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5 頼もしい友達
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フローレンスは私の前をほどよい速度で歩いていく。特に話しかけられるわけでもなく、私からなんてとても話しかけられず、終始無言。
部屋に入って、彼女はくるりとふり向き、眉を顰めた。私は不安と緊張で、涙をやっと堪えているという状態だった。
「どうしたの?」
「……っ」
彼女は眉を顰めたまま私をじっと見つめ、次にこう言った。
「ゼント卿が意地悪を?」
「!」
慌てて首を振る。
「ちっ、違います!」
さっそく彼に迷惑をかけるなんて、以ての外だ。
弁解する必要があった。
「私ものすごく分不相応な事をしてしまっていると思って。舞踏会は、あなたのような人やゼント卿の周りにいるような人の出るものであって、私のようななにもない人間の出ていいものではないって……っ」
言いながら涙が零れてしまい、手で拭う。
そして再び彼女の顔を見て、唇を噛んだ。
さっき眉を顰めるだけだったフローレンスは明らかに怒っていた。
「なぜそんなに卑屈なの?」
「……!」
恐い。
私は反射的に目を瞑って肩を竦めた。
恥ずかしくて、惨めで。
そしてそれは、とても馴染み深い感覚だった。
「なぜそう卑屈なのかと訊いているの」
彼女は赦してはくれない。
「……自信が、なくて……ごめんなさい……っ」
「あなた、やる気もないのに王家の舞踏会に出るの? 無礼だわ」
「ちっ、違うんです! そうじゃなくて……わ、私にはなにもないんです。取り得も、なにも。いいところなんてなくて、それが……わかっているつもりだったのだけれど、あ、あなたを見て目が覚めたの。甘かったんです。父に言われた通り、どんなにやる気を振り絞ったとしても私は──」
「違う。ほかの誰でもない、あなたを貶めているのはあなたよ」
「……!」
睨まれている。
美しすぎて、とても恐い。
「呆れた」
彼女から先に目を逸らした。
「こんな人と一緒に準備するなんて、ゼント卿はなにを考えていらっしゃるの」
「あ、あの方は悪くないんです! 私が……」
「わかっています。これは私が考えるべき私の問題なので、あなたの意見は必要ありません」
そう言って部屋を出て行こうとしたフローレンスは、戸口でふり返り、私をまっすぐに見据えた。
「自分の行いをよく見つめ直して。遊びではないのよ」
「!」
立ち去り方は優雅で、だから尚更、彼女の怒りに打ちのめされた。
私は顔を覆い、その場でしゃがみ込んで泣いた。
フローレンスは非の打ち所がない。
フローレンスが正しい。
私は自分のなにがいけなかったのか、よく理解していた。
自分が大嫌いになった。最初から大嫌いだった。
私には、なにもない。
なにもない。
「……っ」
優しい人に出会った。
その人のために、頑張ろうと思った。
それだって、思い上がり。
私にそんな大それた事、できるわけがなかった。
「ごめ……なさ、い……っ」
ゼント卿の優しさに。
フローレンスの誇りに。
私は泥を塗ってしまった。
本当に無礼だ。
「ローズマリー」
「!?」
私を軽蔑して立ち去ったはずのフローレンスが、戸口に手を掛けて私を見つめていた。
膝をついて泣いていた私は身を捻るように見あげたのだけれど、彼女の表情が優しいものだったので、戸惑った。戸惑っているうちに彼女が正面に跪き、私の肩に手を添えた。
「ごめんなさい。あなたの境遇を聞いた。私は、あなたに思いやりの気持ちを持つべきだったわ」
「え……」
「自分にはなにもないなんて言わないで。あなたはあなた。だからこそ意味があるのよ。あなたには、あなたがあるの。見つけるわ。あなたは、見つける」
「?」
雄弁で美しいため、単純に見惚れてしまったのもある。
けれど彼女の言葉が私の心に触れたのも確かだった。
