14 / 15
14 ある愛妻家の遊び
しおりを挟む
ユリアーナが双子の兄妹を産んで2年。
体形が戻るのを待って、私は誘ってみた。
「お姉様、本気?」
「この顔が冗談に見える?」
「その冗談まだ言うのね」
「冗談じゃない。私は本気」
ユリアーナが望むものを手に入れた事について異論はないけれど、相手が私の義父になるはずだったアルビン伯爵であり、一時は確かにユリアーナの義父であったアルビン伯爵というのは、極めて微妙な気持ち。まだ払拭できない。
こんな事があった。
「アルビン伯爵。あなた、本当に妹を幸せにできますか?」
騙されたふりをして、元妻を長年に渡って嘲笑していた、腹黒い髭チョビンである。
ユリアーナに対して何か悍ましい報復を企んでいるのではないかと疑う私は、誰よりも正気だと信じている。
義父になるはずだった現在義弟は、殊勝な表情で首をふり答えた。
「もちろんだとも。可愛くて強い妻を迎えて私は幸せだ。ユリアーナの望むものは全て与えるよ。それに、私は死ぬんだ」
「え……?」
私の良心が善意でもしやと信じかけた瞬間、アルビン伯爵は仰のいて笑った。
「わっはっは! この年だぞ!? 息子の成人をギリギリ見届けて、運が良けりゃ孫の顔を拝んだ頃に死ぬだろう!?」
「……」
基本がふざけた男だと、改めて警戒したものよ。
「晩年に愛を教えてくれたユリアーナを大事にしないわけがない! エルミーラ。妻と同じ顔でそう睨まれるとキュッと心臓が縮む感じがする。早死にしたくない。私たちの複雑な関係については理解しているつもりだよ? 信じてくれとは言わん。協力してくれ」
「この顔が睨んでいるように見えますか?」
「目が『死ね』と言ってるよん♪」
だから、私は綿密に計画を立ててユリアーナの回復を待ったのだ。
乳房が張る期間のやり方も考えたものの、赤ん坊を放っておいてやる事でもないと気づき、予定よりかなり長く待った。
今、双子の甥と姪は、愛する子守りにベッタリ。
幼い頃の私たちがビルギッタに心酔していたのと、ほぼ同じ。
「愛しているなら、私たちの見分けがつくはずよ」
「だからって〈妻あてゲーム〉だなんて正気じゃないわよ。もしかしてお姉様、妊娠でもしたんじゃない?」
「話を逸らさないで」
「えっ、妊娠したの!?」
「そうは言っていない」
「ビルギッタ!!」
「ここにはいない。準備中よ」
「フィリップ! お姉様が変よ! もしくはあなたの子を孕んでる! どっち!?」
チョビ髭を指先で弄ぶアルビン伯爵とチェスに興じているフィリップが、何かを承知したかのように手だけ振って応えた。
「んもう! めんどくさい夫婦ね!」
「ユリアーナ。この計画にはビルギッタも肯定的なの。だから準備してる」
「わかったわよ。やりゃあいいんでしょ! つきあうわよ、それでいいッ!?」
「いいけど、叫ぶ必要はない」
「〝ありがとう〟って言いなさいよ」
「いえ。結果によっては、それを言うのはあなたのほうよ」
「この喧嘩勝った。吠え面かかせてやるわ!」
「いいけど、その場合でも吠え面かくのはあなたと同じ顔だという事を強く肝に銘じておいて」
「くっそ」
苛立つユリアーナを連れて別室に移り、私たちはそっくり同じドレスに着替えた。髪型も、すっかり同じに。互いを見つめて自分の後れ毛を直すような過ちは犯さない。
「うわ。こうして並んで鏡をのぞくと、まるで四ツ子みたいだわ」
「まったく同じ格好でやるのは初めてね」
「ビルギッタの凄さがわかった。このゲームやってよかったわ。そうだ! お姉様、お互いのこどもが育ったら〈ママあてゲーム〉もやってみない?」
「自我の芽生えたこどもを苛める大人には絶対になりたくない。お断りよ」
「ケッ」
こうしてついに、その時がやってきた。
小さな車輪付きの衝立を操る剛腕なビルギッタに、夫たちは目を丸くした。そしてドレスと髪型までそっくり同じ姿になった私たち姉妹を見て、見開いた目の困惑を深めた。
「これから私たちは衝立の向こうに隠れます。再び姿を現したとき、それぞれ正しく妻を呼ぶ事ができるでしょうか。妻と思うほうに指をさし、ぜひ愛を証明してください」
「……プッ」
アルビン伯爵が噴き出し、
「なるほど。興味深い試みだ。さすがだよエルミーラ!」
フィリップはやる気を見せた。
「では、旦那様方! この私が衝立を押したり引いたりいたしますから、絶対に間違わず愛しい奥様をお呼びくださいましねッ!!」
私とユリアーナの見分けがつくビルギッタだから、臆する事なく場を仕切る。
「間違えたら蹴るわよ!」
「参りますッ!」
ユリアーナが夫を脅し、ビルギッタの衝立が無慈悲に2組の夫婦を隔てる。
私はユリアーナの腕を掴み強く引き寄せた。
「あなたが私の真似をして」
「わかってるわよ! 〝無〟の顔するんでしょッ!」
「この顔よ」
「この顔ね」
ユリアーナの顔面を彩る豊かな表情が幻のように消えた。
その瞬間、衝立が勢いよく引かれる。私たちは入れ替わってから夫たちのほうへ向き、ぶらんと棒立ちになった。
「エルミーラ!」
「ユリアーナ!」
愛は証明された。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。
(終)
体形が戻るのを待って、私は誘ってみた。
「お姉様、本気?」
「この顔が冗談に見える?」
「その冗談まだ言うのね」
「冗談じゃない。私は本気」
ユリアーナが望むものを手に入れた事について異論はないけれど、相手が私の義父になるはずだったアルビン伯爵であり、一時は確かにユリアーナの義父であったアルビン伯爵というのは、極めて微妙な気持ち。まだ払拭できない。
こんな事があった。
「アルビン伯爵。あなた、本当に妹を幸せにできますか?」
騙されたふりをして、元妻を長年に渡って嘲笑していた、腹黒い髭チョビンである。
ユリアーナに対して何か悍ましい報復を企んでいるのではないかと疑う私は、誰よりも正気だと信じている。
