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「さあ、着いたぞ」


 馬車の旅は、晴れた空の下で終わりを告げた。
 眼前に広がる壮麗な前庭の向こうに、小さいながらも美しい城が聳え立つ。


「……」

「君の好敵手だ。負けるなよ」


 朗らかに笑い、彼は私の背中に手を添えて歩き出した。
 進むしかない。左右の足を繰り出して、せめて転ばないように。

 前庭の中央には一直線に水が流れ、その潺の底に鏤められた白い石が、太陽の光を受けて宝石のように煌めいている。私はあの光の粒にだって満たない存在だ。

 今更になって、気づいてしまった。
 どれだけ分不相応な挑戦をしようとしているかという事に。


「これくらいで驚くな。宮殿は10倍どころじゃないぞ」

「……」

「ほらほら、しっかりしろ。俺がついてる。なにも恐くない!」


 彼の励まし方は、力強く、善意によるもの。
 それはわかる。

 ただ、緊張してうまく息ができないし、足の感覚もなくなってきた。

 前庭を抜ける頃、馬車の到着を見ていたのか、門から次々と人が出て来た。出迎える使用人だけではない。王族と言われたって納得してしまうような威厳と気品を湛えた、レーテルカルノ伯爵、伯爵夫人、そして……


「おお、御対面! こっちを見てるぞ。フローレンスだ」


 レーテルカルノ伯爵令嬢フローレンス・エヴァンズ。
 彼女は、息を呑むほど美しかった。透き通るような肌に、卵型の顔、プラチナブロンドの豊かな髪。目鼻立ちもスタイルも、こんな人が本当にいるのかと驚くような完璧さ。ニコリともしない。だからどこか神がかった美しさには、畏怖の念さえ芽生えてしまう。

 直感的に浮かんだ考えは、私の中でゆっくりと形になっていった。

 だ。
 私なんて引き立て役にすらならない。


「……」

「大丈夫。自分の価値も理解しているが、責任も理解している聡明な令嬢だ。ああしていると冷たく見えるが、一族人格者で通ってる。理不尽な事は絶対にしない」

「ぁ……は、はぃ……っ」

「あと、家柄的には君より少し親戚が多いくらいで、大差はない。よかったな! 頼もしい友達ができるぞ!」

「……」


 彼は前向きで、明るく、それが人間的魅力である事は確かだ。
 とても勇気付けられると同時に、心の隅から小さな霜が広がるようだった。

 ただ、近づいてみると、意外な事がわかった。
 人間離れした美貌のフローレンスは、私とほぼ同じ背丈。私よりスタイルがいいので、とても細くて、可憐な印象に塗り替わる。

 彼女が膝を折り、深くお辞儀をした。ゼント卿は彼女にとって、推薦人。
 私の推薦人でもあるけれど、重みが違う。彼女はプリンセスになる。そうじゃなければ、だれが相応しいと言えるだろう。

 私も緊張を抑え、できる限り丁寧に挨拶をしたけれどよく覚えていない。
 レーテルカルノ伯爵夫妻とゼント卿が少し立ち話をして、それから中に招き入れられると、フローレンスが口を開いた。


「お父様、ニネヴィー伯爵令嬢をご案内します」


 水のような、霧のような、光のような、高くて細い声。
 けれど意思の強さがはっきりと伝わってくる。

 ゼント卿と別れる際、私は心細くなって彼を見つめた。
 彼は励ますような笑顔で私を見送った。
 
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