フローレンスが膝を擦り、私を抱きしめ、髪を撫でた。
とてもあたたかかった。
「大丈夫よ、ローズマリー。私にはもう見えているから」
部屋に入って、彼女はくるりとふり向き、眉を顰めた。私は不安と緊張で、涙をやっと堪えているという状態だった。
「どうしたの?」
「……っ」
彼女は眉を顰めたまま私をじっと見つめ、次にこう言った。
「ゼント卿が意地悪を?」
「!」
慌てて首を振る。
「ちっ、違います!」
さっそく彼に迷惑をかけるなんて、以ての外だ。
弁解する必要があった。
「私ものすごく分不相応な事をしてしまっていると思って。舞踏会は、あなたのような人やゼント卿の周りにいるような人の出るものであって、私のようななにもない人間の出ていいものではないって……っ」
言いながら涙が零れてしまい、手で拭う。
そして再び彼女の顔を見て、唇を噛んだ。
さっき眉を顰めるだけだったフローレンスは明らかに怒っていた。
「なぜそんなに卑屈なの?」
「……!」
恐い。
私は反射的に目を瞑って肩を竦めた。
恥ずかしくて、惨めで。
そしてそれは、とても馴染み深い感覚だった。
「なぜそう卑屈なのかと訊いているの」
彼女は赦してはくれない。
「……自信が、なくて……ごめんなさい……っ」
「あなた、やる気もないのに王家の舞踏会に出るの? 無礼だわ」
「ちっ、違うんです! そうじゃなくて……わ、私にはなにもないんです。取り得も、なにも。いいところなんてなくて、それが……わかっているつもりだったのだけれど、あ、あなたを見て目が覚めたの。甘かったんです。父に言われた通り、どんなにやる気を振り絞ったとしても私は──」
「違う。ほかの誰でもない、あなたを貶めているのはあなたよ」
「……!」
睨まれている。
美しすぎて、とても恐い。
「呆れた」
彼女から先に目を逸らした。
「こんな人と一緒に準備するなんて、ゼント卿はなにを考えていらっしゃるの」
「あ、あの方は悪くないんです! 私が……」
「わかっています。これは私が考えるべき私の問題なので、あなたの意見は必要ありません」
そう言って部屋を出て行こうとしたフローレンスは、戸口でふり返り、私をまっすぐに見据えた。
「自分の行いをよく見つめ直して。遊びではないのよ」
「!」
立ち去り方は優雅で、だから尚更、彼女の怒りに打ちのめされた。
私は顔を覆い、その場でしゃがみ込んで泣いた。
フローレンスは非の打ち所がない。
フローレンスが正しい。
私は自分のなにがいけなかったのか、よく理解していた。
自分が大嫌いになった。最初から大嫌いだった。
私には、なにもない。
なにもない。
「……っ」
優しい人に出会った。
その人のために、頑張ろうと思った。
それだって、思い上がり。
私にそんな大それた事、できるわけがなかった。
「ごめ……なさ、い……っ」
ゼント卿の優しさに。
フローレンスの誇りに。
私は泥を塗ってしまった。
本当に無礼だ。
「ローズマリー」
「!?」
私を軽蔑して立ち去ったはずのフローレンスが、戸口に手を掛けて私を見つめていた。
膝をついて泣いていた私は身を捻るように見あげたのだけれど、彼女の表情が優しいものだったので、戸惑った。戸惑っているうちに彼女が正面に跪き、私の肩に手を添えた。
「ごめんなさい。あなたの境遇を聞いた。私は、あなたに思いやりの気持ちを持つべきだったわ」
「え……」
「自分にはなにもないなんて言わないで。あなたはあなた。だからこそ意味があるのよ。あなたには、あなたがあるの。見つけるわ。あなたは、見つける」
「?」
雄弁で美しいため、単純に見惚れてしまったのもある。
けれど彼女の言葉が私の心に触れたのも確かだった。
フローレンスが膝を擦り、私を抱きしめ、髪を撫でた。
とてもあたたかかった。
「大丈夫よ、ローズマリー。私にはもう見えているから」
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