義父になるはずだった現在義弟は、殊勝な表情で首をふり答えた。
「もちろんだとも。可愛くて強い妻を迎えて私は幸せだ。ユリアーナの望むものは全て与えるよ。それに、私は死ぬんだ」
「え……?」
私の良心が善意でもしやと信じかけた瞬間、アルビン伯爵は仰のいて笑った。
「わっはっは! この年だぞ!? 息子の成人をギリギリ見届けて、運が良けりゃ孫の顔を拝んだ頃に死ぬだろう!?」
「……」
基本がふざけた男だと、改めて警戒したものよ。
「晩年に愛を教えてくれたユリアーナを大事にしないわけがない! エルミーラ。妻と同じ顔でそう睨まれるとキュッと心臓が縮む感じがする。早死にしたくない。私たちの複雑な関係については理解しているつもりだよ? 信じてくれとは言わん。協力してくれ」
「この顔が睨んでいるように見えますか?」
「目が『死ね』と言ってるよん♪」
だから、私は綿密に計画を立ててユリアーナの回復を待ったのだ。
乳房が張る期間のやり方も考えたものの、赤ん坊を放っておいてやる事でもないと気づき、予定よりかなり長く待った。
今、双子の甥と姪は、愛する子守りにベッタリ。
幼い頃の私たちがビルギッタに心酔していたのと、ほぼ同じ。
「愛しているなら、私たちの見分けがつくはずよ」
「だからって〈妻あてゲーム〉だなんて正気じゃないわよ。もしかしてお姉様、妊娠でもしたんじゃない?」
「話を逸らさないで」
「えっ、妊娠したの!?」
「そうは言っていない」
「ビルギッタ!!」
「ここにはいない。準備中よ」
「フィリップ! お姉様が変よ! もしくはあなたの子を孕んでる! どっち!?」
チョビ髭を指先で弄ぶアルビン伯爵とチェスに興じているフィリップが、何かを承知したかのように手だけ振って応えた。
「んもう! めんどくさい夫婦ね!」
「ユリアーナ。この計画にはビルギッタも肯定的なの。だから準備してる」
「わかったわよ。やりゃあいいんでしょ! つきあうわよ、それでいいッ!?」
「いいけど、叫ぶ必要はない」
「〝ありがとう〟って言いなさいよ」
「いえ。結果によっては、それを言うのはあなたのほうよ」
「この喧嘩勝った。吠え面かかせてやるわ!」
「いいけど、その場合でも吠え面かくのはあなたと同じ顔だという事を強く肝に銘じておいて」
「くっそ」
苛立つユリアーナを連れて別室に移り、私たちはそっくり同じドレスに着替えた。髪型も、すっかり同じに。互いを見つめて自分の後れ毛を直すような過ちは犯さない。
「うわ。こうして並んで鏡をのぞくと、まるで四ツ子みたいだわ」
「まったく同じ格好でやるのは初めてね」
「ビルギッタの凄さがわかった。このゲームやってよかったわ。そうだ! お姉様、お互いのこどもが育ったら〈ママあてゲーム〉もやってみない?」
「自我の芽生えたこどもを苛める大人には絶対になりたくない。お断りよ」
「ケッ」
こうしてついに、その時がやってきた。
小さな車輪付きの衝立を操る剛腕なビルギッタに、夫たちは目を丸くした。そしてドレスと髪型までそっくり同じ姿になった私たち姉妹を見て、見開いた目の困惑を深めた。
「これから私たちは衝立の向こうに隠れます。再び姿を現したとき、それぞれ正しく妻を呼ぶ事ができるでしょうか。妻と思うほうに指をさし、ぜひ愛を証明してください」
「……プッ」
アルビン伯爵が噴き出し、
「なるほど。興味深い試みだ。さすがだよエルミーラ!」
フィリップはやる気を見せた。
「では、旦那様方! この私が衝立を押したり引いたりいたしますから、絶対に間違わず愛しい奥様をお呼びくださいましねッ!!」
私とユリアーナの見分けがつくビルギッタだから、臆する事なく場を仕切る。
「間違えたら蹴るわよ!」
「参りますッ!」
ユリアーナが夫を脅し、ビルギッタの衝立が無慈悲に2組の夫婦を隔てる。
私はユリアーナの腕を掴み強く引き寄せた。
「あなたが私の真似をして」
「わかってるわよ! 〝無〟の顔するんでしょッ!」
「この顔よ」
「この顔ね」
ユリアーナの顔面を彩る豊かな表情が幻のように消えた。
その瞬間、衝立が勢いよく引かれる。私たちは入れ替わってから夫たちのほうへ向き、ぶらんと棒立ちになった。
「エルミーラ!」
「ユリアーナ!」
愛は証明された。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。
(終)
279
あなたにおすすめの小説
犠牲になるのは、妹である私
木山楽斗
恋愛
男爵家の令嬢であるソフィーナは、父親から冷遇されていた。彼女は溺愛されている双子の姉の陰とみなされており、個人として認められていなかったのだ。
ソフィーナはある時、姉に代わって悪名高きボルガン公爵の元に嫁ぐことになった。
好色家として有名な彼は、離婚を繰り返しており隠し子もいる。そんな彼の元に嫁げば幸せなどないとわかっていつつも、彼女は家のために犠牲になると決めたのだった。
婚約者となってボルガン公爵家の屋敷に赴いたソフィーナだったが、彼女はそこでとある騒ぎに巻き込まれることになった。
ボルガン公爵の子供達は、彼の横暴な振る舞いに耐えかねて、公爵家の改革に取り掛かっていたのである。
結果として、ボルガン公爵はその力を失った。ソフィーナは彼に弄ばれることなく、彼の子供達と良好な関係を築くことに成功したのである。
さらにソフィーナの実家でも、同じように改革が起こっていた。彼女を冷遇する父親が、その力を失っていたのである。
出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね
猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」
広間に高らかに響く声。
私の婚約者であり、この国の王子である。
「そうですか」
