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14 ある愛妻家の遊び
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ユリアーナが双子の兄妹を産んで2年。
体形が戻るのを待って、私は誘ってみた。
「お姉様、本気?」
「この顔が冗談に見える?」
「その冗談まだ言うのね」
「冗談じゃない。私は本気」
ユリアーナが望むものを手に入れた事について異論はないけれど、相手が私の義父になるはずだったアルビン伯爵であり、一時は確かにユリアーナの義父であったアルビン伯爵というのは、極めて微妙な気持ち。まだ払拭できない。
こんな事があった。
「アルビン伯爵。あなた、本当に妹を幸せにできますか?」
騙されたふりをして、元妻を長年に渡って嘲笑していた、腹黒い髭チョビンである。
ユリアーナに対して何か悍ましい報復を企んでいるのではないかと疑う私は、誰よりも正気だと信じている。
義父になるはずだった現在義弟は、殊勝な表情で首をふり答えた。
「もちろんだとも。可愛くて強い妻を迎えて私は幸せだ。ユリアーナの望むものは全て与えるよ。それに、私は死ぬんだ」
「え……?」
私の良心が善意でもしやと信じかけた瞬間、アルビン伯爵は仰のいて笑った。
「わっはっは! この年だぞ!? 息子の成人をギリギリ見届けて、運が良けりゃ孫の顔を拝んだ頃に死ぬだろう!?」
「……」
基本がふざけた男だと、改めて警戒したものよ。
「晩年に愛を教えてくれたユリアーナを大事にしないわけがない! エルミーラ。妻と同じ顔でそう睨まれるとキュッと心臓が縮む感じがする。早死にしたくない。私たちの複雑な関係については理解しているつもりだよ? 信じてくれとは言わん。協力してくれ」
「この顔が睨んでいるように見えますか?」
「目が『死ね』と言ってるよん♪」
だから、私は綿密に計画を立ててユリアーナの回復を待ったのだ。
乳房が張る期間のやり方も考えたものの、赤ん坊を放っておいてやる事でもないと気づき、予定よりかなり長く待った。
今、双子の甥と姪は、愛する子守りにベッタリ。
幼い頃の私たちがビルギッタに心酔していたのと、ほぼ同じ。
「愛しているなら、私たちの見分けがつくはずよ」
「だからって〈妻あてゲーム〉だなんて正気じゃないわよ。もしかしてお姉様、妊娠でもしたんじゃない?」
「話を逸らさないで」
「えっ、妊娠したの!?」
「そうは言っていない」
「ビルギッタ!!」
「ここにはいない。準備中よ」
「フィリップ! お姉様が変よ! もしくはあなたの子を孕んでる! どっち!?」
チョビ髭を指先で弄ぶアルビン伯爵とチェスに興じているフィリップが、何かを承知したかのように手だけ振って応えた。
「んもう! めんどくさい夫婦ね!」
「ユリアーナ。この計画にはビルギッタも肯定的なの。だから準備してる」
「わかったわよ。やりゃあいいんでしょ! つきあうわよ、それでいいッ!?」
「いいけど、叫ぶ必要はない」
「〝ありがとう〟って言いなさいよ」
「いえ。結果によっては、それを言うのはあなたのほうよ」
「この喧嘩勝った。吠え面かかせてやるわ!」
「いいけど、その場合でも吠え面かくのはあなたと同じ顔だという事を強く肝に銘じておいて」
「くっそ」
苛立つユリアーナを連れて別室に移り、私たちはそっくり同じドレスに着替えた。髪型も、すっかり同じに。互いを見つめて自分の後れ毛を直すような過ちは犯さない。
「うわ。こうして並んで鏡をのぞくと、まるで四ツ子みたいだわ」
「まったく同じ格好でやるのは初めてね」
「ビルギッタの凄さがわかった。このゲームやってよかったわ。そうだ! お姉様、お互いのこどもが育ったら〈ママあてゲーム〉もやってみない?」
「自我の芽生えたこどもを苛める大人には絶対になりたくない。お断りよ」
「ケッ」
こうしてついに、その時がやってきた。
小さな車輪付きの衝立を操る剛腕なビルギッタに、夫たちは目を丸くした。そしてドレスと髪型までそっくり同じ姿になった私たち姉妹を見て、見開いた目の困惑を深めた。
「これから私たちは衝立の向こうに隠れます。再び姿を現したとき、それぞれ正しく妻を呼ぶ事ができるでしょうか。妻と思うほうに指をさし、ぜひ愛を証明してください」
「……プッ」
アルビン伯爵が噴き出し、
「なるほど。興味深い試みだ。さすがだよエルミーラ!」
フィリップはやる気を見せた。
「では、旦那様方! この私が衝立を押したり引いたりいたしますから、絶対に間違わず愛しい奥様をお呼びくださいましねッ!!」
私とユリアーナの見分けがつくビルギッタだから、臆する事なく場を仕切る。
「間違えたら蹴るわよ!」
「参りますッ!」
ユリアーナが夫を脅し、ビルギッタの衝立が無慈悲に2組の夫婦を隔てる。
私はユリアーナの腕を掴み強く引き寄せた。
「あなたが私の真似をして」
「わかってるわよ! 〝無〟の顔するんでしょッ!」
「この顔よ」
「この顔ね」
ユリアーナの顔面を彩る豊かな表情が幻のように消えた。
その瞬間、衝立が勢いよく引かれる。私たちは入れ替わってから夫たちのほうへ向き、ぶらんと棒立ちになった。
「エルミーラ!」
「ユリアーナ!」
