お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

文字の大きさ
上 下
17 / 31

17 ふたりで歩む道に

しおりを挟む
 帰りの馬車は無言だった。
 私はアルセニオの肩に凭れ、眠ってしまった。

 優しく揺り起こされる。
 朝陽はもう充分に高く、清々しさに、我知らず笑みがこぼれた。

 あとは、前に進むだけなのだ。


「ソニア!」


 珍しく、リヴィエラが大声で私を呼んでいる。
 見るとメイドたちを引き連れて、こちらに向かって駆けて来た。窓から馬車が到着するのを見ていたのだろう。

 凄まじい疲労。
 それでも、リヴィエラの顔を見たら、安心した。


「カルミネ。カルミネに会いたいわ」


 呟いた私の肩を、アルセニオがそっと抱いてくれる。
 それで我に返った。


「そうだ」

「?」


 声をかけて向かい合う。


「私、カルミネとは離れられない。あなたは、それを考えて答えを出して」


 私の嘘に口を閉ざしてくれたアルセニオ。
 私生児持ちの私が嫁ぐとしたら、彼は狂人の血が流れる、別の貴族の男児を引き取る事になる。

 それは、充分すぎるほどに、断る理由になる。

 私は覚悟を決めていた。

 そして、彼の深い愛に感謝していた。

 これで、終わってしまうとしても……


「?」


 予想に反して、アルセニオは優しい微笑みを浮かべた。
 それから少し屈んで、私と目線を合わせる。


「本音を言おうか」

「?」

「久しぶりに会った君は、以前より輝いていた。君の強さに感動した」

「アルセニオ……」

「君は〝母親〟の顔になっていた。惚れ直した」


 アルセニオが私の腕に手を添えて、そっと唇を重ねる。


「!」


 息が止まった。
 彼に愛されている自覚はあった。

 でも、私が考えるより彼の愛は大きく、底知れない。
 それが嬉しくて、感動して、私は唇の感触より、胸の高鳴りに気を取られた。


「……」


 唇を離すと、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 キラキラと輝く瞳。

 まっすぐに私を見つめる瞳は、それそのものが強い愛の鎖のように、私を捕えて離さない。


「カルミネを連れて、私のもとへ来てほしい」

「……なんて、言ったらいいのかしら……」


 胸がいっぱいで、私の声は掠れていた。


「〝愛してるわ、アルセニオ〟。それだけでいいんだよ」

「あ──」


 私がそれを言う前に、アルセニオは私の頬に手を添えて、キスをした。

 優しい、深いキスを。

 しばらく甘い愛に身をゆだねてしまったのは、疲労のせいもあるのよ。
 絶対そう。

 私はふいに覚醒し、アルセニオを押し戻した。


「リヴィエラは!?」

「ふっ。君は本当に彼女が好きだね。いいよ、彼女も連れて来ても」

「冗談やめて」


 さっきこちらへ向かって、らしくない全力疾走をしていたリヴィエラ。その姿はもう、前庭のどこにもなかった。

 私は思わずアルセニオの腕を叩いた。


「遠慮して引っ込んでしまったのよ。嫌だ。悪い事した。彼女だって寝ずに待っていたかもしれないのに」


 アルセニオが笑いながら私の背中を撫で、歩くよう促した。
 彼はまた私の肩をぐっと抱き寄せた。


「これからはぐっすり眠れるさ。よしッ、みんなで昼寝といこう! 平和なフロリアン伯爵家に乾杯!!」
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?

satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません! ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。 憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。 お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。 しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。 お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。 婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。 そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。 いきなりビックネーム過ぎませんか?

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】

青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。 婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。 そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。 それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。 ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。 *別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。 *約2万字の短編です。 *完結しています。 *11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

処理中です...