「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」
「… … …」
「よって、婚約は破棄だ!」
私は、周りを見渡す。
私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。
「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」
私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。
なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。
不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?
木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。
彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。
混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。
そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。
当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。
そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。
彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。
※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。
婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。
ぽっちゃりおっさん
恋愛
公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。
しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。
屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。
【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。
差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。
そこでサラが取った決断は?
お姉さまに婚約者を奪われたけど、私は辺境伯と結ばれた~無知なお姉さまは辺境伯の地位の高さを知らない~
マルローネ
恋愛
サイドル王国の子爵家の次女であるテレーズは、長女のマリアに婚約者のラゴウ伯爵を奪われた。
その後、テレーズは辺境伯カインとの婚約が成立するが、マリアやラゴウは所詮は地方領主だとしてバカにし続ける。
しかし、無知な彼らは知らなかったのだ。西の国境線を領地としている辺境伯カインの地位の高さを……。
貴族としての基本的な知識が不足している二人にテレーズは失笑するのだった。
そしてその無知さは取り返しのつかない事態を招くことになる──。
【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます
よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」
婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。
「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」
「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」
両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。
お姉様からは用が済んだからと捨てられます。
「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」
「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」
ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。
唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。
ここから私の人生が大きく変わっていきます。
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
王子に買われた妹と隣国に売られた私
京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。
サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。
リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。
それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。
サリウスは王様に向かい上奏する。
「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」
リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる