依頼もそのコネを頼っての?」
「はい。イタチ達には私のクーデターを手伝って頂きたいのです」
「クーデターか……」

 大仰な話になってきた。元サラリーマンには重たい展開だ。

「くっくっく、良いぞ。面白い話だ。さすがは俺様が見込んだ女よ。五年前に声を掛けた甲斐があったというものだ」
「ああ、こういう展開想定してのコネ作りだったんだな……」

 将来、何かやらかしそうな奴に目星を付けて声を掛けて回っていたんだな、イタチは。その一人がこうやって開花したという訳か。

「藍兎さんは私達の国の事情について、どれ程聞いていますか?」
「どれ程って言われてもな……。とりあえず、最初から話してくれねーか?」
「分かりました。そうですね……では、山岳連邦と『二荒ふたら王国』との因縁から」

 二荒王国。
 旧栃木県と旧福島県を領土とする国で、人口の大多数が『蛇人間』と呼ばれる人外種族で占められている。錬金術の大国であり、この国で製造された人造人間ホムンクルス魔術道具マジックアイテムは質の高いものが多い。

「因縁か……うむ、確かに。山岳連邦と二荒王国との仲の悪さは因縁と呼ぶべきな程、深い確執だ」

 山岳連邦では『聖なる蟇蛙』ツァトゥグァを、二荒王国では『蛇神』イグを崇めている。
 遥かな昔――大戦よりも更に過去、蛇人間の一部がイグへの信仰を捨て、ツァトゥグァに改宗した。イグは怒り、自身を捨てた蛇人間をただの蛇に退化させた。
 しかし、それだけではイグの矛は収まらず、イグはツァトゥグァを憎悪した。蛇人間達もイグに追従し、ツァトゥグァとその信者達を呪った。当然、ツァトゥグァ側も憎まれっ放しではいられる筈もなく、二派は敵対関係となった。
 その敵対は連邦と王国の二国が出来た後も――今日まで続いている。

「何千年も前の話か……神話の世界だな」
「はい、まさに神話です。私の知っている話だと、神代に赤城山の大百足と男体山の大蛇が戦場ヶ原で戦った事があったのですが、大百足はツァトゥグァの化身、大蛇はイグの化身だったのだとか」
「へー」

 赤城山は旧群馬県にある山、男体山は旧栃木県にある山だ。

「ちなみに、大百足と大蛇ってどっちが勝ったんだよ?」
「大蛇だな。つまりツァトゥグァはイグに敗したと――」
「うふふ、それ以上口にすると斬りますよ?」
「やだこの娘こわい」

 笑顔で腰の刀に手を伸ばした栄に戦慄する。連邦民としては主神の敗北は黒歴史であった様だ。
 僕が引いたの見て、栄は咳払いをすると話を再開した。

「……とまあ、この様に我々は歴史の陰で幾度となく争いを続けてきました。大戦以後も既に十度も大きな合戦をしているのです」

 対神大戦は一〇〇〇年前の出来事だ。そこから十度となると、一〇〇年に一度は合戦している事になる。無論、小競り合いとなればその頻度は数倍数十倍になるとだろう。年がら年中戦争状態だと言っても過言ではない。

「十度目の合戦はつい先日に起きました。ほら、入浴客には怪我人が多かったでしょう?」
「ああ。……ああ、そうか。そういう事か」

 やはりあの傷だらけの女性達は兵士だったのだ。話の流れからして、二荒王国との戦争に従事させられたのだろう。連邦に徴兵され、王国と戦って負傷したのだ。
 ……入浴客には片腕を失くした奴がいたな。
 王国との戦争は相当に激しいらしい。

「男湯にも傷だらけの奴っていたか?」
「傷だらけの奴いなかったな」
「しか、か……」

 ……そうか。世知辛いな、そりゃ。

「彼ら彼女らはまだ恵まれている方です。湯治に来られる程の体力とお金があるのですから。ここに来られない負傷兵も連邦には沢山、沢山いるんです。……当然、戦死者も数え切れない程に」
「そうか。ますます世知辛いな」
「はい……」

 栄が沈痛な表情で俯く。
 戦争か。まあ、人間というのは有史以来、争うのをやめた事がない生き物だからな。傷付く者が絶えないのはどうしようもない事なのだろうが、実際の悲惨さを目の当たりにすると…………うーん。
 一〇〇〇年前の僕だったら陰鬱な気分になっていただろうが、今の僕じゃ何も感じねーな。
 ……冒険者にもあれくらい負傷しているのはいっぱいいるからな。見慣れてしまったせいだろう。断じて発狂しているからではない。僕はまだ狂っていない。
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