上 下
11 / 15

11 驚くべき真実について

しおりを挟む
 かなり長い沈黙を経て、


「はっ!?」


 と声を上げたのは、ビルギッタ。
 やはり、頼りになる。


「コウノトリはどうしたの?」


 私が問いかけると同時に、フィリップがカップを置いた。
 ユリアーナが仰のいて大声で笑った。


「アッハッハッ! いやだ、お姉様ったらコウノトリなんか信じてるの? あなた苦労するわね!」


 ユリアーナがテーブルに寄ってきて、フィリップの肩を強く叩いた。フィリップはわずかに眉を上げ、カップを凝視した。大丈夫。零れていないわ。


「いえ。あなたの作戦の話」


 座ったまま見あげる私とそっくり同じその顔が、少し、浮腫んでいる気がした。
 上機嫌なユリアーナはビルギッタの焼いたアーモンドクッキーを鷲掴み、屑が散るのも構わずに獣のような勢いで食べ始める。そして食べ散らかしながら、こんな話をしてくれた。


「それを聞かせたくて帰ってきたのよ! 笑えるの! びっくりして目を回しちゃうかも! 結婚して四日目か五日目くらいの朝にね、アルビン伯爵が早朝ぬっと現れて言ったの。『君、それは芝居か? それとも本気なのか?』って。ヤバッ、と思ったわよ! 冷や汗どころじゃないっつーの。でもね、……ああコレを言いたかった! 義父はこう言ったのよ! 『ベリエスは妻のコウノトリが連れて来たんだ』って!!」



  ~~~ある朝、アルビン城にて~~~


「まあっ、それは素敵な思い出ですねっ。うきゅっ♪」

「妻も『うきゅ』と言っていた。『みゅ』と『キャハ』もね」

「ええ……」

「子作りどころかキスさえままならないうちにアレが産まれた。そう、私の子ではないんだよ。なんてったってコウノトリが連れて来たんだから。わっはっは」

「……キャハ」

「君は妻に似てる。そして息子は馬鹿だ。だから騙されたふりができない。そこで君に確かめておきたい。君の、それは、本気か? 本気なら私から話す事はもうない」

「……」

「……」

「……でしたら、つまり、お義父たまは、血の繋がりがないとわかっていて私のお姉たまとベリたんの婚約を許したわけ?」

「そうだよん」

「最っ悪」

「そう気にする事じゃない。血が繋がってるかどうかなんて、外見や声が似ているかどうかでしか判断つかないものだし、そもそも似ていない親子なんてザラだ。それにその辺の捨子を拾って来て跡継ぎにする貴族だって、少なくないだろう? どの家だって跡継ぎが必要だ」

「(ジッ)……」

「まあ、お相手に黙っているのは気が引けたさ。私も人間だからね」

「ええ」

「だがあの馬鹿と結婚しようって女なんて財産目当てじゃなきゃ同じ馬鹿だろうッ? お似合いじゃないか! 断られるならそっちからだろうと思っていたのに、驚いたよホッ。まさか姉妹間で交代して肝の据わったほうが堂々とやって来るなんてヘッ」

「笑ってんじゃないわよクソ髭チョビン爺」


  ~~~以上、要約おわり~~~



「そうしたら髭チョビンなんて言ったと思う!? 『同じくらい狡猾なお嫁さんが来て後ろめたさもスパッと晴れたよ』ですって!! ウケるぅ~♪」


 妹であり野獣でもあるユリアーナは完食し、くるりとビルギッタのほうへと振り向いた。


「終わっちゃった。まだないの?」

「えっ。あ、まあ……あ、り、ま、す、け、ど」


 ビルギッタの狼狽えっぷりときたら、私とフィリップの分も一人で背負い込んだかのように、真っ青で汗だく。けれど妊婦には慣れているようで、


「マスのマリネをお持ちしましょうか?」

「ええ! 酸っぱいお魚大好き!!」

「少々お待ちを!」


 逃げるように、飛び出て行った。

 
「でね! お姉様!!」


 私には、逃げ場はない。
 フィリップが手を伸ばして私の手を包んでくれたけれど、それも、励ましているのか恐がっているのか、定かではない。


「私は〝コウノトリを信じた可愛いユリアーナ〟のままなのよ!」

「妊娠はしない」

「そう!」


 相槌を打ったのは、私ではなくフィリップ。
 私はこの場の交渉を彼に任す事にして、ユリアーナを見つめていた。


「だが君は産みたい」

「そう!」

「妊婦ではない妻が帰らなくてはいけない」

「ええ、そう!!」


 話はわかった。
 ユリアーナが新しい命を授かったのはとても素晴らしい事だし、産みたいと思うのも当然で、私もぜひ姪を抱きたい。もしくは甥。
 だけれども、アルビン伯爵家に嫁いだ純真無垢なユリアーナが身篭る事は、ありえない。

