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10 貴族の誇り

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「英雄の生まれ変わりだかなんだか知りませんけど、どうせなら男に生まれればよろしかったのに。そういうお顔ですわよ」

「私は自分の外見に満足している。鍛えれば鍛えるほど美しく勝者の証を刻むこの筋肉ッ!」

「やだっ、聞こえてた……ッ!?」


 オリヴィアって楽しい。
 リュシルもちょっと、乗っちゃってるし。

 こちらには言葉がはっきり聞こえては来ないのだけど、なんだか猫がネズミをいたぶるような光景で、胸が躍るわ。


「早く進めよ! ぅおえ……ッ、んぐ……」

「黙ってマメ食ってろ! 帰ったら離婚してやるッ!!」


 夫婦喧嘩も楽しいし。

 アンジュは鼻をつまんで泣きながらクソ不味いネドマメのスープをうっぷ&えっぷしてちょっとずつ消化している。
 不味いようね……
 本当の囚人にスーパー健康食を与えるわけにはいかないから、いいもの見れてよかったわ。アンジュの健康状態は生涯に渡って継続調査する価値がある。今、その価値を私が与えたのだ。

 まあ、それはいいとして。


「「オディロン公爵夫人──」」

「わかったわよ! うるさいわね!!」

「「……6マス進む……」」


 オリヴィアったら衛兵とも戯れているわ。
 そして、ついに拳で涙を拭って6マス進んだ。

 オリヴィアは私が促さずとも、自分の名前の書いてある封筒を拾い上げて、冴えたヤケクソ風の鋭い眼差しを放ちつつ、迅速に開けた。そして読んだ。


「……『おめでとう。大好きなナマズを獲得し、活気づいて3マス進む』……フッ」

「「オディロン公爵夫人、ナマズgetで更に3マス進む!」」


 封筒を握りしめ、オリヴィアは勝ち誇った表情でアンジュをふり返る。アンジュはうっぷ&えっぷで泣きながらクソ不味いネドマメのスープを掻きこみつつ、


「ぢぐじょぉぉォォォォッ!!」


 と、叫んだ。

 そんなアンジュを、二人の衛兵が左右からテーブルごと持ち上げて、脇に避けた。昇降式の床が音を立てて下がっていく。

 美味しいナマズ料理、たとえばソテーとかフライトかムニエルとか、そういうのが出てくるものだと信じて疑わない様子のオリヴィアは、お澄ましさんな笑顔まで浮かべて合計9マスぐんぐん進む。

 
「おえっぷ、んぐ……ッ」


 凛とした妻の姿を見つめるその熱い眼差しに込めたのは、希望? それとも絶望? もしくは……殺意かしら?

 おじぃの枯れ枝みたいな指がサイコロを振った。
 

「3」

「「取り巻きA、3マス進む!」」

「僕はベンディクス伯爵令息のヤーンだ……ッ!」

 
 ヤーン……
  ヤーン……

     ヤーン……

 勇気ある自己申告に、貴族たちもその名を復唱。


「ヒィッ! 『牛の洗い汁で洗髪』……ッ!!」

「「取り巻きA、牛の洗い汁で洗髪!」」


 その後、彼の名が発せられる事はなかった。

 昇降式の床がせり上がって来る。
 間に合わせで一緒に乗って来た牛の洗い汁入りの桶と、悍ましい浴槽が姿を現した。


「──」


 オリヴィアが、絶句。
 そりゃそうよ、ナマズ風呂だもの。

 私は腰を上げ、右手を掲げ声高らかに呼びかけた。


「殿方の皆様は配られた目隠しでしっかりと目を塞いでください! これからオディロン公爵夫人が生臭い水風呂で次のターンまでお寛ぎになりますのよッほッほッほぉう♪」

「いっ、嫌……ッ」


 顔面蒼白で小刻みに震えるオリヴィアを、浴槽の中で大振りなナマズがビチビチと誘う。ひしめき合う巨大ナマズが……あれは何匹いるの? たしかに、浴槽を満たす量でって指示は出したけれど、キモいわ。


「嫌よッ!」

「いつもナマズ料理に飛びつくだろッ! たまには生きたナマズとも仲良くしろよッ!!」


 アンジュがネドマメを撒き散らして、血走った目で叫んだ。
 

「いやあぁぁぁぁぁっ!!」


 オリヴィアも叫んだ。
 その瞬間、それまで静かにしていたヒューゴがテーブルを叩いて勢いよく腰をあげた。


「もう我慢の限界です!」

「!?」

「!?」


 アンジュとオリヴィアとABCが、息を呑んだ。
 ヒューゴは憤怒していて、鬼気迫った美貌の迫力が凄い。


「これがいい貴族のする事ですか……? 曲りなりにも、彼らは同盟国の貴族なのですよ、陛下! こんなやり方はやはり相応しくないッ!! 悪趣味だ!!」

「……ッ!」

「!」


 アンジュとオリヴィアとABCの目が、希望に煌めく。
 バカね。


「貴族なら貴族らしく、陛下への無礼は死を以て償うべきです!!」

「!?」

「!?」


 一瞬で、絶望よ。
 

「ここに槍が4本あるのです。まとめて串刺しにするだとか、各々1体ずつやった後に残りを四方から、こう、ブスブスッとやるとか、方法はいくらでもあるでしょう……!」


 殺したくてワナワナしてる。
 
 どう?
 これが美貌の新米執政官ヒューゴ・ヴァイヤンよ。


「オディロン公爵夫人!」

「ひっ」


 オリヴィアが怯えて跳ねた。
 でも、ヒューゴの神秘的な眼力が、決して彼女を逃がさない。


「あなただって、そんなふざけたニヤケ爺みたいな魚に揉まれて笑い者になるより、筋を通して陛下に詫び、その首を差し出すほうがよっぽど名誉が保たれるというものだと思うでしょう」

「いえっ、お風呂に入らせていただきますッ!!」


 オリヴィアは悲鳴のような声で宣言した。


「え?」


 ヒューゴは腑に落ちなかったみたいだけど、リュシルは満足そうに微笑んでいた。ちなみに、私も。

 
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