愛は証明された。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。
(終)
体形が戻るのを待って、私は誘ってみた。
「お姉様、本気?」
「この顔が冗談に見える?」
「その冗談まだ言うのね」
「冗談じゃない。私は本気」
ユリアーナが望むものを手に入れた事について異論はないけれど、相手が私の義父になるはずだったアルビン伯爵であり、一時は確かにユリアーナの義父であったアルビン伯爵というのは、極めて微妙な気持ち。まだ払拭できない。
こんな事があった。
「アルビン伯爵。あなた、本当に妹を幸せにできますか?」
騙されたふりをして、元妻を長年に渡って嘲笑していた、腹黒い髭チョビンである。
ユリアーナに対して何か悍ましい報復を企んでいるのではないかと疑う私は、誰よりも正気だと信じている。
義父になるはずだった現在義弟は、殊勝な表情で首をふり答えた。
「もちろんだとも。可愛くて強い妻を迎えて私は幸せだ。ユリアーナの望むものは全て与えるよ。それに、私は死ぬんだ」
「え……?」
私の良心が善意でもしやと信じかけた瞬間、アルビン伯爵は仰のいて笑った。
「わっはっは! この年だぞ!? 息子の成人をギリギリ見届けて、運が良けりゃ孫の顔を拝んだ頃に死ぬだろう!?」
「……」
基本がふざけた男だと、改めて警戒したものよ。
「晩年に愛を教えてくれたユリアーナを大事にしないわけがない! エルミーラ。妻と同じ顔でそう睨まれるとキュッと心臓が縮む感じがする。早死にしたくない。私たちの複雑な関係については理解しているつもりだよ? 信じてくれとは言わん。協力してくれ」
「この顔が睨んでいるように見えますか?」
「目が『死ね』と言ってるよん♪」
だから、私は綿密に計画を立ててユリアーナの回復を待ったのだ。
乳房が張る期間のやり方も考えたものの、赤ん坊を放っておいてやる事でもないと気づき、予定よりかなり長く待った。
今、双子の甥と姪は、愛する子守りにベッタリ。
幼い頃の私たちがビルギッタに心酔していたのと、ほぼ同じ。
「愛しているなら、私たちの見分けがつくはずよ」
「だからって〈妻あてゲーム〉だなんて正気じゃないわよ。もしかしてお姉様、妊娠でもしたんじゃない?」
「話を逸らさないで」
「えっ、妊娠したの!?」
「そうは言っていない」
「ビルギッタ!!」
「ここにはいない。準備中よ」
「フィリップ! お姉様が変よ! もしくはあなたの子を孕んでる! どっち!?」
チョビ髭を指先で弄ぶアルビン伯爵とチェスに興じているフィリップが、何かを承知したかのように手だけ振って応えた。
「んもう! めんどくさい夫婦ね!」
「ユリアーナ。この計画にはビルギッタも肯定的なの。だから準備してる」
「わかったわよ。やりゃあいいんでしょ! つきあうわよ、それでいいッ!?」
「いいけど、叫ぶ必要はない」
「〝ありがとう〟って言いなさいよ」
「いえ。結果によっては、それを言うのはあなたのほうよ」
「この喧嘩勝った。吠え面かかせてやるわ!」
「いいけど、その場合でも吠え面かくのはあなたと同じ顔だという事を強く肝に銘じておいて」
「くっそ」
苛立つユリアーナを連れて別室に移り、私たちはそっくり同じドレスに着替えた。髪型も、すっかり同じに。互いを見つめて自分の後れ毛を直すような過ちは犯さない。
「うわ。こうして並んで鏡をのぞくと、まるで四ツ子みたいだわ」
「まったく同じ格好でやるのは初めてね」
「ビルギッタの凄さがわかった。このゲームやってよかったわ。そうだ! お姉様、お互いのこどもが育ったら〈ママあてゲーム〉もやってみない?」
「自我の芽生えたこどもを苛める大人には絶対になりたくない。お断りよ」
「ケッ」
こうしてついに、その時がやってきた。
小さな車輪付きの衝立を操る剛腕なビルギッタに、夫たちは目を丸くした。そしてドレスと髪型までそっくり同じ姿になった私たち姉妹を見て、見開いた目の困惑を深めた。
「これから私たちは衝立の向こうに隠れます。再び姿を現したとき、それぞれ正しく妻を呼ぶ事ができるでしょうか。妻と思うほうに指をさし、ぜひ愛を証明してください」
「……プッ」
アルビン伯爵が噴き出し、
「なるほど。興味深い試みだ。さすがだよエルミーラ!」
フィリップはやる気を見せた。
「では、旦那様方! この私が衝立を押したり引いたりいたしますから、絶対に間違わず愛しい奥様をお呼びくださいましねッ!!」
私とユリアーナの見分けがつくビルギッタだから、臆する事なく場を仕切る。
「間違えたら蹴るわよ!」
「参りますッ!」
ユリアーナが夫を脅し、ビルギッタの衝立が無慈悲に2組の夫婦を隔てる。
私はユリアーナの腕を掴み強く引き寄せた。
「あなたが私の真似をして」
「わかってるわよ! 〝無〟の顔するんでしょッ!」
「この顔よ」
「この顔ね」
ユリアーナの顔面を彩る豊かな表情が幻のように消えた。
その瞬間、衝立が勢いよく引かれる。私たちは入れ替わってから夫たちのほうへ向き、ぶらんと棒立ちになった。
「エルミーラ!」
「ユリアーナ!」
愛は証明された。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。
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