 そしてユリアーナは、言い出したら曲げない性格。
 これは相談でも交渉でもなく、決定した作戦の極めて正確な伝達。


「……いいけど、父親は誰なの?」


 そこは明確にしておきたい。
 そこが明確になった後に、産まれた子はどうするのかという極めて重大な問題が控えている。


「あぁん。それは心配しないで」


 ユリアーナは手をひらひら。


「それは無理よ」


 私の視界は霞んでゆらゆら。


「大丈夫なの! アルビン伯爵お墨付きのダーリンだもの!」

「誰だい?」


 ありがとう、フィリップ。
 限界だった。


「アルビン伯爵」

「髭チョビンの義父?」

「そうよ!」

「本人?」

「だからそうよぉっ! 私、正式なアルビン伯爵の跡継ぎを産むの!! アルビン伯領は私のものよぉ~っ♪」


 両手を挙げてクルクル回る愉快なユリアーナがいくら私と同じ顔をしていたとしても、この日この瞬間ばかりは双子の姉妹とは思えなかった。
 

「やだぁ! お姉様が眉を寄せて困ってるぅっ! きゃわいィィィィィィィッ!!」

「たすけて……」


 フィリップに、助けを求めた。

 淡い期待は無残にも打ち砕かれる。
 彼も限界だった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。

希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。 同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。 二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。 しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。 「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」 失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。 「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」 ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。 そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。 エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。 しかしティナはそれさえ気に食わないようで…… やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。 「君はエレノアに相応しくないだろう」 「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」 エレノアは決断する……!

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希(絵本大賞参加中)
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 完結しました。

【完結】小国の王太子に捨てられたけど、大国の王太子に溺愛されています。え?私って聖女なの?

如月ぐるぐる
恋愛
王太子との婚約を一方的に破棄され、王太子は伯爵令嬢マーテリーと婚約してしまう。 留学から帰ってきたマーテリーはすっかりあか抜けており、王太子はマーテリーに夢中。 政略結婚と割り切っていたが納得いかず、必死に説得するも、ありもしない罪をかぶせられ国外追放になる。 家族にも見捨てられ、頼れる人が居ない。 「こんな国、もう知らない!」 そんなある日、とある街で子供が怪我をしたため、術を使って治療を施す。 アトリアは弱いながらも治癒の力がある。 子供の怪我の治癒をした時、ある男性に目撃されて旅に付いて来てしまう。 それ以降も街で見かけた体調の悪い人を治癒の力で回復したが、気が付くとさっきの男性がずっとそばに付いて来る。 「ぜひ我が国へ来てほしい」 男性から誘いを受け、行く当てもないため付いて行く。が、着いた先は祖国ヴァルプールとは比較にならない大国メジェンヌ……の王城。 「……ん!?」

身勝手な我儘を尽くす妹が、今度は辺境伯である私の夫を奪おうとした結果――。

銀灰
恋愛
誰も止められない傲慢な我儘を尽くす妹のマゼンタが次に欲したものは、姉ヘリオトの夫、辺境伯であるロイだった。 ヘリオトはロイに纏わり付くマゼンタに何も出来ぬまま、鬱々とした日々を送る。 これまでのように、心優しい夫の心さえも妹に奪われるのではないかと、ヘリオトは心を擦り減らし続けたが……騒動の結末は、予想もしていなかったハッピーエンドへと向かうことになる――! その結末とは――?

ざまぁを回避したい王子は婚約者を溺愛しています

宇水涼麻
恋愛
春の学生食堂で、可愛らしい女の子とその取り巻きたちは、一つのテーブルに向かった。 そこには、ファリアリス公爵令嬢がいた。 「ファリアリス様、ディック様との婚約を破棄してください!」 いきなりの横暴な要求に、ファリアリスは訝しみながらも、淑女として、可憐に凛々しく対応していく。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

処理中です...