「前世の記憶がある!」と言い張る女が、私の夫を狙ってる。

百谷シカ

文字の大きさ
14 / 16

14 獄中の父親

しおりを挟む
「姫ってなんなの……」


 平穏な日々が戻り、教皇庁関連のニュースも意識的に耳に入れないようにして過ごしている。あとはフレイヤがお産で正気を取り戻し、テューネが帰ってくれば、完璧。


「姫って……」


 頭を抱えて呻る姿なんて、パールに見せられない。
 好奇心がむくむくと胸の内で育つままに、日々は過ぎていった。

 そして……


「あ。テューネ」


 牛の女神、我が家のミルクメイドが帰ってきた。
 パルムクランツ伯爵家の馬車から降り立ったテューネは、ほんの数ヶ月だというのに貫禄が増していた。大変な仕事を終え、大人の階段を上ったのだ。

 私の顔を見つけ、満面の笑みを向けた。
 そして荷物を振り回しながら走って来た。美しい赤毛が靡く。

 大迫力……。


「奥様!」

「おかえりなさい、テューネ。立派な働きだった。誇りに思うわ」

「やっと奥様のために乳しぼりができます! バターを作りたいです!」

「あなたのバターは絶品よ。さあ、懐かしい顔に会ってきて」

「はい、奥様!」


 牛の女神が駆けていく。
 ドドドドドッ、って。

 続いてパルムクランツ伯爵家の馬車からは、パルムクランツ伯爵令嬢オリガ・ハリアンが降り立った。

 姫が……。

 相変わらず聡明で美しく、今では高貴な血筋を隠そうともしない。風格を漂わせ、夫のパールよりも主のような顔付きで悠然と歩いてくる。
 そして、私の前で深く膝を折った。


「メランデル伯爵夫人、この度の事、なにからなにまで心より感謝しております」

「フレイヤはどう?」

「産後の肥立ちもよく、言動もまともになりました。あなたにお詫びしたいと言って泣き、会わせられる顔がないと言って泣いたので、あなたのほうも二度と顔を見たくないと思っていると伝えました」

「そうね。まあ、よかったわ」


 姫の動機は愛ではない。
 それはわかっていた事だ。

 予定通りオリガを応接室に案内し、夫と3人でフレイヤについて話し合った。結果、最初の申し出通り、私の故郷エーケダールの貿易を利用する事になった。


「新天地で新しい生活を始めたほうがいいでしょう。問題は、寡婦を保護してくれるであろう教会に妹君が近づきたがらないだろうという事ですね」

「牧場で働きたいと言っております。テューネに憧れているようです。教会育ちの孤児ですから身の回りの事はできますので、乳飲み子を抱えた余所者でもいいという雇い主がいれば……心当たりがあれば、どうか仲介してください。資金はいくらでも用立てます」


 フレイヤはオリガと違う。オリガの母親とも違う。
 実害は被ったけれど、フレイヤはフレイヤで気の毒な星の元に生まれてしまった人だ。苦しみしかない地を離れ、新しい人生を始める。以前は厄介払いしたいだけだったけれど、邪悪なパーナム本人を目の当たりにした今となっては……


「妹も、遠くへ行きたがっています」

「こどもの父親が死刑囚だなんて、さっさと忘れて、誰も知らない、誰にも知られていない土地で、やり直せるならそれに越した事はないですからね」

「伯爵も、いつ父親に仕立て上げられるか不安でいらっしゃいますでしょうし」


 夫と姫は、いつまで経ってもギスギスしている。
 

「こどもが生まれたらきちんと教育するから大丈夫よ」


 オリガは頷いて、唐突に手紙を取り出した。封のされていない封筒から四つ折りの紙を抜き出し、開き、こちら向きで卓上に置いて指で滑らせる。

 そこには信じられない、けれど納得せざるを得ない告白が記されていた。


《私の父親はイザヴルデン監獄にいます。19年前、革命によって廃されたバンデラ王国の第二王子サペルです。廃神派から神殿を守りぬいた王家の唯一の生き残りです。同盟関係にあった当時、アルメアン侯爵と数人の貴族は父の死を装い亡命させました。養父であるパルムクランツ伯爵もその一員でした。教皇庁は父を守るため、王族用の監獄で父を匿っています》


「信頼と感謝を込めて」


 読み終わった頃を見計らって、オリガが口角をあげた。
 声ではなく文字で打ち明けたのは、使用人たちに聞かせないためだ。人払いをしても、誰かが聞き耳を立てるかもしれない。
 
 私は……メランデル伯爵家は、姫の信頼に報いなければならない。

 夫が素早く紙を奪い、席を立って、いつかのように暖炉に放り込んだ。
 オリガの秘密が、赤々と燃える。


「フレイヤとこどもの人生がよいものになるように、尽力しますよ」


 事務的な声で申し出た夫の横顔は、これまでに見た事のない覚悟で、より素敵に見えた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。

待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。 もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!

佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」 突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。 アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。 アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。 二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。

彼はヒロインを選んだ——けれど最後に“愛した”のは私だった

みゅー
恋愛
前世の記憶を思い出した瞬間、悟った。 この世界では、彼は“ヒロイン”を選ぶ――わたくしではない。 けれど、運命になんて屈しない。 “選ばれなかった令嬢”として終わるくらいなら、強く生きてみせる。 ……そう決めたのに。 彼が初めて追いかけてきた——「行かないでくれ!」 涙で結ばれる、運命を越えた恋の物語。

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

処理中です...